6話 見習い騎士とのサバイバル
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知らぬ鳥の鳴き声が響く。
暗い森だった。見上げれば木のみきから伸びる枝葉の間から漏れる光は目に痛く、美しい蝶が飛ぶのが目に入る。
人など誰も来ないのだろう。ここに来るにはどのようなルートをとっても、邪眼の魔女の私有地を越えねばならない。その間に、ヴェノムが雇っている管理人がその者を止める。深淵の森に来る者は密猟者だが、ここに来る者はただ死にに来るようなものだからだ。
帰らずの森と呼ばれるこの一帯は、それほどに魔物が多い。
「ちょっ、洒落にならねぇ!」
森に入り何匹もの魔物に遭遇した。それらは瞬時にして(一応)聖騎士が退治したが、今はそれも叶わない。今は魔物に囲まれていた。
魔物とは、多かれ少なかれ魔力を持つ動物だ。そのため、身体能力が高く、普通に相手をしていたら、人間では勝ち目がない。それが魔物だ。
「ラァス様は私が守ります!」
ヒルトアリスは張り切っていた。美女を守ることが騎士の喜びである。騎士の家系に生まれた女性が大好きな彼女は、か弱き乙女を守るという使命を見つけて生き生きとしていた。
彼女の外見は根っからのお嬢様だし、性格もそうだ。しかし本性は荒事が性に合っているという、大きな矛盾を抱えている。
ハウルが心配だったキーディアは、怯えながらもいつの間にか人の姿をとっていたダリの背に隠れていた。剣はダリが持っている。
──自分自身を使う精霊か……
風精が風を使うのと同じと思えばそうなのだが、どうしても納得できない。なにせ自分の本体である。
もう一人の心配の元は、平然としているので何か対策がしてあるのだろう。
「ヒルトさん。心配しなくても大丈夫。やるのは彼らだから」
「はい」
ヒルトアリスは剣に手をかけて頷く。
囲まれているが、かろうじてまだ襲われてはいなかった。しかしヒルトアリスが気の抜けた返事をした瞬間、魔物達は襲いかかってきた。
狼に似た、四つ目の魔物だ。動きが速く、目がいい。普通の人間から、即座に食い殺されるだろう。そこはさすがに元魔法騎士の聖騎士達。
「大地よ貫けっ」
カリムの言葉に応え、大地がもり上がり、二匹の魔物を瞬時に串刺しにした。
──やるなあいつ。
極端に短い呪文は、それだけ展開された魔道式がしっかりしているという意味だ。
「カリムさんは、流砂のお気に入りなんだ。魔術では一番だよ」
ラァスはこの魔術を見て誰にともなく言う。
「なるほど」
流砂が気に入るほどというなら、出来るのは当然だ。
ハウルも人ごとではないので剣を抜く。下手に強い魔力を使えば、魔物自体が寄ってこなくなるという、本末転倒な事態が起こる可能性もあるため、剣に頼るしかない。
ラァスもヒルトアリスを守ろうと前に出ようとしたが、
「きゃー、ラァス、きゃぁぁぁあ」
と、あからさまな態度で、アヴェンダがその腕にしがみついた。
「ちょ、アヴェンダちゃん!?」
「きゃぁぁあ」
叫びながらも、アヴェンダの顔は笑っていた。その間、そのアヴェンダとラァスを守ろうと、ヒルトアリスが剣を抜いた。
長いスカートを翻し、走る様に男達は慌てる。
──つか、今思うとあいつ普段着で山に来たんだよなぁ。
それでもスカートの裾を引っかけることすらなかったというのは、やはり精霊達の仕業だろうか。
「ま、まてっ」
止める間もなくヒルトアリスの剣は、閃光すら残し魔物の間を通り抜ける。そして息をつく間もなく、右手から飛びかかった魔物を切り捨てた。
その背後で、先に切った三匹の魔物がようやくばたりばたりと倒れる。
「すごいねぇ……」
「ああ、あれはほっといてもいいのよ。なにせ料理も裁縫も出来ないかわりに、唯一出来ることだから」
女としての常識は彼女にない。本当に、なぜ男として生まれてこなかったのかが不思議でならないほど、彼女は男性的な部分が大きい。
