4話 剣持つ死霊術師

 アヴェンダは気がつけば拷問部屋にいた。そんな自分に気づき、彼女は我慢できなくなり口を開く。
「城だから、そりゃあこういう部屋もあるわよ」
 独り言で自分を誤魔化さなくてはならないほどには、恐ろしい。激しく後悔しながら、彼女は気丈に振る舞った。変な気配は何もないし、ここが使われていたとは限らない。
 例え鉄の処女が自然には思えない風に赤錆びていようと、長い年月さえあればそうなるのだと思うことにした。拷問道具は部屋の隅に追いやられているし、使っている気配はない。あの連中がそんな物を使う機会などないはずだ。人すらほとんど来ないのだから。
「か、帰ろ」
 きびすを返した瞬間、背後でぎぎぃと何か音がした。
 ──何? 何なの今の音は!?
 動きたくとも、身体がいうことを聞かない。金縛りではなく、精神的なものだ。恐怖に身をすくませ、動けないでいる。
 ──くっ……あたしゃ根性なしかい!?
 自分を罵り、彼女は恐怖を振り切り一気に頬を叩く。そのままの勢いで振り返ると、隠し扉のようなものが徐々に開きつつあり、その向こうにメイドが一人立っていた。
「あんたは誰だい」
 ヴェノムは何人もの精霊を抱えている。時折姿を見せる黒みがかった髪をした精霊は、かなり上位の精霊だった。そういったものがメイドの恰好をして地下室を掃除していたとしてもおかしいかもしれないが、あり得ないことではない。実際に高位精霊が皿洗いを手伝っていたのも目撃した。だから迷い込んだ主の弟子を見て、出てきたのかも知れない。
 ただ、そのメイドはうつむいて顔を上げない。
「ご主人様申し訳ございません」
「あたしゃあんたの主じゃないよ」
「申し訳ございません」
「だから」
「もう二度といたしません。ですからどうか、どうか、お返しくださいませ」
「何を?」
「私の、顔を」
 アヴェンダの頭の中が真っ白になる。
 顔を上げたメイドには、面の皮がなかった。顔面の皮が剥がれ、肉が見えている。筋肉、脂肪、そして血──。そんなメイドはゆっくりゆっくりと滑るようにして彼女へと近づいていた。
「ひっ」
 反射的に後ろに下がると、どんと誰かにぶつかった。誰かが追いかけてきたのかと振り返ると、男性の胸元が見えた。一瞬カロンかとも思ったが、着ている物の年代が全く異なる。彼はおしゃれで、いつも高級感漂う流行の服を着ている。ここで洒落たものを着てどうなると思いながらも、その心がけはいつも見習っていた。だからよそ行きも室内着も、このように古びた雰囲気のある物など着ていたことはない。
 これは本の中でしか見たことのない、古いデザインだ。そう、数世紀は前の──。
 恐る恐る見上げると、仮面をつけた顔が見えた。ただし、仮面は目鼻までを覆うので終わり、露わになった口元は、火傷をしたように醜くただれている。
「やあお嬢さん初めまし……」
 アヴェンダに、その後の記憶はない。


 拷問部屋に行くと、ブリューナスが気を失ったアヴェンダを横抱きにして立っていた。アヴェンダは普段の威勢などどこへやら、恐怖のあまり気を失ってしまったようだ。
 同じ気絶をするにしても、ラァスとは違ってそんなところも可愛らしく見えた。男が幽霊ごときで気絶する方がおかしいのだ。
「彼ならもう少しもったのだが……残念だ」
「そいつはラァスと違って普通にできてるんだから当たり前だ。返せ」
 ハウルはアヴェンダをそのまま受け取り、彷徨う顔のない女を見てしっ、と追い払う。
 幽霊嫌いとは思わなかったので連れてきてしまったが、ヴェノムのところに置いてこればよかった。
 ここにいると、嫌いな方が特別なのだと錯覚してしまう。
「アヴェンダさん、大丈夫ですか? そんなに血が苦手だったなんて……」
 ヒルトアリスが駆け寄り、的外れな事を言う。
「ちげぇだろそれは!」
「違うんですか? では、どうして気絶なんて」
「普通の人間は幽霊ったら恐いもんだろ!」
