9話 塔の影で

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 メディアに連れられ、学舎を出て別棟に入った。
 あまり人気はなく、使われていない倉庫のように使われている場所だった。
「ここは?」
「予備の実験棟よ。祭りの最中は使用禁止なの。爆発したら洒落にならないでしょ?」
 観光客が多いところで爆発して、問題が世界に広がれば塔の権威が落ちる。塔はこの世界で最も歴史と権威ある組織だ。
 その中でも中央塔があるこのアンセムで学べる子供達はエリートである。
 研究を続けられる者、王宮に行く者達はその中でも最後までエリートとして残った者だ。
 ジークの故郷にも塔の支部はある。その中で、アンセムで『卒業』したエリートは一人しかいない。
 普段はここでも、そのエリート達が研究がしているのだ。
 ジークには遠い世界。
「二人は将来的に何がしたいの?」
 メディアの問いに二人は戸惑った。
「え…………普通に生活が出来れば」
「私もだ」
 まずはそれが一番の希望。
「何か極めたいとは思わないの?」
「…………」
 二人で首をかしげる。
 魔道を極めるなど無理だ。ヴェノムのような存在を見ていると、無理だと思う。ああはなれない。
 武術は極めたいほど特別ではない。
 ディオルの研究をたまに手伝わされるが、楽しげではあるが生き物を玩具にするのはどうかとも思う。
「まだ何が向いているかもよく分からなくて」
「そうね。始めて間もなくこれがいいと言える人は滅多にいないわね。見本の多い塔でも進路に悩む人は多いもの」
 メディアはくすりと笑う。
 小柄で可愛らしい人だが、気が強くてはっきり物を言う。
 ディオルが師匠の一人とするだけあり、自信に満ちあふれている。それがとても魅力的だ。
「私も、特別なのはこの体質だけで、他に才能ないから……。
 お母さんやディオルみたいな才能があったらよかったのに」
 キーラはため息を洩らす。
 彼女は身内が天才ばかりで息苦しそうだ。幸い、ジークには父が一人だけだった。弟に抜かされるという悲劇もなく、順調に育っていたのだ。
 ただ、弟も才能のある武人である。容姿もカーラント人貴族らしく、爽やかな美少年だ。他の門下生からは、明るい彼の方が人気があった。
「あんた達みたいな真面目そうなタイプにはそういう考えが多いのよ。失敗してリタイアしたり、上を見すぎて落ち込む子」
 真面目。
 真面目にやらないと食事もないような家だったから、真面目にやらざるを得なかっただけだ。けっして根っから真面目なわけではない。根が暗いように見えるのは、人と目を合わせられないからだ。
「でも、ね、よく言うじゃない。神童も、大人になればただの人、って。
 逆に始めたばかりはだめで馬鹿にされていたのに、努力で伸びてその道の頂点に立つ人もいるわ」
 メディアは笑って、それから足を止めた。
「さて、ここね」
 メディアは部屋に入った。何か実験をする場所のようだが、ベッドもある。
 まるで人を拘束するためにあるような、枷がついたベッドであるのが、何とも理力の塔らしい。
 キーラはこういうところに捕まらないように気をつけなければならないのだ。
「ちょっと待ってね。まだ時間が早かったみたい」
「はい」
 メディアは壁掛けの時計を見てぢかの椅子に座った。
「誰かと待ち合わせを?」
「ええ。付き合ってくれたら、あとで美味しい物食べさせてあげるから」
 笑う彼女を見て、二人は頷いて椅子に座る。
 一体、誰が来るのだろうと時計を見た。
 きっと待ち合わせは、十五分後だ。


 馬車に乗せられ、どこかに向かう。
 馬車の窓は閉められて外は見えない。
