9話 理の都

 

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 手分けして探すのが一番なのだが、手分けしようにも別れるとろくでもない事になりそうな連ればかりで、なかなかそうはいかないのが現実だ。
 ヴェノムは目隠しをしているし、ヒルトアリスは男性に絡まれては殴り倒すし、アヴェンダだけなら大丈夫そうだが、ここまで混んでいると彼女が迷いそうだ。
 死霊術師の二人には、この人混みが倍以上に見えるらしく効率が悪い。いつもなら道具を使わずとも調節できるらしいのだが、人が多すぎて生気に待ち溢れ、コントロールが効かなくなるらしい。
 こんなことなら、カロンから視界を制御する眼鏡を借りておけば良かった。ヒルトアリスが一つしているが、彼女の場合外せば精霊に幽霊と、視界がとんでもないことになるだろう。彼女はそれで気にしないだろうが、彼女の奇行を見る羽目になるハウルは気にした。
「そう言えば今日のイレーネはどんな格好をしてたんだ?」
 問われアランは言葉に詰まり、サディは首をかしげ、うんうんと頷き笑いながら言う。誰かに聞いているようだ。
「青いワンピース」
「で?」
「…………帽子」
「で?」
 そのまま彼女は沈黙する。
 生者に興味の薄い死霊術師に服装について聞いたハウルが愚かであった。服の色を覚えていただけで良しとしよう。覚えていたのは彼女の側の幽霊だが。
「お姉さま、元気を出してください」
「うん」
「イレーネ様はとっても生き生きしてお強いから、大丈夫です」
 キーディアの言葉には説得力があった。なにせ誘拐されても自力で逃げ出し、巻き込まれた連れを助け出す余裕があるほどだ。確実にヒルトアリスよりもしっかりしている。
「イレーネ様、不思議な人。聖女なのに、死者と共にいる」
 サディの呟きに、ヴェノムは首を横に振る。
「そんなことはありません。モルヴァルは元々死神信仰の土地です。実際、あの国には水門の一つがあります」
 水門とは冥界への扉である。いや、穴と言ってもいい。メディアが召喚するのは水門の奥に存在する水蛇の奥に眠る冥府の闇の召喚だ。
「そうなんですか?」
 サディは目を見開いた。死霊術師が知らないことを知るヴェノムは、驚く若い三人に向かって頷く。
「ええ」
「そんなこと、私たちに言ってもいいんですか?」
「そのうち知ることです。
 イレーネ様は元々水門を守る一族。それがなぜあのような力を持ったのかは分かりません。そういう力を持つ一族が、そういう役目になった可能性もあります。
 水門は母神が作り出した物。その力の影響を受けたというのが、一般的な解釈です。一般的と言っても、私たち賢人の狭い中ですが」
 ヴェノムは見上げるキーディアを真摯な眼差しで見つめた。
「イレーネ様を支えるのはあなた方の役割です。だから、早く彼女を捜しましょう」
 キーディアはこくと頷き、片腕でダリの剣を抱きしめた。
 それはいいのだが、先ほどから周囲の視線が痛い。仮面を被る三人が悪目立ちしているのだ。シンプルな仮面のみのヴェノムだけならそこまで目立たないのだが、他の二人が派手である。時折、通行人の間だから『サディ』という単語が聞こえるのは、彼女は日頃から目立っている証拠だ。
 居心地の悪さを感じたのか、アヴェンダは目を細くして周囲を睨みながら言う。
「闇雲に探すより、目立つ場所に行った方がいいんじゃないのかい? 人を待つのに良さそうな場所とかないの?」
「そうだな。世間慣れしたイレーネ様なら、そういう場所にいてくださる可能性もある」
 アランは力強く頷き、そしてサディを見た。
「心当たりは?」
「知らない」
 そして、二人は再び黙る。
 ダメだ、この地元民達は。
「ったく。じゃあ、中央の広場に行ってみるか」
 地元を理解していない地元民には頼らず、地元を知らない者の立場から見た、見つけやすい場所を予測し、ハウルは皆を誘導することにした。
 カロンの方が正解だったかもしれない。


