恐怖と絶望と絶叫と

 

3

 メディアは唇を舐めた。
「目標発見」
 木の陰に隠れ、四人組を見てメディアは呟いた。十歩も進めば手が届く位置におり、地図とコンパスを見比べていた。
「あれ……イリーアちゃんたちじゃないですか」
 ハランがそれを見て緩んだ笑みを浮かべた。
「誰です? それは」
 リディアが問う。理力の塔に不慣れな彼女は、エムラドの生徒をほとんど知らないのだ。
「前に私たちと同じ班だった子ですよ。いつもメディアちゃんに食って掛かっていました」
「勝手にライバル視していたというやつですね。それは怪しい」
 一行はこちらに気付いていない。
(間抜けばかりねぇ)
 メディアは喉の奥でくつくつと笑った。
「ハラン。全員一度に捕らえなさい」
 メディアは声を潜めハランに命ずる。
「私がですか? 班長はあまり狩りには手を出していけないことになっているんですけど。殺し合いにならないように見張るのが勤めであって、積極的に奪い合いには参加するのはルール違反……」
「お黙り。これは正義よ。正義をまっとうするためなら、何をしてもいいのよ。私がやってもいいけど、相手を傷つけずには無理よ。それでもいいならやるわよ。かなり普通になるけれどいいのね?」
 強引で身勝手な理論に、ハランは仕方なく頷いた。
「……はい。それもそうですね。違えば開放してあげて仕切りなおしをしますから、そのつもりでいてください」
 ハランは手近な木に額を押し付け、森へと話しかけた。
「彼らを捉えてください。彼らを傷つけないように捕らえてください」
 ハランは根気よく囁いた。彼は命令ではなく、お願いをするのだ。その分、相性が悪いと時間がかかる。しかし、根気強く頼めば──森が、動いた。
 張り巡らされた無数の木の根により、地面が脈動する。地震のような揺れではない。ちょうど、誰かが飛び跳ねるベッドの上に立っているようだった。根はイリーア達を囲むようにして地上に姿を現し、瞬く間に四人の足を絡め捕らえた。
「きゃあ!? 何!? 何なの!?」
 突然足を捕らえられたことにより、バランスを崩し各々膝をついたり尻を地に付ける。当然反射的に手が出て、腕も捕らえられた。
「もういいですよ。ありがとう。今度お礼においしい肥料を持ってきますね」
 危ない植物マニアは木々に礼を言う。この能力があるからこそ、ただの変態ではないのだ。
「いつ見ても惚れ惚れするわねぇ、その能力」
「ほ、本当ですか?」
「羨ましいわ。私、植物にも動物にも好かれないのよね。最近になってようやく枯らさないようになったけど」
「本当ですか? じゃあ、今度可愛い子の球根あげましょうか? お水を忘れなければ絶対に育ちますから」
「やっぱり信じてないんじゃない。失礼ね」
 メディアは年相応の幼い仕草で唇を尖らせた。
「そんなことありませんよ。ただ、生命力の強い子の方が、元気なメディアちゃんに似合うと思いますから」
 ハランの言葉にメディアは納得してやることにした。ハランの笑顔にやる気を削がれたとも言う。
「ハラン!? ハランなの!? まさか、まさかメディアが!? ちょっと、あんたたちさっさとこれ断ち切りなさいよ。逃げるわよ!」
 両手をふさがれて簡単に使える術の大半を使えないイリーアが騒がしい声が響かせる。逃げようとしているということは、どうやら外れのようだ。装備もしっかりしていない敵と、万全の自分。そんな状況でならば、彼女は勇んで襲い掛かってくるだろう。
「いけないっ。森を傷つけたりしたら森が怒って足や腕の一本潰してしまいますよ」
 ハランは四人へと駆けつけた。
「ぎゃああ、悪魔たちが来た!?」
「女神のご一行と言いなさい」
 メディアは四つんばいで叫ぶ知らない男の背を踏みつけにする。いつもハランにするように、ぐりぐりとヒールをねじる。
「いてぇ、やめろって!」
「一応聞くけどあんた達、賞品って知ってる?」
「…………知るかよ」
「リディア。この人、絶望が欲しいって」
「まあ。素敵な殿方。では一緒に、苦しみを分かち合いましょう」
 包帯を両手とも解いたリディアが、白魚のような手を男に伸ばす。リディアは今、小悪魔のような顔をしていた。
「ひっ、ちょ、待て」
「あら、情報提供してくださいますの?」
