12話 エインフェに集う聖人

2

 漏れ出そうになる欠伸を必死にかみ殺し、涙でぼやける目をこする。
 眠いのだ。
 眠くて仕方がないのだ。
「大丈夫ですか?」
 隣を歩くキーディアが不安げに尋ねてくるので、アヴェンダは首を横に振った。
「大丈夫だよ。ちょっと夢見が悪くてね」
「泣きたい時は泣いた方がいいです」
 どうやら、余計な心配をかけてしまっているようだ。
 気遣いをされたことよりも、キーディアでも恋愛というものの存在を知って、失恋すれば泣くというある意味常識的なパターンを知っていることに驚いた。失恋したと言うよりも、何もせぬ内から玉砕していたという方が正しいが、それをこの小さな死霊術師が理解していた事には驚きを隠せない。
 普通の女の子なら当たり前だが、彼女は恋愛小説よりもホラー小説を愛読する死霊術師である。
 アヴェンダは感動すら覚えながらも、笑いながら手を振って否定した。
「本当に夢見が悪かったんだよ。変なのに追いかけられる夢見て、ろくに眠れなくてねぇ」
 恐いのは苦手なのに、姿の見えぬ忍び笑いする気配に追いかけられては起きて、眠っては追いかけられていたら朝になっていた。
 ひょっとしたら、自分なりに落ち込んでいる結果かもしれない。くよくよ悩むのは自分のタチではないが、こればかりは強がってもどうしようもない。
「どっかにいい男はいないかねぇ」
 可愛らしいタイプの男が好きだ。自分の背が低いから、小柄な方がいい。しかも優秀で金は持っていて優しくて──そこまで思って首を横に振る。
 そんな男が簡単にそこらにいたら、誰も苦労はしない。
「キーディア、あんた好きな人とかいるの?」
「好きな人……はい」
 屈託なく答えるキーディアを見て、アヴェンダは少し安心し──同時に恐怖も覚えた。
「生きてる?」
「生きている人も好きです。アヴェンダさんにヒルトさんにハウルさんにヴェノム様。みんな大好きです」
 そんな所だと思ったのだ。しかし、生きている人間も好きというのは大切だ。子孫を作るために結婚するのではなく、恋愛をして結婚をして欲しい。彼女の母親のように悪霊に恋をしてほしくはない。
「あと、ダリが好きです」
「ダリ……そうだね。ダリはいい男だね。ダリ」
 アヴェンダは剣へと呼びかけ、彼はキーディアの背後に姿を現した。
「あんた、キーディアのことはどうするつもりだい?」
「どう、とは?」
「ぶっちゃけ、あんたみたいな保護者付きで内向的で仮面してたら、まともな恋愛なんて出来ないだろ」
「親族が相手を決めるだろう」
「あんたはそれでいいわけ?」
「いいとは思わないが、反対する立場でもない。私はたかが剣に取り憑いた悪霊のようなものだ。キーディアが嫌がらない限りは、何をするにも口は出せない」
 彼にも色々と大変なことがあるのは分かる。彼なりにキーディアを愛して庇護しているのが分かるので、それ以上は言えない。
「キーディアには幸せを望んでいる。まともな人間との接触は望ましい。出来る限り、この子を普通の人間と接触させてくれると嬉しい」
「そりゃああたしもそう思うよ。まあ、でもまだ子供だからね。先は長いさ」
 アヴェンダはキーディアの頭を撫でて、大きな欠伸をする。
「さて、今日はなにをして遊ぼうかねぇ」
「塔の探険したいです」
「そりゃいいね。こんな機会でもなきゃ、自由に出入り出来る場所じゃないし、いい男と出会えるかも知れないしね」
 キーディアには友達の一人も出来れば御の字だ。
 おしゃれな女の子と友達になれば、仮面ではなくもう少しマシな方法で顔を隠してくれるのではないかと少し期待する。
 しかし、おしゃれな女の子がキーディアの仮面を見て脅えないでいてくれるかどうかが、大きな大きな問題だった。


 じっと見つめる先には、シンプルなはずなのに複雑怪奇な回路を持つ魔動機がある。
 下手にいじると機能停止し、この街が最悪崩壊する可能性も否定は出来ない。機能を停止させずに正常化する必要があり、完全に修理するのは難しい。
「調子はどうだい?」
「難しい。それに大きい。理解するだけで一年かかりそうだ」
 要となるのは咎人の剣。そしてその両脇にある支柱。部屋の中央に浮いた大きな玉。そして部屋全体も関わっている。この塔自体の仕組みはある程度理解して、再現も可能だが、この塔のシステム全てとなると話は違ってくる。
 今は一番の要である玉の中身を見ていた。最近開発した、自在に空を飛べるお盆サイズの魔動機に乗っているので安定が悪いが、動かすわけにもいかないので。