ラァスはアヴェンダを守るように、向かってきた魔物に蹴りを入れようとする。しかしその前に、ヒルトアリスの剣がその魔物の命を屠る。首が綺麗に落ちていた。
「アヴェンダちゃん、離れてくれると助かるな」
「いやぁ」
「いや、あのね、ほんと危ないから、ね?」
身体を張るアヴェンダに、ラァスは引きつった笑みで諭す。彼にはアヴェンダの日頃の生活や日頃の習慣など話していないので、自分で自分の身を守れるなどとは知らない。何よりもアヴェンダも必死だ。
──気づいてないかな、これは。
彼女の好意には気づいているだろうが、彼女の本性には気づいていない可能性がある。直接会うのがまだ二度目であり、理解し合うなど不可能だ。
たまに彼が騙されている姿を見るのも楽しい。
「大丈夫だから。ね。信じて」
「う、うん」
優しくされたアヴェンダは、ヒルトアリス並に目を輝かせていた。彼女から見ると、ラァスは白馬の王子様なのだろう。
そう思うと、ハウルは自分の顔だけはいいと言われる父と似たこの顔が、無性に空しくなる。
どんなに見目が整っていても、もてない自分が空しい。
その時だ。ラァスは何かに気づいて声を上げた。
「こらぁ! そこっ! その大きな人の側でさぼるなっ!」
「てめぇ、女の子に抱きつかれて鼻の下のばしてた奴が言うなっ」
ラァスもダリの側が安全地帯と気づいたらしく、アヴェンダを連れて彼の元へと向かっている。ハウルもまた然り。三人でダリを囲むようにして立つと、近くにいた騎士に魔物が飛びかかってきたので、さぼっていた連中は真面目に働く。
盾で殴りつけ、呪文を唱え、剣で叩き切る。聖騎士らしい光景だ。
「ハウル、この人の側を魔物が襲わないのはどうして?」
「高位の精霊を襲う魔物はいないだろ。獲物がいるから寄ってくるけど、ダリには襲いかからない。俺たちを襲うとダリにまで爪が届くから襲わない。そんなところだろ」
そのダリに抱き上げられたキーディアは、ダリの腕の中でもぞもぞとしていた。
「キーディア。魔物が片付いてからだ」
ダリの言葉も耳に貸さず、まるで玩具を見つけた子供のように落ち着かない。彼女は立派に子供だが、普段が大人びているので様子がおかしく見えた。
やがて十数匹の魔物が片づく。騎士が二十人ほどいるが、そのうちの半分近くを生き生きとしたヒルトアリスが片付けてしまったため、騎士達は数人がかりで一匹の魔物を倒したことになる。
「うーん。数が多いと手加減できないし、これはこれで迷うところだよな」
ラァスが何かつぶやき始めた。騎士達の訓練のためのハイキングだ。あまりヒルトアリスが出しゃばっては意味がない。
「狼さん」
と口にしながら、キーディアが魔物の死骸に近寄った。ハウルは想像通りの行動に苦笑する。
「ちょ、あの子いいの?」
「いいんじゃないか? 死体の扱いはプロだから」
何より、ダリの姿が消えて、剣は彼女が抱えている。
「深き門をくぐる者よ 死の淵にある者よ 返りて我に従え」
無邪気な様子で、唱える呪文は物騒。
騎士達はぎょっとして彼女を見つめ──突然起きあがった魔物を見て剣を抜く。
「狼さんおはよう」
「くぅーん」
狼はすっかりキーディアの下僕となり、甘えるようにすり寄った。
「……は……ハウル」
「ん?」
「か、彼女は……」
「キーディアだ。死霊術で有名なアーライン家のお嬢様。小さいけど立派なネクロマンサーだけど、怖くないから安心しろ」
それを言った瞬間、ラァスがゾンビから逃げるように、魔物の跋扈する森に飛び出て行ってしまったのだ。
いつものこととはいえ、相変わらず後先考えずに走り出す男だ。
彼ならすぐに落ち着いてそのうちなんとか帰ってくるだろう。
「可愛い」
「キーディア、まさかそれ全部持って帰る気か?」
「だめですか? 世話の必要はありませんよ」
「ダメ。そんなの家に持って帰ったら、ラフィニアが怯えるだろ」
「…………」
