16話 白き夜の城
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「ハウルさん、起きてくださいっ! 起きてください起きてください起きてください起きてっ」
ヒルトアリスの叫びのような声と共に頬がバシバシと張られる。
昨日は意識をしすぎてしまってよく眠れなかったのに、ようやく寝付いたと思ったらこれだ。
「にゃ、なにをすうっ」
ヒルトアリスの細い手首を掴んで止めると、馬乗りになっていた彼女の目から涙が落ちた。
もう朝から何なのだろうこの突飛娘は。
「よかった!」
「何が!?」
「アヴェンダさんが起きないんですっ」
激しく起こしすぎて気を失ったのではと思いながらハウルはヒルトアリスの腰を掴んで床に立たせ、自分もベッドから降りる。彼女も、もしハウルが裸で寝るような習慣のある男だったらどうするつもりだったのだろう。
「お姉さまが様子を見ているんですが、何をしてもちっとも目を覚まさないんです。ハウルさんも起きて来ないから、もう心配で」
何の事やら。
部屋履きをはいて欠伸ひとつしてからアヴェンダの部屋に向かう。
部屋の外にはイレーネ、キーディア、カロン達一家が中の様子をのぞいている。
ハウルものぞくと、ベッドで眠るアヴェンダをマディアスとヴェノムが診ていた。
どうやら本当に大事のようである。
「何かの呪いかぁ?」
だとしたら専門家を呼ぶべきだろうか。呪いはカオスの得意とする分野だ。
「アヴェンダが呪われるような事を何かしていたのなら可能性はあるが、彼女が呪いにかかるような呪術師はそういないぞ」
「だな」
アヴェンダはそういったものに対する抵抗力が強い体質だ。攻性の魔法はラァス以上に苦手なのだが、補助や治療術に関しては祖母に習っていたらしくそれなりの腕を持っている。なによりも普段から魔力を持つ薬草に触れているから、それが身の守りともなっている。つまり彼女はこのキツイ性格で、医者やら何やらの人を助ける仕事に向いた魔力の持ち主なのだ。
「変な薬でも飲んだのか」
「可能性は……」
カロンも分からないようで、ただ見ているしかない。
ヴェノムはアヴェンダの脈をはかり、検温し、異常がないと肩をすくめる。
「最近は夢見が悪くて寝付けなかったと言っていたのに」
「夢見?」
ヴェノムの言葉にマディアスが顔を顰める。
「そういえば、キーディア、お前の過保護な剣は珍しく姿を見せないな」
キーディアは抱きかかえている剣を見下ろした。
「ダリ殿、出てこられるのなら出てきていただきたい」
マディアスでも敬語なのだと少しばかり驚きながら、皆は剣を見る。しかし反応はない。
「ダリ?」
キーディアが声をかけても無視している。彼女は仮面の下で少し泣きそうになっていた。
「出てこられないと」
マディアスは足を組んで考え込む。そうしていると知的なハンサムで、イレーネが選ぶ男をいびり倒しているような陰険男には見えない。
「マディアス、原因が分かったのですか」
「分かった可能性はある。夢見が悪かったと言っていたが、子供が出てきたり、笑い声が聞こえたという内容ではなかったか」
「そういえば、そんなような……」
笑い声は言っていた。
聞いた瞬間マディアスは舌打ちして立ち上がる。
「おいそこのガキ、お前の父親でいいから呼んでこい」
マディアスは憎きハウルに指を突きつける。
「は、俺? オヤジ? なんで?」
「夢神が出たと言えば分かる」
夢神。
何をしたか知らないが、ダリや緑神らと同じくお仕置きされ組である。
「私が」
クロフの声が響き、気配が消えた。
お仕置きされ組の中でもあまり害がなさそうに思える夢の神が、なぜそれほど厄介なのだろうか。
「夢神様は一体なぜアヴェンダさんを眠らせたのです。ひょっとして、あの魔石がいけなかったんでしょうか」
イレーネは責任を感じているのか、自分が渡した指輪を見つめる。
「元々波長が合ったんだろう。魔石はきっかけだろうが、近い将来こうなっていたはずだ。
あれは自分が関われる相手を見つけると、弱らせてから夢の世界に引きずり込む。起きるか死ぬかが助かる道。選択を誤れば死んでも夢の虜になって夢神の遊び相手にされる。
基本的に彼は子供で、封印されてから遊び相手に飢えている」