 それは問題ない。シアも気にしていない。何かあってもエリアスは間抜けなのでシアに一撃でやられるし、もう人の男もシアだけでどうにかなるだろう。頭の良い女が身体的に強いとは、なかなか想像がつかず、意識する前に気を失っているはずだ。
 それよりも、暇なのかディオルの服の下で動く鳥やら蛇やらがうっとうしい。普段はいい子なのだが、ゆとりのある服を着ているせいか活発だ。ごまかすためにディオルが落ち着きのない子供のように、頻繁に動かなければならない。
「若い方には退屈でしたでしょうか」
「お気遣いなく。この子はただ緊張しているだけです」
「予定外のことをお願いしてしまったせいですね。申し訳ありません」
 シアになでられ、ディオルはうんざりした。
 やがて馬車が止まり、外に出る。搬入用のスペースらしく、上手い具合に、現在地がわかりにくいところに止められた。
 こんな場所があるということは、それなりに大きな施設。
 ホテルなどではないから、どこかの店か塔の関係施設か。
 罠がないことを確かめ慎重に前に進む。
 地面に何かないか、床に何かないか、床下に何かないか。
 廊下に出て、理力の塔の関連施設だと確信する。独特の様式があり、それに当てはまる、古くて大きな建物。
 人の気配がなく、今は使われていない。
 馬車に乗った時間からして、街の外に出たわけではない。
「さて、何があるのかしら」
 シアは楽しげに首をかしげた。
「声がお変わりになりましたね」
「ええ。気分で変えておりますの」
 そんな趣味の人間が本当にいたらお目にかかりたいものだと、ディオルは心の中で呟く。
 少し進むと、人の声が聞こえた。
 聞き覚えのある声。
 メディアの声。
 なぜ彼女がこんなところに。
「こちらです」
 通された部屋には、案の定キーラとジーク、そしてメディアがいた。
「ご苦労様」
 メディアは腕を組んでこの怪しい一行を迎えた。
 キーラとジークが目を剥くような怪しい一行を、だ。
 ──どうなっている?
 考えるが、理解できない。
 彼女は聖性主義に手を貸すようなタイプではないのだ。
「このあや……へ…………この人達は?」
 言い直し、言い直し、結局飲み込んで問うジーク。
 シアもディオルも気づかれてはいない。
「観察したいそうよ。キーラ、ここにできるだけ薄着をして横になりなさい」
 寝台を指さし、キーラは素直に上着とシャツを脱いだ。躊躇なくシャツまで脱ぐとは、女としての自覚の問題か、文化の違いか。
「えと……何をするんですか?」
「大したことじゃないわ。キーラの毒ってのを調べたいのよ。完全に封じているのか、少し漏れているのか、それがどんな影響を与えるのか。
 今までこんなに長く生きていたことがないから未知の領域なのよ」
「はい」
 キーラは疑いもせずに横になる。
 メディアを見るが、やはりあの背丈も体格も顔も、ついでに声もメディアだ。
 顔だけなら上手く化ける者もいるが、小柄なメディアに化けるのは難しい。しかし、メディアだとは信じられない。
 かといって、幻術であれば少しはそれらしい気配があるものだ。
 ジークは異様さに気づいてはいるが、相手が姉弟子である。ディオルがなついて、キーラもなついている。
 キーラなど、信じ切っているので疑いもしていない。
 自分の体質も、容姿も自覚がないのか。
 計器が取り付けられ、血を採るためか男が注射器を取り出した。
「エル」
 ディオルは首に巻き付いて遊んでいる蛇に声をかける。
 馬鹿な子だが、命令には忠実だ。
「メディアさん、背の低い黒髪の女の足を噛んでこい」
 はっきりとした命令なら、忠実に守る。
 目標のために、蛇は多くいじっている。その中でも使えるキメラがこれだ。
 エルは足下に落ちて、メディアに飛びかかる。ジークが反応したが、ディオルが背中で空間に穴を開け、どこかをつかんで動きを止めた。変な風に転んだが、その隙があればエルはやれる。
