7話 ミスティックワールドへようこそ!

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 デートというものは、ハウルにとって生まれて初めての体験である。
 イレーネは露店で菓子を選んでいる。白いワンピースと、レースのカーディガンを羽織って、花の飾りがついた帽子をかぶっている。いかにも裕福な家のお嬢さんといった感じだが、このテーマパークに来るのはある程度は裕福な家の者だけであり、見事になじんでいる。
 装飾品も控えめな石が基本で、爽やかさが目立つ。
「ハウル様はどれになさいますか?」
「同じのでいいよ」
「では、同じので」
 バックから財布を取り出すイレーネの手を止め、ハウルは自分のポケットから小銭を取り出す。相手がどれほど金持ちだろうと、女に金を払わせるわけにはいかない。
 イレーネは一瞬きょとんとしたが、笑顔で買った物を受け取った。
「ありがとうございます」
「で、どこに行く?」
 ハウルは焼き菓子にかじりつきながら問う。昼食をほとんど食べていないので、今更食欲が湧いてきた。
「あれに乗りに行きましょうか?」
 イレーネは大きなルゥ君が中央にあるアトラクションを指さした。
「ああ。後でルートに感想聞かせてやろ」
 イレーネはくすくすと笑いながら、焼き菓子にかじりつく。
「これ、ダイエット食品なんですよ。今は肥満が問題になっていますから、低カロリーで、食物繊維が豊富なんです。機械で量産しているのですが、味はいかがでしょう」
「機械で量産してるのか? いけるけどな。機械って便利だな」
 その手の技術提供はカロンだろう。
「まあ、嬉しい。
 元々、私が太らないようにと考えてくれたものですから、味が悪いと言うことはないはずなのですが、舌の肥えた方に通じるか少々心配でしたの。ハウル様がそう言ってくださると心強いですわ」
 イレーネの細い腰は、そうやって維持されているらしい。昼食でも高カロリーの物は一切口にしていなかった。
「ダイエットしてるのか?」
「身体のラインを崩すと、マディアス──私の後見人に叱られるんです。美女だという噂は、顔を隠して誤魔化せますけど、身体は誤魔化せませんもの。
 あぁ、もちろん苦労とかはしておりませんわ。運動は楽しいですし、お料理は美味しいですし」
 王族には王族の苦労があるらしい。彼女の場合かなり特殊だが、苦労という意味で大きな差はないだろう。
 ハウルはぺろりと菓子を平らげ、ちまちまと食べるイレーネを横目で見ながらルゥ君の巨大アトラクションへと向かう。
「このテーマパークは、大きく分けて四つに別れています。一つはここ、ドラゴンランド。メインの一つです。あとはラーフちゃんメインのメルヘンランド、幽霊がコンセプトのホーンデットエリア、あとは魔動の魔石を使用した魔動の最先端を体験できるミスティックエリアの四つです。ミスティックエリアはお買い物やショーがメインですね」
「ショー?」
「魔具に関係する、見せ物です。商品の販促も兼ねています」
「商魂たくましいな」
「ええ、オーナーですもの」
「オーナー?」
「こちらはわたくし個人の出資ですから。もちろん、他の大手企業からの融資も受けています。今から行くドラゴンライドは、理力の塔の出資ですわ。わたくしがアイデアを出し、理力の塔が作ってくださったという方が正しいのでしょうね。繊細な造りですから、並の職人では手が出せない部分がありますの」
 彼女は楽しげだ。カロンよりも年下で、このような巨大なテーマパークを作ってしまうなど、とてもではないが信じられない。ハウルなら考えもしないし、失敗すると決めつけて動かない。天才は、凡人の一つ上を見ているのだ。
 彼女も菓子を食べ終えた頃、入り口付近に長蛇の列ができているのが目に入る。
