12話 エインフェに集う聖人
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可愛い生物。
確かに可愛い。
「実験動物?」
「合成獣?」
「凶獣病?」
「これ死んだら欲しい」
見た目は可愛い見たこともない生物たちが、一匹ずつ檻に入れられ暴れている。外に出したら襲われるだろうという雰囲気が、見た目の愛らしさを殺している。
「ちょっと、凶悪なの増えてない?」
メディアが杖で檻を突き、ファーンが苦笑する。
「誰かが実験の薬を餌に混ぜたんだよ。彼らは合成獣連中だからたとえそれで死んでしまっても犯人捜しまではされないから」
「動物にひどいことをする奴がいるのね」
「メディア、君は道行く人間を実験台にしているだろう」
「道行く特定の人間よ」
メディアは胸を張って言う。
ラァスはまだされたことはないが、ハウルがよくされているのを見ていたので、彼女が他人に何をするかはよく知っている。
その道ですれ違う度に呪われる人物が哀れだ。
「あんたみたいな幻獣いるでしょ。そっち案内しなさいよ。万が一イレーネ様が怪我をなさったらどうするの」
「大丈夫です。ところでこの子達、飼い慣らせませんか?」
「欲しいんですかこれが」
「不自然な可愛い生物も好きです。私の国自体が不自然ですから、むしろぴったり」
吸血鬼が隠し立てもせずに政治に関わっている国は他にない。そんな国に似つかわしいと言えばそうだが、女王本人が認めてしまうのはまた別の話だ。
「メディアさん、幻獣というのは何ですの?」
「幻獣っていうのは、人間が滅多にお目に掛かることのない魔物や妖魔のことです。そういう意味ではユニコーンも人魚も幻獣です」
セルスは自らを指さし首をかしげた。
人魚は絶滅の危機にはないが、人間からすれば滅多に見ることの出来ない生物だ。見たら死ぬ確率が高いためなのだが、恐怖と幻想を併せ持つため憧れは大きい。
「……羨ましい」
「はい?」
「だってわたくしの国には、そんな子いませんもの。王家がほとんどその扱いですし、いるのは珍しいと言えば珍しい色持ちの吸血鬼だけ。他国では珍しいと言えばドワーフ達はたくさんいますが、たくさんいすぎますし、愛想はなくて本来の仕事でしか使えないんです。職人気質は好きですが、一人ぐらいうちのテーマパークに来てくれればいいのにと思いません?」
陽気なところはあるものの、基本的に堅物揃いの彼らがノリノリで子供達の相手をするとは思えない。人にも魔物にも適材適所というものがある。
「……見せ物にされると分かってるから嫌がってるんでしょ。ノリのいい妖精とか説得した方が早いと思うけど」
「ラァスまでそんなことを……」
「子供達の相手って大変だもん。好きな人がやればいいんだよ」
「……カロン、作ってくださらないかしら」
ないなら作る。ある意味金持ちらしい発想だ。
「性格の方は自由に設定できないみたいだから難しいと思うよ」
「ノーラのことですか。彼女は元となっているのが人間ですから、その人間が影響しているんではないでしょうか」
「ノーラは本当に人間から作られたの?」
「正確には死体からです」
「何でそんな物から……」
ラァスはその発想に呆れた。反抗期まっただ中のようなあの態度は、確かに人間のようである。普通の精霊と違いごくたまにだが食事を必要として、水を飲む。
「精霊になれるのは人間だけです。少なくとも、他の種族が精霊になった記録はありません。
彼の研究の元になっているのは、魔女ディナドラの研究です。生きた人間を使用したため、禁忌に触れて粛正を受けましたが、カロンの場合は死体から作りました」
精霊になった人間はヴェノムの城にいるを知っている。かなり特殊なことで、調べても分かっているだけでは数例しかない。歴史の中に埋もれたのか、本当に少ないのか。
その現象を故意に起こしたのがノーラということなのだろう。
「そういえばディナドラは、カオス様の母君でしたね」
「イレーネ様は、どこまでご存じなの?」
