12話 エインフェに集う聖人
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 今回の祭りは、三人もの聖人が公式に参加するという珍しいものだ。神殿ですら一人抱えていればとてつもない発言力を得るというのに、それが魔道士の祭りに三人も参加する。
「並ばれると盛観ですねぇ。清浄な気が立ち込めそうですよ。浄化されてしまったらどうしましょうか」
 目の前の聖人三人を眺めてカオスは言った。
 世にも珍しい、男装聖人が二人もいるのだ。一人は普段女装だが、今は女の子になって男装している。
「いや、清浄って……」
「俺達は夜の人間なのになぁ」
「わたくし、悪魔に育てられましたが」
 そんなメンバーのどこが清浄なのかと聞きたい。
「若くてぴちぴちの聖人というだけで珍しいのに、それが三人も集まるなんて、老若男女問わずに喜びますよ」
「ああ、それは毎年一人で老人に拝み倒されるのは嫌だったから助かるよ」
 塔長であるカオスと聖女である男装の麗人アルスが爽やかに笑いながら言う。
 アルスの言葉はかなり切実で、普段からマスコット扱いされているラァスはため息をついた。彼女は年に一度だから、まとまって来るのだろう。
 聖人というだけで神のように拝まれるのだ。老人達を騙しているようで心苦しいが、それは神殿を宝石で飾るためのお布施を誘発するので、ニコニコ笑って話し相手になるのがラァスの主な仕事である。ちなみに撫でられまくり、どさくさに紛れて痴漢行為を働く男性や女性がいる。
「僕もアルスさんみたいに迫力があればなぁ」
「女に言う言葉じゃないぞ」
「んん、だってぇ」
「いつもそうしてるのか?」
「まさか。普通にニコニコ無料奉仕しているよ?」
 アルスはため息をついてラァスを見つめた。彼女は聖女になってからの年季もあるが、ラァスは手探りで自分の方向を探しているところだ。
 彼女よりもさらに年季が入っているイレーネは、女王という立場のために参考にならない。
「アルスさん、どっかの神殿にいる聖人で、参考になるような人いない?」
「シーロウ様が一番だろ」
「そうだけど、おじいちゃんだからなぁ」
「自然体であればいいんだよ。すべては回りがしてくれる。存在すれば問題ないし、式に出るときだけしっかりすればいいんだよ」
「それもそっかぁ」
 人を真似ても仕方がない。演技の元が無ければ何も出来ない子供ではないのだから、一から始めるしかない。時折不安になる。だれかの模倣ばかりしていた彼は、こういうときほんの少し不安を覚える。
「で、明日は何かリハーサルが必要なことがあるの?」
「ない。愛想よくする、それだけだ」
「んじゃ、なんで集まっているの?」
「問題がある」
 アルスはため息をついて立ち上がり、カオスの執務室横にある、この塔長専用の応接室の中をうろうろとする。胸がきゅんとなる石の置物があって、少し落ち着く場所だ。
「来てるんですよ」
「何が?」
「聖性主義者が」
「うわ、やっだぁ」
 一度イレーネとお見合いをしたときにちょっかいを出されたのだが、あまりいい印象はない。あの顔を隠した男はイレーネを狙っていたらしく、ラァスを敵視していた。同世代で未婚の聖人女性はこの大陸にはイレーネ一人であるらしい。アルスも未婚だが、子供持ちは趣味ではないのだろう。
 聖人同士で結婚しても、子供が聖人になるわけでもないのに、おかしなこだわりを持っている人間は多い。イレーネの家系など、誰と結婚しようとも、能力は弱まることなく続いている。
「というわけだから、皆さん一人にはならないように。戦闘力は高くても、もしものことがあれば責任は僕に来ますからね。くれぐれも誘拐されたり、洗脳されたりしないように」
