3話    猫娘 〜悩み多きお年頃〜

1
 薫は旅の仲間達を見た。
 一人は怪しいことこの上ない、髑髏の杖を持つ冥王の称号を与えられた魔道士風。
 一人は恐いことこの上ない、長身ロンゲの元淫魔。現在は一回死んで吸血鬼。
 最後の一人はその両方の要素を持つ、青を基調としたびらびらとした服を着る仮面の道化師。これが一番やばい。
 ──ま、まともなのがいない!?
 はたとその事実に気づいたのは旅を始めて数日後、とある森の中だった。
 なぜ突然気づいたか。
 簡単だ。そのころになってようやく心にゆとりを持てたからだ。それまでは彼女には余裕というものがなかった。なにせ、火に囲まれたと思ったら、ふと気づけば知らない世界。救いといえば友人に拾われたこと。その友人は魔王を倒して帰るのだと意気込んでいた。だから彼女もそうしようと思った。
 どこにいても同じなのに。
 行き場がないという意味で。
 それでも庄治が言うから、なんとなくそうしようと──
「どうした? 食欲がないのか?」
 無表情に問うてくるのは吸血鬼のマリウス。ものすごくハンサムで恐いけれど根は優しい。魔王が信頼するのも理解できる、とても面倒見の良い人。
「ううん。何でもない」
「悩みでもあるのか? 遠慮なく言うがいい。金銭で解決できることならば、この男がいくらでも出すぞ」
「俺?」
 肉に噛り付こうとしていたヨルが、それを中断して顔を顰めた。
 何の肉かは考えないことにしている。
「ああ。偉大なる冥王様」
 こういう時だけ、彼は肩書きで呼んでやる。
 この二人のやり取りは見ていて楽しい。
「別にいいけどな。何か欲しいものあるのか? まあ、服とかは買わなきゃならんが」
「違う」
 薫はヨルと名乗る少年を見つめた。
 日本人だ。弟の春日という名前からして、それに近い発想の名前であることが予測される。名前に夜という漢字が使われている可能性が高い。線の細いとても綺麗な男の子だ。
「なんで僕に気を使うの?」
「そりゃあ、保護者としては当然だ」
 彼は肉を弄びながら言う。
「君いくつ?」
「十五」
「同じじゃん」
「俺の方がこっちは長いし。こっち十分保護者同然だ」
 こっちと言って、マリウスを指差す。
「闇に落ちる者は何らかの恐い目にあっていたりする事も多い。ここに着てからしばらくは、恐がって人と接し様としない者もいる」
「僕は別にショックとかはないよ。気にしなくていいって」
「だったら、なぜ闇の力に目覚めていない?」
「何それ」
「陛下を見ても平伏しなかった。闇とは圧倒的に強い者に惹かれる。陛下は圧倒的だ。この男も力だけはあるがいまいちその『闇の力』に目覚めていない。だから惹かれない」
 ヨルはマリウスを睨みつける。マリウスは短い攻防の後、その視線を受け流すことに成功した。
 ヨルも本気でどうにかするつもりはなかっただろう。
「この男の場合は昔から鈍くて、自身の持っていた特殊能力にすら気づかなかったそうだが、お前は違うだろう。まあ光の中で隠れ住んでいたのが原因かもしれないが。それがストレスになっていたのかもしれない」
 言われてみると、なんとなく思い当たる。
 楽しくないわけではなかったが、彼らと町を出て以来、妙にすっきりとしたのは確かだ。
「かも」
「大丈夫だ。今、北へと向かっている。ここから先は闇の者が多い。同類の中にいれば、そのうち目覚める」
「目覚めた方がいいの?」
「その方が楽しいぞ」
「どうして?」
「弱いよりも強い方がこの世界では楽しいぞ。それに誰かにお仕えしたいと思うと、その方に近づこうと思い早く強くなれる。それに生きる目的にもなるな。
 元の世界になど帰りたいとも思ったことがないから、お前の悩みはよく理解できないが」
 どうやらいまだに故郷に焦がれていると思っているようだ。
 そういうわけではないが、彼が帰りたいとも思わない理由は気になった。
「何で帰りたくないの? 家族は?」
「その家族や周辺から逃げたかった。金の亡者どもだったからな。殺されかけたこともあった。親よりも大金を持っていたからな」
「た……大変だったんだねぇ。波乱万丈っていうの? そういうの聞くと僕の悩みなんて小さいな」 
 厳しい祖母に育てられただけだ。彼女はしっかりしていたからたくさんの財産があるにもかかわらず、誰にも付け入る隙を与えていなかった。唯一の孫である自分を立派に育て上げ、社会に送り出してくれようとしていた。家名に恥じないよう。
