4話 剣持つ死霊術師



 ハウルが足を止め、壁を蹴り始めるのを見て、カロンは思わず笑った。両手がふさがっているので仕方がないのだが、あまりにも乱暴なそれを見て、ヒルトアリスが彼に代わる。ローシャの指示に従い、壁をさぐると、壁が動く。どんでん返しになっていたらしい。奥へと進むといくつかの分かれ道と、上へと続く階段があった。
「色々な仕掛けがあって、面白いお城ですね」
「趣味人の城だからね」
 キーディアの言葉にカロンは笑顔で応える。子供にとっては危険さえなければ楽しい場所だ。
 しかしここは逃がさぬよう、入らせぬような城である。案内人がいるから迷わず進めるのであって、一人では抜け出すことは困難極まるだろう。もちろん、カロンには案内人などなくとも迷うことなどないのだが、これは一般論である。それを口にする必要などない。
 階段を上りきると、再びヒルトアリスが仕掛けをいじり、ふたを開く。天然の光が差し込み、彼女は手をかざす。しかしすぐに目も慣れ、ローシャを抱えたまま外に出た。それに続くと、ここで井戸の隣であることを皆は知る。
「そういえばラァスもここに出てたな」
「出口までの道はいくつかありますが、実際に出口は四つしかありません」
 四つはあるのだと感心しながら周囲を見回す。あと一つ、カロンも知らない出入り口があるらしい。
 少し気になって井戸を覗くが、誰もいない。
「もう終わりですか?」
 キーディアは楽しかったらしく、少し寂しそうに言う。
「これからボスが出てくるよ。ほら、こちら……あの木の根本だ」
 誘導してやると、彼女は身体の前で手を合わせ、きらきらと目を輝かせた。アーラインの人間は皆が異常な雰囲気なのだが、子供は子供で安堵した。これぐらい無邪気な方が可愛らしい。興味のある対象が一般とは違っても。
「ブリューナス閣下があそこにいらっしゃるんですね」
 キーディアは長いローブを着ているため、ちょこちょこと小股で走り出す。アーラインの者は霊を驚かせないために静かに歩くので、よほど興奮していることが分かる。
「おーい、聞いてるだろ。出てきてやれ」
 ハウルの呼びかけに、地面から手が生え、慣れた動作でそれは木の根に腰掛けた。ラァスを追いかけない時の、落ち着いたいつものブリューナスだった。
「アーラインの者か。そんな小さななりでその剣を持ってくるとは……上の二人は死んだか?」
「いえ生きています。お兄様は実家に、お姉様は理力の塔に留学中です」
「ではなぜ守護者をつけている? しかもわざわざ剣を持ち歩くとは」
「宝物庫で転んだら間違えて主になってしまいました。剣を持つのは、そのほうがダリが喜ぶからです」
どうやらダリは、あの剣の精霊のようだ。物体に宿る精霊なら姿が多少奇抜でも納得できる。ただ物体に精霊が宿り、それを一族の守護とするなど他では聞いたことがない。
「よほど気に入ったか。珍しいこともある」
 ブリューナスはくつくつと笑い、ダリを真正面から見つめた。
「面白いな。実にいい。しかし、その少女はなぜ呪いの仮面を付けている? お前なら引きはがせないことはないだろう」
 ブリューナスは似合わぬ仮面を付ける少女の顔を覗き込んだ。彼女は緊張した様子で首をすくめた。
「お姉様がくれました」
「姉……ああ、あの変わった子か」
 ブリューナスに変わった子と言われるからには、そうとう変わっているのだろう。
「これはお姉様と対の面です」
「そうか。しかし子供のするものとは思えないが」
「大きな怪我をしたので、これをしていれば目立たないからって。つけた本人以外には外せないから便利だって」
 彼女はブリューナスの前で仮面を外す。そのとたん、めずらしくブリューナスの顔が強ばった。
「どうしたらこんなことに……」
「油断していたら目の周りの肉ごと、眼球を取られました」
 と、彼女は気にした様子もなく言う。
 気にならないはずがない。アーラインの力を持ってしても治らないほどの怪我を負ったのだろう。