メディアがイレーネへと尋ねる。
「どこまでが史実か事実かの境は分かりませんが、ディナドラという魔女は自分の娘を素体にして精霊を作り、時女神に人工精霊ごと処分されたというのは精霊学の本に載っています」
「それ、本当ですか?」
「ええ。本にはそう書いてありましたし、カロンはそれを正しい歴史として認識しているようです。
ひょっとして、うちにある本が特殊だったのかしら」
メディアの表情を見て不安になってきたのか、イレーネは口を押さえた。精霊術師を目指しているはずのヒルトアリスはきょとんとして首をかしげているので、その世界ではとても有名というわけではないようだ。ヴェノムのことだから、初心者といえども基本はもう教えているはずだ。本も週に一冊は読むように宿題を出される。貴族のヒルトアリスなら難しい本でも読めるだろうから、ペースはもっと速いはずだ。
「そのあと、どうなったの?」
「どうと言われましても、ご存じの通り一人だけ生き残った彼は、ヴェノム様の元に自ら弟子入りを志願したそうです。本人に訊いた方が確実だと思いますが」
「教えてくれないのよ。
そう、精霊学の本にカオスのことが載っているのね。その本のタイトルは覚えていますか?」
「カロンに聞いてください。ノーラのことに興味を持ったとき、彼が勧めてくれた本の中にあったので。賢者ですから、自分の分野に関わる歴史は正確にご存じだと思います」
「あら、そう」
あの男、知ってて教えなかったのね、と顔に出ている。
カロンは後にひどい目に合うに違いない。ラァスにそれを止めるほどの勇気はない。
「保護されている幻獣はこちらです、女王陛下」
「陛下だなんて……イレーネとは呼んだくださらないかしら」
「かしこまりました、イレーネ様」
イレーネはこうやって気に入った相手を懐柔する。女王陛下がここまで言ってくださるとは、と感動して引き込まれる人間は多い。そうやって自分で人材発掘する物だから、裏の支配者にはまだバレていない。表の支配者はどんどん勢力を拡大し、莫大な資金を手に入れているという、逆転というか正常化が行われている。
キメラが狂ったように暴れるのを脇目に、イレーネは楽しげに歩いていた。
「やあ、こんにちは」
驚く彼らに微笑みを向ける。
話には聞いていた、見たことのない生物がここにはいる。
実に美しい。
「全て欲しいな」
「無理を言わないでください」
「もちろん分かっている。目的は一つだ」
きょとんとして見つめる彼らは、緊張しているが敵意をむき出しにすることはない。たった二人の人間を恐れるほど、彼らは弱くない。恐ろしいのは金に目が眩み、道具を持ち群れになった時だけなのだ。
たった二人の人間に脅える幻獣などいない。
「危害を加えるつもりはない。ただ、一目見たい者がいる」
仮面は身につけたまま目深にかぶった帽子を脱ぎ、目当ての生物を探す。
翼人の美女に目が止まる。ハーピーと呼ばれている魔物の一種だが、彼女たちよりも人に近い姿をしており、人に化けることもある。腕が翼になっていて、それに抱きしめられると幸福感に包まれるという。姿の美しさから乱獲され、絶滅の危機に瀕している。
噂に違わぬ美しさを目の当たりにして、少しばかり欲が出た。
「バイブレット様?」
「分かっている」
鳥女を連れ帰るために来たのではない。目的は別の生物。
しかしここにはいないようだ。
仲間がいない者同士なれ合い、保護されることに慣れた牙のない妖魔など危険を犯して飼う価値はない。
「人間の間では、最近仮面が流行っているのか?」
額に宝石のあるネズミにも兎にも見える生物が言う。カーバンクルという生物だろう。幸運を招き寄せる生物で、これだけは持ち帰る価値があるかもしれない。
何よりも、イレーネが好みそうな生物だ。彼女にプレゼントすればきっと喜ぶだろう。
せめて別の表に出ないような組織であれば持ち帰ったが、ここは人間が作った使える人間を生むよい組織だ。無茶なことは出来ない。
「人間の間で仮面が流行るなどということはない」
