10話 ミステリアスな女
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メモ片手に、狭い道に入り込む。
道は人に聞いた。
露店で小銭を稼ぐそれっぽい学生に聞いたから間違いない。
カロンに頼まれた買い物リスト。羅列した文字から、それが何であるかジークにはまったく分からないが、人一人で持てる量だと信じている。
「手を離しなさい」
メモから顔を上げ、耳を澄ます。
「そうおっしゃらずに。こんな所に一人では危険ですよ」
「汚らしい手で触れないでいただける?」
声の主達を探して走る。
こんな所に女性が一人では危険だ。そしてこの男はナンパか。
狭い路地を覗くと、嫌がる女の手を引く男がこちらに来た。
「何をしている」
ジークが立ちふさがると、男はむっとした表情を浮かべたが、気にせず通り過ぎようとした。
「助けてくださいっ」
女の方は助けを求めた。
ジークよりは少し年上の、仕立てのよい服を着た品のよい少女だ。
「分かった」
強引に女性を連れて行こうとする男といえど、傷を付けるのも可哀相なので、一撃で気絶させる。強引なナンパで役人に突き出すのも可哀相なので、男を道の脇にころがす。ひょっとしたら財布ぐらい盗られるかもしれないが、女と違い貞操は安全だろう。
助けた女はきょとんとしてジークを見上げ、それから笑みを浮かべた。
「まあ、お強いのね。ありがとうございました」
「いや、別に。
連れはいないのか」
「はい」
いい服を着ているし、身につけた宝石も高そうなので、護衛の一人いてもよさそうな雰囲気なのだが。
「とにかく、ここは危ないから通りに出よう。通りならこんな風に無理矢理連れて行こうとする者もいない」
「申し訳ありませんが……あら」
彼女はジークが手にしていたメモを見て首をかしげた。
「こちらをお買いに?」
「あ、ああ」
「でしたら、わたくしと目的地が同じようです」
彼女は柔らかな笑みを浮かべて、ジークの手を取った。
「貴方は不慣れのようですから、お礼に案内いたします。まいりましょう」
メモの裏に描かれた地図を見ての言葉のようだ。
積極的な少女は、ジークの手を引いて歩き出す。
別に構わないが、なぜ、という気はしないでもない。
手を引かれてやって来た店は、薄汚れた古い店だった。
ここは変わった街で、都市全体が結界となるため、建物には文字を書かなければならない。この建物はそれがとくに多いから、特殊な場所だとよく分かる。魔法の品を扱う店としては、それものの雰囲気がある。
見上げていると、案内してくれた少女が店のドアを開いた。
「こんにちは、モロさん」
「おや、いらっしゃい。今日は見慣れない色男をお連れだね」
「そこで絡まれているところを助けていただきましたの。戦闘員だと思われる方を、一撃で気絶させてしまいました」
「そりゃあいい拾いものでしたね。で、今日はどういったご用件で?」
「持ち合わせがないので、これを換金していただきたいんです」
彼女は指輪を外して店主に見せる。
「さすがに物が違いますねぇ。ところで宿はお決まりで?」
「ええ。一番大きなホテルです」
「なら安心だ。まずはこれで。大金を持ち歩かせるわけにはいきませんので、残りは宿に届けましょう」
「ありがとう。ところで、この方もカロンにお使いを頼まれているらしいのだけど」
メモには名前も書いていないし、名乗ってもいない。判断できるとすれば筆跡だけだ。彼女は筆跡でカロンとわかるほど、彼と親しいのだ。どうりで警戒されることがなかったはずである。
「カロンの新しい恋人かい?」
「違います。絶対に違います」
「そうかい」
カロンの事は嫌いではないが、そういう見方をされると寒気がする。
二人は反応を見てくすくす笑う。
モロはメモを受け取り、指を折って数える。
「足りないな。坊や、揃えるには時間が掛かるから、夕暮れ前においで。それまでその方と一緒に観光でもしてくると良いよ。ああ、傷一つ付けるんじゃあないよ。しっかりお守りするように」
ジークは突然の事に戸惑う。
知らない女性だ。せいぜい、繋がりはカロンのメモだけ。それなのにいきなり護衛しろとカロンのなじみの店主が言う。
「私はただの通りすがりだが?」
「男なら美女のエスコートをさせてもらえるのにぐだぐだ言うんじゃないよ。ここで会ったが運の尽きさ」
