13話 白

3

 マシェルは疎外感を覚えていた。
 ユーノと初対面のディオルでさえ事態を理解しているのに、マシェルには何が何だかさっぱり分からなかった。
 昔からそうだ。
 両親も、信頼している使用人達も、たまにおかしいのだ。
 隠し事をされている。貴族だから、大きな隠し事ぐらいあってもおかしくはない。しかし、もう小さな子供ではない彼に隠して、一部の使用人達は知っている。両親にはたまにどこかよそよそしさを感じ、普段は普段で厳しくてひたすら強くなれと要求し、怪我をすると過剰に心配をされた。
 一つ上に兄がいるのに、二つ下に弟もいるのに、彼だけが特別厳しくされた。
 愛情は等しく与えられていた。
 だが、たまに他の兄弟とは違う扱いを受けているような気がして、それを姉弟達も感じ取って、喧嘩になった事もある。
 結局は剣の才能の差という理由でみんな納得していたのだが、それとも違う気がして、答えは家を出た今も、彼には分からないままであった。
 出た先でも、また似たような疎外感がある。
 年下のシアの方が完璧に子供達を掌握し、資金繰りをして、彼女がここを管理、運営している。
 本来ならもっと年配の女性の仕事だ。母親であり、子供が手を離れてしまった未亡人というのが、お決まりのように孤児院の責任者をしている場合が多い。
 成人前の女の子、子供が子供の面倒を見るなど彼は聞いた事もなかったが、何一つ問題はないらしい。
 責任者は他にいるが、ほとんど姿を見せないのでいてもいなくても同じだった。
「マシェル、何を拗ねているのかしら?」
 シアは分かっているくせに、わざわざ聞いた。
「拗ねてなんていないよ。ちょっとだけ怒ってるんだ。ユーノは嫌がっているようにしか見えないのに、無理矢理連れて行こうなんて……。
 人の嫌がるような仕事も快く引き受けるあの子が、あんなに嫌がるような事をさせるつもりなのかって、シアさんの正気を疑っているところだよ」
「あら、珍しい」
「どこが?」
「いつもなら我慢しているでしょ」
「自分の事だから」
 シアはくすくすと笑って、読んでいた本にしおりを挟む。ディオルの用件らしい。何かを調べて、まとめている。
「シアさん、それは大切な用なの?」
「ええ」
「ユーノの事よりも?」
「ひょっとしたら、ユーノのためになるかもしれません。ならないかもしれません。
 今はどうしようもないことです。ユーノの事は忘れろとは言いませんが、応援してあげてください。死んだりはしませんから」
「フォローになってないけど……」
 シアはいつもの調子で笑うだけ。
「僕には言えない事なの?」
「太陽神殿の機密です。あなたは神官ではないでしょう。だから教える事は出来ません。これは神々の意向です」
「何それ。ユーノだって神官ではないだろ」
「こればかりは信仰心に関係ありません。
 でも機密ですから、人には言わないでください」
「どうしてディオルは知ってるんだ?」
「彼は特殊な生まれです。ただ、隠し事を聞き出すのが上手な事もあるのだと思います。貴方と違って」
 見抜かれている。見透かされている。
 まだ幼いディオルよりも要領が悪いと言われているに等しくて、腹も立った。
「マシェル、あなたは愛されているから、今の貴方があるんです」
「は?」
「私も貴方を心から愛しています。決して、蔑ろにしているわけではありません。愛していますもの」
 マシェルは呆れて彼女を見た。
 彼以外が相手なら、のぼせ上がって本気にしかねない恐ろしい言葉だ。彼女の見た目は、それはもう可憐で美しく、見た目だけは清らかな乙女である。
 中身は襲ってきた相手は返り討ちにして、笑いながら身ぐるみを剥ぐような、強者である。
「あら、ディオル様」
「ごめん」
 いつの間にいたのか、本を抱えたディオルが走り去った。この部屋にはドアがないから、逆に気付かなかった。人が多く通るので、人がいても気にしなくなっていた。