「うぎゃっ」
 メディアが飛び上がり、一瞬で髪の色が白くなる。
 男の注射器を持つ手が止まり、ディオルはほくそ笑む。
 少し考え、意を決してヴェールを外した。
「ディオルっ!?」
 ジークが叫んだ。エリアスは自分の口を押さえて我慢した。
 シアとの関係は、あの神殿での出会いがきっかけだ。こちらの線からたどることは不可能。
 どうせ手紙のやりとりは郵便屋に頼むから、奪い取ったりするのも不可能。
 エリアスさえどうにかしておけばいい。
 睨み付ければ、彼は後ずさる。
 ここにあんな格好でいること自体が弱みである。
 知られたらどんな目に合うか分かっているはずだから。
「たまたま知り合いだったから混ぜてもらったけど、人の姉にろくでもないことを」
 ディオルが混じっていたら、決行されなかったはずだ。彼らはディオルの異能を聖人として迎えたいと思っているのだ。
 聖なんてとんでもない。
 冗談ではない。
「まったく、誰を狙っているかと思えば」
 ディオルはエリアスを睨み付けながら言う。
「この人には正当な代金を払って、引くと良いよ。
 そうしたら、そっちのがどんな手を使って化けたかも追求しないし、逃がしてやる。
 引かないなら──皆殺しにするよ」
 空間を裂き、キーラが横になっていた寝台を真っ二つにする。
 これを使うと、人間を殺すのだけは簡単だ。
 有用に使おうと思うととても難しいが。
「どうする。殺す事にかけてなら、僕の右に出る力はないよ。その女、大切な聖人なんだろ」
 エルに噛まれてあの程度の変化しかないなら、何か特殊な力で化けていると考えた方がいい。
「さあ、どうする。死ぬ?」
 ディオルが首をかしげると、男は肩をすくめた。
 ジークが這って来て、ディオルのローブを引っ張る。
「な、何なんだ!? メディアさん、偽物!?」
「そうみたい。今日は塔の関係で昼間は忙しいって言ってたから、偽物だよ」
「そんな……じゃあ、あの説教は……」
 説教をされていたらしい。ショックを受けている事から、それなりにいい事を言われていたのだ。
「あー……別にからかうつもりで言ったんじゃないんだよ? 心からの本心。
 ところでディオルくん、殺すつもりがないなら、この蛇何とかして」
 変身能力を持つ彼女は、徐々に姿を変えている。
「背まで低くなれるなんて、変な力。エル、離してやれ」
 彼女は男が差し出した覆面をかぶり、違う姿へと化ける。背の高い、大人びたラインの身体へ、そしてまた元に戻り、少年の姿へ。
 大人の身体には、服がきつかったのだ。
「危害を加えるつもりはこれっぽっちも無かったんだけどね。血だけで我慢してもらうわ」
 キーラがあっと言って腕を押さえた。
 彼らが来る前に、もう採血されていたのだ。
「じゃあね、坊や達」
 偽メディアが手を振ると、水蒸気が立ち上る。
「わつつっ」
 水蒸気だから熱い。蒸す。気持ち悪い。
「せめて霧とかにしろっ!」
 水蒸気だったからこそ、意表をつかれて逃がしてしまった。血は取り戻すつもりだったのに。
「金は置いてったか」
 シアが無言でそれを拾い上げ、ディオルに一礼して来た道を戻る。ジークの前から早く立ち去りたいらしい。
「ディオル…………結局、何だったんだ?」
 妹の気など知るよしもないジークは、膝に付いた埃を払いながら問う。
「あれは聖性主義者だよ。姉さんが珍しいから調べたかったんだと思う。僕ですら遠慮してあんまりやってないのに」
「少しはやってたのか」
 当たり前だ。ディオルは好奇心旺盛なお年頃なのだから。
 それよりも、問題はエリアスだ。
 気付かれていないとは思ってないはずだ。
 今頃は冷や汗をかいているだろう。
