6話 悪夢の神殿

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「ディオル様、どうなさいました? わたくしの顔に何か?」
「いや、なんでもない」
 夢神直属の神官だと思い込んでいるからか、様付けだ。とくに否定するようなことでもない。ディオルがウェイゼルの孫でなければ、なっていてもおかしくはなかったのだ。
 ディオルは見ていた地図を彼女に渡す。兄の友人を裏切ることもないだろう。どうせほとんど頭に入っているし、気になったところをメモしたいから見ていただけだ。次に来た時、道の分の壁もゆっくり見たい。
「わたしくがご一緒するのは、やはりお気に召しませんか?」
「そんなことはないよ。どうせ一つのアイテムにたまった力は全部注げないから、人数は多い方がよかったんだ。そのかわり、マヤと遊んであげてね」
「遊ぶ?」
「永遠の子供だから、一人で寂しいんだよ。僕は遊んでいる暇がないから」
「なにかご予定が?」
 遊べるほど時間があるのに、暇がなくなるほど何をするのだと思うのは当然だ。
「中央付近の封印の呪式を調べるんだ。僕の知らない物があったら写す。この日のためにカメラも新調したんだよ」
 立体的だと漏れすぎるので無理だが、壁なら平面なので写真ですべてを記録できる。これに関してはヴェノムとカロンからの融資があったので助かった。
「呪式を学んでいるのですか?」
「僕は人よりもはっきりと呪式が見えるんだ。僕は専門としてないけど、専門家に売ればいい結果を出してくれる。その結果でマヤの封印を少しぐらいゆるめられたら面白いし」
「可能だと考えているんですか?」
 馬鹿にするという感じではなく、彼女の言葉は真剣だった。ずいぶんと食いつきがいい。
「そんなに太陽神が嫌いなの?」
「そういうわけではありません。
 ただ、太陽神様の封印を緩める当てはあるのかと」
「緩めると言うより、逸らすんだよ。人の力で神の力に真っ向から向かうのは無理だよ。でも、頭を使えば可能だね。ボクはそういうことの研究をしているから」
「目を付けられないのですか?」
「微笑ましいってさ」
 祖父のウェイゼルは、妻と元愛人に似ているディオルを猫かわいがりしている。死神もマヤと定期的に遊ぶというか、観察対象にしているだけで解放するつもりはないことを理解してくれているので、何も言われない。
 今のところは。
 どうせ不可能なのだから。
「僕も馬鹿じゃないから、目を付けられないようにやるよ。やっていることは隠さず、何をしたいか宣言しておくのが最も安全だからね」
「宣言するほどの交流があるのですか」
 ディオルは考える。ディオルの素性は簡単に調べられる。両親は有名だから隠しようがない。兄がどこに行ったのか、両親に聞けば分かるのだから。
「僕の母親は邪眼の魔女ヴェノムだよ。僕は人間だけど神は身内だからね。太陽神以外ならどうにでも口車に乗せられる」
「まあ、そんな方の……。
 それでもやはり太陽神様は無理なのですか」
「太陽神は敵でも味方でも難しいみたいだよ。気に入られてても親切心で呪われた人もいたし」
「……太陽神様が動いたのですか?」
「君が生まれる前のことだけどね」
 詳しい年代は知らないが、おそらくジークが生まれた年が近いだろう。彼らからすればずいぶん昔の話。神からすれば、昨日今日の話。
「邪神関係が特定の相手に執着すると動くみたいだね。幸い、マヤは夢の中の存在だから出てこない限りは動かないだろうけど」
 一番触れてはいけないようで、実際に触れられるようにしなければいいという邪神だ。一番観察しやすい。
「君はどうしてそんなに太陽神のことに食いつくの?」
 彼女は頬に手を当てて考える。
『太陽神の呪いを受けているんだよ、たぶん』
 マヤの声が響く。
 太陽神の呪いを受けている家系は少なからずある。
「そういうのは家系的なものだろ。そんな家系でジークが生まれたら、真っ先に呪われるのはアイツだと思うけど、あの一家にそんな雰囲気はなかったよ」