「すげぇ並んでるな」
「ええ、ですけどここはズルしちゃいましょう」
 イレーネは備え付けのゴミ箱に菓子の包み紙を捨てると、ハウルの手を取って駆ける。従業員用の入り口から中に入り奥へ進み、バッグの中からカードを取り出し、従業員に見せる。
「ご案内します。どうぞこちらへ」
 二人は案内されて従業員用の通路を通り、どんどん進む。
「それは?」
「特待パスです。これを見せれば、先頭で乗れますの。身分の高い方を並ばせるわけにはいきませんので。お世話になっている方にお渡ししています」
「それでズルか……」
 並んでいる一般の人々に悪い気がする。
「風神様が利用したアトラクションなんて、素敵ですわ。それだけで価値がありますもの。お気になさらないで」
 顔に出していただろうかと手で頬を覆う。女にはかなわない。
「お嬢様、こちらへどうぞ」
「ありがとう」
 案内されたのは、一番前。一番いい席だ。
 ハウルはドキドキしながらも、乗り込み動くのを待つ。
「このアトラクションは、三パターンありますの」
「パターン?」
「速度が毎回違いますの。早ければ早いほどいいという方がいらっしゃるので」
 理屈では、どこまでも速度を上げることが出来るはずだ。
「今はどれぐらい速い奴だ?」
「最速モード……ドラゴンよりも速く移動します」
 彼女が笑顔で言った瞬間、このドラゴンよりも速く移動するという恐ろしいアトラクションは、容赦なく動き出した。


 アヴェンダはその作り物を見て一言呟く。
「よくできてるねぇ」
 本当に良くできている。何度見ても映像とは思えぬほど、リアルな幽霊だ。中には人形もあれば、人間もいるのだが、やはり驚くべきはこの立体的な映像だろう。
「アヴェンダさん……平気なんです? 幽霊、苦手だったんじゃ……」
「作り物と分かって怯える馬鹿がいると思う?」
 ヒルトアリスは納得したようで、そうですねと笑った。もちろん偽物と知らなければ、逃げ出していただろう。
 キーディアとラフィニアは飛び跳ねるように喜んでいる。偽物で喜ぶ死霊術師も不思議だが、お化け屋敷で喜ぶ赤ん坊がいることが不思議なのだが、住んでいるのが幽霊城のような外観である。こういうものなのかもしれない。
「デザインはすべてイレーネとエヴァリーンなのだよ。経費削減には、手作りが一番だからね」
 実に涙ぐましい努力をする女王様である。観光客を呼び寄せるためにこのような遊園地を作り、しかもそれを自分たちで計画したのだ。経費削減のために。
「金持ちなのにケチね」
「イレーネは女王として、まだ力がないからね。先代のように頂点に君臨する女王様ではなく、まだ守られているお姫様的ところがあるからな。
 だからこそ、親しい者とだけで、ここを計画したんだよ。実際、彼女の行動力と頭脳のおかげで、熱狂的な信者が増えてきた。今回の成功で、彼女は魔石が作れること以外は平凡な少女、というイメージは払拭できたようだよ。実際、計算能力は高いからね、彼女は。おかげで、いらない苦労も増えたらしいが」
 あの優しげな女王様に、そのようなカリスマがあるようには見えないが、容姿や雰囲気で人は判断できるものではない。なおかつ、計算高いようには見えない。そのいい例が、ヒルトアリスだ。
「すごい女王様ねぇ」
 アヴェンダは感心して触れることの出来ない死霊に手を伸ばす。すっと指先から通り抜けて、幽霊が霧散する。
「彼女は物作りが好きだからね。今回の規模には驚かされるが、自分が稼いだ金を何に使うも自由だ。私にとっても彼女はいいスポンサーだ。実験に必要なものは経費で落ちる」
「経費なの!?」
 隣から出てきた映像の幽霊を無視して、アヴェンダはカロンに詰め寄った。
「そうだよ。ラフィの服も含めて」