「やだなぁ、洗脳だなんて。このメンバー見てから言ってくださいよ」
「油断大敵ですよ。今日から君にも護衛をつけますから、どんなのがいいですか? イレーネ様にはハランとアルスの部下をつけようと思いますが」
 マゾの変態を思い出し、ラァスの頬が引きつる。あの男はそれほどまでの実力者なのだろうか。普段の彼を見ていると、とてもではないか信じられない。
「ああ、あの植物の方ですね。彼は薔薇ともお話が出来るのでしょうか?」
「出来ますよ。棘がある植物とは相性がいいですから。サボテンとか」
「まあ、嬉しい。いつか私の薔薇園に来ていただきたいわ。あの子達が何を欲しているのか、直接聞いてみたいと思っていましたの」
「ええ、ご要望があれば向かわせましょう。
 彼は人がいいので人気があるんですよ。この前も文通をしていた元雇い主の老人の遺産の一部である広大な森を相続しているんです。人格だけは保証します」
「まあ本当に優しい方なのですね。わたくしは彼で構いませんわ。女性もいらっしゃるといいのだけど」
「もちろんですよ。男だけにあなたを任せるわけにはいきません。アルスが聖人でなければつかせるのですが」
 アルスは聖女で、教師である。今は基本的に祭りが終わるまで休みだが、補習授業もあるらしい。もちろん実戦体術ではなく、付属魔法の方だ。
 休むに休めず、教師というのも大変である。
「イレーネ様はアミュと一緒にいればいいんじゃないかな。最近のアミュは気配には敏感だし、女神に守られているなんて心強いでしょ?」
 そうすればラァスもハウルも一緒にいれば幸せである。
 最近は二人に切りになるとアミュが緊張するのだ。いい傾向だが、なかなか進展が望めない。サメラと違って普通の女の子なイレーネと一緒にいれば、少しは改善するかも知れない。
 うんと冷えたお茶を口に含み、ラァスは小さく笑う。神殿にいると粗食のみで、冷えたお菓子やお茶は外に出なければ食べられない。
 出れば出たで、どうしてかサメラまで奢らなければならなくなる。彼女の方がはるかにお金持ちなのに、高いものを奢らされるのだ。最近は収入が少ないので、涙が出てきそうである。
「僕はハウルと一緒にいるからいいよねぇ」
「護衛はつけますよ。塔の沽券の問題ですから」
「ちぇ」
 予想はしていたのでラァスは拒否をせずに頷いた。
 肝心なことをすっかり忘れて。


 仁王立ちして待つ妹に、そわそわして待つ白い少年。
 小さな妹は父のような落ち着きがあるが、少年の方がずっと背は高いが、落ち着きがない。
「……何もこんな所でずっと待っていなくても」
「だったら好きなところに行っていなさい」
 追い払おうとする言葉に、カルは肩を落としてうつむいた。
 ここはカオスの部屋の隣室で、会議が出来そうな椅子と机が並んでいる部屋だ。
 カルは彼女の後ろ姿を見つめているだけでも幸せだ。思わずだっこして、よしよししたくなる。そんなことをすれば殴られるのは分かっているが、考えているだけなら殴られない。
「メディア、せめて座っていたら? 高いヒールの靴だから、足が痛くなるでしょ」
「高くない」
 彼女は自分の背の低さがコンプレックスのようで、小さいことを否定するときの彼女はとても可愛い。
「強がっちゃって。メディア可愛い」
 カルの言葉を代弁するように言ったミンスは、メディアを背後から抱きしめた。
「子供扱いしないでよ」
「だってメディアは可愛い娘だもん」
 カルはむっとなって彼を睨んだ。
「年なんてあんまり違わないのに」
 彼がメディアの面倒を見ていたのは聞いたが、納得がいかない。彼はどう見てもアルスよりもメディアに年が近いのだ。
「そんなことはないよ。僕はこの敷地内では四番目に長命だし。一番は罪人で、次がヴェノムで、次がカオス。ねぇ」
