13話 人工精霊
1

 意識が戻る。
 眠った時からおおよそ七日と五時間が経過している。細かいことまで考えるのは好きではないので、分、秒単位は切り捨てた。
 目を開く。
 目の前にカロンが立っていた。
「遅い」
 カロンはノーラの手足の呪札を外し、すまないと言って軽く笑う。彼は呪札と言っているが、拘束具にしか見えない。
 ノーラはふわりと浮いて床に降り立ち、周囲から情報を得る。
 カロンは理力の塔へ遊びに行ったのだ。
 ついでにノーラの存在を安定させる薬剤を買いに行った。それがなければ彼女は長時間動けない。活動を停止し『眠る』ことによって自らの存在を支えるしかない。
 彼女は人間の死体を元に作られているため、活動に制限がある。正しい作り方をすればこのようなことをする必要はないが、カロンは正しくない作り方をした。正しい作り方をすれば、粛正されるからだ。
 今はアミュが仕えている、時の女神達に。アミュ自身に。
 時の精霊である彼女が。
「いつになったら私は普通に動けるようになる」
「ここから先の前例はないから、賢者の知識は頼りにならなくてね。生きている内には完成させるよ」
 いつもそれだ。
 本来ならばノーラの核となる石を捜すために盗みなど始めたのにすっかり趣味になっているし、男の尻ばかり追いかけて研究は進んでいない。
 最近は子育ても加わり、ノーラは動けない事の方が多くなった。昔はもっと動けたし、カロンは側にいてくれた。
「核は見つからないのか」
「魔石の方が確率がいいかと思ったんだが、お前に使える強い力を持つのはやはりただの宝石なんだ。どうせ魔石はお前を動かすのに必要だし無駄ではなかったんだが、そう言う意味では無駄だったな」
 ラフィニアが羽ばたき、ノーラの腕の中に飛び込んでくる。
 この子はお前の妹だとカロンは言った。
「重い」
「しばらくあまり動いていなかったからね。
 少し運動するといい。体調が整ったら深淵の森に行こうか」
「なぜここではいけない」
「もうすぐ昼食の時間だ。お前も食べたいだろう」
 精霊は世界にあふれる魔素を吸収し存在している。ノーラもそれはできるが、完璧ではないため食事も取る。ノーラは普通の精霊と違って、食べることでも栄養源に出来るとも取れる。
 どこまでも中途半端だ。精霊のように時の流れは見えるが疲れる。時は戻せるが疲れる。
 だからこれからもカロンを若く保つぐらいしかできない。カロンが老けるのは嫌だ。人間は年を取れば死んでしまう。それになんとなく若い方がいい。
「食事の中に新しい薬草を混ぜてもらえるように頼んだ。あとで調子を聞かせて欲しい」
 ノーラの食事。つまりはノーラを支えるための魔素を補うための物質を摂取すること。
「分かった。ヴェノムのメシを食べに行く」
「メシはないだろう、女の子が。食事とかランチとか言い方があるだろう」
「うるさい。いくぞラフィニア」
 呼ぶとラフィニアはノーラの腕の中から飛び立ち、頭上を飛んでついてくる。
 カロンのまったくというつぶやきが聞こえる。
 そう言いたいのはこちらだ。


 香りというのは、風の精霊にとって最も楽しむべき要素だ。
 風は香しい場所に来れば喜び、異臭に笑い、悪臭に嫌悪する。
 料理という香しいとも異臭とも取れる臭いは、立ち会うことの出来た風の精霊達を最も喜ばせる。
 透き通っていた髪がどす黒くなろうとも、クロフの根本は風の性質であり、料理をするヴェノムを手伝うのは楽しい。
 ただし、メビウスが手を出した頃は即逃げた。
「ありがとう、クロフ。そろそろ子供達を呼んできてください。きっと中庭にいます」
 クロフは頷き壁をすり抜け中庭に向かう。
 去年の弟子達は賑やかだったが、今年の弟子はそれを通り越して騒がしい。
「ノーラさん、お元気になったんですねっ」
 ヒルトアリスがノーラの手を取り微笑んでいた。
 騒がしいのはこのヒルトアリスが原因だ。彼女もそうだが、周囲が騒がしい。
「またこの生意気なんちゃて精霊!」
「実体だからってヒルトと気安く話してムカツクぅ」
「マジうざいんだけど」
 人間も精霊も大して変わらないと、こういうとき思う。