 この恐怖心の欠落は、家系の問題なのだろうか。それとも、彼女自身の問題なのだろうか。
 彼女の辞書には女性に対する差別というものは存在しないのだから、外見がそれなりに原形を留めていれば素敵対象であることは確かだ。
「幽霊……は恐いのですか? どうして?」
「どうしてって……ひょっとして、幽霊も日頃から見えてるのか?」
「はい。幽霊の女性は、精霊さんとは違った良さがありますね。あちらのお姉様もとっても素敵」
「おまえ……重症だよ」
 彼女が腕に抱く人形のような可愛い幽霊ならともかく、明らかに惨殺された幽霊にも色目を使っているのだ。それ以上に、彼女は自分の才能を『普通は見えない女性が見られて幸せ』としか思っていない。はっきり言って、重傷だ。才能の持ち腐れもいいところだ。
「……こちらのお嬢さんは幽霊が好きなのか?」
 ブリューナスは不審者を見る目そのもので、ヒルトアリスの顔を覗き込む。ラァスとアミュがいた時はよく出没していた彼らだが、基本的には数年間ハウルが気付かなかったほど大人しい生活をしていたのだ。つまりはアミュとラァスが好きなだけで、それ以外には興味がないらしい。ゆえに彼女たちとも初顔合わせだ。
 しかしヒルトアリスの方は、突然知らない男に近づかれ、悲鳴を上げて飛び退いた。
「…………」
「ああ、そいつ男苦手なんだ」
「…………今のは、少し傷ついたな。取って食おうというわけでもないのに」
「へぇ、お前でも傷つくのか」
「私も元は人間だ。幽霊だから、この顔だからで悲鳴を上げられるのは慣れているが、今のはまた違った風で傷ついたな。これでも昔はもてたんだぞ」
 彼にもまともな感情があるようだ。人並みに傷つくことがあるとは思いもしなかった。傷つける方法があるとは思いもしなかった。彼も元々は血の通った人間であったことを、初めて実感した。
「お前が女なら逆に飛びついていたんだろうけどなぁ」
「そうか。ではローシャと仲良く。私は楽しんだので帰る」
 それでも楽しんだらしい彼は壁の中へ消えていった。普通に怖がられるに関しては、楽しくて仕方がないようだ。
 小さなキーディアは、彼が消えた壁に触れ振り返ってダリに問う。
「い……今のお方は」
「悪魔だ」
「ああ……あの方が憧れのブリューナス閣下」
 キーディアは両手で仮面の頬を抑え、感嘆のあまりため息をつく。
 怖がる女がいれば、全く怖がらない女もいて、逆にため息をつくほど好きな女もいる。なんておかしな世の中だろうか。
 キーディアは小股でハウルの前にやって来ると、上目づかいに彼を見て、おずおずと言う。
「あの……先ほどの方にもう一度、お会いしたいです」
 怪しい仮面がなければ、きっと可愛いしぐさなのだろう。見えているのは片目だけなのだが、この仮面は生活に不便ではないだろうか。
「言われずとも最終目的地はあいつんとこだから安心しろ」
「ありがとうございます」
 彼女は礼儀正しく頭を下げる。見た目が普通でなくても、知人達よりもずっと普通である。貴族のお嬢様とは思えない、気が小さくも気さくな態度に、ハウルは小さな安堵感を覚えた。
 気を失ったアヴェンダは──
「アヴェンダはあとでいっか」
 起きる前に、すべてすませてしまえばいいのだから。


 城の地下は入り組んだ迷路になっていた。元々城とはそういうものだが、以前の持ち主達の嗜虐性のためか、よりやっかいな、より残酷な迷路になっていた。
「ああ、懐かしいですわ。よくここで、怯える少年少女がうずくまって泣いていたものですの」
 恍惚とつぶやく危険な動く人形。
 カロンはモノクルを調節すると、実際にその光景が見えた。その光景を見て、懐かしいと言ったのだろう。長く見ていて楽しいものではないため、すぐに元に戻す。便利だが、つい見なくていいものを見てしまう。
「歴史の重みを感じます。ここで多くの殺戮が行われたんですね」
 キーディアは死霊達を見て、こちらもどこか恍惚とつぶやいた。