 メディアは頷くと窓の外に見える、理力の塔という名前の由来を指さした。魔道士の塔の印象に一致する、高い塔だ。
「あそこに邪神として封じられている魔道の神がいるのよ。最近……あら」
 メディアは窓に近づき、窓を開けて手を振った。
「イゼア! アーソルドも! どうだった?」
「メディアさん、こんにちは。今、マナラさんが修復しています」
 イゼアという少年は笑顔で答え、男の方は脅えたように彼を盾にした。メディアとすれ違う生徒達の様子が少しおかしいのだが、彼女は日頃どんなことをしているのだろうか。
「でも、様子を見ているだけだから安心してください。正常ではないですけど、動いてはいますから」
「動いてなかったら一大事よ」
「そうですね」
 イゼアは手を振って去っていき、少し離れるとアーソルドがその手を引いて走っていく。
 どこまで脅えられているのだろうか。
「彼女たち、何をしているの?」
 兄のリューネに引っ付いていた、メディアの友人であるリディアが問う。兄とお似合いの美少女で、一途で礼儀正しく、好感が持てる。
「結界の強化よ。あそこには罪人の剣があるの。剣とか鏡って、何かを封じるのに適しているんだけど、力が強すぎて無駄に溢れるから結界を張っているんだけど、力を逃して都市に充満させるための装置が不調なのよ。うちの技師じゃどうにもならないから、神器でも修理するマナラを呼んだのよ」
「マナラ……ああ、最近よくいるすごく顔色の悪い人?」
「街で修理屋をしている元塔員なんだけどね、若いのにとにかく腕がいいのよ。具神が通い詰めるほど、魔動機の修理に関しては右に出る者がいないの」
「まあ。そんなに危険な状態だったんですか?」
「危険と言うよりも、手がつけられなかったって感じよ。ちょっと壊れても、どこが壊れているのか分からないの。聖性主義者の奴らが来ているらしいから、なんとしてでも守らなければならないシステムなのよ。あれは人間が考えたものだから、奴らの狙う物の一つよ」
 聖性主義というのは聞いたことがある。ある種の都市伝説で、何か一つ神に匹敵する力を持っている者を崇める、人間至上主義の組織だと。
 人間が作り出したそれほどの技術なら狙ったとしてもおかしくはない。しかもここには聖女であるアルスもいる。
「だから心配して待っていたんだね」
「そうよ。アルスは私が守るの」
「じゃあ、僕も参加させてくれるかな?」
 いわれなくてもそうするつもりだが、メディアは唇をとがらせた。
「あんた達は他のを守っていればいいでしょ。ラァスは今無力だから、それこそ護衛が必要だもの」
「メディア冷たい。僕のこと、嫌い?」
「別に。嫌いなら呪ってでも追い返しているわ」
 そうだろう。彼女は良くも悪くも素直な子だ。嫌う相手と必要もないのに一緒にいるような性格ではない。そういう意味では、嫌われていないのは嬉しい。
「僕もみんなと一緒にいたい」
「明日はこれから補習よ。生徒じゃない人がいたら邪魔でしょ。仕事が終わってからになさい」
「はぁい」
 夜になればいくらでも話が出来る。昨日はメディアと一緒に三人で同じ部屋で眠ったのだ。リューネは夜遅くまでリディアと庭でデートしていたので彼らの部屋で眠ったようだ。どこまで進んだのかなどは、さすがに聞けなかった。弟としては、照れ屋な兄の交際など、知らないふりをするしかないのだ。
「でも、本当にラァスの事は不安なのよね。地神様に魔力を封じられたみたいだし、そうなるとただ器用なだけの男だもの。なんでそんな事になったのか知らないけど、迷惑だわ」
 ここで何かあれば、カオスの責任問題である。メディアが気にするのもよく分かる。カルにとっては知らない少年だが、メディアにとっては兄弟子であるらしく、気になるようだ。
