19話 幸せの解釈

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 結婚とは本来なら両者の合意があってこそだ。
 家庭を作るのは親ではない。自分自身だ。そう、親など少しも関係ないのだ。
 キーディアは理解していないし、婿にその気はない。こんな婚姻があっていいはずがない。
 年の差が問題なのではない。五年後、双方が納得していれば何も問題はない。納得していないのが問題なのだ。
 相手の男はもう少し成長した女の子なら心惹かれるところもあるだろう。噂ではいいことを聞かないらしいが、噂は噂だ。仕事の時と私生活で性格が違う者もいるし、食い違いがあったとしても納得できる。
 逃げたカロンを安心させるためか、ラフィニアが『土産に買ってきた菓子』と称した物をもらっているし、悪い人間ではないのだろう。
 悪霊もヒュームの膝の上で妙に喜んでいるし、ヒュームは血を吸えないとはいえ、自分の好きな可愛らしい幼子だ。拒否することなく捕まえている。
 あとは親どもの説得のみ。
 ハウルはキーディアが喜ぶ姿を想像し──ようとして、よく分からずにきょとんとしている彼女を思い浮かべて、それはそれでいいのではないかと納得する。
 ようはキーディアの幸せがあればいいのだ。
 自分だって、幸せになりたい。
 いまいちよく分からないのだが、カロンはハウルに対してもう少しだけ大人になるのを待てばいいと言った。
 そろそろ結婚を始める年齢になってきたハウルも、だからといって焦っているわけではない。自分のことはしばらく放置していい。
 しかしキーディアは放置していたら状態がまずくなる。親は関係ないどころか敵だ。ハウルの場合も敵なような気がするが、今のところはばれていないのでまだいい。
 キーディアは今なのだ。
「コルカ、君は恋人でなくても、気になる相手もいないのかい」
「いや……恋人はいても半年保たないから」
「…………」
「別に、僕がひどいことをしたわけじゃないよ。ただ、一緒にいると霊感が鋭くなるらしくって」
「それは……」
 語り合う同年代の男達は、打開策を話す内、少し仲良くなってきた。
「見えることには慣れる子はいたけど、いつ目の前を通るか分からないと落ち着かないって……。だいたい二人きりの時に誰かが壁から頭を生やしている状態で振られる。向こうはこっちが見えていないって言っても無駄だったよ」
「それは振られて当然だな」
「だから死霊術師は死霊術師と結婚するんだよ。慣れている相手じゃないと夫婦生活などとても……」
「精霊も似たようなことをするが、見える人間は極端に少ないからな」
「一度でも体験するともうダメなんだよ。精霊と違って見た目怖いし」
「死霊術師でも見た目が怖いと思うのか」
「子供の頃は気付かなかったけど、三回目振られた時ぐらいに気付いたよ。もう最近は普通の女の子と付き合うのはあきらめた」
「慣れとは恐ろしいな」
 いつの間にか人生相談になっている。カロンも他人の相談を受けるのが好きな男だ。
「可愛らしい娘さんだね」
「いや、妹だよ」
 すっかりうち解けている。
 子供の死霊は退屈らしくヒュームにアヴェンダが持っていた玩具で遊んでもらっている。子供の姿をしているので、子供用の玩具でも楽しいようだ。しばらくするとそれを投げ出してばたばたと手足を振り回した。
「きーたー」
「何が来た?」
「おばちゃん」
 イギがドアを指さした時、廊下から開いてエランダが入ってくる。黒いドレスを着ていつもの仮面を被ったキーディアは、恥ずかしそうに母に隠れていた。