「……それは」
「えい」
 リディアは両手を男の両頬に当てる。
 びくんっ
 男の身体が小さく跳ね上がり──
「ぎゃああああぁぁぁぁぁああっ!?」
 断末魔の叫びを上げた。それを見て、サディは手を合わせる。
「っ……………くそっ」
 男は崩れ落ち、木の根に額をこすりつけた。
「ってあれ? ……なんともない?」
 男は不思議そうに自身を見る。
「切り刻まれたような気がしたのに」
「気だけです。ただの苦痛ですもの」
 リディアはうっとりと男を見つめた。最高に綺麗で、最高に残忍な顔をしている。魔女の鏡と言えよう。
「でも、人間あまりのショックを受けると、死人同然になることも、死んでしまうこともあるのですよ。悲しい事故ですね」
 男が恐怖のため青ざめた。
「そんな……じゃあ、成仏できなかったら、絶対に死神様のところに連れて行ってあげるね。天国か地獄かは分からないけど」
 サディはそんなと言いいいながらも嬉しそうに言う。
(人が死ぬのを望んでるのかしらね、この子)
 メディアは多少呆れながらも、この二人のコンビは人を脅すのに十分すぎるほどの威力を持つ事を実感した。
「は、話すからっ」
「まあ。もう? なんて情けないんでしょうか。もう少し拷問に耐えてこそ男ではなくって? ねぇ、ハランさん」
「私のときはそんなに痛くありませんでしたよ。身を引き裂かれるような痛みでは、さすがに喜んでいられませんからね」
「はい。ハランさんは特別、です。ふふっ」
 リディアは包帯を巻きなおしながら言う。その手つきは鮮やかで、医療に関わる者よりもよほど卓越していた。
「さて、話してもらおうか。なぜ三組三班が狙われている?」
 ベタなプロ意識を丸出しにしたグローグが尋問を始めた。
「……うう」
「誰か力がある奴か。しかし、ここで隠し立てすれば、そこの絶望大好き女がまた包帯を解くぞ」
「い、一組の連中だ。一組一班。俺にはそれ以上のことは……」
 男は怯えて視線を逸らす。目の前の凶悪な少女たちと、首謀者。両方に怯えているのだ。
「どこのどいつらよ。班組みなおされてからまだ一週間もたってないのよ。知るはずないじゃない。リディアぁ」
「まあ。包帯を巻いたばかりなのに。今度は絶望のあまり舌を噛み切って自害したくなるほど痛くして差し上げましょうか?」
「ロッター先輩だよ! ロッター先輩の班! あそこ全員金持ちだから!」
 リディアの脅しに、彼はあっさりと屈した。未来の恐怖よりも、今の苦痛が怖い。人として当然だ。
「ロッター……」
 皆はロッターを思い浮かべた。
 体力づくりには厳しい理力の塔では珍しい肥満気味の巨体。大食らい。頭は悪くない。魔力もある。だが、インテリっぶった嫌味な奴。父親が軍人。あまり体力がないから普通の軍人には向かないので魔道師を目指し、魔法師団に入る事を目指して……体力テストで落ちた。宮廷魔道師は軍部ではないので、魔法師団に固執して現在実績を求めている。
 だいたい彼の歴史はこれだけで十分伝わるだろう。
 さらに付け加えるなら、ハランと同級生で、元同じ班。その頃はまだ目覚めておらず、実力もありそこそこ顔もいいので普通にもてるハランに嫉妬して、憎しみを抱いていた。最近では塔内での地位は地に落ちたものの、他所からは引き抜きの声も多数あり、ロッターの落ちた魔法師団からも声がかかっていた。それがさらにロッターの憎しみの炎に油を注いだことになる。
「私じゃなくて、あんたじゃない! まったく、みんな私のせいにしてひどいわね!」
 メディアは頬を膨らませながらハランを睨んだ。
「すみません、メディアちゃん。まさか私が原因だとは……。常日頃から人をなじり殴り倒しているメディアちゃんしかいないと思い込んでいました」
 ハランはしゅんとして俯いた。それを見てメディアは小さくため息をつく。
「まあ、逆恨みなんだから仕方がないわ」
「そうです。ハランさんは悪くありません」
 リディアは長い袖越しにハランの手を取った。
「ロッターという方はとんでもないゲス野郎ですもの」
 彼女の言いよう。そしてその目は異常だった。
「……リディア、何かされたの?」
 彼女は頷く。
「ロッターとは、あのちょっとふくよかで金にものを言わせるタイプの方でしょう?