「いや、あの……この人は一体どう言った方で?」
身なりも良いし、対価の一部として出された金でもかなりの高額。良いところのお嬢様であることに間違いはないが、問題はそれがどこのお嬢様なのか、だ。
「そんな些細な事はお気になさらないで。それとも、わたくしのような不器量な女とデートはお嫌かしら?」
「いや、そんなことは決して」
いつも見ている美人達に比べたら劣るが、不器量という容姿ではない。色白で肌の綺麗な可愛い女の子だ。
「わたくしはミスティ。あなたは?」
「私はジーク」
彼女は頬に手を当て、わずかに首を傾け微笑む。
「よろしくお願いします、ジーク」
そう言って背伸びをしてジークの頬にキスをしてきた。
こんなことは、シア以外にされた事がない。
初対面の男にこんな事をするとは、文化の違いとは大きな物である。
ミスティと手をつなぎ、妙な道具のある露店を覗く。
女性と手をつないでデートなど、生まれて初めてでジークは緊張していた。しかも気心も知れぬ初対面の相手だ。
もっと女性に慣れた男なら、気の効いた事を言って楽しませるのだろうが、ジークは男ばかりの世界で育ち、女性との話し方など分からない。
だから彼女の言葉に頷き、彼女が手を引くままに歩いて、彼女の見たい物を見ている。
「セファインさん、こんにちは」
ミスティは帽子をかぶった男に声をかける。道具を磨いていた彼は気だるげに上向いた。
「ああ…………ってミスティさん、こんな所で一体何をっ」
こんな所にいるのを驚かれている。連れがいても驚かれているのだから、普段はこのような事はないのだ。
「この方とデートです」
「ああ……ああ、新しいヴェノム様の弟子か。
なら安心ですけど、他のお供はいないんですか?」
「ええ。ホテルで眠ってます。昼間は得意ではありませんから。それよりも、こちらはマナラさんの?」
「ああ。あいつ忙しいですし」
「どうして帽子なんて? 塔の印もないですし」
塔の者が趣味で出店している場合は、そうと分かるように印を付けている。しかし彼にはそれがない。
「顔を見せてたら、物の良さなんて分からない奴が買っていくからですよ。マナラのもあるけど、生徒のもあるんで。
教師陣はこうやって町中にとけ込んで監視しなきゃならないんで、目立つわけにもいきませんから、一般に混じってるんですよ」
「そうですか」
ミスティは笑みを浮かべ、道具を手に取る。迷うことなく次々に手を出し、どんどん仕分けしていく。
「ミスティさん、十……いや五点までで」
「えぇ……」
ミスティは指をくわえ、選んだものからさらに五つを選ぶ。
「お代はこちらでよろしいかしら」
ミスティは身につけていた装身具を外して男に見せた。
「天然物ですね」
「ええ」
「細工もいいし、まあ、これでいいですよ。本当は現金オンリーなんですけど、ミスティ様だから特別」
ミスティは袋に入れてもらったそれを手に立ち上がり、一つを取り出してジークの手に握らせた。
「ミスティさん、見ただけでそれが何だか分かるんですか?」
ジークのくびに掛けられた物を見てセファインが問う。
「ええ。これが本職のようなものですから」
「それ、よく意味が分からなかったんですよね。ペンダントトップっぽいんですけど、なんか色が変わるみたいで安定しないんですよ」
確かに、ジークが握る前までは白い石だったのに、自分の瞳の色のような赤黒い色に変色していた。
「ジークの色は瞳の色と同じね。分かりやすい特色です」
ミスティはジークの手に乗った石に触れた。彼女が触れると、赤く染まっていた石に透明感が出たやがて色が抜け、水晶のような無色透明になる。
「私の色がこれです。セファインさん、手をかざして」
セファインが手をかざすと、石は赤くなった。ジークの時とは違い、炎のような色合いである。彼が手を離すと、元の白に戻り、ジークが石に指をかけると赤黒くなる。
「ジーク、この色がまっ赤に近づいたら、少し危ないわ」
「え、俺危ないんすか?」
セファインが驚いて自信を指さす。
「ジークだけよ」
ミスティはセファインの言葉を即座に否定する。
「人の魔力に感化して、色を変えるの。魔力の高い人ほど色が変化します。わたくしは特色がないので透明に。セファインさんは攻性魔法の先生だから赤。ジークは少し特殊だから黒みがかっています。例えば、ディオルが触れたら真っ黒になるでしょうね。