 メディアは噴水側のベンチに腰掛け、足を組んで友を待つ。人々は楽しげに通り過ぎていく。時にカップルで、時に親子で、時に友人同士で。
 早く来すぎたのだろうかと、時計を見れば五分前。遠方から来ているので、早めに来ようと思うのが普通なのだが、またラァスが支度に手間取っているのだろうか。護衛の騎士が来る事になったと言っていたが、その関係で遅れている可能性もある。
 何にしても失礼な話である。あと五分で来なければ、下痢になる呪いをかけてやる。
 小さな飴を口に含み、退屈を紛らわせるように愛用の杖を撫でる。
 久しぶりにアミュに会えると思うと心が躍る。少し会っていないだけだが、彼女はどう変化しているだろう。身長差がついていたらどうしようか。
 そんな思いを胸にはせると、時は早足で過ぎてゆく。
「メディアちゃん!」
 アミュの声に、メディアは立ち上がり声がした方を見た。
「アミュ……って、何でゲイルとハディスが?」
 一瞬ラァスかとも思ったのだが、一緒にいるのがハディスである。番犬のように彼女の傍らに立ち、周囲を威嚇している。ここに来るまで、何度となくナンパ男を撃沈してきたのだろう。この街の男は、新しい出会いを求めて飢えている。とくに、魔道に関わらない女性との出会いを。
「こんにちはメディアちゃん」
「久しぶりねアミュ。元気そうで嬉しいわ。貴方達も、あいかわらずね」
 メディアは変わらず進展のなさそうな二人を見て小さく笑う。相変わらず、ハディスは苦労をしていそうだ。
「ラァスは?」
「私がはぐれて、偶然二人に会ったの。ラァス君達はまだ来ていないんだね。私のことを探しているのかも」
 メディアは杖を握りしめてため息をついた。あとでお仕置き決定だ。
「仕方がないわね。まあ、そのうち来るでしょ。ラァスも馬鹿じゃあないし」
 メディアは再びベンチに座った。アミュはその隣に座り、ゲイルはメディアとアミュを挟むように座る。一人男のハディスはゲイルの横に立った。
「メディアちゃん、紫のローブを着てるんだ」
 昔はありきたりな黒いローブばかり着ていたが、今はメディアだけの紫のローブを身につけている。
「ええ、最近は」
「よく似合うね」
「カオスが選んでくれたのよ。塔では階級によって基本的なデザインは決まっているけど、細かなところは自分で改造していいの」
 個人的にデザイナーに頼んだのだろうが、さりげなく使われたレースが可愛いのだ。
「その腕輪、可愛いねぇ」
 ゲイルがメディアの腕を覗き込んで言う。そう言うゲイルは飾り気のない簡素な出で立ちだ。いつも身につけている白の手袋も、飾り気はまったくない。
「これもカオスにもらったの。護身用に」
「へぇ、護身用になるんだ」
 彼女はまじまじとメディアが身に付けたアクセサリーを見つめた。
 彼女は飾り気のないワンピースを着て、髪を結っているのも色気も何もない紐だ。彼女は洒落っ気に欠けている。
「ハディス、あんた指輪の一つとまでは言わないけど、髪飾りの一つ買ってあげなさいよ」
「ほ……欲しいのか?」
 ハディスは意外そうにゲイルに問う。飾りなどなくとも十分に華やかな外見の持ち主だが、健全な年頃の女の子が飾る事に興味を持たないはずがない。彼女の一人称が「ぼく」というのも、幼い頃に男の子として育てられた名残だと言っていた。風習でそういうとをする地方があるのは知っている。
「真珠とか珊瑚とかは興味ないよ。でも石は好き」
 言われてみれば、メディアの腕輪にも魔石がついている。これが気になったのだろう。ラァスに似ているのは顔だけかと思っていたが、心惹かれる物も似ているようだ。
「それに、ハディスにもらってもねぇ……」
「言っておくが、うちの両親はそんなことに気付くようなタイプじゃないぞ」
「分かってるよ」
 ゲイルはぷくっと頬をふくらませた。彼女はまだハディスの父のことを諦めていないようだ。この分ではハディスも悪いのではないだろうか。もっと積極的にアピールをすれば、ひょっとしたら思いも届くかも知れないのに。
「ゲイルお前、母さんに無理矢理女の恰好をさせられているんじゃなかったのか?」