 ここに来た当初いきなり口説かれてお断りしたら、力に物言わせて襲い掛かっていらしたので、とびきりの苦痛と絶望をプレゼントしましたの。不細工のくせにこの私に触れようなんて……最低でした」
「……ここにもいたわよ。恨み買ってる人」
 メディアは信じられないと二人を交互に睨む。
「そういえば……」
 今度はサディが何かを思い出して語り始めた。
「前に珍しく太った人と夜すれ違ったとき、みんなが面白がって脅かしてた……。その時私は知らずに、いきなり後ろから殴られたことがある」
「サディを殴っただと!? こんなに純真で子犬のようなサディを殴るなんて、なんて奴だ!」
 保護者同然のグローグは、個人的にロッターを抹消する事を心に誓う。
「でね、怒ったみんながその人をひどい目に合わせたみたいなの……。私は気を失ったからよく分からないけど」
 サディは誰かを抱きしめるそぶりをする。
「結局、私以外全員なわけ!?」
 メディアが吼える。
「メディアちゃんは心当たりないんですか?」
「ないわ。あのデブには近付いたことないもの。カオスやアルスにも、近付いちゃダメだって言われてるし」
「あのお二人は、メディアちゃんのこととなると平然と人を差別しますよね」
 ハランはその様子を思い浮かべて苦笑する。
 どんなに公正な人間も、時には一人のために公正さを忘れるものだ。
 メディアは木刀を持って一振りする。空を切る音がぶんと鳴った。
「さて、犯人も分かったことだし、その逆恨みのゲス野郎とやらを退治しに行きましょう」
 理力の塔に、権力など、金など関係ないのだという最も基本的な事を忘れた奴らに、鉄槌を。


 日が暮れかけ、空が赤に支配された黄昏の頃。
「まだ捕まらないのか。まったく無能な奴らのなんと多いこと」
 男の口から低く漏れる。
「これほどの好条件で、何をしているのか」
「まあまあ。相手はあの変態と恐怖の魔女。二人が揃えば例え武装していても、凡人が捕らえるのは難しいのでしょう」
 小柄な男が言う。どこにでもいる、強い者を持ち上げその恩恵に当たろうとする者だ。
「そう思うなら、自分で動けばいいだろう。こうして子ウサギが向こうからやってくるのを待つのにもあきた」
 どこにでもいる、団体行動を疎ましく思う者。
「ロッター先輩には深いお考えがあるんだ。新人が黙れ」
 どこにでもいる──手下二号だ。
「いや。確かに彼の言う通り、そろそろ動くときだろう。夜になる前にその居場所を突き止めておけばたやすい。プレートを持っているのは、あの恐怖の魔女だろうからな。彼女を下手に傷つければ、塔長様の怒りを買うだろうからな。寝ているときにでも奪うのがいいだろう」
 ロッターは渋い声で言った。声だけならば好印象をもてる、とてもよい声だった。
「しかし、塔長様もあきれたものだな。あんな凹凸も見当たらないチビがいいとは。重度のロリコンというのもな……くっくっ」
 ロッターは笑いあぶった肉を口にする。
「ははは。最もです」
「もしも塔長のお気に入りでなければ、あの娘を誑かして一泡吹かせてやったのだがな。あの娘は、口と手さえ封じてしまえば怖くもない。きっと可愛らしく泣いただろうな」
 メディアの泣き顔を思い浮かべ、ロッターはまた笑う。
「ああ、それは是非一度見てみたいものですね。顔だけを見れば十分いけますからね」
「確かに。あの生意気な娘が泣いて許しを請う姿。もし写真にでも収めれば、高く売れそうですね」
 その頃になって、彼女は立ち上がった。
「ふっ……んーふふふんぐ!」
 言葉で辱められたメディアは、怒髪天をついていた。怒鳴りかけた彼女の口を、ハランは冷静に背後から封じる。こんなこともあろうかと、術で音を散らすようにしてある。大きすぎる音を分散して鼓膜が破れないようにする術なのだが、小さな音なら森の囁きに紛れ込ませることができる。幸い、気づかれた様子はなかった。