彼女はうつむいて落ち込んだ。その様子があまりにも同情を誘ったのか、騎士達の間から、一匹ぐらいいいじゃないかという声が上がる。自分たちが殺してゾンビになった魔物を連れ帰るのに賛成する騎士というのは、ラァスが言うとおり規格外である。
「……ああ、じゃあ、あの一番小さいのだけな?」
ハウルはまだ幼い魔物を指さした。
「それ以外は戻せ。そろそろ他の魔物が来る。こいつらはそういう魔物の餌になる。それが自然の法則だ。つまりは俺たちはその間に逃げられる。魔物は別に人間を襲いたいわけじゃないからな」
ハウルの説得に、キーディアは静かに頷いて解呪する。一匹だけ残った魔物は、言われてみれば犬のようで可愛らしかった。血も出ていないし、肉も見えない。これならラフィニアも喜ぶだろう。カロンも生きた動物と危険なく触れ合う方法はないかと悩んでいたものだ。生きていないが。
「さて、行くか」
「え、ラァスは?」
「あいつは大丈夫だよ。一人でも生きていける」
魔物よりもよほど恐ろしい人間なのだから。
魔物はきり無く襲ってくる。実は実戦が大好きなヒルトアリスは無理矢理アヴェンダの手を握らせ下がらせ、騎士達にすべてを任せている。鬼教官がいなくとも、魔物が襲ってくれば皆対応しなければならないため、真面目に闘っている。
「手際が良くなってるな」
「ああ、ラァス様は大丈夫でしょうか」
「ラァスは心配ないわよ。だって私が魔物よけの札を貼っておいたから。
あたしもそうだけど、一人限定だから魔物自体は来るってわけ」
だからアヴェンダはついてきたのだと、その皆の中央で魔物避け代わりにされているダリは思う。
キーディアは死と血を呼ぶ彼らの行為に、恐怖するでもなく、喜ぶでもなく、不思議そうに見ている
なぜ彼らがこのようなことをしているのか理解できないのだ。殺し合いになると分かっているのに、何かを得るためでもなく進入する。何かを知るためでもない。何もないのに、殺し合う。その理由が分からないのだ。
実戦訓練というものは、アーラインには存在しない。戦場に立つにしても、彼らは死を恐れないため冷静であり、いつもと同じようにやってみせる。それ故に彼女は理解できないのだ。
「どうしてみんな、あのようなまどろっこしい方法で魔物を殺して進むんでしょう」
アーラインが術を殺しに使うとき、瞬殺するのが当然だった。中途半端に殺すのは、死体も痛むし、怨念も増す。そういうものは強いが、扱いにくい死霊となる。どうせ扱いにくいなら、徹底的に強いものを作って数匹従えるのが一番効率よいと、やるときは徹底的にやる。
「お前が得意とする呪文は、魔力を食い過ぎる。温存するためには、ああして野蛮な方法で進むしかない。元々、私はそういう存在だ」
「ダリも?」
「ああ」
「ダリと同じ?」
「彼らに崇められることはある」
その瞬間、キーディアは笑う。彼らに一定の理解を示した証だ。片目だけが出ている仮面からかろうじて出ている唇は、その年頃の少女らしく楽しげだ。
やはり深淵の魔女に預けたのは正解だった。彼女が子供らしくなることは、今のダリにとっては無上の喜びである。唯一の生き甲斐と言っていい。
「お前等、楽しそうだな」
ハウルがダリを見て言う。楽しいのはキーディアが笑うからだ。キーディアが喜ぶのは、その無粋な男達がダリに近い存在だと知ったからだ。
ただそれだけで、この場事態が楽しいわけではない。
彼も理解しているだろう事は、その呆れ顔からして分かる。
「楽しそうです」
ヒルトアリスは、魔物と戯れる騎士達を見て羨ましげにつぶやいた。
「ヒルトさんもいっしょ?」
「いや……違うと……思う」
言い切れないのは、眠る本能がどういったものか、彼自身にも分からないからである。
「ああ、ラァスがいないとここは掃きだめに等しいね」
「俺のことも無視かよ」
「はいはい。掃き溜めに孔雀ね」
「俺のこと、ただ派手なだけの男だと思ってるのか?」