 いざ婚約者を見て、コルカの顔が引きつった。
 色々と衝撃があるだろう。子供に似合わないあの仮面とか。小ささとか。
「……新しい仮面を新調したのでは?」
「それが、この仮面の下にはつけてくれたのですが、これを外すのを恥ずかしがって。キーディアちゃんは恥ずかしがり屋さんだから」
 元から彼女は誰かの背中に隠れる恥ずかしがり屋だ。いつもは見えない誰かだが、今日は母親なので微笑ましい。
「そういえば、なぜ新しい仮面など? 今まで姉妹これを放置していたのでしょう」
 ヴェノムは黒いが可愛いドレスを身につけたキーディアを手招きしながら言う。
「キーディアちゃんの姉のサディちゃんは、小さなころはけっこう男の子にもてていんです。どうして今はもてないのかしらって思っていたら、最近、お友達に仮面のせいだって言われて……、キーディアちゃんはサディちゃんと違って、傷を隠すためだから、せめてデザインを今風にしようって私が作りましたの。娘のためですもの。丁寧に丁寧に作りましたのよ」
 死霊術師ですら引いている。
 姉もこうなのか、今まで気付かなかったのかと思っているのだろう。
 おそらくここにいる全員が。
 ヴェノムなど額を押さえて何かをこらえていた。
「先生っ」
 キーディアがヴェノムの元へと走ってくると、ようやく知らぬ男に気付いて目を合わせた。それからイギにも気付いて釘付けになる。
「こんにちは」
「こんちは」
 挨拶をして見つめ合う。
「変なお面」
「変……ですか……」
「なんでそんなのしてるの?」
「お姉さまにもらいました。傷があるから」
「下におばさんの手作りのつけてるんだよね。みせてみせて」
「はい」
 死霊に言われるとあっさり仮面を外す。
 予想通りというか、母親似だった。母親が美人なので、もちろん綺麗な顔立ちだ。一つ屋根の下で暮らしていたのに、初めて顔立ちが分かるほど顔を見た。泣きぼくろがあって、子供のくせに色気のある顔立ちをしている。
 問題の手作り仮面は『仮面』というよりも面積の広い眼帯で、傷を完全に覆っている。これで覆えるなら、なぜあれほど面積の広い仮面をつけていたのだと、塔にいる姉を問い詰めたい。せっかくだからメディアに密告しておこう。
「けが?」
「はい」
「いたい?」
「痛くありません」
「コルカのおよめさんになるの?」
「?」
 キーディアは振り返って母を見る。
「そうよ、キーディアちゃん。イギちゃんもセットでついてくるのよ」
 考えたくはないが、そっちが本命な気がする。夫がおまけ。
 コルカは何とも言えない微妙な表情だ。気持ちは理解できる。
「えと……はじめまして、キーディアです」
「はじめまして、イギです。あっちはコルカです。すえながくよろしくおねがいします」
 お互いに自己紹介をする。見た目だけなら、こちらの方がよほどお似合いなのだが、さすがにこれ相手では年が離れすぎているだけの男の方がいい。
「ええと……あそぼ?」
「はい」
 上目づかいでねだってくる死霊に、キーディアははにかんだ笑みを浮かべて頷く。あの仮面の下はいつもこんな可愛い笑顔だったのだ。こんなに可愛いのに今まで隠しすどころか怪しくし、他人に言われるまで気づけない親というのも恐ろしい。再教育が必要である。
「コルカ、キーディアが遊んでくれるって! 遊んでいい?」
「遊ぶのはいいけど、触れちゃだめだよ。この部屋で遊ぶんだよ。目の届かないところに行ったらもう遊ばないからな」
 イギは頷くと同時にキーディアと手をつないで部屋の隅に行く。制御できていないのか、子供だから分かっていないのか。