「あら?」
「あら、じゃなくて。誤解を解いてきた方がいいんじゃ?」
 とぼけた反応をするシアに、マシェルはディオルが去った方を指さして促した。
「なぜ? 大した用ではなかった風ですし」
「いや、あの……誤解されたままでいいの? あの走りっぷりは、誤解されたよ?」
「あれで気の利いた方だから。
 後であなたのために誤解を解いておきましょう」
 マシェルはため息をついた。
 彼女にとって、どうでもいい事として分類されているらしい。
「君の問題だから別にいいけど」
 もしディオルがシアの事を慕っているなら可哀相だが、これはシアの問題だ。慕っていても、慕っていなくても、シアがこれでいいというのだから、これでいい。
 いつも男を振る時の出しに使われているから、最近は何がシアの意図するところなのか分からなくなっているが、すっかり慣れてしまった事だ。



 ページをめくり、怪しい部分をまとめる。
 今まで溜めた分をシアの知識と照らし合わせたかったが、愛しているだの話していたので逃げてきた。ディオルはああいう状況が昔から苦手なのだ。
 マシェルはおっとりした雰囲気が、シアと似合いであった。あの性格だから、逆にああいうおっとりタイプを好んでも不思議ではない。おっとりしてるというのは、使えないという意味ではないのだ。
 二人の関係はそんな風には見えなかったが、太陽信仰に愛を唱える教義はなく、生まれた場所にそんな風習もないので、愛などという言葉は軽々しく出てこない。
「でも、意外だな……」
「何が?」
 無理矢理手伝ってくれているテリアが首をかしげた。
 ユーノは親しい者とだけで、別れを惜しんでいるところだ。邪魔するほど無粋ではない。
「いや、なんでもない」
「あの子があの男を選んだ事?」
「いや、それは別に……」
 おかしくはない選択だ。遊び人のような男であったら、さすがに苦言を呈してしまいそうだが、真面目そうな男である。ジークもいつかは納得するはずだ。
 納得……。
「……でも、彼女の兄に紹介した瞬間殺されるかもなぁ」
 彼はたまに目の前の事しか見えなくなり、暴走する。妹の事なら、確実に我を忘れてしまう。写真を持ち歩き、毎日のように写真を眺めて決意を新たにしているのだ。
「それはないよ」
 いきなりテリアが断言した。
「どうして言い切れるの?」
「まあ、ないよ」
 テリアは曖昧に笑ってページをめくる。
「何を知ってるの?」
 腹芸の出来るタイプではないので、態度からいくらかは読み取れる。
「シアさんことも知っていたようだし」
「ヴェノムに状況を説明してから、どういうことか聞いてみろ。関わるなって言われるから」
「そう。別にどうでもいいけど」
 ディオルの目的は一つだ。
 利用し合う相手の私生活などどうでもいいし、あの男に何があってもディオルには関係がない。
「ああ、でも安心しろ。あの二人が付き合う事なんて無いから」
「なんで? シアさんと会ったのは小さな頃なんだろ?」
「色々と事情があるんだ。関わるな」
「そうするよ。エリキサさえ手に入れば、シアさんは必要ないし」
 必要な分だけ恩を返し、恩を売ればいい。
 知識ではなく、シア個人というのも面白いので、つき合いを絶つ気はない。
「ディオルはまだまだ子供だな」
「色に目を曇らせるのが大人なの? くだらない。人間って言うのは理性を尊ぶべき生き物だよ。だいたい、初対面にも等しい相手だろ。相手の人間性も知らずに下世話すぎることを考えないでほしいね」
 シアに対しても失礼だ。
 苛々する。
「まったく、誰に似たんだか。……ん、そこは行った事あるが、エリキサじゃなかったぞ」
「そう、ありがとう」
 ディオルは本を覗き込んできたテリアに礼を言い、ノートに候補としてのランクをかき込む。
 こうしておけば、上からしらみつぶしにする事が出来る。
「ついでだから、行った事のある所は教えてよ」