「仮面を戻すといい。レディが無理をする必要はない」
「無理?」
 自分の顔に無頓着な風に受け取れるキーディアの反応に、ブリューナスは小さく笑う。久々に見る、アミュに向けていたのと同じ笑顔だ。
「傷があってもなくても、君は魅力的だ。仮面などあってもなくても同じか」
「この仮面は大好きです。つけていると落ち着きます。お姉様とおそろいですし」
「そうか」
 ブリューナスはキーディアの頭をなでた。彼女は嬉しそうに仮面を戻し、ダリを振り返る。
「楽しかったか?」
「はい」
「ところで、本来の目的は、あれを使役することだったはずだが」
 キーディアは、あっと声を上げて再びブリューナスを見た。彼は首をかしげ、肩をすくめた。彼はキーディアには好意的に見えた。キーディアは、少しアミュに似ているかも知れない。
「私をここから引きはがせたなら、従おう」
「本当ですか?」
 キーディアは胸の前で手をぎゅっと握り合わせた。
 悪魔クラスの自縛霊ともなると、従わせるよりもその場から引きはがす方が難しい。成仏させる方がよほど簡単だ。喜べることはではないだろう。
 それだとしても──
「どういう事だ? 今までそんなことを言ったことは一度もないだろう。キーディアを舐めているのか?」
 ダリは敵意を露わにし、ブリューナスに詰め寄った。
「彼女はお前をここまで従えている以上は、希代の死霊術師になるだろう。だからその成長を見てみたいと思った。それだけだ。何せ、お前を従えるほどだからな。何より、口にしただけで今までとそれほど変わらない。支配されれば従わざるをえない」
「いつものように抵抗する気か?」
「それは気分次第だ」
 彼は上機嫌で木の幹に身体を預ける。醜く焼けただれた唇は、右側だけがつり上がっている。かなり上機嫌だ。ラァスを追いかけるときに近い表情だ。
「カロンお兄様。あの方は一体何者ですか?」
 ブリューナスのことを知らないヒルトアリスが、二人のやりとりを不審に思い尋ねる。
「ジェームスという斧を持った怪人を知っているかい?」
「はい。聞いたことがあります」
「そのモデルになった悪魔だよ。悪魔とは最上級クラスのアンデットの呼称だ。それで死霊使いのアーライン家の者達が見学会をしているんだ」
「そうだったんですね。そういえばこの城は──」
 ヒルトアリスは言葉を切る。その瞬間、
「なにここ!? なにあいつ!?」
 ハウルの腕の中でアヴェンダが目を覚まし騒ぎ出した。とうとう起きてしまった。それでも外にいるためか、それなりに落ち着いている。
「やあお嬢さん」
 ブリューナスは嬉々としてアヴェンダに声をかけた。
「さ、さっきの!?」
「元この城の主、エオン・ブリューナスだ」
 ハウルは冷静に彼を紹介する。そのためかアヴェンダは身を縮めながらも、怯える様子が消えた。
「せ……先生の知り合い?」
「古い付き合いだ。そうだな。かれこれ……」
 ブリューナスは言葉を切る。窓辺から、何かを握りしめるヴェノムがこちらを見ていた。さすがの彼も、年齢について触れた時のヴェノムは恐ろしいようで口を閉ざした。
「私は六百年前にこの場所で死んだ、ただの悪霊だ」
 その言葉に、アヴェンダは懐から銃を取り出し、迷わず撃つ。
 銃声の余韻が消えた頃、煙硝の匂いを感じた。
「お……おい」
 さすがに銃など幽霊に効くはずもなく、額を撃たれたブリューナスはけろりとしている。しかし彼は額を抑えて顔をしかめた。
「痛いな。銀の弾丸とは稀なものを持っている」
「くそ! 効いてない!」
 アヴェンダは舌打ちして再び銃を構えようとする。それをハウルが押さえつける。足を支えていた手がどけられ、アヴェンダはハウルの胴に寄りかかる。
「なにすんだいっ!?」
「銀って、アヴェンダどうしてそんなものを?」
「この城恐いから、気休めに銃に込めておいたんだよ。高かったのにききやしない」
