8話 遊び
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朝から鎌で草を刈る作業が続いている。大きな麦わら帽子をかぶり、日焼けしないように気をつけて。
除草作業はとても大切だ。手を掛ければ掛けただけ、味も実りも良くなる。もう少しすれば冷えてきて、草は枯れて生えてこなくなるが、今はまだ秋。草が生える時期。
食料確保はとても大切で、キーラもよく畑の手入れを手伝っていた。見慣れない野菜だが、草むしりの方法に大した違いはなく、地道な作業が楽しい。
この間だけは、ハウルも黙って作業をしている。
無理矢理連れ出されて嫌々のディオルとエリアスは、おおきな帽子をかぶってちまっちまっ、とやる気のない動作で草をむしっていた。ジークは魔物達の餌を捕りに行っている。ジークが用意しないと、エリアスが餌をあげないらしい。
「うし。切り上げるか。そろそろ昼飯だ」
ハウルが立ち上がり、伸びをする。
午前中はまだ外にいても日差しにさえ気をつけていれば涼しい。
本当に、ホクトと一緒に住んでいた時は、湿気が多くて日陰でもじめっと暑かった。それに比べれば、幾分か過ごしやすい。
それでも昼間は暑いから、昼食一時間後からは冷気を充満させた図書室で勉強する。図書室は涼しくて色々な本があり、昼寝にはもってこいの場所だ。
環境の変化は大きいが、前の生活とそれほど変化はない。家族がいて、ハウルがいて、他人がいて、勉強の内容が濃くなっただけだ。
問題はそれだ。それはもう、濃くなった。
「基礎はこれで理解しましたか?」
ヴェノムに問われ頷く。
基礎だ。基礎が出来ていなかった。曖昧なままだった。
魔術は学問でもあると、知っていたのに、知らずにいた。
キーラはあまり覚えが良い方ではない。両親、弟のの優秀さを考えると、落ちこぼれと言っていい。馬鹿なのだ。馬鹿でごめんなさいというと、ハウルがどこからが出てきて慰めてくれるのが分かっているので、口に出来ない。ただひたすら寝る間も惜しんで自習するしかない。
「よかった。
クロフに任せておけば安心だと思っていたのですが、肝心な事しか教えていないとは」
クロフには色々と教えてもらった。
読み書きと計算と自分の力を外に出さないための方法と。
肝心な事は徹底的に教えられたが、肝心でない事はあまり教えられていないらしい。キーラが馬鹿で覚えられないと思っていたのだろう。
「世間の常識は教えたつもりです」
「その有り様で?」
ヴェノムは黒く染まったクロフを見てため息をつく。
泣きたくなるが、泣くとハウルが出てくるので我慢した。
「それでも、いい子に育ったのは事実です。感謝はしています」
ヴェノムは次の本を用意しながら言う。
何でも出来る彼女から見たら、馬鹿な上に取り柄のない子供に育ってしまっているのだ。
「小さなころの私は、常識に欠けていましたから、倫理観と常識を教えるのは一番大切です」
天才とは、そういう面があるものだ。キーラは面白みのない人間である。
ヴェノムは本を開いた。
「この本のこのページを読みなさい。とても分かりやすく書かれています。目を通し、理解したら実践に進みましょう」
ヴェノムはまず、本の探し方を教えてくれた。まずは一般的な本の並び。その中の分類。とくに注目すべきよい筆者、悪い筆者、まず読むべきよい本。
文字に目を走らせると、図書室のドアが開いた。
賢いディオルは、図書室にいる事もあるが、今日は実験をすると言っていたので部屋にこもっていると思っていた。調べ物なら事前にして、完璧にしてから動く子だから、調べ物ではない。
焦って汗をかいていたキーラは、意識が逸れてほっと息をつく。頭がぐるぐるになっていたから、意識をはっきりさせられたのはちょうど良かった。
「どうしました。実験が上手くいきましたか」
彼は満面の笑顔をヴェノムに向けた。浮かれている。
「ラァスさんが来た!」