 死霊使いとは、人よりも死霊に対して親近感を持つ場合があると聞くが、彼女もそのパターンなのかもしれない。
「お前なぁ、そういうのを喜ぶなよ。お前だって殺されたらイヤだろ?」
 アヴェンダを背負ったハウルは、喜ぶキーディアの頭をこつんと叩いて言う。
「どうしてですか?」
 キーディアは仮面をかぶったその顔をハウルへと向けた。緑の瞳にくもりはない。死というものが近すぎたため、死への恐怖が皆無なのだ。
「死は神聖なものです。誰にでも訪れることですから、受け入れる心こそが大切だと思います。なぜ嫌なんですか?」
「そりゃあ、あいつらは幸せそうには見えないだろ。死ぬならいい死に方をしたいのが人間だ」
「うつつこそが地獄という見方もあります。少なくとも、私の家にいる死霊達は、とても幸せだそうです」
「殺人鬼に追い回されて殺されるのは、誰だって嫌だぞ」
「死ぬ瞬間までは、それによる恐怖を覚えますが、それ以降は多くは止まったままです。気づくまでは、ほとんどの場合明確な意志はありません。揺り動かしてあげるのが、私たち死霊術師です。そしてその後の道を与えます。現世に残るも、転生するのも彼らの自由です。それまでに、少しだけ力を借りる時もありますが」
 幼い死霊術師は、静かに持論を語る。ハウルは言葉をなくして彼女を見つめた。彼にとっては未知との遭遇に等しいだろう。死霊使いというのは、だからこそ普通の魔道師とは相容れないと言われている。
「彼女は死霊に囲まれて生活していたから、一般の感覚と違うんだよ。死の体験者に囲まれていたということだからね。彼女の連れている彼も、人間ではないようだ」
 気づいたのは、モノクルの調節をしているとき、モノクル越しでは見えない時があったからだ。
「わかんねぇ」
「あなたが馬鹿だからではないでしょうか、ハウル様」
 ヒルトアリスの腕に抱かれたローシャは、ハウルを指さして笑う。
「お前はこいつの意見に賛成なのか?」
「賛成も何もありません。下手な同情よりも、彼女のような態度の方がよほど双方のためになります。同情されれば、今を改善してくれる方だと思い取り憑かれたりしますから。私たちのような上位の死霊は別ですが。
 彼らの延々と同じ事を繰り返す様は哀れに見えるのかもしれませんが、夢を見ているようなものです。起こされた方が未来があっていいのでしょうが、できないのならそっとしておいた方が彼らのためになります」
 ローシャは周囲の漂う死霊を見回す。そんな彼女を見て、キーディアはおずおずと手を伸ばし、人形の頭を撫でた。
 彼女はちょうど、人形遊びを好む年頃だ。
「苦しいの?」
「いいえ」
「幸せ?」
「ええ、とても。ただ少し、悩みはあります。でも、ここはよいところですわ」
 アヴェンダにとっては悪夢のような場所だろうが。
 人形に表情はなく、何を考えているのかは読めない。ガラス玉の目にも、ただ冷たい光があるだけだ。この中で、最もヴェノムに近い──下手をしたらそれ以上の歳月存在してきたという意味で、彼女は侮れない。
「あ、そこ。そこに隠し通路があります」
 ローシャは突き当たりの丁字路を指し示す。
「真っ直ぐ行けば、邪眼の魔女によって封印された危険地帯。右に行けば、私たちの元遊技場。左へ行けば、閣下の元への近道です」
「左に行くか」
 ハウルは迷わず決定しそちらに足を踏み出す。ヴェノムが封印したというなら、それほど危険な場所なのだろうから問題外。殺人現場など見たくもない。なら道は一つしかない。
「あら、意気地のない方。ここはまっすぐに行こうという場面では?」
「ラァスみたいなの連れてたら行ってもいいけどな。聖職者みたいなの」
「ああ、そんなことをしたら皆喜んで追いかけてしまいます」
「だからお前ら、聖職者を追いかけ回すなよ。将来の大神官だぞ?」