「別にいいが、俺はディオルの字はちょっとクセが強くて苦手なんだ。読んでくれ」
「じゃあ、ついでにシアさんが読めるように書き留めてよ」
「いいぞ、暇だし、可愛いお前のためだからな」
 世界中を見て回っているというのは、知識だけの情報よりも確かだ。
 彼がないと言い切るなら、それだけで優先順位を下げていい。
 そういう点では信頼している。彼は見る事が仕事だった。
 解放された今、過去形となっている。それでも、生きている人間の中で、彼ほど世界をよく知っている者は他にいない。



 頃合いを見て、ディオルは再びシアの元へと向かった。
 元放浪の愚者がいる今こそ、シアと一緒に話をするべきなのだ。しかしユーノのこともあり、人としてはそのために束縛するのは躊躇われた。
 ディオルは目的のためなら手段は選ばない方だが、それは罪のない人々に迷惑をかけない範囲での話だ。
「あ、いた、ディオル君」
 マシェルが背後から小走りで近づいてくる。
「いないから探したよ」
 隠し部屋から出てくるところは見られなかったらしく、ディオルはほっとした。
「どうして探していたの?」
「いや、さっき誤解されたみたいだから」
「何が?」
「シアさんが……その、愛だの何だの言ってたのだよ」
 彼は顔を真っ赤にして言う。
 シアがからかいたがるのも無理はない。
「分かっているよ。でも冗談だとしても、嫌いな相手にそんな事は言わないだろうから、半分は本気だと思うよ」
 彼の頬が引きつった。
 照れているのだとディオルは思った。
「シアさんは、好きでもない相手に冗談でもそんな事を言えるような人じゃないよ」
「いや、そうだけど」
「それに僕もそんな事が気になるような関係でもないし、そんな感情もないよ。わざわざ言い訳に来るなんて、シアさんに失礼だと思うけど」
 彼は首を横に振って否定した。
「そ、そんなつもりはっ」
「あんな美人に親愛の情を向けられて、嬉しくないの?」
「たしかに美人だけど、そんなつもりはっ……」
「どうして?」
「僕はどちらかというと、もっとおしとやかな可愛らしい子が……」
「いつもはおしとやかで大人しいけど?」
「それは騙されてるよ! あの人は気に入らない相手は闇討ちするし、お布施をいただきに行くと行って恐喝したりするんだよ。盗賊から盗品を没収したり!」
「それぐらいは普通じゃないかな。聖職者なんて人目がなければそんなものだよ」
 シアだから驚かない。強盗じみた事でないので問題ない。結局は自発的に出させているのだ。盗品は持ち主に返すのが難しく、神殿にはいるのであれば、必然的に貧しい者達の腹の足しになってくる。
「君、聖職者の意味、分かってて言っている?」
「神自体が身勝手だから、聖職者が身勝手でも仕方がないよ」
 よく知っている聖職者の中でも、一番偉くて変わっているゲイルは、動物が大好きすぎて、絶滅するぐらいならと、エリアスが魔物を『保護』している事を喜んでいる。
「シアさんの手は空いている? ユーノの事で忙しそうなら、また後でいいけど」
「ああ……調理場にいると思うよ。ついておいで」
「忙しいなら別にいいけど」
「忙しいわけじゃないよ。シアさんは他人の仕事を取ったりしないから、様子を見ているだけだよ」
「仕事を取る事になるの?」
「手伝うのは一人前と認めていないという事だからね。アドバイスはしても、乞われなければ手は出さないんだ。あの子達には、ここを出たら頼れる身内はいないから」
「そっか」
 何かあっても頼る相手がいくらでもいるディオルとは違う。自分の腕で生きていく。
 そういう意味では、彼らは普通の孤児と変わらない。
 マシェルはあの子供達が何であるかなど知らないが、知っていても変わるはずもない。
「おいで、こっちだよ」
 ディオルはマシェルに続いて歩くと、すぐに調理場についた。
「シアさん、ディオルくんが呼んでるよ」
「はい」
 シアは調理場から出てきてディオルに微笑みかけた。