遊び相手ほしさに眠らされたのだ。アヴェンダは子供に好かれる、みんなの姉御である。子供のような神なら、好むかも知れない。
「でも、ダリはイーシヴィールとは普通に話してだぞ。なんで出てこられないんだよ」
「すべては夢神が事の発端だったからだ。
彼らのようにどこかに、または何かが封じられている神というのは、皆、夢神にそそのかされた連中だ」
「神を作ろうとしたんだろ」
何度か聞いた話だ。
「前から思ってたんだけど、ここまでする問題なのか? 失敗したとはいえ、神が神を作るのは珍しくないのに」
人との間に出来た子ですら神になるのだ。普通に作り出すことも可能である。昔は──母神が眠る前は頻繁に行っていたはず。
神同士が力を出し合い作ることも多々ある。
「自分よりも上の神を作ろうとしたのが問題だった」
「上……だから暴走したのか」
暴走していなかったら良かったのだろうか。
「失敗は問題ではない。自分達の手に負えない存在を作ったのが問題だ。
言われるままに具神が媒体を作り、他が面白がってそれぞれ特化した力を注ぎ込む。ダリは腐っても闘神。闘うことに関しては一級神にも並ぶ力が今でもある。緑神の力があれば人間など容易く心を動かすし、霧神はその行程を隠すのに一役買っていただろう。
二級神とはいえ彼らの良いところだけを徹底的に混ぜ合わせれば一級神並みで、暴走するものが出来るのは当然のこと」
カロンが馬鹿だなと呟いた。
そうだろう。彼は精霊を作っている。神から見たら、自分よりも上の存在を作ったとも見えるだろう。だからとても慎重に作っているのだ。思いつきで何でもかんでも詰め込むなどあり得ない。
「結果として小さな大陸一つごと」
ぱちりと指を鳴らして、花開くように手を広げる。
「それ以来複数の神で何かを作るのは禁止か、二人以上の一級神に許可を得ることになったらしい。僕とてそこまで長生きしていないから、伝聞と推測ではあるが」
彼は冷笑してからアヴェンダを見る。
「もう一つ言うなら、邪神同士が偶然出会うのは仕方がない。道具に封じられていたら偶然出会う可能性もある。
しかし夢神にだけはどうしても接触させたくなかったらしい。関わらないように、あれの影響下では力も使えず動けなくなる。話す事も出来ない。つまり、今だな。
だから一級神を呼びつけるのが正しい」
マディアスは部屋を出る。
その背後に空気が渦を作り、銀の髪を舞い上がらせる。
「状況は見ての通り。哀れな少女を助けてやってくれ、風神様」
マディアスは戸口で振り返り、敬称で呼びながらも敬う様子もなく言った。
薄暗い場所。
窓から外を見ると、自分のいる城が発光しているかのような奇妙な明るさがあり、白い庭の向こうには、ただ闇ばかりが広がっている。
空に星も月もなく、ただぞっとするほどの闇がある。
一枚の絵であれば幻想的だっただろうが、実際に自分がいるのだから頭を抱える。
「廊下長いし」
行けども行けども突き当たらない。延々と歩き続けている。戻っても同じ。扉が等間隔にあるが、どれも鍵がかかっている。破壊しようと思って拳銃やら魔法やらを使ってみたがびくともしない。窓から飛び降りようと思えば、開かないし破壊できない。
夢ではないかとも思ったのだが、ここまで破壊活動に勤しんで疲れても意識ははっきりとして思考能力が働く。
「なんなんだいまったく」
さすがに疲れてしゃがみ込む。
自分は屋敷のソファでうとうとしていたはずなのに、なぜこんな場所にいるのか。
誘拐されたにしても、されるなら普通はヒルトアリスのような女がされるべきである。彼女の方が似合っている。アヴェンダには似合わない。柄ではない。ヒルトアリスが似合う女か聞かれても困るが、見栄えはする。助ける側もがんばれる。
目を伏せて、眉間をおさえる。
やはりアヴェンダはこんな場所は知らない。
「あら新入りさん?」
声に驚いて目を開くと、足が見えた。
「ごきげんよう」
上向くとメイド姿の少女が微笑んでいる。
「…………」
「あら、喜びはないんですね。冷静なお嬢さん」
栗色の髪を綺麗に巻き毛にしている。実用よりはデザイン重視の制服。差し出す手は荒れていない。
「ここはどこだい」
「ここは夢よ」
「夢って……」
「あなたの夢じゃないの。夢と呼ばれている空間。異世界ほどではないけど、少し現実とずれているわ。魂は貴方の身体の中に。あなたはただここに意志があるだけ。