 精霊のほとんどがクロフのようには実体化できない。ヒルトアリスが従えている中にはそういう実体化出来る精霊もいるが、そうような高位の精霊はこの程度のことでみっともないことをしない。
 ノーラはそんなみっともない精霊達を威嚇する。
 彼女は媒体となった人間の質がよかったらしく、時などという存在自体が稀な精霊になった。精霊として完成したらクロフ以上の精霊となる可能性もある。しかし力を使うための力がない今は、中級の彼女たちと変わりない上、生まれたばかりから侮られても仕方がない。
「いいところに帰ってきたなカロン。食事だ」
「ああ、よかった。ノーラ行こうか」
 ノーラは舌を出してクロフの元へと走ってきた。
 かなり不機嫌なようで、ふくれっ面だ。
「どうかしたのか」
 ふいと顔を背け、走って食堂へと向かう。
「何かあったのか」
「遊びに行ったのにまた置いて行かれたからすねたんだろうな」
 いつものことなのだが、今年の春は連れて行ってもらえたためか、もっと外に出たいと思うようにでもなったのだろう。彼女は一番遊びたい盛りの年齢だ。
「そういえば、どうしてノーラさんはお留守番だったんですか」
「彼女は不安定さから都会には行けない。都会は人の念が渦巻き、空気──魔素が汚れている。そういう汚れは彼女にとっては身体に良くないらしい」
「精霊は都会が苦手なんですか?」
「彼女だけだ。不完全な人工の精霊だからな」
 人工精霊など前例が一つしかないため、クロフも噂でしか知らない。風の噂というように、風の精霊はうわさ話をよく耳にする。他の種の精霊なら、そんなモノがいることを知りもしないはずだ。
「あの子は不完全なのかい。やっぱり、素体が問題なのかねぇ」
「聞いたのか」
「イレーネ様から少しね」
 アヴェンダは袋に入れた薬草を肩に引っかけ、肩をすくめて城内へと戻る。
 食堂に着くと、さすがに精霊達は綺麗に消えていた。彼らは食事の邪魔をするほど無粋ではない。精霊にとっては主の不興を買うほど恐ろしいことはない。主が何も言わなくともそれを最も恐れるために主の生の営みを邪魔する者はまずいない。対等に近く、時に苦言を呈することもあるクロフには分からない悩みだ。
 そして人の親を持つノーラも同じなのだろう。
「ノーラ、おはようございます」
「おはよう。腹が空いた」
「ええ、ちゃんと用意していますよ。ノーラの好きなグラタンです」
 ノーラは椅子に座りフォークを握る。彼女なりの喜びの示し方だ。
「デザートも買ってきましたよ。殿下がノーラのために選んでくださったものです」
 それを聞くとノーラはつんとそっぽを向き、嬉しさを表す。普通の精霊と違い、彼女は素直ではない。精霊は好きな相手には好意しか向けない。このように反発したりはしない。
「ノーラに似合いそうな服も買ってきたんだ。ラフィとおそろいの」
 カロンは機嫌を取るためかノーラへと語りかけた。
「それは世間一般では親子で着るものだろ」
「可愛ければ姉妹で着てもいいんだよ。君はとても可愛いからね」
 ノーラは不機嫌な顔を作る。
 人間混じりのせいか人間に育てられたせいか、今まで見たこともない主に対する態度だ。
 墜ちたはぐれものの精霊としては、ノーラという存在はなかなか面白い。
 不完全ではあるが、彼女の何にも縛られぬ本当の『自由』は羨ましくもある。


 新しい服はノーラの身体にぴったりだ。カロンはノーラの身体のことをノーラ以上に知っている。
 ラフィニアとおそろい。
 腕の中のラフィニアは、いつものように泣きもせずに上機嫌。誰にでも愛想を振りまく、少しずつ大きくなる子供。ノーラは出来上がってから四年。生まれたときからこの姿だった。生まれたときから変わらない。しかしこの子は変わる。この子は有翼人。紛れもなく、完全な。
「お前はいいな。はっきりしていて」
 ラフィニアは見上げ、あうっと首をかしげる。
 自分は一人だと思うことはあっても、自分が何なのか分からないということはないだろう。
 母神が産み落とした卵から生まれたラフィニア。
 神から禁じられた方法の編み目を抜けて作られ、疎まれる自分。