アヴェンダが否定せずに歩き出す。肩を落とし歩き出すハウルの後ろ姿に、同じ男として同情を覚えた。
世の中、上手くいかないものである。
「ありがとー、この恩は一生忘れないよ」
ラァスは道を教えてくれた精霊を抱擁して感謝を述べる。少女の姿をした地精は、嬉しそうに笑う。彼らは好意を持った相手に触れられることを好む。人と恋する精霊が後を絶えないのは、こういう理由からかも知れない。
ここから先に彼女は行くことが出来ないため、ラァスは一人で行くことになる。
しばらく行けば、大きな木があるらしい。ヒルトアリスがいれば、間違いなくそこを通るという。
ラァスのように会話できる精霊が限定されていない分、行き着く可能性はかなり高い。
「って、行くか」
背中に貼り付けてあった札は、すでに手に持っている。アヴェンダの仕業だろう。これがあれば楽をして行ける。
「ばいばーい」
「来れたらまた来るね。その時はまた案内してくれると嬉しいな」
地精の少女に手を振りながら、ラァスは歩く。
この札がなくとも、一人の方がよほど動きやすい。大人数だから魔物に見つかるのだ。
木々の間を縫うように走り、地精の言っていた大きな木を目指す。そこに、この森の主がいるそうだ。
走っていると、大地の偉大さと、自然の美しさと厳しさをひしひしと感じる。都会にばかりいると、こういう場所が恋しくなる。
たまには、こうして単独で動くのも悪くない。最近はずっとだれかとつるんでいた。それはハウルであったり、ヴァルナ達であったり、騎士達であったり。
誰かといると、それが楽で、自分を忘れそうになる。
ラァスは木の幹を蹴り、進路を右にずらして、右手にあった木を蹴り、獣道へと降り立つ。
その瞬間、ラァスの手の中に突然痛いほどの熱を持った。
「っつ」
手を開くと、持っていた札が灰になっていた。ラァスの手の平は、軽くはない火傷を負っていた。
「なに?」
ラァスは火傷を癒すための呪式を展開しながら、その謎の出来事について考える。
あの札だどんな意味の札かは知らないが、それが燃え尽きてしまった。つまりは他の大きな力の影響により、安定が失われ自破してしまったのだ。
「……うーん。何か強い影響力があるなぁ」
こういう札は、そういう影響を受けない限りは半永久的に使える。反面、強い力の前では何の役にも立たない。
ラァスは舌打ちし、行く手を睨む。
この先に進めなかったあの地精。それはこの力が原因だろう。強い影響力を持つ精霊か……それ以上の存在がある。
しかも、決して友好的とは思えない。敵意のようなものさえなければ、札が突然燃えるなどあり得ない。
「……大丈夫かな」
やはり、自然にくだらない理由で介入していることに怒っているのだろうか。
だとしたら──
「あの馬鹿達はともかく、アヴェンダちゃん達は大丈夫かな?」
成り立て実質見習い聖騎士達は、聖騎士と呼ぶにはあまりにも非常識で、自然の怒りを買わなければいいのだが。そう思いながらラァスは走る。
「アヴェンダ、怪我をしたくなければ札関係は手放した方がいい。ここから先は、イスの領域だ」
突然、キーディアを抱えたままのダリが前を見たまま言う。
アヴェンダは彼がキーディア以外にも意識を向けていたのだと驚いた。
「イス?」
「あの小難しい男がいると知って、深淵の魔女は何を考えているんだ」
彼は空を見上げてつぶやいた。アヴェンダの声は耳に届いていない。
「おっさん、イスって何だよ」
拾った木の実を割って食べていたハウルは、ダリの脇腹をつついて尋ねる。
「イスは私と同じようなものだ。私はただの剣だが、あいつはこの土地自体に根付いている。不興を買うようなことはしないでくれ。彼は恋人を失って以来不安定だ」
恋人を失って自暴自棄になるという気持ちは、理解できる。恋に一途という意味で、好感すら持てた。
思いを寄せるラァスはどうなってしまったのだろうか。そんな心配をしながら、アヴェンダは札を捨てる。