 魔力が高く邪眼。この手の呪いが一番きつくなるタイプだ。しかしそんな様子はない。
「内緒ですが、わたくしは養女なんです」
「…………そうなの? それ、ジーク知らないよね?」
「ええ。知ったらお兄様がショックを受けて寝込んでしまわれます。それに、わたくしの親はわたくしを殺そうとした方ですので、お父様は実の娘として扱って下さっています。だから内密にお願いしますね。実父に居場所を特定されたら無理矢理連れて行かれて殺されるかも知れません。虐待されるのは確実です」
 恐ろしい父親がいるようだ。彼女は世間に出ていて、育ての親に洗脳され続けているタイプには見えないし、ジークの両親は質実剛健としてまっすぐだ。本当にかくまっているのだろう。
「だから神殿に?」
「ええ」
 女性が神殿に入るとき、家族から逃げる場合がたまにある。本意でない婚姻や暴力から、神殿は人を守らなければならない。権力者相手であろうと屈してはならない。それが神殿を名乗る最低条件だ。
「どんな呪いなの?」
「魔力の大きな発散が出来ない呪いです。並の魔術なら問題なく使えますが、大魔術となると魔力が上手く操れません」
 変な呪いだ。ディオルが知っている彼女に近い実例は、魔力を持たなくなる呪いが変化して、魔術が使えない呪いになっていた。弱くなっても、しつこく嫌がらせのような残り方をしている。
「呪いは遺伝すると薄れて歪むからね。それを上手くできるようになりたいから、こんな所にまで来たの?」
「命に関わるんです」
「そんなに狙われてるなら、実家の方が安全じゃないかな」
「……そうですね」
 彼女は微笑む。
 足を止め、前を見る。
「また来ましたわ」
「人がいると寄ってくるからね」
 現れた瞬間、ディオルは自分の力で切り裂いた。胴体が真っ二つになる。
「うん。いい感じだ」
 口うるさい保護者やキメラがいないので、好きに力を使える。
 危険だが有用な力なのだ。使わないなどもったいない。
『ディオル、それやめてほしいな。その力は何でも傷つけられるんだよ。壁とか本来傷つかない物が傷ついて、ラーハ様が来ても知らないよ』
 シアは困ったように首をかしげた。
「ちっ。仕方がない。太陽神は邪神関係では腰が軽いからね」
 来られては全員が困る。
「傷つけなければいいんだね」
『まだやるの?』
「外れることもあるようなやり方はしないよ。馬鹿にしないでくれ」
 やり方はいくらでもある。試したいこともいくらでもある。今回は試すのは諦めよう。
「体力は温存したい。集まる者ども全滅させてくれる。シアさん、危ないから一歩も動かないでね。動いたら死ぬよ」
 床に手を当てる。視界に魔物が入ってきたが、気にせず続ける。
 二人を避けて、魔力を伸ばす。その先に穴を開け、魔力を餌に闇が沸く。
「闇……本当に珍しい」
 シアが呟く。
「連れていけ」
 完全に外に出てきたそれらは、生き物に向かい伸びていく。次々と獲物を屠る闇をしばらく放置し、そろそろ集まってきたのはすべて取り込まれただろうと確信を持てるともう一度魔力を込めて引き戻す。
 餌よりも魅力のある魔力だからこそ戻ってくる。近くに来たところで、もう一度穴を開けて追い返す。
『今の何。なんか懐かしい感じ』
「扉の向こうにある闇を空間に穴開けて取り出したんだ。君にとっては母親のいるところだから、懐かしいのかもね。
 一昨年ぐらいにメディアさんに習ったんだ。彼女にとって僕は一番近い存在だから、教えられるのが僕だけだったらしいよ。本来は扉の場所も分からないらしいから」
 メディアとは力の質が似ているのだ。
 彼女は第一の扉を開き、ディオルは小さな穴を作り呼び出す。彼女のやり方は身体に負担がかかるが、ディオルのは普通に魔法を使うよりも楽なほど。ただし、相手は完全に食われて、穴からでは向こう側にいけずに死んでしまう。
 生き物相手には、使う気にはなれない手段だ。その上逃がしたら恐ろしいことになる。自由になった闇など、呼び出した本人にも襲いかかるし、人がいればすべて飲み込む。
 これはこういった閉鎖空間だからこその手段だ。