「ちょうどそちらに向かおうと思っていたんですよ」
「じゃあこれを。テリアさんがまとめてくれたんだ。彼の経験に基づいて、ね。それを君に確認してもらいたい。知識は照らし合わせると別の真実が生まれる事もある」
「はい」
 シアはマシェルへと小さく頭を下げてディオルの隣を歩いた。
 マシェルは手を振って見送る。追ってくる様子はない。
「彼は納得したのかな?」
「納得はしていませんよ。必要以上に騒がない賢さはあります。お兄さまとはまた違うタイプの男性で、愉快な方です」
「ジークと比べるんだ。本当に気に入っているんだね」
「ええ、マシェルは特別ですから。
 でも、ディオル様の事も特別だと思っています」
「そりゃそうだろうね」
 ジークもマシェルも知らない秘密を知られ、僕の研究によって、助かろうとしているのだ。
「あら、信じていただけないのね」
「特別である事が特別でない人間に言っても意味がないよ」
 ディオルは生まれからして特殊であり、ちやほやされて育った。
「あら、わたくしは人様から好いていただけると嬉しく思いますが」
「バカな犬がまた一匹って程度でしょ」
「あら、わんちゃんは可愛いじゃないですか」
 ディオルはくすくすと笑う。
「僕はどんな犬なのかな」
「あら、ディオル様はわんちゃんというほど可愛らしくはないでしょう。わんちゃんは躾ければ忠実ですから。
 ディオル様は可愛い山猫ですね」
「山、なの?」
「ヒョウやトラの方がいいですか? ディオル様は可愛らしいから、山猫かな、と」
「別に何でもいいけど」
「知識の獣を、本当に意味で使いこなしてしまいそうな方に対して、動物に例えるなんて、愚かな事ですけれど」
 彼女はこの会話を渡した資料に目を通しながらしている。
 再び誰もいない事を確認してから、地下に潜った。シアもさすがに資料からは目を離して階段を下りる。
「おかえり」
 テリアが本を読みながら手を振った。
「お茶のおかわりはいかがですか、テリア様」
「もらおうかな」
 シアは資料をテーブルに置き、お茶を入れる。
「シア、身体の方は大丈夫なのか?」
 テリアに問われ、シアは頷いた。
「ディオル様のおかげで、今のところは」
「ディオルの? 色々とやってるねぇ」
 具体的な方法は聞かない。専門がまったく違うからだ。
「ヤマのところに行って、道具を選んだだけだよ。僕が欲しかったのと被るのがあったし」
「そっか。あの方の所なら……なるほどな。
 ああ、シア、ありがとう」
「いえ」
 テリアは出された茶を飲み、シアに笑みを向ける。
 いやらしいオヤジの微笑みではなく、父親気分の笑みだ。
「私の事を、どこまでご存じなのですか?」
「最初の封印をかけたのは俺だよ」
「それはお世話になりました」
「いいんだよ。最後まで面倒見られなかったんだし。それよりも、知識の獣、見つかるといいな」
「ええ、本当に。
 早速ですが、こちらの資料についてお伺いしてもよろしいですか?」
「ああ。俺の見た事がお前達の役に立つなら嬉しいよ」
「頼りにしています」
 テリアはいい歳をして、照れて笑う。
「俺に出来る事なんて、これぐらいしかないからな」
「そんなことはありません。ユーノの事も、よろしくお願いします」
「そうだな」
 そこで雑談は打ち切られ、シアは資料について尋ね、優先順位が付けられていった。
 霞みが掛かって前が見えなかった道が、おぼろげながらに見えてきた。
 賢者の石と呼ばれる、世界の記録。すべての歴史書。
 無くてもディオルの目的を達する事は可能かも知れない。しかし、時間が掛かる。既に証明されている事を、一つ一つ自分で証明していくのでは、無駄が多すぎる。かといって、他人の研究は秘密が多すぎて、かき集めるのが難しい。
 それを省くための、賢者の石。
 その番人であり、すべての歴史書の司書である、知識の獣、エリキサを欲する。
 それは研究者であれば、誰であろうと考える。