「まったく、ジークは人がいいから困るね。例え誰であろうとも、変だなって思えば疑っていいよ」
「すまない」
「何かいい話をしていたみたいだけど、収穫はあった?」
「勉強は大切だという話を。好きな事を見つけられると良いな、と」
「そりゃ、いい話だ」
 彼はため息をついて肩を落とす。
 ジークは、色々と残念な男だ。
 完璧に近い妹とは雲泥の差。
「ディオルは姉のために、ちゃんと動けるんだな。それに比べて私は……」
「君はそういうところが残念なんだよ。
 もっと堂々としなよ。開き直ってもいい。気負う必要もない。出来ない事は出来ないんだ。完璧な人間を見ても仕方がないよ。君は自分で思っているほどダメじゃないから、上を見すぎない方が良い」
「さっきの人にも言われた」
 重症だ。
 目の事さえ封じれば、もう少し使える男になるのだろうが、今は使い勝手が悪い。
「姉さん、服着た?」
「あ、うん」
 こんな所にいても仕方がない。化けられていたメディアに報告しなければならない。
 メディアに化けてキーラに違和感がない程度、メディアらしい態度と言葉使いが出来ていた。つまり、あれはメディアをそれなりに知っていたということになる。
 顔を隠し、存在も隠しでは、特定は不可能だが、そういう事件があったという認識が大切なのだ。疑う一つの要素となる。
「ジーク、元気出して? 私はメディアさんによくしてもらったのに、見抜けなかったから、私が悪いの」
 似たもの同士は落ち込み合う。
 兄弟を入れ替えた方がよっぽどしっくりくる気がして、ディオルは笑った。
 あの妹にこの兄。
 放っておけないと考える妹の気持ちはよく分かる。彼女がディオルに手紙を送るのも、ジークの様子が知りたいのが一番大きいのだから。
「仕方がないから、僕が一緒にいてあげるよ。用ってあれだったし」
「そうしてくれ。二人だと何がどう良いのかよく分からない」
 彼は言われた事を気にしている。
 ジークは身体を動かすのは習慣で趣味ではない。
 二人に何か夢中になれるような物を見つけるには、色々とやっているこの塔はいいきっかけになるはずだ。
 これだけ体術が使えるから、アルスが引っ張りたがるだろうが、今日は見学会にすればいい。
 幸い、ディオルが顔を出して嫌がるような連中はいない。何とかして親しくなろうとする連中ばかりだ。
 あまり係わりたくないが、仕方がない。
「クロフ、どうせいるだろうから言うけど、カオスさんに報告しておいて」
「分かった」
 ここにディオルがいたから出てこなかったが、いなかったら彼はどれほど怒り狂って暴れていたか。
 まさか彼らもキーラがどのような環境で、誰に守られて育てられたかなど知らないし、まさか精霊が邪精になってまで彼女についているとは思いもしなかっただろうから仕方がないが、本当に危なかった。


 クロフの報告を受け、メディアは頭を掻いた。
 自分に化けた伸縮自在の侵入者。
 キーラが気付かなかったのなら、よほどなりきっていたのだ。通りがかった生徒に聞いても、昼前に歩くメディアを見たという。
「ほっておきなさい。聖人の一人らしいじゃないですか。彼らを下手に刺激しても、良い事はありません」
 カオスは高い位置にいるマナラに工具を渡しながら言う。
「調べるだけで危害を加えるつもりはなかったのでしょう。
 問題なのは、下手な調べ方をして、毒をまき散らされた時です。それを阻止してしまえば大丈夫」
 カオスは持っていた工具を置き、水を作り出し手を洗い、お茶の準備を始めた。
「本当にいいんですか、塔長様」
「いいんだよ、マナラ。下手に刺激しない方がいい。イゼアをちゃんと国に帰すまでは」
「イゼア……まだ狙われますか?」
「聖人でもない、迎え入れたいと思っている身内がいるわけでもない、調べるには打って付けの素材です。その上、マナラの弟子。喉から手が出るほど欲しい人材ですよ」