「ちょ、あんた、異様に羽振りがいいと思ったら……」
「といっても、ここ最近のことだからね。その前までは自分の研究成果を切り売りしていたよ。一番羽振りがいいのがイレーネだから、彼女に技術提供しているだけだ。私もつまらないことに技術を使われるよりも、こういう夢のあることに技術を使ってもらった方が快い」
 それはそうだろう。争いに向いた技術もあるのに、ここはとても平和で子供達も喜んでいる。
「彼女は絞るべき所は徹底的に絞り、出すべき所は惜しみなく出す女性だ。女王でなければ、さぞ立派な商人になっただろうに……」
 今でも十分に商人をしているのだが、彼の予想ではその規模ではないらしい。
「課題は、料金だね。ツアーを組めば、それなりに安くすむだろうからと、今イレーネは各方面と交渉している。モルヴァルの女王自らが動く大きな商売だから、問題なく行くだろうな。なにせ、モルヴァル王宮と繋がりを持つことが出来る。しかも未婚の女王は魔力が高い婿を探している。血筋などは二の次だから、いい魔道師を養子にでも向かえれば、王室と血縁関係を持てる可能性もある」
 行動力溢れる女王様だ。アヴェンダも、控えめな己を振り返ると、これではダメだと触発された。帰ったら、行動しようと心に決める。女の人生は戦いだ。
 それは心の中に封じ、アヴェンダは肩をすくめた見せた。
「それで友人に娘の服まで買わせてるんだね」
「商売の前に友情は儚いものだ。あと、妹だ」
 カロンはラフィニアの口元に、もらったクッキーを持っていきながら微笑む。
「イレーネもラフィを可愛がっているしね。彼女は娘が欲しいから、おしめを替えては喜んでいたよ」
 彼女が母親になって、はたしておしめを取り替える機会があるのか疑問だった。ヒルトアリスですら、それをする機会などなさそうなものだ。男性とは結婚できそうにもないだろうから、比べるのも間違っているだろうが。
「まあ、イレーネ様はそんなことまで……」
「昔から子供が好きだからね、彼女は。だからこそ、こんな所を作ろうと思ったんだろう」
 ヒルトアリスはため息をついて頬を両手で挟み、なにやら妄想を繰り広げている様子だった。
 彼女は、これから先も一生こうなのだろうか。
「そろそろ腹が空かないかい。ここを出たら昼食にでもしようか」
「そうね」
 元々、オカルトは得意ではない。長々といたい場所ではないのがアヴェンダの本音であり、空腹も確かなので、喜ぶ小さな二人には悪いが、そろそろ切り上げたい。
「食事ついでにショーを見に行こうか」
「ショー?」
 キーディアはこくりと首をかしげた。
「ああ、ランチを食べながら見られるショーがあるんだ」
「見たい」
 キーディアはこくりと頷く。
 その後、このお化け屋敷を出た瞬間、キーディアのオカルト衣装やカロンの気障ったらしい格好と空を飛ぶラフィニアと素でお姫様のようなヒルトアリスのために、従業員と間違えられて子供達に捕まったりするのだが、それは別の話である。


 ハウルはドラゴンライドを二度目、別の絶叫マシンすべてを制覇し終えて、充実した気分を満喫していた。
「これほど喜んでいただけるなんて、光栄ですわ」
「ルートの背に乗ってるのと違って、どこに行くか分からなくて楽しいな」
「竜は急に方向転換することはありませんものね。どのようになるか分かっていても、わたくしは少々目が回りましたわ」
 イレーネはハウルの腕に自分の腕を絡めている。目を回した彼女に腕を貸して以来、ずっとこのままだ。
 彼女の体温や、驚くほど滑らかで柔らかい肌の感触には、慣れる事はできそうにもない。
 まるで恋人同士のようで、ハウルは緊張していた。楽しいときが終わってみると、今こうしている事に対する疑問が再びわき出てくる。
「……イレーネ、浮かれて付き合わせてごめんな」