「そりゃあ初めのうちはそうだったけど、スカートはくのも嫌いじゃないよ。山の中だと傷だらけになるから嫌だけど」
 ゲイルは枯れ草色のワンピースの裾をパタパタと仰いで言う。ハディスはそんなゲイルを見て、落ち込んだようにうつむいた。彼も常識があるように見えて、他者との交流が少ない田舎育ちだ。交流しても人魚達のような、人間とは感覚の違う者ばかりである。
「ダメな男の見本ね。少しはマメなラァスを見習ったら?」
「…………そうする」
 図体のでかい男が落ち込むのは鬱陶しいことこの上ない。メディアは小さく息を吐き、周囲を見回す。すると、見覚えのあるきらめきが見えた。後光が差したその頭は間違いない。
「あれ、ハウルじゃない」
 人混みで顔はよく分からないが、確かにあの頭はハウルだ。間違いない。
「本当だ。あれはお兄さんの頭だ」
「目立つねぇ」
 皆は立ち上がり背伸びをしてハウルの頭を指さした。どうせなら、彼らも使って探す方が効率がいい。アミュがかけだし、背の高い壁がいなくなったことでようやく顔が見えるようになり、ハウルの方もアミュを確認した。
「アミュ!」
「え、何!? じゃあラァスもいるの!?」
 ハウルの声に、聞き慣れない女の声も聞こえた。ヴェノムが新しく数人の弟子を取ったのは聞いている。どんな才を持っているのか、なかなか楽しみだ。
「お兄さん、お姉さん」
 アミュは手を振って皆を迎えた。
 そのメンバーの中に、なぜかサディとアランを発見し、メディアは目頭を押さえた。サディはメディアと同じ班員であり、アランはそのお目付役である。
「よぉメディア。何だ、お前等もいるのか。久しぶりだな」
 ハウルはハディス達に手を振った。相変わらずの暢気な馬鹿面である。
 メディアはハウルの連れ達を見回した。一人は黒髪の夢見るような瞳の美少女。腰に下げた剣から見ると、見た目と反して腕がいいのかも知れない。もう一人は珍しく見た目も普通に見える小柄な少女。身長は靴をはかないメディアよりも少し高い程度で、幼く見えるが生意気な胸をしている。鼻っ柱が強そうだ。最後の一人は──
「……何、あのサディ二号」
 メディアは目を細めてサディのに似た仮面をかぶり剣を抱える少女を見つめた。どう見てもサディの身内だ。これで赤の他人だと言っても誰も信じないだろう。
「メディア、どうしてここに?」
 サディはこくと首をかしげて問う。
「待ち合わせしてるからよ。それよりも、なんであんたがヴェノム様と一緒にいるの」
「妹がヴェノム様にお世話になっているから。そこで会って、一緒に人を探してもらっているの」
「人?」
「女の人。護衛していたのに、見失って……」
 今日は迷子の多い日だ。メディアは肩をすくめてハディスに寄ろうとしていたハウルを見た。その瞬間、彼は足を止め腰を低く構えた。
「何してるのよ」
「転ばそうとしたり、殴ろうとしたりしそうだったから」
「失礼ね。こっちもラァスを探してるって言おうとしただけよ」
 ハウルも女性に贈り物をすることぐらいは出来る男だ。ハディスに世間の男を教えるにはちょうどいいと思っていただけであり、それ以上のことはない。
「ラァスが? なんで?」
「というか、アミュの方がはぐれていたのよ。彼の所の騎士達と一緒に来てるらしいけど、なかなか来なくて」
 手をつないでいればはぐれなかったことを考えると、ラァスもまだまだ甘い。他人にかまけて連れの存在を一瞬でも忘れるなど、アミュの連れ失格である。
 ハウルは振り返り、ラァスの事をヴェノムに伝えた。彼も相変わらずヴェノムべったりのようだ。
「ラァスがいないなんて。期待して損したよ」
 背の低い女が言い、メディアは耳を疑った。
「探せばいいだろ」
「常識的に考えて、イレーネ様の方が優先じゃないかい。イレーネ様はどこに行かれちまったんだろうねぇ」
 メディアは目を見開きハウルの服の袖を引っ張った。
「イレーネ様がいないの!?」
「お前も知ってるのか?」
「当たり前よ! よくカオスに会いにいらっしゃるもの! 大変じゃない、ラァスとその他大勢なんてどうでもいいわ」