 彼女は強がって口にはしなかったものの、この幽霊城が恐ろしかったのだ。彼女はトイレに行く時、人を連れていくような性格ではない。背筋を伸ばして平気な振りをして歩くタイプだ。人知れず怯えていたのとは、可愛らしいところがある。
「悪魔にそんなもの効かねぇよ」
「あ、あれ、どうにかしなさいよっ! なんでほっとくの!?」
「なんでって、成仏しねぇんだから仕方ないだろ。なんとかして欲しいと思うなら、キーディアかラァスが成長するの待て。俺たちじゃあれは無理だ」
 ハウルはそう言うが、成仏と限定しなければどうにかなるだろう。もちろん、彼もそれなりの成長を必要とする。
 生体という概念を捨てて魂が長くとどまるということは、人としての形を捨て、神や精霊に近い存在になるということだ。もちろんそれは吸血鬼などの、肉を持つ者にも当てはまる。だからこそ、そういった存在は神と対であると言われる『悪魔』と呼ばれる。昔は邪神がそう呼ばれていたらしいが、袂を分かっただけであり、けっして敵対するわけではない。逆神と呼ばれていたものが、いつしか邪神と呼ばれたらしい。
 ある程度の悪魔は、下手な神よりは強いので、悪魔という呼称は面白いように彼らに似合っている。実際に今の彼は「下手な神」の一人であるハウルよりは強いだろう。
「恐いなら部屋に帰るか? 地下と裏庭以外に危険な場所はないしな」
 ローシャのことはすっかり忘れた様子でハウルが言う。言い含めておけば、彼女もアヴェンダを怯えさせることはないだろう。強がりなアヴェンダは、大丈夫だと言われれば、内心どれほど怯えていようが我慢するだろう。表に出すか出さないかが、ラァスと大きく違うところだ。
「ところでヴェノム、どうした?」
 ハウルは窓を開くヴェノムに声をかけた。彼女は吹き込む風に煽られる長い髪を払いのける。
「キーディア、母君がおみえです」
「もうお迎えですか?」
「いえ、我慢できずに見学にいらっしゃいました」
 中年の女性が、窓から顔を覗かせた。中年女性と言っても、肌つやはよく、服装も落ち着いてはいるが愛らしさのあるデザインで、二十代でも通用しそうだ。
「お母様」
 中年女性だと判断したのは、あれがキーディアの母であり、十八歳の息子がいるという事実を考慮してのことである。アーライン家の財力、技術あっての若さだろう。
「キーディアちゃん」
「お母様、どうなさったの?」
 キーディアの母は頬を朱に染め、恥じらうように身をよじる。
「……お母様?」
 キーディアはダリの背に隠れてつぶやく。どうやらあの態度は娘の目から見ても異常らしい。
「ああ……エオン様……エオン様っ」
 ブリューナスの名を呼び、贅沢なほどたくさんのレースが使われたドレスを身に纏ったまま、母はひらりと窓枠を飛び越えた。
「私は寝る」
 ブリューナスは地面に潜ろうとするが、母がさせじと何らかの術を放ち、彼の動きをわずかながらに止める。
「エオン様っ」
 三児の母はまるで少女のごとき軽やかさで、ブリューナスへと飛びついた。
「ああ、エオン様。いつ来ても隠れておいでで、わたくしは寂しゅうございました」
 捕獲されたブリューナスは、まいったとばかりにため息をつく。呼吸など必要はないのだが、三つ子の魂百までと、癖で呼吸する死人は多い。
「何度も言ったが、亭主と子供がある淑女のすることではない」
「エオン様がおっしゃるなら、旦那とはいつでも別れますわ。どうせ家同士の結婚ですもの。私の愛はエオン様にのみ捧げております」
「そういう問題ではない」
「ああ、エオン様」
「アーラインの女はなぜこう極端に走るんだ……」
 ブリューナスが誰かのものになるのも悪くない。そう思った理由は、わずかながらも彼女達のせいではないだろうか。
 過去に、何があったかは想像もつかないが、色々な目にあっているのかもしれない。
 この光景をキーディアに見せたくないのか、ダリが彼女を抱えて城に戻るので、皆もそれに続いた。