 昔よりはずいぶんと女らしくなったイゼアは、気にしたそぶりもなく作業を続けている。
 彼女の旦那がいないのが救いだ。いれば憤慨して鬱陶しい。
「少しは気にしなさいよ」
「そういうのは慣れましたよ。元々、結婚の切っ掛けになったのもバイブレットさんのせいですし。あの組織とは微妙に縁があるんですよね」
 彼女は振り返って笑みを浮かべる。
 素直でないのもいいところだった彼女の旦那は、彼女が女好きと有名な聖人の勧誘を受けている事を知って、ようやく素直にプロポーズして国に連れ帰ったらしい。危ないから当分来るなとマナラが見送ったので、今度はマナラを守るのが大変だった。
 イゼアの旦那は妻を大切にしているらしく、三十を過ぎているようには見えない若々しい美人だ。昔のような男らしさは、これまた旦那の手により消えていた。それでも、鼻の頭を汚した彼女を見ていると、昔の事を思い出す。
「それよりメディアさん、そこに魔力を流して下さい」
「分かったわ」
 彼女たちが塔の装置の点検をしている程度の事しか分からないメディアは、イゼアの指示に従って言われたとおりの事をするしかできない。
 専門知識は皆無であるから、メディアが触れる物に何の意味があるのかも分からない。
 この時期に点検するのは、人が多いからやりやすいという事しか知らない。
 専門家でないのでメディアには未知の領域だ。
「終わったらお茶にするわよ」
「はい」
 本人達が気にしていないなら、まあいいかと忘れる事にした。
 キーラにはディオルがいる。


 ディオルに連れられ、色々な教室を見て回った。
 最後に来たのは、外れの方にある少し変わった教室だ。
「邪魔をするね」
「いや、いいよぉ。それよりもさぁ、ここをぶちっと切ってくれないかな。綺麗な切断面であればあるほどいいんだよ」
「いいよ」
 ディオルは教師に頼まれて何かを始めた。
 この部屋はカロンの部屋に少し似ている。
 カロンは握力がないので、よく手伝わされる。だから慣れた雰囲気だ。
「これは何に使うの?」
「マナラさんに頼まれた塔の修理に必要なパーツ。あの人達、魔動機は強いけど、魔具には弱いから。ああ、弱いと言ってもマナラさんの設計は完璧だよ。でも魔力がないから」
「そっか。マナラさんか。あの人も好きだなぁ」
「私はイゼアさんに憧れて始めたんだけど、今はマナラさんのすごさに憧れててねぇ。魔具だけとはいえ、頼られるようになってうれしいんだぁ」
 研究者同士のためか、ディオルと教師の女性は親しげに会話をしている。
「ありがと。いつ見てもほれぼれするよ。
 はーい、これで完成したよ。誰か塔の入り口まで持ってって」
「はいっ」
 生徒達が我先にと争い、結局は一番年長に見える少年が勝ち取り教室を出た。
 どうしてもその塔に行きたいらしい。
「で、今日は見学?」
「そう」
「せっかくだから、何か試しに作ってく? 他のとこと違って、工作みたいなものだから遊び感覚で出来るでしょ」
「ああ、そうだね。なんかいつも細かいから向いてるかも。魔法で封じるよりも、道具で封じる方が安定するから、ジークの将来にも役に立ちそうだし」
 細かいわけではない。ディオルが大ざっぱすぎるだけだ。物は元あった場所に戻し、いつも同じ時間に寝起きし、訓練するのは細かい内には入らない。ただの習慣である。
「ディオルちゃんはこっち! これ、今度はこれ切って」
 教室の後方に横たわる、大きな白い固まり。
 横幅は教室の半分ほど、高さはディオルの胸あたりまで、奥行きもそれと同じほど。
「これをすぱっと! 作ったはいいけど、二つくっついちゃって、でかいし結構堅いから動かせなくって」
 ディオルはそれを観察し、こんこんと叩き、首を横に振る。