ラァス。
ホクトが少しだけ教えた、ヴェノムの弟子。
何度か会った事があるらしいが、キーラの記憶にはない。大人になって、忙しくなってしまったのだ。
「ラァサも来てるよ。ジークもってこいって」
物のような言い方だ。ジークも顔を上げて本にしおりを挟む。
「ひょっとして、前のあの……化石の話か」
「化石じゃない。石像。しかも中は生きている」
「余計に理解できない言い方だな」
本当に理解できなかった。
生きている石像。
ゴーレムであれば動くとは表現しても、生きているとは言わない。だからキメラのことだと、一人納得した。
「デラステルト王の石像をクリス様がくださると? しかもラァスを寄越して?」
「それが気がかりなんだ。あの人の事だから、ろくでもない見返りを求めるんだろうけど、命に関わるような事はないと思うから我慢するよ。一月ぐらい束縛される程度だったら我慢する。とりあえず、ジーク来い」
「それで済めばよいのだけれど……」
ヴェノムはため息をついて立ち上がった。
「キーラ、ついでですからクロフィアへ挨拶をしに行きましょう」
ウェイゼルへの挨拶は済ませた。彼は頻繁にこの城に来るから、嫌でも挨拶しなければならない。
その次に会うべきは、長男である地神だ。残りは一人しかいないが、その一人はアブナイヒトなので会わなくてもいいと言われているから、最後の一人でもある。
気の良い子供のような神だから、ハミアのような威圧感はないと聞いていても、緊張する。挨拶しないわけにはいかないが、万が一にもキーラの存在がディオルの邪魔をするのではないかとか、考えるだけで気が重く、胃が痛くなる。
きりきりと、きりきりと。
「キーラ、考えすぎるとよくありません。それはジークにも言える事です。それほど深刻に考える必要も、身構える必要もありません。何かするとすれば、ディオルがするのです」
ジークはいつも巻き込まれる側だ。彼の心配はもっともである。
彼は立ち上がり、渋々と図書室を出た。過去の経験か、ヴェノムの言葉は信じていない。キーラも嫌だったが、ヴェノムに促されて応接室に足を向ける。
気が重いせいで知らず知らずのうちに小さな歩幅で歩いていると、先にジークが応接室に入り、キーラが部屋にたどり着く数歩前で、少女の声と男の罵声が響いた。
あまりに大きな声で心臓が跳ね上がり、びくびく震えていると、クロフが背を押した。
彼に触れられると、逆らえない。触れられるようにしてしまったから、頭が上がらない。
そっと部屋を覗くと、親子がいた。娘を叱る父親に、部外者を盾にする娘。巻き込まれた部外者ジーク。
「ラァサ、嫁入り前の女の子が軽々しく男に抱きついてはいけないとあれほどっ」
「パパはやらしい事しか考えてないんでしょ! 誰もジークを抱きしめてキスしたわけじゃないのよ! 友人に会って抱擁する事の何が悪いの!?」
「一回しか会ってないのにもう友人かっ」
「拳を交えれば友になるのよ!」
「交えるんじゃない!」
出直した方が良いような気がしてクロフを見上げるが、首を横に振った。
「親子喧嘩は他所でなさい。それにラァス、お前が何を言っても説得力がありません。自分の事を棚に上げてよく言えますね。娘がボーイフレンドを作るぐらい、そろそろ許してあげなさい。締め付ける父親は嫌われますよ」
ラァスは唇を尖らせる。金髪金目の女の人のような男の人だ。
「師匠は放任主義すぎだよ」
「子供の自主性は大切です。それにジークは身元もしっかりした紳士です。何を反対する必要がするのですか」
「反対じゃなくて、女の子として節度ある行動を教えているだけだよ。普通の挨拶をする分には止めないからね」
「どうだか……。
そんな事よりも、クリス様はうちの子の事で何をお望みなのです」
ラァスはさっと目を逸らす。
あまりにも怪しい反応に、ヴェノムは不機嫌を露わにした。
「うちの子に何をさせようというのです?」