「術と魔動機が融合されている。私は独学なのにこんな無茶なもの直せとか言うなと言いたい。王子も見てくれ」
「見せてくれるのなら見ようか」
 マナラは振り返り、眼下で見上げているカロンを一瞥する。彼はふわりと浮き上がり、マナラの横に並ぶ。彼が持つ魔動機は、身につけていると分からない物が多く、それを開発できるだけの知能と技術と財力があるのが羨ましい。
 修理ではなく一から作るのでは、マナラは彼の足元にも及ばないだろう。彼は本当の天才だから。
「やぁ、やはり他人の作った物はわけが分からないね。理解できる君は素晴らしいよ」
「他人の癖を読めるだけだ」
「私のようなタイプよりも、君のようなタイプの方が珍しい。心から尊敬しているよ」
「王子、ここがどうなっているか分かるか? 隠れてて見えない」
「その奥は……魔力の流れからして大きな増殖炉だよ。小さな魔力を増幅させる物だ。出来ればこれを解明して欲しいものだよ」
「存在が掴めないのに出来るか」
「魔力がはっきり見えないと不便そうだね」
「不便だよ。だから才能はあっても一般人が技術者になるのは難しいんだ。それでどれだけ道が閉ざされているやら」
 学がいる、魔力もいる、見る力もいる。こんなものを兼ね揃えている人間は、こんな大変な仕事を選ばない。
「祭りの間だけ私は此処に留まるから、これを貸そうか」
 カロンはモノクルを差し出した。彼の発明品の一つで、金を積んでも手に入れられないような材料が使われた、魔力のない者でも魔力等の目に見えないモノが見られるようになる、優れた力を持つ魔動機。
「いいのか?」
「大切にしてくれ。帰るときには返して貰う」
「了解」
 受け取ったモノクルをかざすと、魔力の動きがはっきりと見えた。やはり安物で作ったレンズとは違う。これで作業効率が良くなりそうだ。
「メガネを外したらどうだい」
「外してもこんなのは長時間身につけられないんでね。補助として使うよ。見えすぎってのも鬱陶しい。左右で視界が違うと目が回る」
「そうか」
 マナラは近眼だから作業中はメガネをかけているのだが、メガネはカロンのモノクルと似たような機能を持っている。
「ところでラフィは?」
「子育ての師に預けているよ」
「いいなぁ、教えを請える相手がいて。私も一度でいいから誰かに師事してみたいよ」
「君は無理だよ。開拓者だからね。ああ、しかし恋愛のことなら、教えを請える相手が大勢いると思うが?」
「冗談だろう。恋愛ってのは相手がいて成り立つんだ。こんな女と付き合おうなんて物好きがいたら見てみたいものだな」
「もう少しよく寝て太ればいいだろう。いや、今でも十分魅力的だ。君が口説かれているのに気付いていないだけだ」
「フェミニストは言うことが違うねぇ」
 これで男が好きなのだから、世の中間違っている。こういう男こそ、美しい少女と出会いロマンスを繰り広げるべきだ。彼にはその資格がある。しかし、それを自分から放棄してしまっている。実にもったいない話である。
「私は見回りに行こう。何かあったらすぐに呼ぶように」
「そうさせてもらおうか。女一人は不安でな」
「ははは。終わったらまた来るよ」
 カロンは手を振って去っていく。自分の友人である事を疑ってしまうほどの天才的な美男子は、マントを翻し颯爽と歩く。
 それを見送るとマナラは再び装置に向かう合う。カロンのおかげで効率が上がる。最低限は、彼がいる内に出来そうだ。あとは記憶して、思いついたら通うことになる。
 それを考えるとぞっとする。仕事も多いのに、こんな厄介なことまで抱えたくはない。弟子の方も最近は難しいことも出来るようになったが、こればかりは刃が立たないだろう。
「ったく、誰だ、こんな複雑な物を作ったのは」
「それは我々も知りたいところですよ」
 知らぬ声にマナラはモノクルをポケットにしまい振り返る。知らない男が立っていた。仮面をつけた、塔員の制服を着た男が二人。
「最近は仮面が流行ってるのか?」
 昨日から、何度か仮面を付けている者を目撃したが、流行っているとは知らなかった。
「他に誰かが接触を?」
「知らん。祭りだから無意味に仮面を付けた道化者も混じっているのだろう」
 二人はそう結論づけてこちらを見る。
 どうやら流行ではないようだ。
「何の用だ。不安定だから下手に近づくと、この都市を吹き飛ばすような爆発が起こらないとも言えないが」