「ラァス、大丈夫かしら」
「大丈夫だろ。あいつ、傷は自分で治すし。見た目によらずタフだし」
「ラァスってほんと何でも出来て素敵ねぇ」
可愛らしくて格好良くて強くて優しくて将来は大神官。中身も能力も地位もすべて持っている。完璧な逸材だ。
「なんでお前って、そんなにラァスが好きなんだよ」
「何であんたに教えなきゃいけないんだい」
「別に……」
彼はため息をつく。ラァスがもてているから嫉妬しているのだろう。自分の相手をしてくれるのが、祖母と赤ん坊と十歳の少女だけなのだから。
その会話を聞いていたのか、側にいた騎士が笑顔で問うてきた。
「ハウルさん。ラァスさんは、ヴェノムさんに弟子入りしていたときは、どういう風だったんですか?」
この中では数少ない普通の騎士に見える青年だった。
「あのまんまだろ。妙に冷静でぶりっこで悪霊嫌いな可愛いもの好き小悪魔美少女系」
「言われてみるとその通りなんですが……以前とは少し変わったって、アミュさんが言っていたので」
アミュという言葉に、アヴェンダは複雑な気持ちになる。ラァスはアミュに好意を持っているらしいが、幸いなことにアミュの方がまったく彼を男として意識していない。意識し出す前に、何としてでもラァスの心を掴まなければならない。そのためなら、なんだってしてみせる。
「アミュが? そうだな……少し逞しくなったかな。昔は今よりは繊細なところがあったからなぁ。一人でいると、時々思い出したように辛そうな顔をしていたし」
ラァスの辛そうな顔を思うと、アヴェンダの胸は切なくなった。
──きっと、そんな表情も格好いいのよ。
普段は明るく振る舞っていても、人のいないところで一人悩む美少年。考えるだけで今はいないラァスが恋しくてたまらない。
「あの子は、一体どんな教育を受けていたんですか? とても一般的なものとは思えません。歩き方が静かすぎるし、動きは諜報部の者達のようだし、暗号が読めたり……特殊な訓練を受けていたのは本人も認めていますが、一体どのような場所でどのような意味合いの訓練を受けていたのでしょうか」
「……どのようなって……」
「私はそれが、彼の人格を歪めた原因としか考えられません」
「確かに人生は踏み外したとは思うけど……」
ハウルは頭をかきながら、何かぶつぶつ言うとため息をついた。
「ラァスはラァスだ。良くも悪くも、あれが本当だな」
「ちょっと、はっきりしないわね。いいじゃないの、教えなさいよ」
はっきりしないハウルに対して、アヴェンダは苛立ちを覚えた。
「教えなさいのってなぁ……そういうことはラァス本人に聞け」
「恥ずかしいじゃない」
「じゃあ、帰ったらカロンに聞け。あいつはラァスの兄貴分の友達だし、趣味の仲間だし、俺よりもいろいろと知ってるはずだ。つか、聞きたくもないからよくしらねぇ」
「使えない男だね」
アヴェンダは腕に装着したスリングに触れながら言う。
周囲には気配がある。そのすべてが彼らを襲うわけではない。魔物だからと言って肉食ではない。その多くは臆病で、慎重だ。人間の集団を見れば、大半の魔物は逃げていく。しかし今、彼らは逃げていかない。だから彼女も武器が必要となり、得意のスリングを腕に装着した。
「おかしいねぇ」
「そうだな」
気配は小さな魔力ばかりだ。しかも彼らは魔力を隠す事もしていない。つまりは威嚇状態にあるのだ。まだ襲いかかっては来ないが、いつ襲いかかってくるかは分からない。
「イスの影響だな。あいつは人間嫌いだから、土地の主に影響を受けて、人間に対してよい感情を持たないのだろう」
アヴェンダは手の平で石を転がした。
銃の方が強力だが、連射できるタイプではないので、相手が多い場合はこちらの方が向いている。
相手が群れだからこそ、彼らは襲ってこない。もしも一人であったなら……。
「ラァスは、一人で大丈夫かねぇ」
大丈夫だとは思うが、それでも心配なのが乙女心というものだ。