「何を、とは聞いていないから分からない」
彼は言葉を切って、先に来ていたカロンを見た。
「ただ、クリス様が不正を働いていた館長に罪をかぶせる形で、像に改造を」
なぜかカロンをじっと見ている。見られているカロンは、決して顔を上げない。
「ちょっと! 改造って、死んだらどうするの!?」
「死にはしない。弄ったのは装飾部分だからね。剣の柄にそれは立派な宝石を埋め込んだんだ」
ディオルはカロンを見た。
ラフィニアもエリアスも見ている。
「やりたい事は、言われなくてもなんとなく分かるだろ?」
カロンは空っぽになっていたカップを置き、ようやく顔を上げた。
「分かるけけれど、本当にいいのかい? 仮にも神様が泥棒に入ってくれなどという態度で」
「その神様は、泥棒に入ってもらうために宝石を無理矢理つけたんだよ。それを美術館のメインにするんだって浮かれてね」
理解している皆はそれぞれ苦虫を噛みつぶしたような表情を作っていた。
理解できないでいるのはキーラとジークだけで、他はみんな理解している。
「私抜きでやってくれ。ジークにカツラでもかぶせればいいだろう。背格好も似たような物だし、私はいつも変装していた」
「それだとただのごっこ遊びで嫌だって言うと思うんだ。ディオルのために、茶番に付き合ってあげれば? 最近大人しいから、寂しがっている人もいるよ」
「この歳になって、若い頃と同じ肉体労働は……」
「見た目は変わっていないのに何バカな事を。君が来なかったら、クリス様の機嫌が悪くなるだろ。そうすると僕が呼び出されて家族団らんの時間が減るんだ。ただでさえ滅多に会えないのに!」
そう言った後、ラァスは小さな箱を意味ありげに差し出した。蓋は開けず、カロンの手の中に押しつける。
「僕が持っていても意味がない物だからあげてもいいよ。欲しがっていたよね?」
カロンはそっと中を確認すると、それを懐に入れた。
「仕方がない。クリス様のごっこ遊びに付き合うか」
買収されてしまったカロンは、上機嫌で笑う。何が起こるか理解できないキーラは、小さく身をすくめた。
「さて、話が終わったところで、キーラちゃん、こっちにおいで。よく顔を見せて」
ラァスに声を掛けられて、飛び上がりそうなほど驚いた。
「やっぱり師匠に似てるな。昔のアミュみたいだ!」
「え……」
「可愛いなぁ。可愛いなぁ」
抱きつかれて、撫でられる。
「パパ、私に求めたことと正反対の事をしている気がするんだけど」
「身内の子はいいの! この子が生まれる時、僕も協力したんだよ。今までは立場上、あまり会いに行けなかったけれど」
「っていうか、キーラが固まってるっ。意識はあるの!?」
ラァサに引き離されて、クロフの腕の中で息を吹き返す。
真っ白だった目の前にいつもの光景が戻り、慌ててクロフから離れた。
「この子は他人に触れられる事が苦手です。
それにハウルが見たら本気で怒るからおやめなさい」
ここにハウルはいない。ラァスの訪問は予告がなかったので、彼は気まぐれに出かけてしまった。畑でなければ釣りだ。湖か、川か、海か。
「ハウルの前で見せつけるのはけっこう楽しいですよぉ。キーラちゃんはハウルの弱点だから」
「夜に泣き言を洩らすからやめなさい。慰めるのは大変なんです」
「ははっ。ならやめときます。失礼しました」
「キーラに触れるのもやめなさい。クロフが不機嫌になります」
「ははっ。師匠は昔からダメな男っぽいの好きですよねぇ」
「彼らをダメな男だと表現するのは、あなたぐらいのものです」
「そのダメ男、鬱陶しいから置いてきます?」
ダメ男とはハウルの事だ。クロフはここにいるから、ハウルの事なのだ。
「そうですね。帰ってきて一人だった時、部屋の隅でいじけそうですが……」
彼女は迷うように首をかしげた。
「気が向けば死霊達に聞いて追ってくるでしょう」
そう判断して、ヴェノムはすぐに動く事を決めた。