「それはありません。それだけの力はあるでしょうが、そこまで不安定ではまだない。放置しても、十年はもちましょう」
 十年しかもたないと、彼は言いたいようだ。マナラはもう一度装置の全貌を見回し、再び彼らを見下ろした。
「何の用だ?」
「神の力を越えることすら不可能ではない装置は世界にとっての宝。そしてそれを支えることが出来る優れた技術者も宝」
 女は仮面の下で目を細める。
「どうやってここに来た」
「金髪のお綺麗な男性のあとをついてきました。道さえ分かれば、私にとって開くことは難しくありません」
 マナラはため息をついた。
 話には聞いていたが、こうも早く現れるとは思わなかった。
「聖人か?」
「こちらのバイブレット様は聖人でいらっしゃいます」
「あんたは違うのか」
「私はただの魔道士です。神を越えるための訓練を受けていますので、神の力を利用した結界をくぐり抜ける程度は出来ます」
 世間で言う、天才だろう。聖人の護衛をしているのだから、塔の中でも越えられる者が何人いるかというレベルだ。聖人でなくとも彼らは侮れないと聞く。
「で、その聖人と天才様が何の用だ。この装置を奪うにしても、動かすとヤバイのは分かるだろうに。やるなら数年後にしな」
「その装置を動かそうとは思っていません。発動させれば足がつくじゃないですか。発動できない遺産もまた宝の持ち腐れ。塔が所有することに何の異存もありません。神の無駄にある魔力のリサイクルという発想もユニークで個人的に気に入っています。従属するではなく、利用するという発想は我々の好むところです」
 罪人、咎人、それらで表現される神が、塔の力の要となっている。
 中央塔からはるか離れた東西南北の位置に四つの塔があり、それらがまた魔力を強め合っている。
 魔道神が罪人となる前からこのシステムはあったらしい。だからこそこのシステムを少しだけ改良して、神を封じることに間に合った。彼らの神が別の方法で処分されてしまう前に、自分達が崇める神を保護したのだ。
 人に保護された神というのは、世の中広しと言えども彼一人。聖性主義者達にとっては、人が神の上に立った瞬間と思うようなことがあってもおかしくはない。
「じゃあ、何の用だ。この技術を盗むには、忍び込んでいる身では時間がないぞ」
「私達にそんな事が出来るはずがありません。貴女のような玄人が頭を抱えるような装置、どうして盗めましょう。ただ、見に来ただけです。この時期は警戒されもしますが、出入りがあるため少ない侵入のよい機会ですから」
 マナラは二人を見下ろし、目を細める。
「ただの見物で危険を冒してるのか?」
「危険? 障害物があれば破壊すればいい」
 迷いもなく自信満々に揺るぎない信念のような物を持って言う聖人の男。一番危険なのは彼なのだとマナラは悟る。組織とかそういうものを抜きにしても、関わり合いにならない方がいい部類の人間だ。
「満足したなら早く帰れ」
「その不思議な魔動機は、貴女が作った物ですか?」
 魔動機と言われて悩んだが、自分が腰おろしているこれだと気付く。
「共同開発だ。間接的にだが、ミスティックとのな」
「イレーネ殿との。それはいいっ!」
 なぜか聖人が喜んだ。そこではたとイレーネも聖人で、彼らが狙う一人である可能性を思い出す。本人は名乗らなかったが、あれはモルヴァルの女王陛下だろう。モルヴァルで聖人扱いされているのは女王一人だ。
「よく見れば磨けば光りそうな素材だな。能力もある。実にいい人材だ」
「バイブレット様、さっきまで貧相な女は趣味じゃないと仰っていたではないですか」
「顔か身体、どちらかが良ければいいだろう。どちらもなく、才能もない女ほど無価値なものはないが。
 全てを持っていれば言うことはないが、人間誰しも一つの欠点はある。それまで否定しては酷という物だ」
「そうですね。しかしバイブレット様ほどのお方が直接声をかける段階ではありません。私にお任せ下さい」
「それもそうだな」
 男は喉の汗を拭い、再び見上げてくる。
 短いやりとりながら、彼がどれだけ苦労しているかその片鱗を見て取れた。
 ああいう上司だけは持ちたくないものだ。
「何の用だと言われましたね。
 ここ数ヶ月で不安定になり、ここ数日でかなり改善されました。
 一人の女性が出入りしていると聞き、調べさせていただきました。
 具神が通うほどの才能をお持ちとか」
「才能じゃない。やる気と根気と他人の思考を読む力があればいい。やろうと思わないから出来ないんだ」