 それに手が届くならば、手を出さない研究者などいない。
 それは資料を否定するような事だ。



 
 翌々日。
「じゃあな、ディオル。ヴェノムによろしくな」
「ああ、報告しておくよ」
 テリアはディオルの頭を撫でた。
「ユーノ、テリア様の言う事を聞くのよ。あと、怪我はしないようにね。嫌な事は嫌というのよ」
「わ、わかったよ」
 旅装束に身を包んだユーノは、シアに抱きしめられて頷いた。
 マシェルは二人を見て、ため息をついた。
 止めるだけ無駄だ。
 信仰上の理由と言われれば、止められない。
「ユーノ、これをあげるよ」
 ユーノとシアが離れると、マシェルは持っていた短剣を差し出した。
 女性でも持てる重さで、枝を払ったり、護身用程度の役には立つ。
「これ、高い物じゃ……」
「かまわないよ。徒歩で旅をするなら、刃物は何かと役に立つから。蔦を切ったり、獲物を捌いたり」
「ありがとう、マシェルにーちゃん」
 口を出せない以上、できるのはこれだけだ。
「にーちゃん、エルマをおねがいね」
 彼は双子の妹の名を口にした。彼女はマシェルに懐いているからだ。
「ああ。エルマに怪我がないように、ちゃんとみているよ。もちろんローザの事も」
「あ、うん」
 ユーノは端切れ悪く言うと、短剣をベルトに挟んだ。
「大切に使うね」
「ああ」
 ユーノは不釣り合いな杖を手にお辞儀をして、テリアへと目を向けた。
「じゃあ、もう行くな」
「はい。お気を付けて」
 二人は手を振り、そして歩いて去っていく。ユーノが時折振り返り、皆は彼の姿が見えなくなるまで見送っていた。
 姿が見えなくなると、子供達は院内に戻り、シアとディオルもどこかに行ってしまう。
 余韻も何もない。
「マシェルおにーちゃん、元気を出して」
 一人だけ残ったエルマが、背中を叩いて元気づけてくれた。生まれた時からずっと一緒にいた兄がいなくなって、一番寂しいのは彼女のはずなのに。
「私はずっといっしょにいるから」
「そうだね」
 彼女が嫁に行くまで一緒にいられたらいいのだが、最近は国の情勢が悪く、そのうち内乱でも起きるのではないかというきな臭い雰囲気だ。今の王は好きではないが、子供達の安定した生活のためにも、持ち直してもらいたいとマシェルは思った。
「マシェルおにいちゃん、暇ならお洗濯を手伝って」
「ああ、いいよ」
 のんびりと並んで干された洗濯物を見るのが、なぜだかマシェルは好きだった。
 実家にいた時は、洗濯物など見た事もなく、ただひたすら勉強と剣術を学ぶ日々を過ごしていたからだ。
 のんびりとして平穏な雰囲気は、剣を学ぶよりも性に合っている。
「マシェル」
 ディオルとどこかに行ったと思っていたシアが、荷物を持って外に出てきた。
「どうしたの、その荷物」
「数日ほど、出かけます。皆の事をよろしくお願いします」
 マシェルは顔をしかめた。
「心配で追いかけるなら、もっと止めれば良かったのに」
「可愛い子には旅をさせろと言うでしょう。
 でも残念ながら、私が行くのはディオル様と別の場所です。どちらかというと、テリア様の事が予定外だったんです」
 そう言って、シアはディオルを連れて出て行ってしまった。
「…………シアさんにとって、旅って気楽なのかな?」
「それとこれとはきっと別よ。考えるだけ無駄だから、お洗濯しましょう」
「そうだね」
 年下の女の子に慰められ、諭されて、マシェルは落ち込みながら水場に向かった。
 考えるだけ無駄。
 世の中には、無駄な事が多くあるものだ。
「エルマは、シアさんみたいになっちゃダメだよ」
「どうして?」
「あんなに秘密主義の人になってしまったら、僕は悲しい」
 この素直で可愛い女の子には、いつまでもこのままでいて欲しいのだ。


 
 

感想、誤字の報告等

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