 ラフィニアは祝福される存在。
 自分は拒絶される存在。
「ノーラ、どうしたの?」
 歩いていると、窓の外から止められる。
 マースが閉まったままの窓から顔を半分城内に入れていた。
「不機嫌はいつものことだけど、浮かない顔をして」
「別に」
 元人間の精霊。
 水死して、水の精霊になった人間。元人間だから実体になるのもお手の物で、しかし精霊としては完全だ。
「悩み事?」
「誰に言われた」
「クロフ」
 隠そうともせずに白状された。彼がノーラに積極的に接近することは今までなかった。だから頼まれたのだとは思ったが、クロフだとは思わなかった。
 クロフは少し苦手だ。
 精霊のくせに精霊としての自分を否定し邪精になろうとしている変な精霊。
 しかし嫌いではない。
「……くだらないことを」
「まあまあ」
 壁をすり抜けノーラの前に回り込む。
「苛立っているなぁ。いつも以上に。
 置いて行かれたから? それとも、ラフィニアの面倒を押しつけられたから?」
「どうでもいい。構うな」
 ラフィニアは嫌いではない。不快ではない。
「クロフに言われたんだって。あれでも俺よりはるかに強いから逆らえないんだよねぇ」
「報告にでも行け」
「遊ぼうよ」
 にぃ、と笑った。
 こんな人を殺す直前のような雰囲気で、何をどう遊ぶというのだろうか。彼らの遊ぶ姿を見たことがあるのだが、楽しそうなのは彼らだけだった。
 どいて欲しいと思っていると、ヴェノムの弟子三人娘がやってきた。
「こら、マース。あんた何ノーラにちょっかい出してんだい。ノーラ、こっちにおいでっ」
 アヴェンダに呼ばれ、ノーラはこくと頷いて彼女たちの元へ走った。ここは図書室への通り道のため、勉強をしに行く途中だったのだろう。
「お、揃ってるなぁ。みんなで遊ぼうか」
「お前が何を遊ぼうって言うんだい。鬼ごっこ専門のあんたが」
「ラフィとノーラに合わせておままごととか?」
 ノーラはマースを睨み付ける。ラフィニアとノーラに合わせるという意味が理解できない。彼女はラフィニアのように成長途中ではないし、知りたいことは周囲に情報があれば読み取れる。
「ノーラは遊びたいのかい」
「べつに。したこともない」
「え? ままごとをしたこともないのかい」
 家族を演じ、擬似的な家庭を体験する遊びだ。それをカロンとやっても楽しくはなさそうだ。
「カロンは本を読んでくれるか、散歩をした」
 森の中を散歩するのは好きだ。最近していないが。
「……お兄さま男性だから、大きな女の子との遊び方がわからなかったんでしょうね」
 ヒルトアリスが困った方とため息をついた。珍しくまともなことを言っている気がする。
「最近は寝かされてばかりだ。起きていてもつまらないし」
 昔はそれでも一緒にいてくれた。ノーラの世話が必要なくなると、よく外に行くようになった。だから遊んでいる記憶より、一人で呆けている時間の方がずっと長い。
「遊びます、ノーラさん」
 キーディアがノーラの袖を引く。
「どうやって遊ぶんだ?」
「ええと、地下のみんなと、かくれんぼ?」
 いつもラァスが鬼ごっこの前にやっていた遊びだ。
「ちょ、それアーライン限定の遊びだよっ!」
 アヴェンダが無理だ無理だと首を横に振る。彼女もラァスほどではないが、死霊達に遊ばれている。
「地下は人数が多くて大変ですね。ローシャさんだと小さすぎるし、消えて見つけられないかも知れません。
 あ、裏庭で鬼ごっこは楽しいと思います」
「悪霊と鬼ごっこなんて楽しくない!」
 アヴェンダは少しラァスと似ている。だから死霊達は彼女が好きなのだ。
「女の子なら室内遊びだよ! お絵かきをしよう」
「アヴェンダはお絵かきをして育ったのか?」
 ノーラが問うと彼女は言葉を詰まらせた。
「あたしは、石で鳥を撃ち落としたり、薬草集めをしたり、痺れ薬を塗った吹き矢でウサギを狩ったり」
「それ、普通の子供の遊びなのか?」
 思わずノーラは尋ねた。女の子は花を摘んで遊ぶのだとカロンが言っていた。
 しかしウサギは美味しい。ラーフもウサギだ。だったらラーフも美味しいのだろうか。