「でも、どうして魔力を封じられたんだろうね。神官なんでしょ?」
「ああ、それはね」
 聞こえた返事は知らない声で、驚いて周囲を見回すと、突然、何かが足首を掴んだ。
「うがっ!?」
 驚きのあまり跳び上がろうとしたが、足首をがっしり掴まれてたたらを踏んで近くにあった机に手をついた。
「わーい、ひっかっかた!」
 床から、少年が顔を覗かせていた。十歳ぐらいの子供が、首だけでそこにいたのだ。
「うわっ、うわっ!?」
 カルは動揺してリューネの肩を掴んだ。リューネはカルの足首を掴む少年に、靴底を叩き込んだ。
 さすがに人の形をした少年を足蹴にする兄の行動力にカルは絶句する。しかしそのかいあって頭がいなくなり、足は解放された。
「ひどいひどい。最近の若い子は、ちょっと脅かしただけで足蹴にするんだ」
 振り返ると、部屋の隅の方で背を丸めてしくしくと泣く少年がいた。頭には布を巻き、街にいても違和感がない普通の子供の後ろ姿だ。
「流砂、あんた何してるの?」
「ラァスが忙しそうだから、隣に知っている人がいたから来たんだよ」
「なんで関係のないカルをからかってるのよ」
「とりあえず、元気の良さそうな男の子を見たらからかわないと」
 メディアはため息をついて椅子に腰掛け足を組む。少年はとてつもなく愛らしい顔を笑みにして、メディアの隣に座った。
「で、父親は説得できたの?」
「ううん。どうしてもカロンとラァスの仲間に入れて欲しいんだって」
 メディアは顔を顰めて腕を組んだ。
 カロンとラァスの優雅にお茶を飲んでいるのが似合いそうな二人の顔を思い浮かべ、一緒にしたいことというのが思いつかなかった。
「前から思ってたけど、あんたの父親は子供みたいね」
「子供だよ。永遠の子供。甘えたいし、遊びたい、我が儘言いたい子供」
 床から首を生やすと言うことは、この少年は人間ではない。ということは、彼の父親も人間ではない。子供のイタズラをした彼が子供だと言うことは、もっとひどいイタズラをするのだろう。
 ラァスが現在魔力を封じられているように。
「まったく。ゴッコ遊びのために要人を無力にするなんて我が儘も過ぎるわ」
「我が儘で悪かったねぇ」
 声の主を捜すと、今度は天井から生えていた。
 流砂と呼ばれた少年によく似た顔立ちで、服装と帽子をかぶっていないのが大きな差だ。
「人が嫌がることはやめたらいかが。迷惑です」
「迷惑を掛けるのが僕の存在意義だよ。そうしないと、爆発するからね」
「迷惑をかけるのは勢力内だけにしていただきたいわ。ここは魔道都。ささやかな魔道神の守護下の地よ。今すぐに一時的にでもラァスを元に戻して来なさい!」
 メディアはびしっと隣の部屋を指さし、小さな胸を張って言う。身体はこんなに小さいのに、醸し出すオーラは大きい。相手が人間でなくても、彼女は変わらない。
「メディアもうちにくればいいのに」
「なんで私がクロフィアに行かなきゃいけないの。アミュがいなきゃ興味もないわ」
「つれない。君がいたら、きっと楽しいことが増えるのに」
 天井に座りいじいじと床に指を押しつける少年は、夜に見たらきっと怪談になっていただろう。
「ねぇ、あの人がラァスの魔力を封じたの?」
「そうよ。地神のクリス様」
 カルは絶句した。
 今、彼の妹は神様に対して、相応しくない言葉をかけていたような気がするのだ。気のせいではない。勘違いでもない。
「メディア、どうしてラァスは連れていってくれないんだろうね。約束すれば即戻すって言ってるのに、けちくさい」
「ラァスはそういうの嫌いみたいよ。前にやったときは、ヴェノム様含めてものすごく叱られたもの」
「って、自分達はもう体験済み!? ずるいずるぃ。僕も怪盗ごっこしたいぃ」