 ただ自分がそんなことを望んでいなかっただけ。
 だから居場所がなかった。
「いいや。人から見ればどんな小さな悩みとて、その苦しみは本人にしか理解できない。私はいつも『金にも才能にも恵まれた偉ぶった奴だ』と陰口を叩かれていた」
 金も才能もあれば妬まれるだろう。
 才能はなくとも家が資産家だと言うだけで虐めるような奴らもいた。
 近所のお兄さん……庄治はそんなこと気にもしなかったが。
「そりゃお前がそんな高慢な性格してるからだろ」
「ふふん。貴様には分かるまい。ひたすら前だけを見て興味のあることにしか気を向けない猪男には」
 茶々を入れたヨルは黙る。
 何か実例でもあったのだろう。しかもごく最近。
「マリウスさん。あなたも不幸かもしれませんが、私に比べたらどうでしょうか?」
 突然、今まで黙って空を見ていた葵が、やけに決まったポーズでマリウスを指差し、まるで喧嘩を売るようにして言う。
「葵、自分が不幸だと思っていたのか?」
 と、マリウス。
「てっきり能天気に生きてるもんだとばかり」
 と、ヨル。
「失敬な」
 彼は宙に浮いて胡座をかき、腕を組み怒ったような仕草をする。顔は見えないので本当のところどのように思っているのかは分からない。
「私など物心ついたころには竜王様の玩具でございました」
「うわっ」
「よ……よく考えてみればそれも不幸だな。あの竜王様に育てられるなんて……」
「……竜王って人、どういう人なの? 友達なんでしょ?」
 その言葉に、ヨルは視線をそらした。
 魔王と竜王と冥王は、元の世界からの幼なじみと聞いている。仲が悪いとは話していなかった。それほどの変人なのだろうか。
「母親には認識されないわ、私も結構寂しい人生を送っております」
 彼は仮面の上から涙をハンカチで拭うまねをする。
「そういえば葵ってなんでお面かぶってるの?」
「趣味ございますデス」
 しっかり人生楽しんでいるような気がする。
「ヨル様はどのような不幸があったのでしょうか?」
 突然話を振られたヨルは、肉に噛り付いたままどうしようかと悩んでいた。やがてよく噛んで飲み下し、その問いに答えた。
「いや、別に不幸合戦してるわけじゃないし」
「一人だけ秘密など、なんて……な方でしょうねぇ」
「は?」
「いえいえ。なんでもありません。所詮、人間誰しも自分の真実を語るのは避けたいものです」
 ヨルは小さくため息をつく。
「別に、俺は不幸じゃなかったからだ」
「ああ。そうですよねぇ。冥王様は異能の方。異能も闇に落ちますからねぇ」
「だから本当にごく普通ではないけど、幸せな家庭だったんだよ。まぁ、途中弟が行方不明になったし、しかも親どもあんまり心配しないし、ちょっと悩んだ記憶はあるけど」
 異常な一家である。息子が幸せというぐらいだから、ろくでもない親ではないはずだ。
「……行方不明って……春日様の記憶があったのか?」
「まあな。だいたい、誰かの作った法則なんて……いや、いいんだけどな。ようは、あんまし心配してなかった」
 彼はアヤに叱られるところだったとぶつぶつと言っている。
「心配しなかったって、なんで?」
「自分らの息子だから、まあうまくやっているだろうって。何かあってもそれは自分自身の責任であり、自分自身で解決しなければならないって。たぶん、俺も心配されてないんだろーなー。あいつら、いつまでも恋人気分だし」
「仲がいいご両親だったんだ」
「ああ。仲いいな。ぜんぜん老けないし。ありゃあきっと、人間じゃないな。俺の親だし」
「…………」
 なぜか納得できてしまうのは、この世界を見ているからだろう。
 この世界には、魔物が存在する。
「ガキのころは猿に息子を任せてたし」
「………猿、飼ってたんだ」
「ああ。あと爬虫類とか、狐とか。ほかいろいろ。母さんが動物好きで。息子より可愛がってた」
「………へぇ」
 三人は沈黙した。
 虐待があったり、たかられたりとしたりするのはよく聞くが、動物狂いはいそうだけれど、あまりいない。
「複雑な家庭環境だったんだねぇ」
「別に。いい奴等だったし。親といるよりも、よっぽど気楽でいい」
 それに慣れきった人間にとってはそうだろう。
「不幸合戦はこれぐらいにしておけよ。まったく、なんでこんな話になったんだ……」
「薫さんの悩み相談をしていて、でございます」