 悪魔相手とはいえ、キーディアなら大丈夫だろう。この城自体に対策がしてあるようだし、目の届く範囲にいれば弱ったらすぐに分かる。
「微笑ましいわぁ」
「微笑ましいには微笑ましいですが……エランダ、母親としてもう少し常識を身につけなさい」
 エランダはきょとんとしてヴェノムを見つめる。キーディアは性格的にも母親似なのだろう。このままほっとくとこうなるのかも知れない。帰ったら心を鬼にしてもっとあらゆる常識をヴェノムが叩き込むだろう。
「コルカ君、うちの娘は可愛いでしょう? イギ君とも仲良くなったわ」
「いや、確かに可愛いですし、将来は美人になりそうですが、十年後、二十歳の時に僕は三十五歳ですよ?」
「大丈夫よ。うちもそれぐらい離れてるのよ」
「え?」
 キーディアの母親は思った以上に若いのかも知れない。兄がハウルよりも年上とのことなので、三十代前半だろうか。
「うちは夫が年下だけれど、離れていると価値観が違ってかえって可愛いものよ」
「お母さん、おいくつなんでっ……いや、何でもないですっ」
 逆に考えると、少なく見積もっても四十代後半。とてもそんな年齢には見えない。年を取らないのなら、もっと若々しい姿をしているだろうし、素のままだ。
「お母様、そういえばお父様とお兄さまは?」
「二人と一緒にお仕事よ。明日には帰ってくるわ。こんなにはやくキーディアちゃんが来てくれるとは思っていなかったの。だからお兄さまと遊ぶのは明日まで待ってね。
 そうだわ。こんなにいいお天気だから、そんな隅の方で遊ぶのはもったいないから、三人でお散歩でもしていらっしゃい」
 三人とは、婚約予定の二人と連れ子同然の死霊のことだろうか。
「いや、しかし……イギをつれて外を散歩は……」
「街の方に行かなければ大丈夫よ。領民は理解しているから、城から南には入ってこないのよ」
 大きな街だが、あらゆるところに魔除けがあったのはそのためのようだ。
 散歩していてゾンビとこんにちはなど絶対に避けたい。だから魔除け携帯は必須。それでも住み続けるのだから、治安はいいのだろう。
「え……あ……う、じゃあ、皆さんもご一緒に」
 コルカが愛想笑いで皆を誘う。初対面の女の子を預けられても戸惑うのは当然。
 下手をすれば親子ほどの年の差だ。扱いにも困るだろう。
「では私も参りましょう」
 ヴェノムが進み出る。色々と不安だ。
「ヴェノムが行くのか。じゃあ俺も」
「あ、私もまいります」
「いや、あんたらぞろぞろとついてく気かい」
 増えていく同行者にアヴェンダが腕を組んで立ち上がる。
「カロンが行けばいいでしょう。
 若い男と先生が行って何の会話が弾むの。ハウルもイライラし始めるから……ああ、いっそヨハン以外の男達だけで行きなさい。こっちはこっちでやるからさ」
「え……」
「じゃあ、ハウルもしっかり子守するんだよ。ルート、みんなをよろしくね」
 なぜハウルまで行かなくてはならないのだろうか。ルートはキーディアに抱き上げられ、イギの玩具にされ始めた。竜だから普通の人間が倒れるような場所にいても平然としているので問題ない。それは自分にも言えて、イギと遊べる存在なのだと気付く。
 だから行かされるのだ。
 二人が対策を練る間、子守をするために。


 散歩コースは墓場だった。
 カロンは生まれて初めての墓場散歩に黙していた。
「あのおばさん、本気でこんな色気のないところを娘と婿予定の男を歩かせて上手く行くとか思ってるのか……」
 ハウルの呟きに、手をつないでいたイギが上向く。
「たぶん本気!」
「そ……そうか。本気か」