「無理無理。僕が安定して切れるのはせいぜいボールサイズまで。
 よれよりジーク、切ってみなよ」
 確かにキーラのことがあるから帯剣している。しかし、教室で剣を振り回すのに抵抗があった。
「いやしかし……」
 止めようとしたが、生徒達が自主的に机を運び、謎の物体を切りやすいところに移動させ、離れたところに行儀良く並んだのを見てジークは諦めた。
 ディオルがしたように素材を叩き驚く。柔らかいかと思えば、少し押すと堅くなる。これだけの大きさを数人で持ち上げられるのだからかなり軽い。しかし堅い。
「縁の方を試しに切ってもいいですか?」
「ああ、汚いところなら」
 ふちの不揃いな部分を剣で削る。削れる。割れる。
 少しだけ中に切っ先を当て、振り上げ、振り下ろす。
「すごいすごい」
「先生、後ろに張ってあったプリントが風圧か何かよくわからないけど切れてます!」
「この子一人欲しいぃぃい」
 こんなことしか出来ない人間が一人いてなんになる。
 ただ武器の扱いが上手いだけ。魔道士にはほとんど意味のない存在。
「ジークちゃん、さあさあさあ、さくさくっと切って、三等分ぐらいにして!」
「なんでこんな物をこんなところで作ったの。元は二つだとしても巨大だよ」
「新しくこのクラスに入った子に、素材の作り方を見せさせたの。どうせなら少し大きめにって材料をたくさん用意したら、全部使っちゃったの」
 料理をするために用意した材料を、全部混ぜ合わせてしまうようなものかとジークは想像した。
「これは何に使うんだ? もっと小さいのはカロンさんの部屋で見た覚えがある」
「緩衝材とか魔石を納める土台だよ。そのままだとそこそこ柔らかくて、力を加えると堅くなっていくから。
 魔力を少しだけど瞬間的に増幅させるし、詰められれば詰めるって感じに使う。ただ、ここまで大きいと性質上切りにくい。やるなら一瞬でやらないといけないし」
「なるほど」
 先に言ってくれればよかったのにと思いながら、ジークはそれを三等分にした。
「二つは運んで。一つは使うよ。ジークちゃんだっけ。これを縦にして、さらに三等分!」
「それぐらい機械でやりなよ」
「いやいや、せっかくの職人芸、見ないと損だよ!」
 そんな職人になった覚えはないが、教師の彼女はともかく、年下の少年少女達の期待に満ちた視線を受けると、嫌とも言えない。
 縦に切ると言うことは、断面だけなら大きくなって難易度が上がる。
 躊躇しなければ柔らかかったので、さくさくと切り分ける。
「工作はこれで終わりですか?」
「これはただのお願い。道具で切るとゆっくりとしか切れないの。邪魔なの」
「はぁ」
「初心者コースは魔灯か札作り。魔灯は魔動機、札は魔具の初歩だよ。基礎知識が無くて魔力が高い子は魔具の作り方の方が簡単だね」
 ジークは分からないので頷いた。
「私にはよく分からないので、あなたの見立てでお願いします」
「やぁ、美少年に任されちゃった。
 じゃあ、札を作りましょ。邪眼持ちなら向いてる向いてる。ヴェノム様みたいに完璧に封じてる方が珍しいから、自分を抑えるのには一番簡単な方法よ。道具は主が不調でも簡単に動かせるから!」
 ジークは頷いた。
 自分の力は信じられないが、道具なら信じられる。
 剣だって、手入れして、ちゃんと使えば主人を裏切る事はない。
「私、魔具なら作るの得意」
「じゃあキーラちゃんは魔動機を作ろう! 楽しいよっ!」
 自分の専門にするとかそういうのは考えず、ジークは楽しむ事にした。
 義務でないなら、楽しく続けられる事が大切だ。
 義務にしてしまうよりも前に、楽しめるかどうかを知りたいのだ。


 

感想、誤字の報告等

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