 メディアは男嫌いだ。唯一カオスとミンスだけには懐いているが、それ以外の男にはこの上なく冷たい態度を取る少女だ。そして、下品な発言を聞くとそれだけで殴りかかる。その話題の対象が自分とあれば……。
「落ち着いてください。皆さんで囲むって決めたでしょう? 逃げられても知れませんよ」
「……ん」
「それに、言ってることはまだ可愛らしい内容じゃないですか。世の中にはもっと下品な連中もいるんですよ。インテリぶってる方でよかったですね」
 メディアは落ち着き、殺気を押さえ肩で息をつく。あらかじめ術をかけておいたのは正解だったようだ。本来なら、この鼻息で気付かれている。
「あの絶望の魔女はどういたしますか?」
「封印が解かれても直接肌に触れなければ問題ない危険はない。裸に剥いてさらし者にしてやる」
 ハランは包帯を解いているだろうリディアを思い浮かべた。メディアは下品な発言にほらみろとハランを睨む。
「しかし、恐怖の魔女とか絶望の魔女とか、とんでもない言われようですね」
「何でそうなるかしらね。私は紫衣(しい)の魔女を自称してるのに」
「……そういえば前からそんなことを言っていましたね。しかしどうして紫衣なんですか? メディアちゃん、制服以外を着ること滅多にないのに」
 制服は黒と緑が基調のローブだ。ただし普通のローブとは違い、動きやすさも考慮されている。特殊な繊維で織られたローブの裾は長いが、作り自体は前あわせになっている。その上後ろにもスリットがあり、走るときにも邪魔になりにくくなっている。多少邪魔にはなるが、防御力という点を考えれば少しでも多く繊維で身を包んだ方がいい。普通はその下に同じ素材のスラックスを身につけるのだが、女子生徒の中にはわざと足を露出させる者がいる。メディアも夏限定ではあるがその一人だった。今は秋で、まだまだ暑いので彼女は素足だ。その姿を見ると、とてもではないが森の中を歩く格好ではないく、彼女の足は引っかき傷や虫刺されがいくつもある。それを顔に出さず文句を言わないだけだ。帰ったら治療しなければならない。
「私ね、仕事用にもらったローブが紫なのよ」
「……そうなんですか? 見たことないですけど」
「汚したら嫌じゃない」
「……着なかったら広まるわけがないじゃないですか。それに、あまりもったいぶっていると、身体が大きくなったときに一度も着ずに新しいローブを貰うことになるんですよ」
 メディアは瞬きすら忘れてハランを見つめた。その眼差しに、ハランは言い知れない幸福感に満たされた。
「……そうか、そうね。大きくなったとき、か。そうよね。成長したら着れないものね。私、大きくなるものね」
 彼女は拳を作りうんと頷いた。
 大人は子供の可能性を否定してはいけない。むしろ信じてやらなければならない。決して、もう少し体重が増えた方が、手足が伸びた方が、いろいろとよさげだからというわけではない。
 彼は彼女が嬉しそうにするのが好きなのだ。
「よし、じゃあ……」
 メディアが何か言おうとしたときだ。
「絶叫の魔女はどうします? あの女気味が悪くって近付きたくもないんですよね」
 手下二号の声が響く。
「絶叫って、サディよね? たぶ──」
 その瞬間だった。
『おのれ……』
 奇妙な声が響いた。
『我らが主を愚弄(ぐろう)するとは、許しがたし……』
 低く、響いた。まるで森全体が恨みを語っているようだった
「……ひっ」
 手下二号が尻餅をついて後ずさった。
「……あーあ」
「まさか一番初めにキレたのが、あの子のお友達だとはねぇ」
『償え』
 闇に支配されようという中、空は赤くとも木々の下は暗い。薄闇の中、淡く光るものが現れた。
『償え』
 一つ。二つ。三つ。
 どんどん増えていく──人魂。
「ぎゃああああっ」
 絶叫の魔女のあだ名に相応しく、手下一号二号が震え上がり絶叫する。
「……あらあらまあまあ、いいんじゃない?」
 メディアはそれを見て小気味よく笑う。
「ああ、みんなダメよ」
「こ、こらサディ」
 と、出ていかなくてもいいのにサディが人魂達の元に出て行きグローグがそれを追う。