つまりは夢を見ているのと同じ。
ここは夢神マヤの領域。白童の封じられた白き夜の城」
夢神。
それがなぜ自分に。
「マヤ様のことはご存じ?」
「まったく」
「それも当然ですね。マヤ様は超マイナー神ですもの。
一級神に並ぶものを作らせようとそそのかしてここに封じられた邪神です。封じられる前からよく悪さをしていて人間には邪神扱いされていましたが」
ろくでもない神である。
「基本的に癇癪持ちの子供です」
どこまでろくでもない神なんだろうか。
しかしそんな神がなぜアヴェンダを。
「何か用があるのかい」
「きっと何も考えていません。あの方は引きずり込める相手が気に入れば相手の意志に関係なく捕らえます」
「帰して欲しいんだけど」
「帰れませんよ。少なくとも私は自殺し損ねて五十年ここにいますから」
「は?」
「覚えていないぐらい長くいた方達は、すっかり壊れていますよ。
ここから逃れるには、身体が生きている内に身体ごと自殺するか、奇跡的に身体が目覚めるのを待つか、二つに一つです。目覚めずに身体が死んだら、転生も出来ずに一生ここに留まることになりますから、諦めがついたら自殺することをおすすめします。自殺すれば死神様の元へと行けますから」
アヴェンダは彼女の言葉の意味が分からなくて呆然とした。
この女は何を言っているのだろうか。
分からない。さっぱり分からない。
死ななければ覚めない夢などと、理解できない。
「ああ、完全に捕まってますよ」
ウェイゼルはアヴェンダの額に指を当てて言う。
「どうにかなりますか?」
「僕じゃあ無理です。夢は手が届かない」
「この役立たず」
ヴェノムの言葉にウェイゼルはふくれた。拗ねて椅子の上で膝を抱えてそっぽを向く。
「ウェイゼル様、アヴェンダさんはもう起こしてあげられないんですか!? 私、アヴェンダさんに叱られないなんて、堪えられません」
「ヒルト、お前は彼女に叱られるのが楽しみなんですか……」
特殊な趣味もあったらしいことに少し驚き呆れるウェイゼル。
ハウルはその様子を見て苛立つ。
何のために呼んだのか分からないではないか。
「あんたらが封印したんだろっ」
「あれを封印したのはターラですよ。夢神はターラの配下ですから。
それ以外はほとんどラーハの部下ですけど」
「太陽神の?」
「上司が仕事もしないし時々虐待するから、下もストレスがたまってたんだと思いますよ。とくに矢面に立たされていたダリ」
かれもずいぶんと苦労した結果剣の中にいるようだ。
「ダリの場合は、封印されてからの方がよっぽど穏やかな生活を送っているんじゃないですか。美少女に抱きかかえられていいご身分です」
自由の身で気が向けばナンパの旅に出る男が小さくくだらない事を言っている。
息子として恥ずかしい限りだ。
「クロフ、今度はターラのところに行って使えそうなの借りてきなさい。本人は職場を離れないだろうから──サンかルネニーあたりを。あそこらへんは御しやすい」
「サン! サンがいい!」
ハウルは大好きな男の名を聞いて主張する。
クロフは聞いているのかいないのか分からない様子で消えた。いつからそこに立っていたのかも分からないので、彼の影の薄さに舌を巻く。主の邪魔にならないように、極力存在をおさえているのだ。
「まったく、サンの何がいいんですか」
「育児放棄してたくせに。サンは保存食とかいっぱいくれたぞ」
自分で言って少し空しくなった。
「サンってあれよね。子供好きの。いい男かしら」
「アーリア殿のところにはいらっしゃらなかったんですか。っていうか、神族まで……」
「目の保養よ。いい男は何人いても飽きないでしょう」
仲良くなったのか、アーリアと話すカロン。
ああ、いたんだという目でハウルはアーリアを見た。
先ほどまではいなかったから、弟子達にでも起こされてきたのだろう。あれだけ敵意をむき出しにする相手の屋敷に、普通に泊まっていく彼女の神経はきっと荒縄並の太さだ。
アヴェンダは今頃囚われて脅えているのだと思うと、一人さめざめと泣いているヒルトアリスが一番正常な反応なのかも知れない。
「なんでっ」
メイド女ことリシュと名乗った女は、あっさりとドアを開いて手招きする。
「コツがあるんです。あとでお教えしますね」
アヴェンダもそこにいるわけにもいかずに彼女についていく。