だから黒みを消すほど攻性寄りになったら、危険です。ジークはまだあまり魔力の操作はまだ慣れていないようですから」
彼女は手を取ったまま優しく笑う。
「こんな石でそんな事が分かるのか?」
「ええ。魔力の質を見る事に関しては、わたくし右に出る者はいないと断言できますわ。
これは魔石の色が変質するという特色が強く出た石を魔具にする事で生かしたものです。他に類を見ない珍しい魔具です」
ジークは自分が作った物とはかけ離れて高度な魔具を見つめ、これを握らせたミスティに戸惑いの目を向けた。
「ジークの魔力は強いけれど、少し不安定です。ほら、指をかけるだけで色が常に変化しているでしょう。大きな魔力を持つからこそ、その動きが分かりやすく出ています。
それがどうしようもない時、深呼吸して、どこかに意識を集めれば、それは収まります。もっと具体的には、暗いところにこもるとか、黒をイメージするといいでしょう。あなたの場合、黒は安定です」
言われたとおりにするため、目を伏せて行きをすると、確かに色が安定した。
「さっすがミスティさん。魔力鑑定士と言われるのは伊達じゃないですね」
彼女は一体どんな魔術師なのだろうかと、再び疑問がわいてくる。
魔力の鑑定士。それで何が出来るのかジークには分からない。
少なくとも、今は知られたくないようなので、帰ったらディオルに聞く事にした。
「こちらはジークに差し上げます。希少価値だけならとても高い物ですから、大切になさって」
「そ、そんな高価な物は頂けませんっ」
「あら、助けていただきましたもの。それに高いわけではありません。その場で分かるだけで、もっと細かな事を調べる方法はありますから。暴走の危険があるジークのような方には、便利ですが。
こちらは付き合ってくださるお礼です。それに、カロンに頼まれたのなら、こういう物が嫌いなわけではないでしょう」
「いや、しかし……」
カロン達の知り合いとはいえ、初対面の女性に高額なプレゼントをもらうなど、普通では考えられない。
確かに変な道具を見ているのは好きだし、カロンのやっている事も端から見ている分には面白そうだと思う。自分で魔具を作ってみて、形として残すのは楽しかった。
しかし、それが理由になるはずもない。
「キスはされたか?」
「え……」
突然、セファインがそんな事を尋ねる。狼狽えながらも頷くと、彼は笑いながら手を振った。
「じゃ、もらっておけ。その人なりの投資だから。だいたい、その程度の出費、痛くもかゆくもない人だよ。その魔具はそれほど高くはないってのは本当だ」
高くはないと言っても、安くもないだろう。石自体は綺麗だし、装飾品としての価値だけでも十分である。
「そういうことだからもらっておけ。女性に恥をかかせるな」
ここで断るのも、かえって失礼だ。
「あの……じゃあ、いただきます。このお礼はいつかきっと」
「いいのよ。気になさらないで」
ミスティは立ち上がり、ジークも慌てて立ち上がる。
「ジーク、何か見たい物、欲しい物はないの?」
彼女はジークの腕に腕を絡めて身体を寄せてきた。
胸が腕に当たり、どうしていいのか分からなくなる。
「いや、あの、その」
こんな事をするのは、妹ぐらいだ。妹なら平気だが、彼女は赤の他人。
「とくにないのでしたら、またわたくしが決めてもよろしいかしら?」
「は、はい」
ジークの声は緊張で硬くなっている。
どうするべきか。今までこの赤い目のせいで、女性がこのように寄ってきたことがない。他人と手をつないだのも、記憶にある限りはキーラぐらいである。
「ジーク、そんなに堅くならないで。わたくしまで緊張してしまいます」
「わかりました」
気にしない。
それが一番だとジークは悟った。なにせ彼女は裕福なお嬢様だ。塔の教師が知っているなら、塔に関係する魔女。案外、ヴェノムのように長く生きているかもしれない。その退屈しのぎ。
そう考えると少し気が楽になる。
自己暗示は昔から得意である。
「あら、緊張がとけましたね」
「いついかなる時も冷静であれるよう、厳しく躾けられました」
「まあ、すてき。うらやましいわ」
笑顔にまだ少し動揺しながら、ジークは深呼吸して前を見る。
大丈夫だ。