「馬鹿な子」
 メディアは苦笑し、立ち上がる。
「サディちゃんも無茶ですねぇ」
「まあ、いいんじゃない? ああいう子、好きよ」
「そうですね。なんかほっとけないというか、守ってあげたくなるというか」
「趣味変える気になった?」
「まさか」
 メディア達は一歩踏み出したときだ。突然、何かに足をつかまれた。
「何?」
 と下を向き……
「きゃあああ!?」
 メディアは叫び、ハランにしがみ付いた。
「おや。人骨」
 ハランは突然場面の下から現れた、しがみ付いてくる無数の骨──スケルトンを見て呑気に呟いた。
 そうこうしているうちに、ロッター達の周囲にもスケルトンが地面から這い出た。
 この森は、かつて大きな部族争いがあったという。
「サディ! あんた、私たちにまで変なのけしかけないでよ!」
「わ、私じゃないよ。私は死霊専門で、ゾンビとかスケルトンとかはあまり使わないの。怖いから」
「その辺の基本とか何が違うのかとかは分からないけど……あんたじゃなきゃ、誰がこんなこ……とっ」
 メディアはローブを引っ張るスケルトンの脳天に木刀を振り下ろす。古いのでかなりもろくなっており、力を込めれば叩き割れた。ハランもつかんでくる骨を踏みつける。しかしきりがなく、メディアを抱えて手近な木の枝に飛び移り、メディアをまず枝に引っ掛け、自分も軽々と登る。鉄棒の逆上がりには成功したものの、そこから置きあがれない子供のような体勢で押し上げられたメディアは、ハランの手で枝に立たされた。
「ありがと」
「さすがに木は登れないみたいですね」
 跳べば届くところにある枝にも、彼らは届かない。その発想がないのか能力がないのかは、ネクロマンサーでもない二人には分からなかった。
「みんな、やめ……はっ」
 一人死霊に守られ地上でも無事なサディは、何かに気付き振り返る。
 少年がいた。ロッターに意見していた、いかにも協調性のなさそうな少年。
「アランお兄ちゃん!?」
「なぬ!?」
 メディアは少年を見る。人魂の光に照らされ、その顔ははっきりと見えた。目が細く、少し狐顔だった。サディもあんな顔なのだろうか?
「ちょっと、アーラインの若様が、なんでこんなところにいるのよ」
「あ、違うよ。この人はアラン=トールという名前で、従兄のお兄ちゃん」
「あ、そーなの」
 従兄もネクロマンサーとは恐ろしい一族である。
「……でも、どうしてアラン兄ちゃんがここにいるの?」
 怯えた様子を隠すことなく彼女は問うる。
「お前を追ってきた」
「……ど、どうして?」
「お前が逃げたからだ」
「……だって、お兄ちゃんがいつも虐めるから」
「お前が本気で勝負をしないからだろう!」
 段々と熱い話しになってくる。それを見て、メディアとハランはしばらくまた観察することにした。リディアとグローグも、少し離れたところで同じように木の上に上り、その様子を観察していた。
「っふ。ふぇ……」
 あっさりとサディが泣き始めた。瞬間、
『おのれまたしても我らが主を……』
 その低い男の声が、サディの小さな口から漏れた。
「何あれ」
「おそらく、憑依されたという奴では? ら、とか言ってますから、ひょっとしたら複数かもしれませんね」
 ハランがメディアの疑問に答える。
「……ってことは……」
 サディの手には、鎌があった。仮面の下にある目はうつろ。
 サディは鎌を振り上げアランへと襲い掛かる。アランを庇いスケルトンが前に出るが、一撃で砕け、サディはさらに前へ出る。
「ま、まずいんじゃない? 殺人は減点よ」
「ロッター君なら死んでもいいような気はしますが、メディアちゃんの減点は好ましくありませんね」
 しばらくは反撃を試みたアランも、とうとうその肩に鎌が掠り、血が噴き出た。
「ふっ。さすがだな、サディ! だがこちらも本気で行くぞっ!」
 アランは両手で印を結び、呪文を唱える。
「仕方ないわねぇ」
 メディアは呪式の構成を展開し、呪文を唱えた。
 その目の前で──
 どかぁぁぁぁぁあん!