「うるさいわね。騒ぐならさっさと帰りなさい。これ以上私の前で我が儘を言うなら、疫病神と呼ぶわよ」
 妹の暴言に、だだをこねる地神を見て、カルは少し安心する。子供に対応するようにしていればいいのだ。
 ──でも、解凍ごっこってなんだろう。
 凍らせてもらって、そこから自力で抜け出す遊びだろうか。だとしたら止めないと危ない。しかし子供というのは、危険なことをあえてしたいものだ。相手は地神であるのなら、彼だけは止める必要はないだろう。
「あんまり我が儘言うと、奥さんに告げ口して貰うわよ」
「誰が?」
「サメラよ。今は国にいるでしょ? アミュと話をするための魔動機は彼女の物だから一瞬よ」
「いいもん。レイアだってセイダのファンだから、きっと喜ぶもん」
「ダメね、この子供我が儘頑固ジジイ」
「じ……」
 地神は本気で固まり、そんな表情のまま天井に潜っていく。
 しばらく眺めていたが、彼が戻ってくることはなかった。


 暖かな日差しは、頭上を覆う蔦植物に遮られ、心地よい暖かさだけが降り注ぐ。通り抜ける風のほんの少しの冷たさも心地よい。
「ここは素晴らしい眺めだね、ヴェノム殿」
「ええ。カオスにはまず植物を愛す心を叩き込みましたから」
「おやおや」
 花咲く庭にある小さな休憩所。彼らとともにアミュはのんびりとお茶を飲んでいた。美男美女が向き合う場所にいると、邪魔をしているような感覚に陥り、二人はただの友人だと自分に言い聞かせる。
 見た目だけならお似合いで、二人が歩けば皆が恋人同士だと思うのも頷ける。
 通りがかる塔の住人達は、こちらを見てはひそひそと囁き合う。アミュが邪魔だと思われているのかも知れない。
 カロンは長い足を組み直し、ラフィニアの頭を撫でている。
「おや、あれは……」
 カロンは呟くと立ち上がって手を振った。
 彼の視線の先に男の子が二人いた。遠目から見ると少しだけラァスに似た、綺麗な金髪の男の子と塔の生徒の制服を着る背の高い男の子だ。金髪の子はカロン達と一緒にいたのを昨日見た。
「やあイゼア。こっちにおいで」
「王子、こんな所でお茶ですか」
 走り寄ってきた金髪の少年は笑顔で言う。ラァスのように可愛らしい男の子だ。
「マナラは相変わらず仕事かい?」
「魔道神とお話していますよ」
「罪人と?」
「話が合うようです。マナラさんは変な神様に好かれやすいみたいですから」
「はは……」
 カロンは引きつった笑みを顔に張り付かせ、空いたカップにお茶を注ぐ。イゼアは椅子に座り、それを受け取った。もう一人の少年は何も出されずむすっとして座る。
「ありがとうございます」
 肩まである金の髪を飾る、銀色の髪飾りが輝いた。華美ではないが、繊細な飾りの髪飾りだ。
 アミュはイゼアをよく見て驚いた。
「女の子」
 よく見れば胸もわずかにふくらみを帯びている。ラァスを見慣れているので、すっかり男の子だと思っていた。綺麗な顔立ちなのに、なぜか男の子のように見えるのだ。きっと、目と眉がきりりとしているからだ。
 彼女は小さくから笑いして、お茶を一気に飲んだ。
「イゼア。邪眼の魔女ヴェノム殿と、火女神のアミュだ」
「火女神……って、ずいぶんと可愛らしい」
「君よりも年下だからね。アミュ、イゼアだよ。魔動機専門の修理屋の弟子をしている。で、そのストーカーの……ええと、アソルト君」
「アーソルドだ」
 アミュはきょとんとして首をかしげた。魔動機とは、カロンが好きでよく作っているものだ。ノーラを維持するための装置は、魔石の力を注ぐための魔動機である。アミュは持っていないが、サメラはいくつか持っている。
 魔具しか作れないアミュは、それほど年の違わない彼女を感心して眺めた。
「すごいんだね」
「私は見習いだからすごくありませんよ」