「思っても、これを直せる者はなかなかいません」
「流行らないだけだ」
「それを含めて、貴女は素晴らしい才をお持ちだ。
 私達なら、貴女の才能を今以上に生かすことが出来ます」
 マナラはがりがりと頭をかく。手が欲しい者は皆そう言うのだ。この手の勧誘には慣れている。女と侮り、美しい布や宝石で釣ろうとした者もいた。
「女王陛下にも似たようなことは言われたな」
「モルヴァルは伝統的な魔動機の産地ですからね。しかし私達は彼女以上の条件を揃えられます。古く優れてはいる壊れた魔動機もたくさんあります」
 マナラは辟易した。
 自分を欲しがっている理由を理解できた。それを修理させたいのだ。
「修理して欲しかったら、うちにまともな格好して持ってきな。私は誰かのために移動する気は無い。国にも組織にも神にも仕えない。私は私の意志でこの街でこうしている。地位も名誉も金も必要ない。誘うんなら弟子が大きくなってから、あの子を誘えばいい。その程度には育てるつもりだ」
「貴女でなければ意味がない。それにあの少女は太陽神の印を持っていますから」
 マナラは思い出してああと手を打った。そんな物もあった気がする。マナラにとって神など気にする必要のない存在であるため、時々それを忘れてしまう。
 だから今の状態も彼女にとってはさほど珍しいことでもない。
「戻ったか郵便屋」
 封じられた剣のそばに現れた包帯男へと声をかける。
 突然現れた彼は、現れた瞬間から気配を隠すことなく、マナラにでもその魔力を感じた。
 魔道神と分かっていても、表面上は何食わぬ顔をして何も知らぬ他人と同じように接するのが、彼との正しい付き合い方だ。
「珍しいのが来ていますね。最近は客人が多くて賑やかなことです」
 いつもと変わらぬ様子にマナラは安堵する。
 戦闘力など無い彼女は、万が一実力行使に出られれば抵抗のしようがない。ここまで自力出来た者から逃げられるような技術など持ち合わせていない。体力もない。
「よく番人の目を誤魔化しましたね。襲われていればこちらにも多少は伝わってくるのですが」
「追われても堂々と歩いていれば攻撃して来ない者を、誤魔化す必要などありません」
 知っているなら入り口の正確な位置さえ分かれば侵入できる。普段なら厳重な封印がされているが、今は修理で人が出入りする。食料や着替え等が必要だ。その度に封印などいていられない。
「まあ、今日の所は帰りましょう。確認が出来た今、勧誘ならここを出た後でも出来ますから」
 さっさと帰っていただきたい。聖人などに興味はないし、人が神を越えることにも興味はない。ただ、今の生活はそれなりに楽しい。それだけで十分だ。地位も名誉も金もいらない。彼らの持つ魔動機に興味はあるが、今でも十分それ以上の環境がある。
 それ以上会話をする気にもならず、マナラは再び工具を手にする。
「そうそう。私達の所には、経験豊かな、貴女以上の腕を持った修理も出来る技師がいます」
 手にしていた工具が落ちた。
 修理が出来る。つまりは知識の広さと直感、歪曲された表現を見抜くセンスに優れている。
「彼はもう老齢で、自分の後継者を捜しています。そういう人材はなかなかいなくて、ずっと探していたんですよ。そこで貴女の噂を聞きつけて参りました。私は」
 聖人の方はただの観光か──聖人の勧誘に来たか。
「組織への従属は必要ありません。ただ利用し合うのも、組織の歯車の一つです。考えていただければ幸いです」
 では、と言って彼は去っていく。
 優れた修理工。
 それがどれほど優れているかは知らないが、そこまでして教えを請うつもりはない。マナラには弟子がいて、彼女を育て守る責任がある。
「いいのですか?」
「別に。ほいほいついて行くほど、命知らずじゃない」
 仮面をかぶり、仲間内でも素性を隠す者が大半だ。そんな組織の末端にでも加われば、益もあるだろうが何か被害を被ることもある。
 リスクを負ってまで、今の生活を手放す気はない。


 袋に中から光を受けて鈍く光る長細い細い金属棒を取り出し、彼女は満足して頷く。
 魔石が混ぜられたハンダのような物だ。魔石は細かくしすぎて変色しているが、元々は綺麗な色の普通の魔石が混じっている。粗悪品はもっとどす黒い色をしているが、これはかなり上等の部類に入る色だ。値段が値段であるため、売っている場所はほとんどなく、モルヴァル産がほとんどを占めている。