「わたくしも絶叫マシンは好きですから。それに、何度も乗らないと改善すべき箇所が分かりませんもの。何か気になったところとか、ユニークなアイデアがあったら言ってくださいませ」
「考えとく」
 咄嗟にすらすらとアイデアが出れば格好いいのだが、そんな才能は持ち合わせていない。思いつくとすれば──
「あ、でも、ルゥ君が火でも吐いたら面白いな。ルートも怒ると火を吐くんだ」
「…………火、ですか」
 彼女は真剣に考え出す。
「いや、けっこう危ないと思うぞ」
「カロンが魔石で永遠持続可能な火炎放射器を開発しましたの」
「使いたいのか?」
「ほら、火って綺麗でしょう」
「確かに綺麗だけどな」
 イレーネは思い悩むようで、うんとうなった。その様は、年上とは思えないほど可愛らしい。実際、彼女はどう見てもハウルと同年代であり、二十歳を越えているようには見えない。童顔系の顔ではないのだから不思議である。
「ん……なんだ、あの人だかり」
 ハウルは前方に見える群衆を見て首をかしげた。
「あら、こんな時間にメインストリートでショーなどしていないはずですのに、不思議なこと」
 イレーネはきょとんとして首をかしげた。二人の足は自然とそちらに向かう。群衆をかき分け、二人は最前列に向かう。
 不思議なことに、皆ハウルを見た瞬間、皆が道を空けていくのだ。いつもならヴェノムのせいだと思うのだが、今日に限っては自分のせいだと理解した。
「さすがはハウル様。美男子は違いますわ」
「そんな理由か?」
「全身から貴人のオーラを放っていらっしゃいますもの」
「…………」
 それはどんなオーラだろうかと思いながら、ハウルはとぼとぼと前に進む。無闇やたらと光を受けてはに輝く頭のせいかもしれない。
 やがて、そこにテーブルと、つばの広い帽子をかぶった、顔立ちの整った病的に色の白い少年が見えた。なぜかとても頑丈そうな机に設置された拘束具に腕を捕らえられ、椅子に胴が荒縄でくくられているのが見えた。拘束具には、封魔の呪いがかけられている。
「あら、ディートリヒ」
 イレーネの知り合いらしく、その不思議な姿を見て首をかしげた。
 その少年の両脇に、知った顔の少年達が立った。誰だっただろうかと首をひねる。
「ゲルトとケイリも」
 イレーネの呟きを聞き、ハウルは思い出した。
「あ、薔薇のおばさんとこの……」
 小柄で口の悪い少年と、背の高い礼儀正しい大人しそうな少年の二人だ。
「イレーネ、薔薇のおばさんと知り合いなのか?」
「ええ、アーリアはわたくしの相談役の一人ですわ。わたくしだけの香りとして、特別な香水を作ってくださったりと、いつもお世話になっていますの」
「そーなんだ……」
 彼女からほのかに香るこれは、あの薔薇の魔女の作品なのだ。
 これでイレーネが美青年だったりしようものなら、恐ろしい事になっていただろう。彼女が彼女で良かった。
「でも、どうしてゲルト達がディートリヒを拘束しているのかしら」
 二人が流れを見ている目の前で、それは進められていく。
「吸血鬼が日の光を浴びても全然平気! 見事でしょう?」
 彼は乳白色の液体が入った瓶を持ち言う。
「日焼け止めの宣伝でしたのね。乱暴な」
 本当に乱暴だ。一見しただけではごく普通の印象なだけに、違和感がある。
 ディートリヒという吸血鬼を挟んで立っているやんちゃそうな口の悪い方の少年が黒い板を手に持って言う。
「さて、今からお疑いのご婦人達に、これのすごさを実証して見せましょう」
「ゲルト、何をするつもりかしら」
 ゲルトとは、やんちゃそうな口の悪い方の少年の名らしい。
 彼は板を手袋をしたディートリヒの手の上にかざした。板が作った影の下で、もう一人の少年──おそらくケイリは、ディートリヒの手袋を両方とも脱がす。