「ああ、そっか」
 ヨルは手をたたく。
「僕、別に悩んでないし。ただおばあちゃんは困ってるだろうけど。跡取りがいなくなったから」
 もちろんそれだけではないだろうということは、理解している。純粋に心配してくれているはずだ。
 帰りたいとは思う。
「ヨルやマリウスたち敵に回して、魔王のおにーさんを殺したいとは思わない。あの人悪い人でもないみたいだし」
「ああ。悪ぶってるけどな」
 ヨルは少し遠くを見て、微笑む。
 その表情は、とても素敵だと思った。
「ハクの場合は本気で怖いけど」
「ああ……人をいたぶるのがお好きな方だからな」
「違います。人を人とも思っていらっしゃらないだけございます。親と慕っている私含め。
 心から愛されている冥王様が恨めしい……」
 冥王という人物が、遠い人となった。
 関わり合いたくない。
「やおいの人ばっか?」
「は?」
「何でもない」
 薫には理解できない世界のお話だ。友達にはそういうのが好きな女の子は多かった。しかし、薫は興味がなかった。
 それでも、アヤはかっこよかった。女顔のヨルとはお似合いだと思うから、応援する。
 ──そういや、普通の恋愛してる奴いないな……ここの中。
 薫は恋愛などしたことはないので問題外。葵は何を考えているのかわからない。一人は同性愛。一人は女なら誰でもいい。
「マリウス君は普通に好きな人いないの?」
「強いてあげるなら、陛下やカーティス閣下だ」
「…………男じゃん」
「ヨルが陛下を見ているような卑猥な意味ではなく、一人の人間としてお慕いしている」
「卑猥なことなんて考えてないっ」
「そんな男は存在しない」
 ヨルはむくれる。
 ──男同士で卑猥……。
 よくわからないが、
「ヨル……いやらしい」
「こいつの言うことは真に受けるなっ」
「でもでもぉ」
「俺はただ、アヤの側にいるだけで幸せなんだ」
 彼は拳を握って叫ぶようにして宣言する。
「ふふん。側に寄ることぐらいしかできないの間違いだろう」
 ヨルは、沈黙する。
 ──魔王のおにーさん、ノーマルみたいだったもんなぁ。
 少し、安心した。


 今日も、マリウスの授業が始まった。昨日と同じ、力を一点集中させる練習だ。
 薫は木の葉に力を向ける。昨日はすべて燃え尽きてしまったが、今日は大きな穴ではあるが、ちゃんと円の穴ができた。燃え尽きなかっただけでも感動だが、縁が途切れもせずに穴が開き、薫は感動に酔いしれた。
「薫は上達したな」
「うん」
「それに比べてこの男は……」
 マリウスは冷たい視線を夜へと向ける。
「るせぇ」
 初めて会ったときはクールに見えたが、今ではただのお間抜けさんにしか見えない。
「力の質量が違うとはいえ、こんな力の使い方を覚えて数日の娘に負けてどうする?」
「るせぇ。俺は不器用なんだよっ」
 自分で認めてしまう。
 彼の場合、木の葉を焦がすどころか、山火事を起こしかねない火力になるのだ。すごいことだと思う。力の差というものを、ひしひしと感じる。
「はぁ」
 彼女は言われるがままに、力の使い方とやらを練習している。それしかすることがないから。食べさせてもらっているし。
 薫は頭上を見上げた。
 そこには見知らぬ鳥が、木の枝からこちらを見下ろしていた。
 薫は思う。
 ──美味しそう……。
 ふと気がつくと、薫は跳んでいた。気がつくと、もがく鳥を口にくわえて、八重歯で突き刺していた。
 我に返ったのは、自分がどこにいるかを自覚した後だった。
「うえっ!?」
 思わず声を出すと、弱った鳥が地に落ちる。それを葵が拾った。
「夕飯の足しにしましょうか」
「ええと……」
 薫は悩む。
「なんで僕、こんなところにいるのかな?」
 高い木の枝の上。そこに彼女は危なげなくしゃがみこんでいた。
「本能でしょうね」
「少し目覚めたか」
「やっぱ猫だな」
「うえええ!?」
 薫は地面を見て少し悩む。彼女の感覚からすれば、ここは十分高い場所だ。しかし、登ったのだから降りる事も出来るだろう。きっと。降りないわけにもいかないので、意を決して飛び降りた。
 思ったよりも衝撃を受けずに着地する。身体が、どうすれば着地の衝撃を和らげてくれるか知っているのだ。
 ──本当に猫っぽくなっちゃったよぉ。
 昔、友達が飼っていた猫は、十階から落ちても奇跡的に生きていた。そういう存在に近くなってしまったのだろうか?