「でも最近は塔に仮面を付けている人間が多い」
「知るか」
ここに仮面つけて誰かが来るなど聞いていない。この組織に身を置いている者も何人かいるはずだが、身元が露見しないようにする変装で、身元をバラすような馬鹿な者は組織にいない。
「それよりも、他はどこにいる?」
「誰に用なんだ?」
生意気な口の利き方に腹は立つが、彼らは自分達を塔の人間だと思い込んでいる。ならば利用するまでだ。
「ユニコーンだ」
「あの男嫌いを男が迎えに来てどうするんだ? 見た目が若い娘なら必要なくても自分から出て行くのに」
「知らん。女を手配したはずなのに、男が来た」
「にーちゃん、そんな仮面してるから」
まるで女に避けられたようではないか。失礼なケダモノどもだ。
「ファーンなんてどうするんだ? 角はこの前削ったから、次はだいぶ先だろ?」
「急用だ。どこにいる?」
「さっき女の子が近づいてくるって、出て行った」
なんて間の悪い。女どもに見られてはいけないし、いつまでもいられたら厄介だ。
追い払うにはどうするべきか。
「とにかく、行くぞ」
「はい」
部屋から出て考える。
女を傷つけるのは趣味ではない。
「どうするか」
「少し待つことにしま……」
部下の言葉が止まり、バイブレットは笑みを浮かべた。
前方に、顔を引きつらせたイレーネと、乙女達がユニコーンを囲んで足を止めていた。
「これはこれはイレーネ殿。それに美しい乙女達」
バイブレットの目が黒髪の少女と並んで立つ妖魔に止まる。
妖魔はともかく、精霊に囲まれたそれに劣らぬ美しい人間の娘。
聖眼でもないのに精霊を魅了し従えている人間の美しい娘。
以前捕らえて逃がした娘だ。
「あれほど美しいとは」
聖性の可能性がある、美少女。
イレーネほどではないが、素晴らしい才能だ。顔だけなら彼女の方が遙かに上。スタイルならイレーネ。
どちらにするか悩んでいると、イレーネが精霊使いの少女の前に立つ。可愛い女だ。
「こんな所まで来るとは、なんてしつこい男。美女がいるとすぐに嗅ぎつけてくる」
「うわっ、最悪だねこの男」
イレーネと背の低い生意気そうな女が言う。イレーネは昔から素直ではなところも可愛げもあるが、聖性の可能性もない普通の女は生意気に過ぎる。
「アヴェンダ、ヒルトとセルスを避難させてください。ヒルトとセルスを」
「了解しました」
生意気そうな女が、美少女二人を連れて行こうとする。
「アヴェンダさん、なぜ私達が? 避難すべきはイレーネ様では?」
「……って、そうだ。美人を隠すので頭がいっぱいになってた」
「よく分かりませんが、イレーネ様は私がお守りいたします」
ヒルトというらしい少女が剣を抜き構える。
精霊使いの剣士。
美しい。
「バイブレット様、目が爛々としていますよ。落ち着いてください。
イレーネ様も警戒なさらないでください。今日は別の用件で参りました」
警戒がゆるむことはないが、彼女は落ち着いた表情で部下を見た。
「上司がこれで大変ですね」
「我々はイレーネ様を心からお待ちしております。心の底から」
「貴方達には同情しているのですが、自分で訴えてください。私は自分のことで手一杯ですの。
で、わたくしに用でないなら、何の用です」
「そちらのユニコーンに」
部下が指を差した瞬間、ユニコーンが威嚇を始める。だから女性が来るべきだったのだ。
「なぜ」
「ユニコーンの角はどんな毒も浄化します」
「誰かが毒に犯されているのですか」
「ほんの少しで構いません。ここが一番穏便にすむ場所です。私達は何事も穏便に済ませられるならその方法を選んでいます」
イレーネはユニコーンの頭を撫でる。乙女に触れられ、動くに動けずにいる。
「ファーン。少し角を分けてください」
「あまり削りすぎると体調が」
「わたくしの城には、初々しい乙女がたくさんいるんですよ。貴方のような美しい方が弱っていたら、皆がこぞって看病するでしょうに……」
「削ってくれ」
「ありがとうございます」
隣で部下が頭を抱え、イレーネは微笑む。