「彼が本当に吸血鬼なのか、お疑いのことでしょう。これが証拠です」
 言うやいなや、さっと板がどけられる。すると片手だけ煙を出して蒸発するように灰になってしまった。片手は日焼け止めのおかげか無事である。
「ら、乱暴な」
「…………ああ」
 あまりのことにイレーネは立ちくらみを起こし、慌ててハウルは抱き止める。件の吸血鬼は、一言も話さず、絶えず引きつった笑みを浮かべていた。
「かわいそ〜」
「ディートいじめちゃだめぇ〜」
 少年達の非道に、子供達が抗議する。
「もちろん大丈夫! ここに一滴血を垂らせば……ほら!」
 再び板で日差しを遮った後、灰の中に小瓶に入っていた血を落とす。見る見る間に復活するディートリヒの手。その光景はどこか幻想的で、見栄えにこだわる者が多い吸血鬼らしい。その見事な様に、観客からは拍手喝采が起こる。
「これで手袋をすれば、ほら大丈夫。ねぇ、ディート」
 ゲルトとケイリは満面の笑みを浮かべながら言う。
「威力のほどはご理解いただけましたか? 光を完全シャットアウトしています」
「もう真夏の太陽だって恐くありません!」
「そしてなんと真夏の暑さすら、敵ではありません。ここにありますこの水!」
 ゲルトはディートリヒの灰にならなかった方の手に、水差しの水をかけた。水で流れ落ちてしまうのではと思ったが、灰になるどころか火傷一つしない。
「水をかけても、こすっても落ちません。ちなみに、油でも落ちません。その秘密は、こちらはモルヴァルの魔動技術を駆使した、汗にも負けず油にも負けぬ超強力ウォータープルーフタイプであるからです! だから、汗や皮脂で落ちることもない優れもの! 海にだって入れます!」
「吸血鬼とご婦人方の弱点、完全克服です」
「じゃあどうやって落とすかというと、それはこちらの特製クレンジングオイル」
 ケイリは取り出したオイルを、ディートリヒの塗りつける。その瞬間、再び手は灰になった。
「…………なんて事を」
 イレーネは頭を抱えていた。観客からは拍手がわき起こる。
「どうですか、この威力。その上、お肌に優しい潤い成分入り!」
「モルヴァルに色白美人が多いのは、このクリームのおかげです!」
「お買い求めはあちらにある、ショップ・スノーホワイトでどうぞっ!!」
「ご一緒に、しみそばかすしわ知らずの我が国の女王様が代々愛用する、美肌ローションも販売しております。雪を欺く白と呼ばれる白雪の肌を、定価の2割引きで手に入れるチャンスです!」
 イレーネは頭を抱えた。
「美白はともかく、わたくしが成長しないのは、マディアスのせいでしょう」
 イレーネは小さくぼやいた。
 それからしばらく宣伝した後、二人は宣言した。
「撤収!」
 瞬間、どこかに控えていた黒い衣装を身に纏った、色白美青年達がディートリヒごと机と椅子を運んでいく。イレーネはどこか呆けた表情で、去っていく一団を見送った。
「……すみませんが、少々寄り道をしてもよろしいかしら?」
「ああ。あれはちょっと……良くないと思うな、俺も」
 あの吸血鬼は、絶対に納得してやっているようには見えなかった。
 子供の前であのような残酷な実験をするのは、教育上も良くない。


「るぅたん、かーいいねぇ」
「可愛いねぇ。ほーら、ラーフちゃん型にんじんさんだよぉ」
「らーたん、かーいいねぇ」
「可愛いねぇ、ほら美味しいよ」
「んぐ……ちぃねぇ」
「食べながらしゃべってはいけないよ」
 ほのぼの親子は、菓子の花を配るルゥ君を眺めながら、楽しげに会話する。
 アヴェンダは料理をつまみながらため息をつく。
「美味しいし、可愛いけど……子供向けだねぇ」
 ショーは皆、着ぐるみであった。故にここにいるのは子供連ればかり。中には熱狂的ラーフファンの大人達もいるようだが……。