 彼の中には、神官を見れば死霊は皆逃げていくというイメージがあるらしい。彼はここにいる死霊以外を知らないのだから、現実については知らないのだろう。
「浄化していただけるなら、その方がいい者もいるでしょう。ここにいるのは、なにも好きこのんで自縛霊をしている者ばかりではないのですから」
「そうなのか?」
「ええ。この城は死霊が死霊を呼び寄せ、城全体が死霊の巣と化しています。こうなると、一度にすべてを浄化しない限りは再び元に戻ります。中核となっている私たちが浄化すれば、どうなるかは分かりませんが。もちろん、一人二人消えたところで変わりません。閣下が消えようとも、他にも悪魔はいますもの」
 ハウルは眉根を寄せて考え込み、ぽんと手を打った。
「お前クラスが強い雑魚で、ブリューナスクラスがボスクラスか」
「私は可愛い案内人ではないですか? 意識ははっきりしていますが、人を呪い殺すようなことはできませんもの。直接寝込みを襲わなければ」
 寝込みに包丁でぐさり……という怪談話は多々ある。
「…………襲うなよ?」
「襲いません。私はレディですもの」
 彼女は好んで男を襲うなどあり得ない。何のメリットもないことをするタイプではない。
「アヴェンダも襲うなよ」
「…………」
「襲うなよ」
「さあ」
「人形壊したろか」
「仕方がありません。約束しましょう」
 ローシャは子供のわがままをきいてやるような調子で返事をした。ハウルは口元をわずかに引きつらせながら、このツアーを終えるために出口へと急ぐ。ほこりっぽい通路を、アヴェンダに蜘蛛の巣がつかないように風で蜘蛛の巣を蹴散らしながら歩く。カロンはそのあとを悠々と歩いた。
「ハウル様、アヴェンダさんをあんな風に抱き続けていられるなんて、うらやましい」
「ヒルト、君の腕の中にはローシャちゃんがいるじゃないか」
 相変わらず気の多い彼女に、目の前の女性に気づかせる。カロンも昔は目移りばかりしていたものだ。
「ええ。もちろんローシャさんも素敵ですから、身に余る光栄です。ただ、私にもあの腕力があれば……ああ、女のこの身が嘆かわしいです」
 ヒルトアリスは体育会系であることを忘れていた。料理をするよりも、刺繍をするよりも、彼女は剣や運動を好む女性である。
 カロンはヒルトアリスとローシャ、この二人を見て思う。二人は女性が好きだという数少ない、しかし絶対の共通点がある。互いに理解し分かり合えることこそ、同性同士の恋愛は大切だ。
「二人とも、いっそ付き合ってみては?」
 ヒルトアリスはきょとんとしてカロンを見た。その腕の中のローシャがガラス玉の眼球を動かし、睨み付けてきた。
「あなたは天才ですが、馬鹿ですね」
「それはどうも」
 天才も馬鹿も褒め言葉として考えている。馬鹿な考えと言われるものが、時に栄光の未来への階梯となるのだ。
 何よりも、この考えは一番平和的な道だと信じている。
「お話ししているだけ、触れられているだけというのは、友達や人形遊びとどう違うのでしょうか」
「なら大きな体を作ろうか? からくりじかけの等身大の人形でもいいし、精霊を作った時の技術を応用して、人に近い物体を作ることも出来る。ノーラとは違い形而上である必要もないから、比較的簡単だ。ようはゴーレムを作る感覚だな。人体そのものではないが、もちろん性行為も可能だ。
 人体そのものを一から作るのは精霊を作るよりも困難だから、私には無理だということは言っておこう」
「精霊よりも、人を作る方が困難? 精霊の方がよほど優れた存在なのに、おかしな事」
 ローシャはころころと笑う。
「人とは精霊や神よりも複雑なのだよ。神や精霊は本来形がない。形而上である以上、我々のような形而下として存在する生物のように、複雑な臓器などがない。その差は大きいのだよ。
 人は死後精霊になることはできるが、精霊が人になるには母胎を借りなければならない。どうしても人体が必要になる。神といえども、形而下の生物を作れないのさ。母神と呼ばれる存在だけが、それをなしえたと言われている。