「さあ、行こうか。気配がまとわりついているだろうから、当分近づいてこないよ」
『始めからやればよかったのに』
「魔力の高い生き物が多いとこっちに襲いかかってくることもあるからね。餌投げて操作してるだけで、意のままに出来る分けじゃないんだ」
『ふぅん。それって、僕が通れるぐらいの穴はあく?』
「無理だよ。表面に穴開けているだけだから。奥まで開けようと思ったら中に入り、正気を保ち探ってから出てくることが前提。僕が人間である以上は無理だよ。人間でない物として作れば別だろうけど、神に近い存在を作るって事だから無理。
 君の行動範囲を広げるのは、やり方によっては可能であると思うから考えてるけど、出来ないと断言できることはしないよ」
『出来ないなら別にいいよ。君が出来ないというなら無理なんだろうね』
「そう、危ないだけのことはしない。双方にとって不幸だから」
 母親の所に帰りたいという気持ちはあるのだろう。本気で可能だとは思っていないだろうが、閉じこめられているぐらいなら、暗いだけの所でも親元にいたいと思う気持ちは理解できる。
「そういえばシアさん、さっきの話しの続きだけど、君はどんな風に呪いをどうにかするつもりなの?」
「どんなふうにって……魔力を一度に使えるようなアイテムを」
「君は大きな魔法を使いたいために、一度に消耗してでも大きな術を使える道具を所望するってこと?」
「ええ」
「そんな真っ向勝負じゃ無理だよ。たぶん太陽神本人にも解けないぐらいだから、もっとべつのごまかし方をしないと。
 でも難しいね。呪いの性質が変わっているなら、元の呪いを知っても意味がないし……呪いは見せてもらえる? そういう呪いって、印が出ることが多いらしいから、僕なら分からなくてもヒントぐらい出せるよ」
 彼女は胸元を押さえて悩む。
「そこにあるの? 見せたくなければ別にいいけど」
 女の人だ。胸元を見せたくないのは当然である。
「いえ。時間は大丈夫ですか? いくらあっても足りないでしょう」
「大丈夫だよ。どうせ日が沈まなきゃ入り口は開かない」
「そう……なのですか?」
「そうだよ。誰も日が沈むまでにたどり着いたことがないから知らないだろうけど、僕は日が沈む前にたどり着く計算で移動している。少し走るかも知れないけど、五分程度の足止めなら、まともに魔物とやるのを想定していた時よりは速い」
「ではどうして人を連れてくるはずだったんですか?」
「人が多くいれば、余った分の力でいろいろと作れる。アドバイスして、より特殊なものを作らせようとしてたんだよ。そのためなら、入るのが遅れても問題ない。これで遅れたとしても、君に合わないものを手に入れるより、君に合う物を教えてあげた方が僕にとっても君にとってもいいことだよ。売れる恩は売ることにしているんだ。ひょっとしたら、実験に付き合ってもらえることもあるかも知れないだろ。太陽神の呪いを受けている人間なんて、数は限られているからね」
 キメラを連れていきたかった理由も、彼らが人数に入るからでもある。
 シアはくすりと笑う。足を止めず服に手をかけたので、ディオルは目を逸らした。
 前あわせのローブなので、完全に脱ぐと言うこともないだろう。


 ディオルは手帳に線を書いていく。
 分解して重ね合わせたりすることによって、わずかな性質の差を見極めるのだ。
「君の呪いはおかしいね。普通は常に呪いはあるものなんだ。月神関係で呪われ、魔術が使えない一族がいるけど、君にかけられた呪いよりもあちらの方が単純明快。でも君のはそこまではされていない。いや、より難しい条件にわざわざしてある。そしてとても強いよ。絶対に歪まないぐらいね。だからかなり厳しい条件をクリアしないと現れもしないタイプだ。絶対に漏らさないという強い意志の表れだよ」
 すべてが分かるわけではない。
 断片と彼女の口から聞いた情報から予測しているだけで、すべてが見えてくるわけではない。むしろ分からないことばかりだ。複雑すぎて、ほとんどの情報は現れていないのだから。