「死霊術師の大人は変なの多いの。でもコルカは少ししか変じゃないよ。変な人と一緒にいると怖いからコルカがいいの」
「死霊にまで怖いとか……。キーディアはいいのか?」
「まだ子供だからいいの。変な大人は嫌い」
「キーディア、変な大人にはなるなよ」
 そんな話しを繰り広げる子供達を後ろから眺めながら、カロンとコルカは何度目かのため息をつく。
「正直な話、親の方を説得するのは僕には不可能な気がしてきたよ」
「私もそう思うよ。君か彼女がきっぱりと嫌だと言い張っても本気だとは気付かないだろうな。
 しかしそれは今のところ、君の方からは避けてもらいたい選択だが」
「もちろん期間は置くつもりだよ。他から見たらこれだけの好条件で、僕の方がいやだいやだって言ってへんな噂が立ったら可哀相だからね。噂だけでもけっこう強烈で及び腰になるのに……」
 アーラインというだけで気が引けるのだ。婿にするなら死霊術師でなくとも魔道に係わる者だろう。この業界、噂の伝達は早い。婿を求めているようなら、可能性がある家にはすぐに広まる。
 断られるには何か理由がある、と考えられて、まともな類が引いてしまったら可哀相だ。とくに仮面姉妹はそれだけで手を引く材料になるだろう。あの目立つ仮面では、噂にならない方がおかしい。
 自分で見つけるのが一番ではあるが、母や姉を見る限り、キーディアにそれが出来るのか心配である。
「良くも悪くもいい子なのだよ。目がよく見えるからふらふらと何かについて行ったり、死体を見るとお友達にする意外は、仮面がない今普通の子だよ」
「噂通りでびっくりしたんだけど、あの仮面は一体何を考えて……」
「ダリの親類に痛ましい傷をつけられたらしくてね。それを隠すために彼女の姉が持ってきたのを気に入ったらしい。おそらく大好きな姉からのプレゼントだろうから、大好きな母からのプレゼントをつけているので納得しているのではないかと。
 もう少し大きくなったらヴェノム殿が治療をするらしいが、やはり完治は不可能だからね」
 彼女があれをつけ続けていたのは、おそらく今まで強く外せと言われたことがなかったとみている。長年つけていれば外すと不安になるものだ。
 現在はハウルが背負っているダリを見つめる。彼は出てこない。任せられているからか、出てきたくないのか。
「だっこ? ったく」
 と言いながら、肩車をはじめるハウル。キーディアがうらやましがるので、こちらも抱き上げる。
 ここが墓場でなければ安心して見つめていたのだが、ラフィニアを連れてこなかったことに安堵するだけだ。
「あ、ハウルさん、あっちです」
「あっち?」
「あっちに裏の門番のヘルちゃんがいます」
 どうせ巨大な犬の死骸だろう。
 生きていなくとも動くので、魔動ペットなど作っているカロンがどうのと言える立場ではない。
 言われるがままに人間の墓場を抜けると、城の敷地外へと続く道の先、巨大なボーンドラゴンが人間ほどのサイズはあるボールで遊んでいた。
 迫力はあるのに──遊び方は何とも可愛らしい。
 キーディアは、これがあるからルートを可愛がっていたのかも知れない。
「すげっ」
 隣でコルカが呟く。地面に降りた子供達は、走って竜の元へと行く。
 無邪気に頭の上に乗って遊んでいる。
「微笑ま……しい?」
「僕には恐ろしい光景に見えるけど……」
「うちの妹も参加しかねないから、子供の無邪気さは最強の武器だな」
「慣れもあるんだろうけど」
 足下にいるルートを見つめ、コルカは笑みを向けた。
「小さいと、可愛いな」
「本当はもっと大きいよ」
「そっか」
「でもあれ、肉食系のだから俺とは全然違うよ。人間とゴリラぐらい違う。たぶん」