 ついでに言えば、その両方が混じると、ハウル君のような奇妙な生物が誕生する。おっと、気を悪くしないでくれまたえハウル君。生物学的に見ての話だよ。実はノーラは完全な精霊というよりも君に近い存在なんだよ。君よりは遙かに精霊らしいがね」
 しかし、完全な状態で完成させれば、おそらく問題になるだろう。精霊制作で初めての成功者はディナドラという女性で、あの闇の賢者カオスの実母である。しかし禁忌に触れる部分があったらしく、成功した精霊は忌み狩りにより狩られている。おそらくザインかダーナ達の仕業だろう。
 そのディナドラの残した書物を発見し、この研究に手を伸ばした。禁忌に触れたいという、若気の至りという奴だ。カロンは壊されてはたまらないので、禁忌には触れぬように細心の注意を払った。その差は、生きた人間を使うか使わないか、この一点にある。カオスが不良になったのも、まさにその一点によるものだと確信していた。精霊が殺された後、ディナドラは実の息子によって殺害され、息子はヴェノムに弟子入りしている。すでに一般の魔道師よりは優れた実力を持っていたにも関わらずだ。
 そのあたりの背景もいくつか予想を立てたが、ここからは彼の個人の問題であり、事実を確かめることをしようとは思わない。
「死んだ魂が入る動く肉体?」
 突然、今まで死霊達に見入っていたキーディアがつぶやいた。
「ああ。一から作らなければならないから面倒だから、人の魂を入れた方が早いのだよ。入れなくても自我は発生するけど、それだと教育に時間がかかる。だから死霊を使った方がスムーズだ。大ざっぱでも動くからな」
 なのに、生物を一から作ることは最も難しいのだ。母神と呼ばれる創造主のみがなした偉業である。
「それはゾンビとどう違うんですか?」
 動く死人の入った肉と聞いて、彼女は真っ先にその考えに至ったらしい。
「腐っていないし、死骸ではない。人体とは構造が異なるから、別物だ」
「ゴーレムもアンデットなんですか?」
「技術がある者は魂を入れるけど、そうでない者は制約が厳しい条件の、融通の利かない赤ん坊よりは融通がきく程度のゴーレムを作る。人によるとしか言いようがないな」
 キーディアは首をかしげ、ダリを見上げた。ダリはキーディアを抱き上げ、耳元で何かをつぶやく。
「ダリ殿、でいいかい?」
 カロンはダリに問う。
「俺か。好きに呼べ。どうせ元々の名は人間には聞こえない音が混じっている」
 人間ではないと言っているようなものだ。かといって妖魔にも見えない。どちらかというと、精霊に近い気がした。
 ──マッチョな精霊……?
 精霊は主に近い姿をとりたがる。もちろん自分で自在に容姿を変えられるわけではなく、願うことにより近くなると言う程度だ。そのため、精霊達は皆そうとわかりやすい姿をしている。しかし彼は、分からない。見たことがないタイプだ。
「ダリ殿は、キーディアちゃんの何だ?」
「保護者だ。それ以外の何でもない」
「保護者。どういった理由で?」
「なぜそのようなことを聞く?」
「もちろん、好奇心」
「好奇心とは生物の持つ最も高度で最も汚れたものだ」
 面白いことを言う。好奇心は新たなものを生み出すきっかけの一つであり、身を滅ぼす要因の一つでもある。カロンにとってはすべての原動力とも言える。すべては好奇心から、今へと続く。
「私はただキーディアを守るだけだ。それ以外は許されていないし、それ以外には興味がない。ただそれだけの存在だ」
 アーライン家には、謎の守護者がいるらしい。ただし『謎』で『当主』につく守護者だ。次女である彼女は当主ではない。
「ふぅん」
 なかなか面白い事情がありそうだ。昔の彼なら首を突っ込みすべて知るまでかき回していたところだ。大人になって丸くなったらしい。

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