 突然、地上で爆発が起きた。
「きゃ」
「うわっ」
 爆風に押され、不安定な足場にいた二人は、木の枝から落ちる。ハランはとっさにメディアを抱え、下敷きになった。
 もうもうと砂埃が立ちこめる中、メディアはハランの手を解き起き上がった。
「何!? 何なのよっ!? 何があったと言うの!?」
 メディアは取り乱してハランを見ると、彼も無事だった。幸い座っていた枝は高くもなく、下には地面よりは柔らかいスケルトン達がたむろしていた。それが多少はクッションとなり、ハランに怪我はなく、ただ背中を打ったショックで少し呼吸困難に陥っていた。
「大丈夫」
 ハランは背を丸めて横になり、しばらくすると何度か断続的に息をする。
「骨に異常はないわね。首も大丈夫みたいだし」
 ハランはしばらくすると頷き、ある程度整った息をするようになった。
 メディアは周囲を探りながら、術の準備を始めた。
「これが痛いとか言ってられない状況なのかしらね。まあいいわ。
 ちょっと、こんな馬鹿なことしたの誰?」
「はい。私です」
 ようやく多少おさまった土ぼこりの向こうで、リディアが控えめに手を上げた。
「……っんたは……何を考えてるのよっ!?」
 本気で怒鳴りつけるメディアに、リディアは穏やかに答える。
「いえ。先ほどの方たちが持っていらしたもので、試してみたくなったんです」
 リディアは悪びれる様子もない。反省もない。何もない。
「あんた馬鹿っ!? 死人が出たらどうするのよっ!?」
「大した火薬の量ではなかったので。思ったよりも派手なことになってますね。サディさん、無事ですか?」
 リディアは呑気に語りかける。その声につられるように、ロッターが這い出てきた。リディアはそれを足蹴にして昏倒させ、さらに呼びかける。
 上の方は多少見えるが、下の方は砂と煙でなかなか見づらい。
 やがて完全に視界が開けると、人がごろごろと倒れていた。血を流し一番爆心地に近かった、アランは血だらけで生死不明。気を失ったサディの上に倒れていた。そのおかげでサディは軽傷だった。元々、彼女は幽霊達が守護している。そう易々とは傷つかないだろう。
「サディは無事そうね」
 メディアはほっとして、とりあえず死んでいそうなアランの脈をみた。
「息もある。生きてるわね」
 丈夫な制服と靴のおかげで命拾いしたのだろう。魔力によって、衝撃も吸収されるのだ。普通の繊維で織られた服なら、もっとひどいことになっていた可能性もある。
 他の二人も気を失っているが、死んではいない。
「グローグ、そいつらも無事?」
「ああ」
 グローグは木から降りて残る一組一斑の容態を見ていた。それからサディの元へ駆け寄り、彼女の上からアランをおろし、その容態を見る。
「……一番ひどいので肩の傷だな。止血しておけば大丈夫だろう」
「あ、そ。そのうちアルスが来てくれるでしょうから大丈夫ね」
 さすがに爆発があったとなれば、気付かないはずもない。音と爆風だけはすさまじかった。
「ああ。そうだな。しかし……怖いな、彼女」
「……それには同意するわ。さすがに威力も分からないもの、仲間のいるところに投げ込むなんて私でもしないわよ」
 リディアは気を失ったロッターの腕をつつき、のた打ち回るのを見て遊んでいた。
「……僕はメディアさん以上に敵に回したくない女性に始めて出合ったよ」
「失礼ね。同意だけどね」
「ハランさんも彼女に乗り換えればいいのに」
「ハランでもさすがに嫌がるでしょう。心地よい苦痛を越えそうな気がするもの。今でもそこで転がってるし」
「なるほど」
 二人は救助が来るまで、リディアの残酷な遊びを観察していた。