「その調子だ」
「どこが!?」
「もちろん、目覚めれば格段と強くなれる。猫など、私に比べればマシだろう。可愛らしい」
 すばらしい説得力だった。確かに、マリウスのようになっては生きていく自信はない。
「薫さん。ほぉら、あそこに綺麗なちょうちょうが」
 葵の言葉にこちらを見ると、ひらひらと舞う蝶々がいた。
 ──あ、なんか……。
 薫はそれを追いかける。なぜだか、ものすごく、いたぶってみたくなった。
「可愛いなぁ。あんな姿アヤに見せたら、絶対にお持ち帰りされるなぁ」
「ええ。お持ち帰りしたいわぁ」
 蝶々を意味もなく捕らえた直後、知らない声が聞こえて振り返る。
 ヨルの横に、とても綺麗な女の人がいた。
 理想的なラインを描いた肢体にぴったりとした赤いワンピース。胸元も開いており、大きな胸の谷間が見える。短めのスカートのには横にスリットが入っており、余計に色っぽい。膝上よりも長い黒のブーツはガーターのようなもので吊られている。両手にしている二の腕までありそうな長い手袋。ブーツと同じような素材の手袋も同じように首のところから吊られている。
 なんだか、ものすごくエロい。
 顔のほうも妖艶といった単語が似合う。女から見てもくらくらするような美人さん。黒髪に赤い瞳がよく似合う。背中の翼がまたかっこいい。
「薫ちゃん、こんにちは」
「こ、こんにちは」
 薫は緊張していた。こんなに色っぽい女の人とお話をするのは初めてだ。
「ヨル君。君はどうしてこんなに可愛い薫ちゃんに、もっと可愛い服を買い与えないの?」
「いや、本人ズボンがいいって言うし」
「それにしても、よ。まったく。薫ちゃん、今度おねーさんが可愛い服買ってあげますからね。あと、可愛い帽子とか」
 その美人はとても優しく微笑みかける。
 どきどきした。
「アヤ。薫が怯えてるぞ」
「失礼ねぇ。そんなことないわよ」
 その美人はヨルを睨む。
「アヤ……!?」
「そうよ。この前に会った、魔王のアヤ様よ」
「ええええっ!?」
 薫はマリウスを見た。彼はアヤの前に跪いた。
「こんにちは、マリウス」
「おはようございます、陛下。今日も一段とお美しい」
「もう、正直ねぇ」
 それはきゃらきゃらと笑う。
 確かに顔は似いてる。目の色や翼はどうにでも隠すことができる。しかし──
「………前と違う! 前は胸もなかったし、もっと身長が高かったよ!」
 それでも、ヒールを抜いたとしても、ヨルよりも背が高そうだが。
「薫ちゃん。よく観察していたわね。えらいわぁ。この鈍感男にも見習わせたいわ。
 確かに違うのよ。
 私ほどになると、性別を自由に変えられるのよ。前は本当に男の人の姿をしていたわ。だけど私は正真正銘女よ。安心してね」
 薫は女性の格好をしている男性を思い浮かべ、確かに少し安心できると思った。
 オカマは間抜けな感じがするが、男装の麗人というのは格好いい。
「すごーい。どうやってやるの?」
「薫ちゃんには無理かな。マリウス君にも無理だし」
「……そっか。残念」
「男の子になりたいの?」
「うん。そうしたら、女の子なのにとか、おしとやかにしなさいとか、女のくせにとか言われなくてすむもん」
「大丈夫よ。闇の世界は実力主義よ。魔王であるこの私も、なりたてのころは薫ちゃんと同じ年頃の、この世界をよく理解していない女の子だったのよ。けど、反発する者はいなかったわ。強い者が上に立つのがこの世界だもの。それに、赤将軍は女性よ。将軍は大臣の次の地位。つまり、国で五本の指に入る実力者と言うこと。そういうのが認められるの。だから、薫ちゃんが有能になれば、誰も文句を言わないわ」