「落ち着けって。彼女は頭がいいから、見つけてもらいやすそうな場所に来るはずだ。そうなると、理力の塔かここになるだろ」
 言われて、メディアは落ち着いた。彼女はカオスが対等と認めるほどの女性だ。そしてアルスと同じ聖女である。メディアが心配するなどおこがましいほど、誰もが認める女王としても商人としても聖女としても素晴らしい女性なのだ。
「それもそうね。それはともかくあんた達、また変な霊に夢中になってたでしょ! アランもサディに釣られてどうするの?」
 言葉の刃を向けられて、二人は見る見るうちにしぼんでいく。普段は反省など皆無の彼らがこの反応とは、さすがに女王を見失うのは彼らにとっても大事らしい。彼らはたまには俗世のことで焦った方がいいのだ。
「まあまあ。見えない物が見えるのは結構大変なんだぞ。お前には分からないと思うけど……って、何だよヒルト」
 ハウルの背中をバシバシと叩く美少女は、潤んだ瞳でメディアを見つめていた。彼女の周囲には驚くほどの精霊の気配が渦巻いている。彼女はハウル寄りの存在なのだろうか。
「……はいはい。こいつはメディア。しばらく前にうちにいた、呪いの専門家だ。
 メディア、こいつはヒルトアリス。精霊に好かれる体質の、立派な人間だ。あっちの女がアヴェンダで、サディの妹がキーディア」
 メディアの考えは読まれていたらしく、メディアは舌打ちした。しかしこれだけの精霊を従えている人間とは驚いた。目には見えなくとも、その存在がひしひしと感じられる人間はごく稀だ。しかも彼女の場合は属性に関係なく、全ての種類の精霊の気配がする。アミュなら炎、ラァスなら地の精霊と偏っているために違和感はないが、彼女の場合はかなり異質である。もう一つ異質なのは──
「はじめましてメディアさん。私はヒルトアリス。どうぞヒルトとお呼びになってください」
 がしっと手を握られ、メディアは困惑した。
 彼女は、態度が異質だ。今までに出会ったことの無いような、あるような、よく分からないタイプである。
「こいつなんか大変なんだぞ。感じるだろうけど、こいつの場合回りにいる精霊も幽霊も何もかも見えるんだ。おかげで町中だと眼鏡をしないと奇行に走る」
 奇行に走るのは、見えている者の独特な行動なのだろうか。だとしたらアーラインの二人を責めるのは可哀想かも知れない。メディアは見ることが出来ない目を持っているので、その状況が理解できないのだ。
 しかしなぜ彼女は、メディアの手を握りしめているのだろうか。
「メディア、気に入られたねぇ」
 からかうようにゲイルが言い、ヒルトアリスの瞳がそちらに移り、再びぽーっと見つめた。
「ラァス様……?」
 ああ、とメディアは得心が行く。二卵性の双子に見える程度には似ている二人だ。しかもラァスは変装が趣味である。見間違えても仕方がない。
「こいつはゲイルって、ラァスの従妹。そっちがアミュ。おまけに男はハディス」
 おまけ扱いされたハディスの頬がわずかに引きつった。
 ヒルトアリスはメディアの手を放し、今度はゲイルの手を取った。初対面の美少女に手を取られ、さすがのゲイルも困惑気味だった。
「はじめまして。ヒルトです」
「げ……ゲイルで〜す」
「こんなにも綺麗な方にお会いできて光栄です」
「そちらこそ、お綺麗ですねぇ。嫌みなぐらい」
 ゲイルの言葉など気にもせず、彼女はどこか別世界の住人に見える笑みを浮かべている。かなり変な女だ。
 ヒルトアリスはアヴェンダに後ろ髪を引っ張られ、顔を引きつらせたゲイルから離される。その後ねちねちと叱られることから、これがいつもの彼女の行動だと分かる。
 世の中には他人に触れたがる人間がいるが、それだろうか。
 今回も弟子には実に濃い人物が集まっているようだ。
「そういえばお姉さん」
 アミュがヴェノムの元に駆け寄り、彼女を見上げて言った。
「嘆きの浜のセルスも迷子になっちゃったんだって」
 その言葉に、メディアは思いをはせる。誰だっただろうか。女っぽいイメージがあるのだ。そうだ、思い出した。
「あの人魚のセルス!?」