「夕飯のおかずにもなるいい遊びですね。私は好きですよ、その遊び」
 ヴェノムが音もなくやって来てアヴェンダの遊びを褒めた。彼女は大きな麻袋を抱えているので、台所に向かう途中なのだろう。
「しかし今の時期の山は危険です。どうせなら、家の中で美味しい遊びましょう」
「何をするんだ?」
 ヴェノムの考えは分からない。にこりともしないし、言葉もずっと同じ調子で読めない。
「みんないらっしゃい。そこにいらっしゃる閣下はこれを持ってください」
 壁をすり抜けブリューナスが入ってきて、アヴェンダが驚いて跳び退る。しかしラァスほど脅えはせず、叫びだしたり、逃げ出したり、誰かの背に隠れたりもしない。そうすると喜んで追いかけてきたり、脅かしてきたりすると分かっているからだ。
 分からないのは、これらに脅えるその心。
「レディが重い物を持っていたら、それを持つのが紳士でしょう」
「レディならともかく、妖怪の域に足を踏み入れた元レディは」
 ヴェノムは袋を叩き付けるように押しつけた。その力があれば十分だろうに、なぜ他人に持たせたがるのだろうか。
 しかし、少しだけ愉快なのでヴェノムのしたことに満足した。


 キッチンにやってきた彼女たちは、手を洗ってエプロンを身につけた。ラフィニアだけはブリューナスとマースに預けて見ているだけだ。悪霊が見ているのに暢気なものだとは思うが、キーディアは喜んでいる。
 アヴェンダは髪を結って袖をまくり、首を回す。
 準備が整ったのを見て、ヴェノムは言う。
「初心者ですからクッキーからはじめましょう。材料さえ激しく間違えなければ、多少失敗しても食べられますからね」
 過去、ヒルトアリスに料理をさせて恐ろしい物が出来上がったことがある。そのためヴェノムはきっちりと材料を必要な分だけテーブルに置き宣言する。間違えやすそうな素材は一切出ておらず、塩などわざわざ戸棚の中にしまわれた。
「クッキー、チョコレートのも?」
「ええ、作れますよ」
 甘い物の中でもチョコレートが好きなキーディアは唇を笑みにする。自分で物を作るということを知らなかった彼女には、こういうままごとはちょうどいいだろう。
 ヒルトアリスが変な物を入れなければ食べられない物が出来るはずがない。アヴェンダはヴェノムの指示に従い手を出しながら監視し、一般的なクッキーの生地を二種類作った。
 その行程にほうほうといちいち感心しながらノーラは作業を進めている。キーディアと精神年齢的に釣り合うらしく、なかなか気が合い始めている。一つにはチョコレートチップを混ぜる。高価なものでアヴェンダにはなかなか手を出せないものだが、金持ちばかりが集まるため、高価な菓子が普通にある。
 とうとう成形に入り、子供二人は楽しげに色々な形を作っている。キーディアは剣の形を、ノーラは花やいびつな円を作っている。
「な……なんでそんな変な丸に」
 花は綺麗な花の形をしている。つまり不器用故のものではない。
「石」
「は?」
「石ころ」
「なんでそんなもの」
「森に落ちてる。花も咲いている。これは鳥」
 目の所に小さな種が埋め込まれた鳥を見せてくれた。
「器用だねぇ。森の中のものかい」
「森以外はよく知らないから」
「森から出たことがないのかい?」
「一度だけ大きな街に行ったことがある。東の方にある大陸だと聞いた。清浄だから、私でも出歩けると」
 一見健康そうに見えるのに、身体の弱いお嬢様のような事を言う。身体が弱いような物ものなので仕方がないが、カロンももう少し考えればいいものを。
 そこまで考えて、都会の穢れた空気でなければいいのだと気づいた。
「今度うちの村に来るかい。都会と違って何にもないけど、妖精はいるぐらいだからあんたでも大丈夫だろ。カロンみたいな伊達男は田舎につてがなさそうだからねぇ、あたしが連れて行ってやるよ」
「行く」
「よし。じゃあ、ガキ共への土産に美味しいクッキー焼けるようになったら行こうか」
「うん」