「アヴェンダは、大人のショーが見たかったかい?」
「そうだねぇ。もう少し、大人向けが良かったねぇ」
「では、今夜大人向けのショーを見に行こうか。夜では一番人気のパフォーマンスショーだよ」
「へぇ、面白そうじゃないかい」
「ラフィは飛ぶといけないから、イレーネに頼んでベビーシッターでも用意してもらおうか」
 言われてみればそれはとても危険である。
「イレーネ様もいらっしゃいますかしら?」
 ヒルトアリスは憧れの聖女様をもっと近くで見つめ続けたいのか、期待に満ちた売るんだ瞳で呟いた。
「さあ。後で聞いてみよう。さすがに夜は、ハウル君と二人きりというのも危険だからね。ハウル君といえども、中身は立派な男だ」
 ヒルトアリスとキーディアは、こくりと首をかしげた。二人はハウルを男として認識していないようである。幼いキーディアはともかく、ヒルトアリスはそれを自覚していなければならないはずだが、彼女にその様子は微塵もない。
「今頃二人は何をしているだろうね」
「健全に遊んだろうねぇ。お姉さんに遊んでもらっているって感じじゃないかい?」
「ハウル君は見た目は大きいが、子供っぽいところがあるからな」
「母性本能をくすぐって、年上にはいいんじゃないのかねぇ。周りに大人の男はいっぱいいそうだし」
「そうかもしれないな」
 年上の女性には可愛がられるタイプだろう。アヴェンダの好みではないが、世間から見ればかなりの好条件の男だが、目の肥えた女王陛下はどう判断するだろうか。
「あたしには関係ないことだけどね。魔石にはちょっと興味があるから、成功してくれるといろいろといいかもしれないけど。魔石は、魔法薬には欠かせないんだよねぇ」
 魔法薬のジャンルで、魔石は必要不可欠だ。他には儀式にもよく使用し、魔石を混ぜたインクで魔法陣を書くのは定石だ。そのために、理力の塔はモルヴァルと強い繋がりがあるらしい。母神の欠片を身に降ろす聖女様すら抱えていても、魔石だけは理力の塔ではどうしようもないのだ。魔石を抱く聖女は、モルヴァルの聖女ただ一人。
「私はイレーネとの付き合いの方が長いから、彼女の幸せのために、ハウル君にはうちの弟が裸足で逃げ出した舅のいじめに耐えてもらいたいものだよ」
「婿に行くのも大変だねぇ。その点、ラァスは両親がいないから、こっちのもんだよ」
「ははは。ラァス君は渡さないぞ」
「問題外が何を言うんだか」
 まずは女になってから言うべき事だ。
 アヴェンダはラーフが配る花の菓子を受け取り、花びらを一枚口に含む。それは綿菓子のように、口に含むと一瞬で消えてしまう。甘く子供が好むような菓子だ。一口で食べる気をなくし、それをもてあましそれを立てるために設置されているらしい花瓶と、ラフィニアを交互に見た。
「ラフィ、あたしの分の菓子もあげるよ」
「あぶ、あーと」
 ラフィニアは花の菓子を受け取り
 手を伸ばす彼女に菓子を渡す。彼女は小さな口ではくはくと花を溶かしていく。どうやら、食感が面白く気に入ったらしい。口の周りがべたべたになり、カロンがナプキンでそれを拭う。
「キーディア、楽しいかい?」
「楽しい」
「そうかい。そりゃ良かったよ」
 アヴェンダはグラスに残ったワインを飲み干し、まだ手を付けていなかった肉を口に含む。
 カロンが特別に注文したこのワインは、おそらく王侯貴族が飲むような、かなり上質のワインだろう。
 このワインが飲めただけでも、彼女にとっては十分すぎるほどの価値があった。そう思うと、可愛らしく手足を動かす、中身は必死だろうぬいぐるみショーも悪くない。
 夜は夜でまた楽しそうなので、今は子供達に付き合い可愛らしいぬいぐるみショーを見ることにしよう。

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