 アミュがこくんと頷いた。
 今日は、なんてろくでもない迷子の多い日だろうか。


 イレーネと手をつなぎ、広場にたどり着くと集まる人々を見回した。知った顔は見あたらず、中央近くまで近づくが、かれられる声はない。
「いないねぇ」
 赤い髪は見えない。やはり塔に行ってたのかと思うと、カリムがラァスの肩を叩く。
「どうしたの?」
「あれはヴェノムさんのところのキーディアじゃないですか?」
 言われた方を見ると、確かにあの仮面を付けた横顔の少女が、ベンチの上で背を丸めて座っていた。
「いや、それにしては大きいような……」
 額に手を添え目を細めるライアスが言う。
 しかし世の中に安中面を被った人物がそうそういるとは思えない。ラァスは小走りに彼女へと近づくと、確かにキーディアでないことを確信した。
「あら、わたくしの護衛です。サディと言って、キーディアの姉ですの。従兄のアランはどうしたのかしら」
 イレーネは少女に駆け寄り落ち込んだ様子のサディに声をかけた。
「サディ、どうしましたか」
「イレーネ様!? イレーネ様ぁ!」
 サディはイレーネを見た瞬間、彼女にしがみついて泣き出した。よほど心配していたのだろう。当たり前である。
 イレーネはよしよしと彼女を慰め、ハンカチを取り出し渡してやる。サディはちんと鼻をかみ、イレーネにハンカチを返した。
「あなたはメディアを知っていますか? 有名だと聞きました」
「はい。メディアとはさっき会っていました」
「アミュという赤毛の女の子はいた?」
「はい」
「アランはわたくしを探しているの?」
「はい。あと、妹の先生の知り合いもいなくなって」
「ラァ……ラシィの事かしら」
 イレーネは振り返りラァス達を見た。
「違います。知り合いの人魚が迷子になったそうです」
 ──人魚?。
 ラァスは考える。
 キーディアの先生はヴェノムだ。ヴェノムの知り合いの人魚はおそらく嘆きの浜の人魚だ。そして海から出てきて祭りに見物に来そうなのは、ただ一人。
「それって、セルスって人魚?」
「たしかそんな名前」
 ラァスは頭を抱えた。アミュやイレーネが行方知れずではすまないような、世間慣れしていないセルス。しかも魔道都市に人魚。さらってください、売ってくださいと言っているようなものである。知識のない者が見れば変わった人間でも、知識があれば変装していても人魚と分かる可能性もある。しかもだ、彼は見た目がそれはそれは美しい少女だ。大変危険である。
「まあ大変。それで皆さん捜しに行っているのね」
「そうです。ですから私がイレーネ様を塔までお送りします。それから皆に、イレーネ様は見つかったと伝えに行きます」
「見送りはいりません。一人で帰りますので、皆さんで探してください」
 まるで自覚のない言葉に、皆一斉に首を横に振る。一人で歩いていた過去すらも胆が冷えるのに、これから故意に自分たちでそれをすると宣言され、見送ることなど不可能だ。
「イレーネ様を一人で帰すなどとんでもない。どうせ私たちはその人魚の顔を知りません。知らない人物を捜すことは出来ません」
 心なしか青ざめたカリムが、引きつった笑顔を作りイレーネに言う。
「そうですね。では、数人貸してください。少なくとも、ヴェノム様達を探すのに人数がいるのはいいでしょう。ラシィも行ってください」
 いい子なのだが、これでは彼女の国の護衛の者も気が休まらないだろう。
 カリムは数人の腕の立つ騎士を選びイレーネの護衛に付け、残る全員その場で解散し、真珠や珊瑚で飾られた浮世離れした銀髪美少女か、とにかく顔を知っている者を探すことになった。
 せっかくの休み──とは言っても、祭りの最中は正式な地神殿からの使者ということになっている──なのに、人捜しばかりしなければならない現実に、ラァスは思わずため息をついた。予定では、女の子達と一緒にショッピングをしているはずだったのだが、上手くいかないものだ。


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