 そっかぁとルートの前に座り込み撫でるコルカ。
 子供や小動物を嫌うタイプではないらしい。
「なんか遊んでるし、本格的に三人で話し合ったらどうだ? こっちは俺が見てるから」
 ハウルが剣を投げて寄越し、途中ダリが現れて自分自身を受け止める。
 保護者、関係者、赤の他人の三人は顔をつきあわせる。
 最近、ハウルは長期戦を覚悟したようで、昔の可愛いおばあちゃんっ子だ。色目を使う男がいない限りは今までと変わらずの態度である。いや、色目を使う男がいたら、昔から見えないところで暴行していたから、表面的には変わらないか。
「では、子供が遊びに夢中な今、現実的な話をしよう」
 カロンは木の幹にもたれかかり、コルカはどう見ても墓石のようなものに腰掛ける。死霊術師が墓を大切にするかというと、そうでもない。むしろ結果的に墓を荒らす方である。
「とりあえず、明日家族が揃ったら決定はキーディアが結婚できる歳になってから、それでもまだ結婚させたかったらそこからまずはお付き合いというのが妥当だと思うのだが、それが通じる相手なのかどうか、付き合いの浅い私には判断がつかない」
 見つめるが、二人とも黙る。ダリまで黙るということは、経験がないことだから分からないという意味か。
「ダリは一番反対していたな。ひょっとして、保留にするのも嫌なのかい?」
「当然だ」
「そそれほどコルカの評判は悪いのか」
 ここまで反対するなら、相応の理由があるのだろう。人の良さそうな男だが、これが本性とは限らない。財産目当てに結婚する男ではないというだけで十分だが、確かに五年後は分からない。母親と本人を見る限り、五年もすれば魅力的な女性に成長しているだろう。なにぶん、男は若い女が好きだ。
「僕の評判は悪いかも知れないなぁ。主にイギを遊ばせてるだけだけど、土地に眠っていた悪質な霊が蘇って一家皆殺しってこともあるし。呪殺よりはよほど証拠が残らないし、一級神の神官連れてきても、なかなか払えるような奴じゃないし」
 つまり、悪霊を解き放ち自滅するのを待っているだけと。
「昔は普通に技術を駆使してたけど、あいつに取り憑かれてからはチャンスがあれば思いきり遊ばせないとこっちが危ないからなぁ。
 いい仕事はみんなアーラインがもっていくから、回って受けるのは復讐系の依頼がほとんどで、子供には手を出すなって言ってあるけど、いい噂なんて立つ方がおかしいというか」
 特定の霊は現世に留まっていなければ呼び出せない。人は最短三日で死神の元に行く。つまり確実に呼び出せるのは死後三日だけ。その他の使い道となると、そういう方向に特化してもおかしくはない。そうなってしまうと、同じような依頼ばかりが入ってくる。カロンに来る依頼も似たり寄ったりだ。イレーネと一緒に作るファンシーな発明品はいい気分転換になる。
「こんなことしてる限りは、同業者としか結婚出来なそうで、縁談自体は有り難いんだよねぇ。今更、他で食べていけるほど器用でもないし、イギもいるし」
 イギがいるからこそ後戻りできないのだろう。世の中の優秀だと言われる男が、カロンほどの優秀さを持っていないのは当然のことなのだ。カロンは魔力、知識、容姿、家柄を持っていて、食べていこうと思えばどれか一つでも十分だ。
「だから、どうせ婚約するんなら姉の方がまだ年も近いし」
 断られてしまったものは仕方がない。
 しかしダリはそれを聞いた瞬間顔色を変えた。
「いや、そんな早まるような事を言うのはよせ! 姉の方は母親系の変人だぞ! そんなことを気安く言って、もしもエランダの気が変わったらどうするんだっ!?