 不正者に襲われ、仲間がとんでもないことになってしまった三組三班は、一足先にゲームの終了を許された。
 メディアは二人が治療を受けている間、自室のシャワーを浴びて泥を落とし、紫のローブに袖を通した。鏡の前で見るとなかなか似合う。二度目だが、以前のときは少しだけ大きく感じたこのローブも、ちょうどぴったりになっている気すらした。
「うん。いいじゃない」
 メディアは部屋を出て、医務室に向かった。医務室につくと、アルスとミンス。そしてカオスがいた。
「カオスっ」
 メディアはカオスに飛びついた。
「大変でしたね、メディア」
「ええ。爆弾なんて隠し持っている馬鹿がいたから」
「まったく困ったものですね。一組一班にはきつく言っておきます」
 どうやら、リディアは罪を擦り付けることに成功したらしい。持っていたのは少なくとも他の班の誰かだ。
「あら、メディア……さんっ」
 続き部屋にいたリディアが二人の様子を見て驚きに目を見開き、叫んだ。
「私もっ」
 リディアはカオスの背中に飛びついた。
「ちょっと、あんた何してるの!?」
「私もカオス様大好きですから」
「は!?」
「カオス様が助け出してくださらなかったら、私は一生幽閉の身でした。一生お仕えします」
 メディアは目を点にした。
「あ、あの。いいですか?」
 おずおずと、しかしそれでも珍しく積極的にサディが話しかけてきた。どうやら彼女も奥の部屋にいたらしい。おくにはベッドルームがあり、負傷者の一人であったサディはそこで寝ていたはずだった。
「あ、もう大丈夫なの?」
「はい。みんなが守ってくれたみたいだから。それよりも、私も混じっていいですか?」
「は?」
 メディアは自らの耳を疑った。
「おいで」
 カオスが優しく言うと、サディは小走りでやってきて、横からカオスに抱きついた。
(何? この状況は)
 メディアは理解に苦しんだ。今までこんなことはなかった。カオスがまだ幼いメディアに求愛したせいか、彼は変態、ロリコンの烙印を押され、生徒にはもてたことがなかったののだ。
「サディ、まさかカオスに何かされたの?」
「いじめられて泣いてたとき、カオス様がうちに来ないかって。人が多いから、人間にもなれることができるからって」
 サディは微笑み。カオスに擦り寄った。
「……カオス」
 メディアはカオスを睨みつけた。
「あんた、日ごろ何してるの?」
「ただのスカウトですよ。自分で出向かないと、なかなか質のいい子に出会えなくて。それがたまたま女の子だっただけです」
「…………」
「本当ですよ」
 メディアはカオスの背中に張り付くリディアへと目を向けた。
「カオス様ったら、強引だったのよ。僕のものになりなさいって」
「私も言われたよ」
 メディアはカオスから少し身を離し、その腹に膝を叩き込む。
「あんたは、もう少し考えなさい! ミンス、行くわよ!」
「へ? どこへ?」
「むしゃくしゃするから、森に残ってる奴ら全滅させてやる」
 メディアは杖を床に打ちつけた。
「あ、楽しそうですね。私も行きます」
 リディアがカオスから離れてメディアを追う。
「え……じゃ、じゃあ、私も?」
 サディも疑問系であるが、自ら申し出てメディアへと寄る。
「来なくていい!」
 メディアは怒鳴り、医務室を出た。しかし、二人は追ってきた。最後まで。
 結局、三人はその日一晩で、目に付いた班のプレートをすべて奪いつくしてしまった。これが、後に伝説となる恐怖、絶望、絶叫の三魔女の最初の伝説だった。



 

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