先の事を考えると、再会した時の恨み言が自分に向くのでは思い、キーラはため息をついた。
地神殿に来た。
挨拶をして、熱烈歓迎されて、気付けば奇妙な事に巻き込まれ、キーラは首をかしげた。
「なぜ、私がカツラを?」
金髪のカツラだ。それをキーラにかぶせたのは地神だ。
間違って触れる可能性があるのに、それをかぶせなければならない理由を考えたが、彼女の狭い世界とささやかな経験からは絞り出す事が出来なかった。
分からないので椅子の上で小さくなっていると、クリスがキーラの顔を覗き込んで言った。
「女の子だからだよっ!」
彼は無邪気に笑っている。
子供の姿で、無邪気に。
キーラには何一つ理解できない。
「ヴェノムに似て美人だしスタイルはいいし、とっても似合うよ、この衣装」
「そ……それは、ちょっと」
キーラはその服を見て首を横に振る。女物であるだけならまだしも、とても服とは呼べない、下着並みに露出するモノだった。
あんな物を着て人前に出たら死んでしまう。死んだ方がずっといい。地神の命令と言えども、聞けない事もあるのだ。
「うちの可愛い娘にいかがわしい服を着せようとしないでください」
「えー、でも、衣装」
「キーラがなぜクリス様の趣味に付き合わなければならないのです。この子は良識のある子です。ごっこあそびといえども、泥棒の荷担などさせられません」
キーラは何をされられようとしているのかますます理解できなくなり戸惑った。
泥棒。盗み。
「だ、だめです。いけません。私は悪い事はしませんっ」
盗みとはその積み重ねが人を殺す事もあるのだ。だから絶対にいけない。
「悪い事じゃないよ。あれは僕の物だから、僕があげるといったらすべてディオルの物になるんだ。
で、僕があげたものを譲渡するだけだよ」
「で、でも、盗みって」
「ちょっと警察に予告状を出して、仮装して派手に受け渡しするだけだよ」
「ええっ!?」
本当に意味が分からない。
「どうして予告状なんて出すんですか?」
「怪盗だもん」
「え? ええっ!?」
理解に苦しんでいると、ラァスが肩に手を置いた。
「このカロンおじさんは、若い頃は怪盗なんてやってたんだよ」
「ええええっ!?」
声は控えていたエリアスとラァサからあがった。
「今時怪盗!?」
「ださっ」
二人は何も言わなかったからすべて知っている側の方だと思っていたのに、知らなかったのだ。考えてみればエリアスは他人に聞く事を滅多にしないから、分からなくても聞かなかっただけなのだ。
二人の言葉に一番狼狽したのはクリスだった。
「だ、ださくないよっ! 永遠の憧れだよ! というか、数年前まで活動してたのにっ! なんでやめたの!?」
ださいと言われて無言で傷ついていたカロンは自虐的に笑う。
「宝石は愛しいけど、そろそろ派手に立ち回る歳でもないし。
私の追っかけも引退してしまって、ああ、そんな歳になったのだと実感しました」
「いいじゃん。ライバルが一人引退するぐらい」
「ほら、孫に囲まれて幸せそうにされると……」
「ラフィがお嫁に行けば満足?」
「まったくもって満足ではありませんが」
カロンが真顔で控えていたラフィニアを後ろ手に庇う。
「孫が出来るって、子供から解放されて自由奔放になる時期でもあるんだよ」
「それとこれは別です」
「気持ちは分かるよ。僕も娘達は可愛いからね。お嫁に何てやりたくないよね」
幼い少年に娘の可愛さを語られ、カロンは力なく笑う。
「今回だけは付き合いますが、これが最後ですよ。
ヴェノム殿も、自分がそれを着る気でいるのか」
カロンが衣装を自分に合わせているヴェノムに釘を刺す。彼女はちらと彼を見て、それをテーブルに置いた。
「もちろん、着ません。ハウルが見たらまた怒ります」
彼はヴェノムを愛しているから、あんな姿で人前に出たら恐ろしいことになる。娘のキーラがやっても想像したくない反応をするのが分かっているのに、一番大切な妻がそんな事をしたらと思うと、寒気がする。