 離婚をも考えているなら、恋は自由であるとしか言いようがない。不幸なブリューナスも、たまにはいいのではないだろうか。


「なんでだよ」
 ハウルは貝殻から聞こえるヒステリックな声に問い返す。
『ローシャちゃんに身体与えるなんて、常識はずれもいいところだよ!』
 昨日のやりとりをなんとなく話したところ、ラァスはものすごい剣幕で反対する。実体を持てば、今よりも怖くなくなるのではないのだろうか。
「だからなんでだよ」
『ローシャちゃんが身体を持ったら、遊びに行ったアミュが何されるか分からないだろ! もしもあんなことやこんなことされたらどうする気!?』
 その言葉にハウルはああと納得した。
『カロンに伝えてね。もしも本当に作ったら、二度と来るなって』
「了解」
 二人には可哀想だが、被害拡大を思うとやはり止めるしかないだろう。カロンもまたへんな研究に没頭しては、ラフィニアとノーラが可哀想だ。
「おはようございます」
 剣をひきずるキーディアが、今日はダリを連れずにダイニングに現れた。本体である剣があるのだからいるのだが、姿はない。
 ハウルはラァスに別れの言葉を述べて立ち上がり、キーディアのために用意しておいた椅子を引く。
「キーディア。ここに座れ」
「ありがとうございます。ところで……母は……」
「まだ口説いてる」
 一晩中、彼女の母は悪魔を捕まえて口説いていた。その場から引きはがすことは出来ないようだが、反撃するつもりのないブリューナスを拘束することは容易らしい。
「すみません。いつもはあんなんじゃないんです。あんなお母様はじめてで、どうしていいのか……」
 いつもああならその方が逆に心配だ。ハウルは口にせずに微笑むと、彼女のために絞りたてのオレンジジュースをついでやる。
「キーディア、気にするな。今ヴェノムが説得に向かってる」
「私が説得できればいいんですが、母は私の言うことは聞いてくれません。私がお兄様やお姉様のようなら、きっと話を聞いてくれるのでしょうが……」
 彼女はしょんぼりとして、自分を責めて小さくなっていく。健気な態度にハウルは慰めの言葉をかけた。非常識を行う親を持つ気持ちは、彼も身に染みている。
「ブリューナス閣下にもご迷惑をかけてしまいました」
「あいつはたまにはいいんだよ。迷惑しかかけない奴らだからな。キーディアが持って帰ってくれれば、うるさいのが減っていいし」
 帰ってきた時、アミュが寂しがるぐらいで他は誰も気にしないだろう。できれば全部持っていってほしいが、すべてを押しつけられるほどの力はないだろう。ここは数が多すぎる。
「私には無理です。普通の死霊ですら無理なのに、あの方を従えるなんて」
「普通の死霊も無理?」
「はい。話しかけると普通に接してくれるんですが、使役してもいいかと聞くとみんな逃げてしまうんです」
 それはおそらく、普通の死霊はダリの存在が強すぎるため、怯えてしまうのではないだろうか。実力があることは、ブリューナスの反応を見ていれば確かであり、ダリが妨害した可能性が一番高い。今でもその値踏みするような気配だけは感じる。まるで過保護な父親のようである。
 彼女は何かを思い出したのか、仮面の下の瞳に涙を溜め、鼻をすすりだす。
「あ、いや、泣くなよ。な?」
「キーディアさん、泣かないでください。キーディアさんが悲しいと私も悲しいです」
 泣きそうな彼女を、ヒルトアリスも混じり必死にあやす。ヒルトアリスも半泣きになっているのは、いつものことだ。彼女の涙腺の緩さはどうにかする必要があるが、それは今気にすべきところではない。
「せっかく私のものになってくれてもいいと言ってくださったのに、私に力がないために……」
 その点はただ気に入られたかそうでないかが問題なのだが、彼女は理解していないようだ。精霊のクロフも命令されてではなく、自ら望んで使役されているが、ヴェノムにその実力があることは前提なのだ。そしてクロフは術者であるヴェノムに対して負担にならないよう心がけている。それは支配される側の好意によるものだ。術者への負担は、その精霊が好意で側にいるか、無理矢理使われているかにより大きく異なってくるということになる。