「でも、殿下が親しくする女の人は、みんな秀でた才能を持つ人ばかりだから、きっとすごいんだと思う」
 カロンは良くも悪くも、優れた人物が好きだ。優れていれば男女問わず関わりを持とうとする。ラァスのことも、顔だけで選んでいるわけではない。もちろん顔も好みなのだろうが、ラァスがラァスである全てが彼の心を捕らえるのだろう。
「楽しそうにしているね」
 膝に、手が触れた。テーブルの下を覗くと、クリスがひらひらと手を振っていた。
「クリス様、うちの弟子にセクハラはやめてください。奥方に迎えに来ていただきますよ」
「もう、メディアと一緒のこと言うんだね。昔のヴェノムはもっとノリがよかったのにぃ」
「権力を利用して巻き込んでいただけではないです。今の私は、いかなる権力にも屈しません」
 ヴェノムはクリスを机の下から引きずり出し、椅子に座らせる。余裕のあった三人掛けの椅子は、ほんの少しの間であと一人しか座れないようになってしまった。
 ハウルはどこにいるのか知らないが、ラァスとメディアが来るだろう。その時は場所を移動しなければならない。
「そういえば、封印装置が壊れたんだって? あの子は大丈夫?」
 あの子とは罪人のことだ。
「問題ありません。魔力は循環しています」
「ならいいけど。今はあまりバランスを崩して欲しくない。ただでさえ、これからは世の中が乱れるようになるから、ここまで揺らいで貰うと手間が増える。僕らはあまり、人の世には口を出したくない」
 神にも領土のような物がある。上下につながっていない限りは、あまり互いに干渉をしない。昔、親しい神どうしで何かあったらしいのだ。さすがにトップ同士ではある程度の交流はあるようだが、太陽神に関しては人が生まれて死ぬまでの間に一度程度だという。
 そしてごく一部の親しい人以外に干渉しないのは、昔から変わらぬ事だという。
 神の世界はよく分からない。半分人間であり、人であるサギュに仕えるアミュには関係のないしきたりであることだけが、幸いだ。
「そういった確認は、カオスとなさればよろしいのに」
「君に会いに来た分けじゃないよ。その子を見に来たんだ」
 クリスはイゼアを指さして言う。彼女は困惑した様子でカロンに視線を向けた。
「太陽神を引っ張り出した師弟のことは、神の中では有名だよ。知り合いが一緒にいたから、ちょうどいいと思って」
「イゼア、君達は一体どんな綱渡り人生を歩んでいるんだ」
 イゼアは視線をそらしてため息をつく。魔力が宿った魔具の類であろう髪飾りが輝く。
「そ、そうだ。王子、マナラさんからの伝言があるんでした」
「伝言?」
「夜、塔の周辺に不審人物がいたそうで、できれば入り口周辺に罠でも仕掛けて欲しいそうです。不安定だから、不慣れな人が近づくと崩れる可能性があるから」
「なぜ私に」
「王子が一番マナラさんに近いからだと思うますけど。魔力以外は」
「了解。カオス殿の許可を取ってから仕掛けておくよ。イゼアは、大丈夫だね?」
「はい」
 イゼアは立ち上がり、小さく頭を下げて学舎へと走っていく。
 色々な運命を背負った人間がいるのは分かっていたが、なんともよく分からない運命を背負った女の子だ。きっと、サメラが好む面白い運命だろう。
「みんな、大変だね」
 くすくすと笑いながら、クリスはお菓子を頬張った。彼は見た目通り味覚も子供のようなので、お菓子が大好きなのだ。
「だから人間は面白いんだよ。自分達を自分で追い込むから」
 だから神は面白がって、人間を真似てみようとする。
 人でもあるサギュが、皮肉げに言っていた。
 そのせいで、昔何かがあったらしい。何があったのかは、教えてくれなかった。

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