「この条件付けってのは、こういう形に表れるんだ。これがあると、条件付けが絶対にされている。呪いは色々見せてもらったから、ほぼ確信できている」
 理力の塔に連れて行かれると、いつもメディアに捕まって協力させられていた。だからこそ分かることである。
 塔には他にもディオルを拉致したそうなのがいたが、メディアに逆らってまでそれを実行する者はいなかった。ディオル自身恐れられていたのもある。小さなころは菓子を餌にする大人達の意図が理解できず、そんなに菓子が余っているのか変なところだ、などとおかしな事を考えていたものだ。もちろん、食事に苦労したことのないディオルは、知らない人から物をもらわないという両親の教えに従い、釣られたことはない。
 そんなわけで、メディアは知らず知らずのうちにディオルに呪いの知識を教え込んでくれた、師の一人である。
 キメラを作り始めてから、それらの知識はとても役に立っている。
「一番肝心なのは、実は太陽神の性格だよ。
 あのヒトは直情的だから、そんなに考えて行動しない。つまり、こんなややこしい設定してまで後に残そうなどしない。どうしても残すさなければならないほどの血筋ということになる。
 君は、それに心当たりがあるよね?」
 心当たりがあるからこそ、こんな所に頼りに来たと考えた方が自然だ。
 やはりというか、彼女は微笑む。側にいると香りもよい。吐息までも香りよく、思考を遮るような力を持つこともありそうだ。
「ディオル様は本当に聡い方。
 わたくしは特殊な力を持ったことのある血筋です。神殺し、と言えばお分かりになりますか?」
 彼は首をかしげる。神殺し。
『神殺しは月神の一人を殺した子じゃないかな。僕にまで伝わってくるから、けっこう有名な話しだと思うけど。吸魔の力を持つ者の総称だよ』
「ああ、それか」
 そう言ってくれればすぐに分かった。
「兄の一人がそれで相打ちになって死んでいると聞いたことがあるな。闇に食われたんだ」
 先ほどのあれに食われたのだ。
 だとしたら、神殺しはディオルに近い力も持っていたのか。それとも正規の方法で扉を開けたか。
「お兄さまが?」
「顔も知らない数世紀も前のことだからどうでもいいよ。父親も違うし。
 吸魔の力を持つ者は、魔力が無くても存在できる半神に殺させるらしいね。現在簡単に動かせて力のある半神は、命じられても動かないタイプだから安心していいよ」
 アミュはサギュが命じなければいい。神を殺すことに興味ものない神殺しなどサギュの動くべき事ではない。余計な手出しをしなければ害のない、簡単に殺せる相手に彼女はわざわざ動かない。
 神殺しに月神が殺されたのは、女のことで喧嘩をしたためだと聞いている。兄弟揃って女のことで不幸になるとは、月神も不幸な奴らだ。
 ディオルが狙っている三の月神は、相思相愛の末である分、まだ救いがあるだろうが、殺されてしまった方は愛し合う二人を引き離そうとした、殺され損である。
 その愛し合う二人の子孫が彼女なのだろう。
「悪ささえしなければ問題ありませんわ。
 ただ、この呪いのせいで魔力がたまりすぎて、人の器では堪えられなくなる日も近いのではと思いここに来ました」
 周囲の魔力を吸うという力だ。彼女のいい方では、自然と吸収してしまうらしい。
 故意に行えば、数少ない神を完全に殺すことも出来る力だ。ディオルの力は神の作った物を破壊は出来るが、殺そうと思うとどれだけ細かくしなければならないか分からないほどやらなければならない。そんなことをしている間に殺されるだけだ。
 吸魔の力が神殺しに優れているところは、相手から魔力を吸い取り、その魔力を使って攻撃できること。そして、それは手を触れなくても行えること。近くにいて、本人にやる気があれば行える。本人の意志によりこの手の力にしては珍しくかなりの広範囲に影響を与える力だ。
 しかし弱点もある。神は魔力が無くなれば消滅する。吸っていればすぐに死ぬ。ただ、どのような形にせよそれを発散しながら行わなければならない。この呪いはそれを防ぐための呪いだ。つまり、出口を塞いでしまうと、入ってくる魔力に身体が堪えられず、殺すに至らない。