大人達の奔放さが、キーラには理解できなかった。
「んじゃ、決行は今夜。もう予告状出しておいたから、大騒ぎだよ!」
カロンの笑顔が再び引きつる。
「ああ、そうだ。道具一式をお貸ししますから、クリス様がセイダをやればいいのでは?」
「ええっ、いいの!?」
「どうぞどうぞ。クリス様ほどの美男子でしたら異存はありません。ご自由にどうぞ」
面倒事を自分ではしたくないという雰囲気だ。
それなのにクリスは浮かれて飛び跳ねている。しかしすぐに
「でもいいや。やっぱり本物がやらないと面白くないし! 僕がやったらただのなんちゃってじゃないか! それだと意味がないんだよ!」
「そうですか……」
キーラにはすべてが理解できなかった。
高い塔の上から美術館を見下ろす。夜の街は地上にこそ星屑がある。その中でも美術館は怪盗対策かライトアップされ輝き、できればこのまま見ていたいが……
「絶景だよねっ。やっぱり怪盗と言えば高いところ!」
クリスの言葉に、キーラは無言で頷いた。
キーラにとって彼は一番苦手なタイプだ。
どうしようもなく苦手なタイプだ。
金髪のカツラをかぶせられて、ひらひらの黒いワンピースを着せられて、黒いヴェールをかぶせられた。
結局、巻き込まれた。
「でもさぁおじさん、金髪がいいなら、ラァサでも連れてくれば良かったんじゃ?」
キーラとまったく同じ格好をしたディオルが言う。彼は像のためなら女装も全く嫌がらなかった。彼は肝が据わっているのだ。同じ両親から生まれたのに、性格は全く似ていない。
ちなみにジークも同じ格好をしている。本人は嫌がったが、ディオルが脅して参加させた。
近くでよく見ると、ごつくてとても女性には見えないが、黒くて暗いので誰もが女性と見間違える。可哀相なことに、先ほどから始終無言だ。硬い表情のままぎくしゃくと動いて一言も発しない。
とても痛々しい。
「ラァサ達は顔が知られているからだめだよ。今ではこの国の顔とも言える一族だからね。ラァスはもう大人になっちゃったし。最近、ノリが悪いんだ」
「大人になったというより、諦めたって事だと思うんだけど……。
たまには夫婦水入らずにさせてあげたらいいんじゃないかな。そのうちやめるって言い出しても知らないよ」
「それは不安なんだよね。あっちと交渉しても、ラァスを自分に寄越せばいいで平行線だし。
ラァスも自分まで向こうに行ったらヤバイって事ぐらい分かってるからこっちにいるけど、そのうちキレないかは不安だね。ハウルみたいに表には出さないけど、負けず劣らずな所あるし」
クリスはため息をつく。
キーラには何を言っているのかさっぱり分からない会話は相変わらずなので、それほど気にならなくなってきた。
「だから、そんな日頃のストレスも、たまにこうやって発散しないとね。見なよ。セイダのライバルが復帰しているよ」
「おや、本当にアーバンだ」
カロンは双眼鏡を覗いて嬉しそうに塔から身を乗り出す。
「この街に住んでいるんだ。年寄りの冷や水って奴だね。
まあ、カロンの事以外では有能らしいから。カロンを追っかけたのは趣味の方で、普段仕事はしっかりしていたって言うからこそ、信頼されて前線復帰させてもらえたんだろうけど」
「私など追わなければ、もっと成果を上げていたでしょうに。
ラァス君が話をしているね。盛り立て役になるのかな」
双眼鏡を覗いていたカロンは、顔を離すとモノクルをかける。
「ねぇねぇ、どうやって侵入するの?」
「クリス様は派手なのがお好きでしょうが、侵入は地味に行きます」
「逃げる時にド派手に逃げるんだね! 楽しみだなっ!」
地味に、可能な限り行きも返りも地味にと願う気持ちは、この小さな子供の姿をした地神には通じない。
誰か助けてと願うが、生かされている身ではこれ以上の抵抗は出来ない。
そしてキーラ以上にそれを願っているのは、ジークだと知っているから、文句も言えなかった。