彼女も男の扱いが上手くなったものだ。美女よりも少し劣る方が手段を考えるため、意外に結婚詐欺の成功率が高いと聞く。その賢さが彼女のプライドを作り上げ、彼女の素直さを封じる。
「ほら、受け取りなさい。そして去りなさい。わたくしは貴方を見ているととても不愉快です」
固い魔石によってわずかに削られた角をハンカチに包み、それを部下に押しつけ窓を開いて外を指し示す。
穏やかに見える彼女の容姿の中、唯一強さを感じさせるその瞳は、彼の気に入る部分の一つだ。
気の強い女。彼が知る中で、おそらく一番強い女。
情に脆いが打算的で、打算的に見えてその行動の根本にあるのは情で、情に流されても絶対にその場からは動かない。そうなるまでに必要だったのは過程ではなく、血筋という確かなもの。
どんな育ちであろうが、彼女は女王の気質を持って生まれた人の上に立つべく存在する人間。
「ありがとう、イレーネ。今度はもう少しマシな場所で会えると嬉しいな」
「わたくしはお会いしたくありません」
彼女の望むまま、窓から外に出て手を振った。美女達ともっと時間を共にしたいが、そうも言っていられない。あまり遅れると老人達がとにかくうるさい。
これさえあれば、また一人、優秀な人材が手に入る。
バイブレット自ら来たのは、あの若い女職人を一目見ることと、運がよければイレーネと話すことが目当てだった。
結局どちらも望みが叶った。
今日は実に良い日だった。
イレーネはげんなりとした表情で、ファーンのたてがみを撫でていた。彼女なりに悪かったと思っているのだろう。あそこで渡さなければあのストーカーが強硬手段に出る可能性があった。それに彼らが助けようとする相手なら、それ相応の人物だろう。イレーネとしても無下に断れないはずだ。
彼らは仲間ではないが、敵でもない。だから要求を拒む事は出来なかった。
そしてファーンを彼の部屋に連れてきた頃にようやくハウル達が駆けつけたが、少し角を削られただけで本当に弱々しくなったファーンがハーレム状態を要求したため、入れたのは女性だけで、ハウル達は外で待っている。カロンは、メディアに捕まり質問攻めにされていた。
女の子で通っているラァスと、女の子だと思い込まれているセルスは部屋の中に混ぜて貰っている。
冗談で女の子だと主張したのだが、騙せてしまうのだと己に辟易した。イゼアは女の子なのに美少年のようで羨ましい。
「大変でしたねイレーネ様。ラァスはお役に立てませんでしたか」
「ラァスに出て貰うまでもありませんでしたわ。見捨てても問題になりそうな雰囲気でしたので、ファーンに苦労をかけてしまいました」
「いい子でしたねファーン」
ヴェノムに撫でられ満足げにするファーン。乙女かどうかは本当に関係なくただただ人型の女性が好きなようである。
「ねぇねぇヴェノムさん。その子ボクも触ってもいい?」
「ええどうぞゲイル」
「わぁ、ユニコーン初めて。可愛い」
ゲイルが加わり、さらに嬉しそうだ。
アミュはといえば、それに参加せずにただ見守っている。ラァスはその隣に立ち満足だ。
「なぁ、俺達いつまで追い出されてるんだ」
ハウルが窓枠にもたれかかり退屈そうにラァスの腕を引く。
「帰れって事だと思う」
「ひでぇなぁ。俺、お前の護衛しろって言われたばっかなんだけど」
「君も女の子になってから来たら?」
「何無茶苦茶なことを」
ハウルが呆れ顔で呟いた瞬間、彼の肩に子供の手が置かれた。
「なぁんだ。君も女の子になりたいんだ」
顔を見せたのはクリス。ハウルは容赦なくその手を払いのけ、建物内に避難してくる。
「ヴェノム、伯父さんが俺まで呪おうとしてくるっ!」
「あら、女の子の方が可愛くていいじゃないですか」
ハウルは本気で泣きそうな顔をして、ふらふらとラァスの元へとやって来た。しがみついてくるので撫でてやると、本当にしくしく泣き出した。ヴェノムに言われたことはよほどショックだったようだ。
「クリス様、そろそろラァスの呪いを解いてください。迷惑です」
「嫌だよ。ラァスがお願い聞いてくれないから」