 ノーラが子供のように笑う。見た目は成人女性なのに、中身はクッキーの生地で遊ぶ小さな子供。カロンだけにまかせておいては、今以上の一見朴念仁になってしまう。ノーラに様々なものを直に見せるのもいいだろう。カロンばかりが彼女の世界では可哀相だ。手が掛かるのは分かるが、ラフィニアばかりに構うのもよくない。出かけるときもラフィニアはヴェノムには預けるのに、ノーラは普通に留守番だ。姉妹で扱いに差があれば、上が拗ねるのは当然だ。
「ダリ、美味しく焼けたらダリにもあげますね」
 ついでに、悪霊がお友達のキーディアもどうにかしなければならない。同年代の子供達と戯れ、生きている者にもっともっと意識を向けさせるべきだ。
「アヴェンダさん、ハートを作りたいんですが、なかなかうまくいきません」
 ヒルトアリスが作ったノーラの石ころよりもいびつなハートを見せられ、食材を玩具にしているような気分になる。
 一番問題で、一番どうにもならないのは彼女だろう。
「あんたは手先が不器用だから型を使ってな」
「ああ、そんな便利な物があるんですね」
 刃物を持たせればあれだけ器用なのに、なぜ道具を使わないと不器用になるのかアヴェンダには理解できない。
 彼女のような根っからのお嬢様は、料理など出来なくとも生きて行くに困らない。その上剣の腕も才能もある。自分一人で生きて行くにしても、家政婦を雇うことも出来る。
 そう自分に言い聞かせ、彼女の教育はあきらめる。
 子供達に手が掛かるのはいいのだが、同年代相手に手をかけるのは、さすがに少しだけうんざりする。


「石ころ食え」
 布に包まれた石ころと称した物を押しつけられ、カロンは困惑した。
 意味不明なことを言うときもあったが、このような事を言われたのは初めてだった。
「い、石?」
「アヴェンダ達と遊んだ。食え」
 嫌がらせではないと分かり胸をなで下ろす。反抗期だとしても、凶行に出るような系統だけは勘弁して欲しい。
 食えということは、ままごとでもしたのだろう。カロンは女の子の遊びを知らないため、大きなノーラとの遊び方が分からないので有り難い。
「あ、ありがとう」
 包みを開けると、石ころと言っていたのに普通のクッキーがあった。
「い、石……ころ?」
 よく見れば、綺麗な曲線は河原に転がる小石を思い起こす。
「ラフィニアはお花だ」
 言われてみればノーラの抱くラフィニアはクッキーを握っている。
 ラフィニアは花で、カロンは石。食べられるものなのでいいのだが、ほんの少しの棘を感じる。姉妹仲良くしてくれているので構わないが。
「アヴェンダと作ったのかい?」
「ヴェノムが教えてくれた。美味しい遊び」
 ずいぶんと本格的なお遊びである。彼女が子供の『遊び』に付き合う姿も想像できないので、この遊びの方が心臓にはいい。もしも彼女がままごとなどしたら、カロンでも少し恐い。
「すごいなノーラ。うん、美味しいね」
「立ち食いははしたないぞ」
「そうだな。一緒にお茶にしようか」
 ノーラは頷き、カロンの背後に回ってその背を押す。不機嫌なときに離れるとさらに不機嫌になるのだが、今日は機嫌がいいようだ。
 今日はどうしても買ってきた材料で実験をしたくて離れたのだが、ノーラが拗ねることだけが気がかりであった。薬草ぐらいならともかく、それ以上の薬物はノーラに与える前に試さないと危険である。
 天秤にかけるようなことではないが、彼女が不機嫌にならないのならそれに越したことはない。
「そうだ。今度アヴェンダの家に連れて行ってもらう。いいか」
「アヴェンダの? あそこならもちろん構わないよ」
 あの妖精が住む森なら、ノーラにとってはかなりいい環境だ。幸運の妖精は時の眷属。ノーラにとってはとても近しい存在で、彼らが居を構える迷いの森と同等の好条件だ。
「カロンも行くか?」
「もちろん。ノーラに何かあるといけないからな」
 ノーラは無言でカロンの背をぐいぐいと押す。
 許可を下ろしたことがよほど嬉しいようだ。アヴェンダにお礼をしなくてはならない。土産もいる。
 珍しく実現可能なノーラの願いだ。本当に珍しく、浮かれている。
 だから可能な限り楽しませてやりたい。

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