そしてぎょっとした。
大きなテーブルには真白いテーブルクロスが敷かれ、菓子やら花やら並べられ、可愛らしさを感じる年代物の家具が置かれている。
そこまではいいのだが、室内に変なのが三体ほどいる。
奇術師のような姿で頭を垂れる男、変な風に剣を構える女剣士、少女趣味でロリロリポーズのおそらく少年。
それがぴくりとも動かずに、まるで置物のようにいる。
「なにあれ」
「壊れた変人です」
本人を目の前に言うかと思いながら、アヴェンダは未だにじっとしている三人を見つめた。
「きもい」
「ひどいっっ」
三人が同時に動き、こちらに迫り来る。
「寄るんじゃないよっ」
スリングを構えて言うと三人は足を止める。
「何の玩具ですか」
奇術師が手を伸ばしてくる。
「こうすんだよ」
嫌がらせようのくしゃみ玉を額にぶつけてやると、彼はくしゃみをしながら笑い出す。他の二人も興味津々と覗き込んでくる。気味が悪くて後退すると、リシュが笑顔で言う。
「彼らもやって欲しいようです」
アヴェンダは無言で販売目的に作ったイタズラ専用の弾を連続で放った。
幸い自分が眠っているはずの屋敷には、賢者やら吸血鬼やら一級神の息子やらがいる。
きっと何とかしてくれると信じて、三人にせがまれるままに遊んだ。
紙を丸めてぺしぺし当て続けて一時間。ようやく飽きたらしくて解放された。
それから三人は何やら集まって話し出す。
「今度は何を……」
「衣装の相談でしょう」
「い、衣装?」
「私が自分でこんな服を着ているとでも?」
見た目重視のふりふりエプロンドレス。アヴェンダはため息をついて立ち上がる。
「どちらへ」
「変なのがいないところに」
「迷子になると、戻れなくなっても知りませんよ。迷子になった人間を観察する悪趣味な方がいますから」
アヴェンダは泣きたくなった。
耳を澄ますとこんな言葉が聞こえる。
「眼帯です。きっと眼帯が似合いますなんとなく」
「ふりふりの〜ふわふわの〜ミニスカの〜」
「凶器だ。もっとごつい機関銃なんか振り回すきっと」
頭を抱えた。
ふわふわミニスカはかされて、眼帯させられて、あげくになんかものすごく重そうな物振り回すことを強要される。
「あの中なら何が一番いいですか?」
「消去法で一番害のない眼帯」
似合いもしない服だの、話にしか聞いたことのない凶器やらよりは許容範囲。
「眼帯がお好みとなっ! ならなら、かぎ爪を!」
「じゃあじゃあ、いっそ黒皮のスーツぅ」
「かぎ爪はいい。では肩に乗せる鳥が必要か」
「また変な方向にっ」
アヴェンダはさらに意味不明になる三人に、花瓶に刺さる枝についた赤い実をぶつけてやる。
「はっ! パイ投げをやってみたい!」
「クラ、それはいいとおもう〜」
「パイ投げ器などあるだろうか」
「食べ物を粗末にする計画立ててんじゃないよっ!」
壁に向かっての独り言でないだけいいのだが、思考回路は壊れている。なぜパイ投げなのか。しかも機械を使う気か。何をどこまでする気か。
もう嫌だ。ヒルトアリスの方かずっといい。彼女は変わり者だが、言動に引いても思考回路は理解は出来る。泣く理由も理解できる。
しかしこいつ等はよほど退屈なのか、常人の理解を超えている。
「いちいち付き合っていると頭が痛くなりますよ」
「もう痛いっ」
常備している頭痛薬を噛み、ぼんやりしてくると近くにあった皿を寄せてはき出す。
「気が短い子だね。あんまりカリカリしていると寿命が縮むよ」
アヴェンダは袖を引かれて振り返ると、キーディアよりも小さな男の子が微笑んでいた。
白い少年だ。マディアスよりももっと白い。存在すべてが白い。
「あんたが、夢神マヤ?」
「そう」
姿も子供なのだ。
「なんであたしを?」
「夢の中にダリがいた。ダリは元気?」
「それだけっ…………っかぁもうっ、元気だよっ! 元がどうだったか知らないけどねっ!」
馬鹿馬鹿しい。
「でも、あたしの側には風神もいるはずだよ」
「知っているよ。君を連れてくれば、また遊んでもらえると思って」
顔ばかりは可愛らしく笑う白童。
罪悪感などないのだろう。壊れた彼らの様子を見ると、よく分かる。
「何がしたいんだい」
「誰もが僕を忘れぬように、時々イタズラをするのさ。
僕は夢の中にしかいられない。
だから他の連中は僕のことなど気にしない。
だから時々イタズラをするんだよ」