ぷいと子供のようにそっぽを向く。それでもここに現れたのは、構って欲しいから。
「クリス様」
「なぁにアミュ」
「どうしてラァス君に頼むんですか?」
「だって紹介してくれないんだもん」
知っている精霊のみんなにはお願いだから白を切ってと言ってある。だからクリスはセイダの正体を知らない。
「ラァス君。いっそのこともう諦めて、本人同士でお話ししてもらったら? 今はいいけど、帰ったらとっても大変だよ」
男達は一生そのままでいいと言うだろう。
ラァスはちらとカロンを見る。ラフィニアを抱きかかえ、ラァスの視線も無視して逃げ始めた。
メディアがそれを追いかけて走る。
「クリス様この呪いを解いてくれたら教えてあげる」
「本当に!? はい、解いたよ」
言われて胸に触れると、押しつぶしていたそれがなくなり、いつもの正しい胸板があった。
ここで嘘だと言ったら、元に戻されるのだろう。
「あそこで逃げてる子持ちと話し合って。僕なんだか庇うの馬鹿らしくなってきた」
クリスに追われカロンはさらに足を速めて逃げる。子供を抱きかかえているから双方無茶なことはしないだろう。
「ラァス様、本当に戻られてしまったんですか。変わりありませんが」
「変わってるよ。ものすごく変わってるはずだよ、ヒルトさんっ」
ベルトをゆるめ、腰に巻き付けていた布を外す。くびれがないと嬉しいようで少し寂しい。
ついでに服の中に手を入れて、胸に巻いていた布を引きちぎって外す。
「騙されたっ!」
ファーンが何か言っているが、騙してなどいない。
「いいのか、カロン」
「ほっておきなさい。クリス様は一度言い出したら聞きません。それで私がどれだけ苦労したか」
ヴェノムは遠い目をして空を見る。
彼女は神様三人に弄ばれた人生と言っても過言ではない。
ラァスは自分が何に抵抗していたのかと思うと、少しだけ空しくなった。
「あーあ、クリス様のせいでせっかくのお休みがあと半日で終わり」
本当はお仕事が始まるまでは男の子としてアミュと遊ぶ予定だったのに、うっかり女の子同士のショッピングなどしてしまった。
楽しかったが何か違う。
「そういえばハウル達はいつまでいるの?」
「明後日帰る。カロンはもう帰ってそうだけど」
「ノーラちゃんの食事のために来たんでしょ。いいんじゃない」
祭りの最後までいても面白いことはないだろう。明日は食べて、明後日は式典。それだけ見れば十分だろう。
「ラァスはせいぜい残り半日、休暇気分を噛みしめてろ」
「もう、遊びで来た人はいいねぇ」
明日からは完全に仕事で忙しくなる。変なのも来ているし、用心するに越したことはない。幸い彼は男には興味がないため目も向けられなかったが、他のまともなメンバーだったらうんざりしていただろう。
「でも、護衛を頼まれたからみんな一緒にいられるよ」
アミュがにこにこ笑いながら言う。彼女のなんて可愛いらしいことか。
「君と一緒にいられてとても嬉しいよ」
彼女に気を使われて嬉しい。
手をつなぎ、男が紛れ込んで不機嫌なのをイレーネとゲイルとになだめられるファーンを見て、くすくす笑う。去年とさほど変わらぬのほほんとした状況がとても楽しい。この雰囲気は神殿にはない。
今更ながらに、皆と一緒にいるこの空気が好きだったと思い出す。何があっても何とかなると思えるこの空気。
「そうだ。アミュ、あっちで幻獣のみんなにお話を聞いてこようよ。経験豊富だろうから、いろいろと参考になると思うよ」
「うん」
アミュが来ると、ゲイルもファーンに飽きてやってくるのでその彼氏になりたい保護者も来て、アヴェンダとキーディアが来ればヒルトアリスとセルスも来る。ハウルとヴェノムがついてくると、イレーネがファーンに微笑み隣の部屋を指さした。
あっけないハーレムの終了に、ハウルが鼻で笑っている。彼は相変わらず顔を生かすことなく迷走しているようである。いざ囲まれると逃げるくせに。
「やっぱいいなぁ、この感じ」
「何が」
「師匠の回り」
「そうだね。私も好き」
やはり、この空気が好きだ。