可愛らしいファンシーな店に入った。
場違いすぎて戸惑いつつも、ミスティに付き合い店内を見る。
可愛らしいぬいぐるみが並んでいるが、不思議と妹はこういう物はあまり持っていない。プレゼントされたものは飾るが、飾る以上のことはない。
「ミスティはこういう物が好きなのか?」
「ただの市場調査です。人がにぎわう時の方が見ていて参考になりますの。あとはお土産を」
土産。
妹は興味がなさそうなこれらは、妹に似たラフィニアは好きそうだ。ノーラにも揃いで買わないとすねるだろう。
「あの、ミスティぐらいの女性への土産は、どんな物が良いと思いますか?」
「どんな方かしら」
「…………天然……癒し系。ああ、カロンさんと知り合いでしたね。ラフィニアのことはご存じですか?」
「ええ。生まれた頃から存じてます」
やはりラフィニアより彼女の方が年上らしい。ラフィニアはジークより早く生まれているので、やはり彼女の方が年上だ。
「彼女は昔から可愛い物が好きですからね。レターセットなどいかがかしら? 可愛らしくて、可愛すぎない落ち着いた……こういったような」
落ち着いた花柄の封筒と便箋。
知り合いはいるが、なかなか外に出られない二人にはいいかもしれない。
「ノーラは色違いを買うか……」
「同じ色の方がいいわ。ノーラはラフィと違う物を与えられるのが嫌なようです。彼女は生まれたときから大人の姿をしていたので、子供扱いされた時期がなく、ラフィニアが皆にちやほやされて育つのを見ていたから」
知らなかった。
ほわんとしたラフィニアと仲が良く、そんな確執があるなどと思いもしなかった。
「ノーラはお菓子が好きですから、二人分の小物と、二人分のお菓子を買えば間違いありません。とくに外に出ないと食べる機会が少ない日持ちのしない果物を使った生菓子が好きです。果物そのものを買っていくのもいいでしょう」
ノーラは確かに果物をよく食べている。ドライフルーツをおやつに食べたり、それの入ったケーキを食べたり。
「なるほど。参考になりました。聞いて良かった」
「ノーラは難しい子だけど、とっても可愛い子よ。仲良くしてさしあげて」
「はい」
彼女はいい人だ。
ノーラも難しいが、いい子である。それを分かっている彼女はいい人だ。
「まともでいい人に会ったのは久しぶりな気がする」
「まあ、わたくしがまともに見えるなんて、ハウル様は日頃何をされているのかしら」
ハウルもいい人だが、まともかどうかは怪しいところだ。
異様に魚が好きで、実はヴェノムよりも料理が上手いのに、かたくなに魚料理しか作らない変わり者だ。
他、もっと異質なところはあるが、異質さと性格はまた別である。
「わたくし、ミステリアスな女とは見ていただけないのね」
「それとこれはまた別だ。不思議な人は変な人とは違うから」
「そうですわね」
笑顔の素敵な人だ。柔らかくて、清楚で、可愛らしい。
魔女だとしても、ヴェノムとはタイプが全く異なる。
「ミスティは雰囲気が私の妹に少し似て、落ち着くし、親近感がわく」
そう、誰に近いかと言えば、彼の妹だ。笑い方や、たおやかな雰囲気がとても似ている。
「わたくしの方が年上よ?」
「雰囲気が似ているだけで、子供っぽいと言う意味では……。
妹は巫女になりたいらしく、落ち着いた子なので」
思えば身近で一番ミステリアスな女は、妹だ。
賢い子だから何でも知っているし、強いし、何でも出来るし、何もかも悟ったような所がある。辛い事があっても笑みを浮かべるし、少なくともジークよりも落ち着いている。
「あと、笑い方がよく似ている気がします。だから懐かしくて」
「あなたは本当にいい人ね、ジーク」
「え、なぜ?」
シスコンといわれるような事は言ったが、いい人といわれるような事は言っていない。
「わからない方がいい事よ」
笑顔で疑問を封じられ、ジークは苦笑する。
女性は秘密主義なものである。たくさん話して、たくさんの秘密を持つ。
意味があったりなかったり。
そういうものだ。
そう、父が言っていた。
「ジーク、どこかでお茶でも飲みませんこと? 歩き疲れましたわ」
「ああ」
妹の雰囲気に似ていても、彼女は妹と違い普通のお嬢様だ。少なくとも、妹のように大の男をねじ伏せる技術もない、ジークについて走る事も出来ない、普通の女の子である。