くすくすと笑い、椅子に座る。
「おやつを食べよう。リシュのお菓子は美味しいよ。だから連れてきたの」
なんとも哀れな。技術を磨いていたら夢に引きずり込まれたとは。
「封じられてから干渉できる夢が減っちゃったから、時々しかいい子と出会えないの。
それ以上封じることは出来ないから、もうなんでも出来ちゃうんだぁ」
イタズラを解説する子供そのもので、用意されていた菓子を食べる。
「食べないの?」
「いらない」
「食べたから戻れなくなるとかそういう効果はないよ」
心を読んでいるのかと思うような台詞に顔を顰める。
「賢い人はこういう場所に来るとそうやって警戒するんだよ。そういう場所もあるけど、夢の中で食べ物を口にして、目覚めなくなることなんてないに決まってるじゃないか」
彼はくすくすと笑う。
聞き覚えがあった。
眠っているときに聞いていた。
何かに追われるのを見て笑う、上から見ていたあれ。
「胸クソ悪いっ」
「気の強い子だね。僕が怒って何かするかも知れないよ」
「何を?」
「何をして欲しい?」
「遊び相手をあたしに求めないどくれよ」
「遊んでくれないの? また追いかけっこでもしようか」
「冗談じゃないね。ままごとなら付き合ってあげるよ」
そういった瞬間、なぜかパイ投げ器作成を相談していた三人が振り返る。
「お母さんっ」
「ママ」
「母上っ」
「鬱陶しっ」
突撃してくる手を避けて、奇術師のクラを蹴り倒す。理由は簡単。彼が大人の男だから。
「では、私が夫ということで」
女剣士が胸を張って言う。
「ぼくはじゃあ、ぐらんま〜」
なぜ祖母になりたいなんちゃってロリータ。
「私はペットですか?」
また頭が痛くなってきた。クラもいい年してなぜペットに自分からなりたがる。
「じゃあ、僕が可愛い息子かな?」
一人まともな配役の神様。
「私はメイドです」
「変わりないだろそれは」
「付き合っていられませんから」
悟りきった様子でマヤのためにお茶を入れる。
「クラ、ティス、ラーサ。お行事良くしないなら、この部屋にいないで下さい。ここはティータイムを楽しむための場所です」
アヴェンダにしがみつこうと構えていた三人は、リシュの言葉で席に着く。
「いただきます」
三者三様、とても素直に食べ始めた。暇だと食べることが一番の娯楽なのだろう。
いつものように赤いスーツを身につけているサンは、アヴェンダの額に指を置く。
「夢への入り口を開いた。
ここから先は私には手を出せない。神は夢を見ないから」
彼はものの数分で駆けつけてくれた。
そしてアヴェンダの様子を見て痛ましげに顔を歪め、すぐの言葉。
やはりハウルは彼が大好きだった。会えて嬉しい。
「どうすればいいんだ?」
「誰か数人迎えに行って欲しい。神の印のない、彼女と親しいヒルトアリスやキーディア、あとは賢者のカロンが望ましい」
二人は名指しされて驚いた様子だ。
「私で大丈夫でしょうか」
「とくに危険はない。できれば私達が行きたいが、夢は向こうの手の内。夢を見ぬ神は夢の中ではあまり力が出せない。かと言って神の手の物が行くと、後でラーハ様から苦情が来る可能性がある。ヴェノムとハウルは、最終手段だ」
賢者は神の印とは考えられていないようだ。
行けぬ事もないらしいが、行くなと言われたハウルは不安を覚えた。
「行きます」
キーディアがヒルトアリスの傍らに立って言う。
カロンは抱いていたラフィニアをヴェノムに任せている。アーリアが賢者の言葉に反応して目の色を変えていた。
「三人もいれば迷うこともないだろう。これ以上は逆に迷われると厄介だ。
カロン、額を」
伸ばされる手に顔を近づけ、指先が額に触れた瞬間、カロンは驚いた様子で手を引いた。
「情報が──流れてきた」
「夢に近い者から預かってきた」
「便利な。神はこんな事が出来るのですか」
「知識を受け入れ物に出来るのは賢者ぐらいだろう。逃がし方をよく知っている。これをする神の方にも人間をよく知り加減が必要だから出来る者はあまりいない。言葉で説明しにくい感覚を伝えるときだけに用いる」
「確かに、感覚ですね。
責任を持って引率──エスコートいたしましょう」
カロンはくすりと笑い、二人の少女に手を差し出した。
「行きましょうか、お嬢さん方」
まったくどこまでもキザな男だ。女になど興味がないくせに。