 キーディアと違って理由もなく仮面をし続け、誰が言っても外さない。他人に対しての口癖は死んだらお友達になりましょう。最近は生きた人間の知り合いも増えたらしいが、この前見た限りあまり改善されていない。こう言うのも何だが、死霊術師からも変人扱いされている、棺桶に足を一歩踏み入れた女だ」
 気にくわないという姿勢をとっていたダリが必死で止める。キーディアの成長した姿だと思っていれば、そうでもないらしい。
 思えばあのメディアと組んで彼女を困らせているのだ。恐ろしい。深く関わってこなくてよかった。
「そうだ、カロンさん。フリーで幽霊が突然現れても平気な気だてのいい女の人知り合いにいない? 僕、標準体型の優しいタイプなら容姿にはこだわらないんだけど……」
「いい男のためなら、幽霊の十匹や百匹駆除しそうな女性なら知っているが…………」
「…………そういう人はちょっと」
「残念ながら、フリーで気だてがいい、見える物にこだわりのない女性は難しいな。気の強い子でも、普通は幽霊となると怖がるものだ」
 コルカは肩を落とす。
「カロンさん女性の友達多そうだったから期待したけど、やっぱり幽霊付きは難しいか……」
「極端なことを言えば、大丈夫かどうかは囲ませてみないと分からないからね。虫が平気な子だって、囲まれると話は別だって言うし」
 容姿が悪くて初めから相手にされていないのならともかく、寄っては来るのに留まらないというのも半端に望みがあるから哀れだ。知らずに付き合っていたら、見え始めて気がおかしくなってくる女性の気持ちも理解できる。
 こうやってアーラインも死霊術師として特化していったのだろうか。何もかも捨てて自分でおわらせるか、技術にすがって続けるか、そのどちらかだ。
 ダリは嘆息つき剣を抱えて地面に座り込む。
「ダリがとくに意見を持っていないなら、私の言った方法で話を進める。コルカがもしダリが心配するような人間でも、断る権利はキーディアにあるからね。その辺の教育はこちらでするよ。知人のロマンチストな奥様巡りとかはなかなか勉強になるだろう」
 退屈な日々にロマンスを求めるご令嬢達が育成される過程を少しばかり体験させてやれば、親のいいなりというのも改善される可能性もある。運命の王子様を待つのと言い続けて婚期を逃すのも問題外だが、あの一家を見る限り少しぐらいロマンチストになるべきだ。
「幽霊が大丈夫な人間ってどれぐらいいるんだろう。僕の友人は昼間にしか絶対に会わないし、大丈夫な方でもこうだから、相手から恋愛を求めるようになっても辛いんだよね」
「なるほど。一理ある」
 恋人に去られ続けてきた男が言うと説得力がある。良物件に見えるため惚れられて、幽霊が苦手で嫌われましたでは報われない。
 カロンも散々女性には罵られてきた。騙したつもりなどないのに嘘つきと。
 恋する人間は勘違いな被害妄想に走る場合と、勘違いな卑屈妄想に走る場合がある。アーリアは前者。キーディアは控えめなので後者になりそうだ。そういう傾向がある人間に、そういう要素があると自分から積極的になることはなく、相手からのアプローチも嫌われたくない一身で逃げてしまう。徹底的にフォローする人間がいないと上手くいくことはないだろう。
「…………ああ、未来が見えるようだ」
「だから将来が不安だと言っている。あの子は暴力夫がいても堪えて忍ぶぞ」
 ダリが別れろと言っても母親がダメだと言ったら継続しそうだ。顔を隠すような怪我を、怪我自体は気にしていない様子の彼女だ。考えるだけで胃が痛くなる。
「だったななおさら、お互いがフリーな内は様子見を貫いた方がいいだろう」
「そうなるか……。それでもなんかあの子に悪いような気がして」
 キーディアは賢い子だ。自分の年齢も理解しているし、説明すれば納得する。
 話し合いと言っても、これ以上することはあるのだろうか。両親の情報がない以上、肉体派のダリだけではどうしようもない。彼もひたすら堪えて爆発するタイプなのだから、力押しをしそうでいまいちあてにならない。
「幸い、こちらにはヴェノム殿と、ブリューナス殿がいる。さすがにあの妖怪の説得と愛しい人質があれば無理はしまい」
 初めから出ていた結論だが、話しが固まり頷き会う。
 子供達を見ると、いつの間にかハウルもキーディアを抱えて動く骨のジャングルジムで遊んでいた。
 大人から見てもちょっぴり楽しそうだった。

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