モロから商品を受け取り、ミスティをホテルまで送ると、塔に戻った。
ミスティにもらった魔具は、紐を通して首から提げた。触れると揺らいでいるが黒みのある赤に変わる。
確かに落ち着く。
「良い物をもらったな」
ただ少し助けて、一緒に買い物をして、荷物を持っただけなのに。
「ジーク、何それ。女の人にでももらったの?」
「なぜ分かるんだ」
ぎょっとしてディオルを見る。彼は何をしていたのか知らないが、顔に土を付けていた。顔を洗ってこれである。顔を洗っただけマシなのだが、ジークはハンカチでそれをごしごしとこすった。
「そんな顔をする時、女が係わっていなかったら不気味だね」
「そうか?」
「そうだよ。君の趣味が石集めだっていうならともかく」
ジークはディオルの言葉に納得した。
「カロンさんの知り合いだ。モロさんの店に行く途中で会った。ラフィニアとノーラの土産も選んでもらった」
「ふぅん。誰だろう」
「ミスティと名乗っていた」
「護衛付きでデートでもしたの?」
「いや、一人だったが」
ディオルは目を見開いた。
「相手が誰だか知ってた?」
「いや」
「世界一の金持ち」
ジークは首をかしげた。
世界一の金持ちと言われるような金持ちを思い浮かべる。その中で女性は一人だけだ。
テーマパークからグルメ、玩具、化粧品、魔具と、手広い分野で商売をする女経営者。
「ミスティック・カンパニーのミスティ!?」
「そうだよ」
顔が広いのも、裕福そうなのも、市場調査していたのも当たり前だ。
「なんでそんな人があんな所で一人でっ」
「護衛が寝てたんだよ。夜型二人だから、どちらかが起きてると思って両方寝てたんじゃないかな。まったく」
ディオルは窓を開けて外を見る。
「あの人も、いまいち危機感がないというか」
ディオルはキメラを放ち様子を見に行かせる。
「場所は教えなくて良いのか?」
「あの人は特殊だから簡単に探し出すよ」
「特殊?」
「色々と魔力が混じってるからさ。どうせ君もほっぺたにキスされただろ」
ジークは頷いた。
「じゃあ、今日はよけいに分かりやすい」
意味がわからない事を言いディオルは窓を閉めた。
「あの人は、どういう人なんだ?」
「ミスティと名乗ったのなら、あんまり教えるとあとで叱られるからやめておくよ。君の事を気に入ったみたいだからね」
「なぜわかるんだ?」
「気に入らない相手なら、名乗りもしないよ。時間の無駄だからね」
時間の無駄。
彼女は結局、無駄な時間の使い方をしなかった。カフェでお茶を飲みながらも、他人を観察していた。
「シアにも似ているが、ディオルにも似ているな」
「シアさんに似てる?」
「笑い方とか、雰囲気が少し」
そう言ってから、自分ではなく、シアに似ていると言うところに彼が引っかかりを覚えたのが気に掛かった。
「ディオルはミスティは自分に似ていると思っているのか?」
「え……ああ。そうだね。あの人は昔から何かあるとうちに来たから。僕の魔力が飛び抜けて珍しいってのもあったみたいだけど。その時に色々と教えてもらったんだ。一つの事じゃなくて、興味を持たなくてもまわりに目を向けると、意外な好機があるって」
彼女らしい事だ。
ディオルの良いところは、彼女の影響なのだ。
「そのうち、うちに来ると思うよ」
「そうなのか」
城は立派だが、暮らしは慎ましやかだ。世界一の女実業家を招くような暮らしはしていない。もちろん彼女は、贅沢にもてなされなくても喜んでくれそうだが。
「ああ、そろそろ来るね。ジークは彼女が気になるの? シスコンが似ているなんて」
「似ているだけなら、ラフィの方が似ている。ただ、雰囲気が似ているだけだ」
ディオルは肩をすくめた。
「君は鈍いのか鋭いのか。似ている理由が分からないなんて」
「シアには会った事もないのになぜそんな事が言えるんだ?」
「あの手の人間に似ているなんて、答えは一つしかないんだけどね、分からないのが君らしいとも言えるかな。そのうち意味が分かる時が来るよ」
ディオルはにやりと笑い、部屋を出た。
年下の癖に、うんと年上のような悟った言い方をされると、自分という存在が必要以上に小さく感じられてしまう。
「ジーク、夕飯を食べに行かないの?」
「あ、いや、行く」
ジークはディオルについて部屋を出た。
世界一の女実業家は、今ごろ何をしているだろうか。