 他にも色々と袋の中に入っていて、さすがは理力の塔と感心した。
「悪いね、アラン。忙しいんでしょ?」
「いや、忙しいのはアーソルドだ」
 大きな魔動機を相手にしている物だから、マナラが予算度外視でどんどん高価な材料を消費している。何をしても費用は出して貰えると、たまに贅沢な使い方をするのを楽しんでいる様子だ。
 その中で気付けば無くなりかけている物を昨日アランに頼んで探して貰っていた。
「寝ているか?」
「ぼちぼち。でも床が堅くて」
「部屋が用意してあるだろ」
「師匠が寝袋で寝てるのに、弟子がベッドで寝れないでしょ」
「それもそうか。しかしそんなに大きな問題があるのか?」
「昨日は安定していたけど、今日は少し違和感があるんだって。どこが変なのか分からないから大変みたい。私に出来ることは、雑用だけ」
 弟子としてはなんとも情けない。しかし意見を口にするなどおこがましいほどレベルが違う。学び始めてから半年ほどたったが、知れば知るほどマナラが立つ位置の高さを感じ、自分の無能さに落ち込む日々だ。
「マナラさんは、独学なんだよねぇ。本当にすごいよ」
「天才を羨んでも仕方がない」
「アランもそういうことあるの?」
「羨んでも仕方がないと思う天才はいる」
「従妹の……サディさんだっけ?」
「その妹の……キーディアだ」
 アランの目が優しくなる。
 前方からそのキーディアと友人達がやって来た。一緒にエステを受けた小柄な少女がキーディアと手をつなぎ、ものすごく綺麗な少女が二人その後ろで腕を組んでいる。女の子の友人同士はいいなと、少し羨ましくなった。
「アランお兄さま」
 キーディアが走ってアランの元へとやって来る。彼は彼女を抱き上げ頬にキスした。
「アランが普通に兄を……」
 相手はサディの妹感のある仮面少女でも、彼の普通の人間らしい姿を見ると感動する。見えない死人相手に語りかけ、死体を操っては喜ぶ人間だ。
「イゼアだっけ? おはよう。調子はどうだい?」
「おはようございます。調子はいいです」
 アヴェンダに小さく頭を下げる。
 ものすごい魔女の弟子で、有名な薬師の家系に生まれたらしい。態度も堂々としていて、小さいのに大人びている。いつまでたっても男の子扱いされるイゼアは少し彼女を羨んだ。
「祭りには行かないんですか?」
「祭りはまだ長いから、これからたっぷり楽しめるさ。せっかくだから、塔の中を見物しようと思ってね」
 外の人間からしてみれば、一番珍しいのは中の方に違いない。彼女たちが好奇心を持つのは当然だった。
「じゃあ、案内しましょうか。私も前はここの生徒だったから案内できますよ」
「いいのかい?」
「ええ。今戻ると師が気を散らしてしまいますから」
 役立たずだから、下手にいるよりいない方がいいときもある。今マナラはとても悩んでいるのだ。
「とくにどんなものが見たいですか?」
「適当に名物っぽいものを」
「最近の塔の名物なんて、通りすがりを殴って呪う恐怖の魔女とか、通りすがる人々を幽霊で脅かす絶叫ファミリーとか、触れた相手を苦痛で転がす絶望の魔女とか、人間ですよ。一人は目の前にいますけど、見たいですか?」
「この子達の異常性が伝わってくるよ。人間よりも、施設を案内して欲しいねぇ」
「塔で珍しいのって、人間なんですけどね。一番珍しい本当の『塔』は許可がないと立ち入り禁止ですし」
 今思うと、たとえ珍しかろうとほいほいと見せられる場所は面白くも何ともない。それよりも人間の能力の方が珍しいのだ。元暗殺者の聖女とか、バラと語り合う剣士とか、人間兵器とか。
「…………魔道士って、みんなそんなもんなのかねぇ」
「きっと下手に能力があると、奇天烈になってくるんですよ」
 アヴェンダは仲良く語り合う死霊術師達を横目で見ている。彼らはいい人ではあるが、まともだとは思っていないはずだ。
「女の人ばかりだから、動物観察なんてどうですか? 珍しい生物はたくさんいますよ。他にめぼしいところをざっと見て、あそこを見れば理力の塔に来たって感じがすると思います。塔もフロアぐらいなら見てもいいと思いますし」
「ああ、それいいね」
 珍しい生物がいるという点では、世界屈指だろう。
 女の子は可愛い動物が好きだ。アランの妹のキーディアは、仮面から除かせる片目を輝かせ唇を笑みにして、行きたいと頷いた。
 生物観察をメインとした、理力の塔見学ツアーが始まった。

back      menu       next