 だから術者は気に入られたという点を快く受け取っていればいいのだ。
「キーディアちゃん、今言ったことは本当ですか!?」
 一晩中愛を語っていたはずの、キーディアの母がダイニングに現れた。若々しい服装、メイクなのだが、さすがに少しはげてきていた。よくよく見れば押し寄せる年齢の波が、顔の表面にちらほらとその爪痕を残している。
「はい。ブリューナス閣下が出来るのならいいと」
「ああキーディアちゃん。ママのためにエオン様を連れ帰ってくれるのね!」
「え……?」
 キーディアは首をかしげた。子供には難しい話だろう。
「嬉しいわ、キーディアちゃん! パパは連れてきてくれなかったけど、キーディアちゃんにならきっと出来ます!」
「……お母様?」
「キーディアちゃんが、そんなに母思いの子だったなんて……。ママは嬉しいわ」
 キーディアは戸惑いを隠せない様子で、母を見上げる。これは、一生分からなくてもいいだろう。母が近づこうとすると、突然ダリが現れ、キーディアをかばうように前に立ちはだかった。
「自分の娘に何を言っているのか分かっているのか?」
「ダリ様、どうして私とキーディアの間に立つのかしら?」
「お前が子供の教育上有害だからだ」
 剣の精霊の方が教育を理解しているなど、一人の母として人として、彼女は大丈夫なのだろうか。人のことを言えない、やや抜けた母を持つハウルだが、身勝手ではない分いいだろう。
「そうですね。私の教育では、この子の才能を伸ばし切れてあげられませんでした。魔力ばかり強く、それ故に死霊を操ることが出来ないなど、育てた私の教育が間違っていたとしか言いようがありません。親として、私は失格です」
「そういう意味ではなくな……」
 ダリのまっとうな言葉に耳を貸さず、彼女は続けた。思いこんだら他人の意見を聞かないタイプだ。
「キーディアちゃん、あなたもお姉様のように理力の塔に行かせようと思っていました」
「わ、私には無理です。人が多いところなんて……」
「そうでしょう。あなたはお姉様以上に人見知りをする子です。そんなところに一人でやるなんて……と思っていました」
 キーディアは口を挟むことをやめて、じっと母を見上げる。しかしその母はハンドバックから何か手帳のようなものを取り出した。小型の演算装置だ。
「ヴェノム様、これでいかがでしょうか」
「もうひとこえ」
 突然、保護者と教師の間での駆け引きが始まった。
 ──おいおい……。
 商人モードの祖母を見て、ハウルは口元を歪めてその光景を他人事のように眺めた。
「ではこれほどで」
「そうですね。小さな子供ですから、それほど食べないでしょうし……」
 それでもやや不服の色を見せるヴェノム。次第に相場というものがきになって、こっそりと背後から覗き込む。そこには、ハウルの見たことがないような金額のやりとりがあった。
 いつもは無償で受け入れているにもかかわらず、金持ちが望んで預けるとなると、取れるだけ取るつもりらしい。
 この中でこの交渉の意味を理解していないのは、キーディア一人だろう。ダリは反対する様子はない。あの母親の元からキーディアを隔離出来ることを喜んでいるかのような、穏やかな態度である。
「では我が家秘伝の香油をおわけいたしましょう」
「それは素晴らしい。では、責任を持ってキーディアさんの教育を引き受けましょう」
「ほほほ。頼もしいですわ。最近、お弟子さんの一人が地神殿の大神官の候補として教育されていると聞きましたが──」
 それから、ハウルは互いを褒め合う二人を放置して、キーディアに朝食を食べさせた。

 

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あとがき