「…………でも、僕ちょっとすばやいだけだし……」
「大丈夫よ。薫ちゃんはけっこう力があるはずだから」
「本当に?」
「本当よ。ちゃんと力が使えるようになったら、治安を守るのを手伝ってくれる?」
「僕でいいの?」
「もちろん」
 薫は、なぜだかうれしくなった。
 やはり、どきどきする。
 何でかわからないが、この人がとても好きだ。
「うれしい」
 薫が微笑むと、アヤは彼女を抱きしめた。
「可愛い」
 アヤは薫の額にキスをする。
 嫌じゃない。同性だからだろう。男の人だったら、ものすごく嫌だったのだと思う。ただ少し、ヨルが物欲しそうにこちらを見ているのだけが気になった。
「女同士でいちゃいちゃしやがって」
「混ざりたいの? 混ぜてあげなぁい」
 アヤは薫を抱きしめる。小柄な薫は、アヤの胸にあごの辺りが当たる。
 恥ずかしくなる。
「お前、何しに来たんだよ!?」
「ふふん。君が薫ちゃんにちゃんとしたものを着せていないのはお見通しだったわ。だから、薫ちゃんを迎えに来たの。薫ちゃんに似合う、可愛い服を見繕ってあげようと思って」
 ふと、薫の頭にある言葉がよぎる。
「メイドさんはいやっ」
 以前、そんな単語を聞いたような記憶がある。
「そんなことしないわ。薫ちゃんみたいな活発な女の子なら、動きやすい服の方がいいでしょ?」
 彼女の言葉に薫は頷いた。正直、安心した。
「んじゃ、行こうか」
 手を差し出され、正直戸惑った。
「……ヨルは?」
「そうね。一人じゃ不安よね。貴方たちも来なさい」
 魅力的な笑顔で、有無を言わせない命令形。
 ヨルは肩をすくめ、アヤに手を差し出した。
 手を繋ぐと、心なしか嬉しそうだった。


 そこに着くと、薫は目を見開いた。
「すご……」
 そびえ立つのは大きく、そして怪しい城。
 そう、例えるならば、ダークなシンデレラキャッスル。
 まさに魔王のお城。
「私のデザインした万魔殿」
 アヤが自慢げに言う。
「アヤさんが設計したの?」
「いいや、外観のデザインだけ。中身はハクが決めた」
 ハクという人物。恐ろしい人らしいが、やはりすごい人らしい。
「薫。陛下に対して、さん付けは失礼だろう」
 真面目なマリウスが、聞きかねたのか薫に忠告する。
 ──そっか。王様だもんね。
「陛下? 魔王様?」
「薫なら、アヤ様でいいわ。それに、この姿はお忍びだから」
 彼女はくすくすと笑う。
 いつもは男の人の姿をしているのだろう。あちらの方が魔王らしいと思う。
「そういえば、誰も気づかないよね」
 城を見て、拝んでいる変な闇の民もいる。おそらく、魔王を拝んでいるつもりなのだろう。想像でしかないが。
「町にいるから。城に入れば皆が跪く。
 ということだから、おいでなさい」
「え? お城の中になの?」
「そう。この城は趣味で造っただけあって、観光名所でもあるから、見せてあげようと思って」
 変な魔王。
 変すぎる魔王。
 でも、美人で、なぜか嫌えない魔王。
 薫は、そんな魔王に手を引かれ、その闇の民の巣窟に足を踏み入れた。

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