 彼女の呪いは、神がかけたにしては、人間がするように細かな点があるのは、漏れのないように、呪いが変質しないようにするためだ。
 吸収する方を止めなかったのは、そちらに手を出せなかったと考えることも出来る。
「つまり、命に関わらないように出来ればいいんだね」
「はい。この呪いの性質そのものを崩すつもりはありません。下手に弄れば気付かれてしまいます。神を殺すつもりはありませんし、解呪できればいいのですが、できないなら入り口を塞ぐか、出口を広げることが出来ればと」
 解呪は無理な話だ。本人に敵意がなければ外したとしても問題にはならないだろう。だが、無理矢理に解呪しようという姿勢が、すでに反逆を意味する。やるなら、一度でうっかり解けてしまいましたどうしましょう、という態度でなければならない。
 ラァスがよくやるように、てへっ、というあんな調子で。
 簡単に解けてしまったら、悪いのは掛けた方である。
「力を使うことを目的としないのなら、下手な下心は出さない方がいい。歩きながら少し考えるよ。
 これが成功するなら、僕の目的にも一歩近づく」
「目的ですか? どのようなことをなさるおつもりです?」
 彼女は結果的に、目的のすべては話しただろう。
「今度、本物の三の月、アシュターの像を手に入れられることになったんだ。太陽神の、一番どぎつい呪いを受けている男だよ。
 それをどうにかして石化を解いても生きていられるようにしたくてね。
 面白そうだろ」
 実に愉快だ。
 二級神を下僕として手に入れられるのだ。父よりは上。しかも邪神ではない。太陽神と喧嘩したので邪神扱いされているようだが、女の取り合いをして個人的に苛められただけで、実はまだ正規の神である。
 時の女神と同じで、器は人でも神なのだ。
 その上、本来の目的はその先にある。
 シアは目を見開いた。
「まさか、知識の獣を?」
 三の月と、知識の獣は恋人同士。対である。
「賢い人はけっこう好きだよ。こちらの意図を読んでもらえた方が、利用のしがいもあるし、かすめ取れないことも理解してもらえる」
 ディオルの先を越そうとしても無駄だ。三の月神だけが知識の獣の場所を知り、案内できる。
 邪魔者は殺す。暗殺には向いた力を彼女には見せている。
「本当に、可愛らしい子」
 シアが微笑みながら言う。
 これだけ話して可愛いという者も珍しい。両親や祖父母ぐらいだと思っていた。
「赤くなってますます可愛い」
「なっ」
 彼女はくすくすと笑う。この手のタイプには反論するだけ無駄だ。ほっておくとすぐに飽きる。
「君なら本当に、エリキサ様を手に入れてしまいそうですね」
「すぐにでも可能だよ。月神見捨てるつもりでやればね。そんな事してもあれの性能は引き出せないからやらないだけで……。
 知識の獣をエリキサって呼ぶの、珍しいね」
 ひっかかり、シアを見て言う。
 彼女は笑っている。
「ねぇ、君の父親って、どうして君を狙っているの?」
 なぜ神殺しを殺したのが母の息子であったか、ようやく思い出した。
「ディオル様は、本当に賢いお方。
 エリキサ様を手に入れられたらと思ったばかりなのに」
 くすくすくすくすと笑う。
「わたくし、生まれた時に石に触れさせられましたの。わたくしだけではなく、多くの子供が試されました。わたくしは唯一の成功品です」
「じゃあ、君は賢者なんだ」
 失敗すると、子供でも何らかの影響を受ける。だから影響を受けないと思われる限られた子供だけに触れさせるのが普通だが、彼女の言い方では今までの基準よりもかなり緩くして実験しているのだろう。大人ならかなりの確率で廃人になる。
 そんなリスクがあるからこその、膨大な知識。
「白の賢者、シアと申します。二人だけの秘密ですよ」
 二度目の自己紹介を聞いて、ようやく彼女がここにいる理由を心の底から納得した。
 彼女は賢者の知識として、神殿の内部をすべて把握しているのだ。

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