背徳の王
6
噂を耳にした。
城で舞踏会があったそうだ。
その誘いはケトルの名義で、今日届いた。
「ふふっ、郵便事故かな」
「ウル様、ケトルさんに苦情を送りますか?」
領民が届けてくれた林檎の皮を剥きながら、ベルが尋ねた。とっても甘くて美味しい林檎だ。
「いいや。それをしたら犠牲になるのは責任を押しつけられる哀れな郵便屋だ。ボクは慈悲深いから、仕事を真面目にする者が処分されるのは好まないよ」
「ケトル様らしいことですね」
「そうだね」
ただ、ボクには来て欲しくなかったけど、送っておかないと意味がない。そのために、消印だけはずいぶん前の手紙が、ようやく今日届いた。もしも指摘すれば、責任者を処分しますで終わるのだ。
それはいい。イヌはイヌなりに考えを持って動いているだけ。逆らう気がなければいい。ボクを少し利用したり、そういうことは目をつぶってやる。
なにせボクはボクのモノに対しては心が広く慈悲深い。
「は、いいけど、リファは知っている? ケトルは花嫁を捜しているんだよ」
「あの噂って本当なんですか? 町の人も言ってました。国中から女の子を集めて、お后捜しの連日連夜舞踏会を開いているって」
「そうだね。ただし、国中の良家のお嬢さん、だよ。年頃の娘はほとんど参加」
「どうしてウル様にも届いたんですか?」
「男か女か分からないから来ないように出しておけって事だよ」
ボクが女の子なら、年齢的にも家柄的にも、送っておかなければならない相手だ。
もちろんそんな事はどうでもいい。面白みもない。
「一番肝心なのはね、探しているそうだよ」
「何を」
「舞踏会の最中、消えた花嫁候補」
「ミステリーですかぁ?」
リファは浮かれた声を上げた。じいやがその手の本を集めているから、その影響だろう。
「残念だけど、ケトルが嫌われて逃走しているだけ。ひょっとしたら、逃げる女を追いたいタイプなのかもね。
前にリファをくれって言われたこともあるし」
「聞いてません」
「言ってないからね」
「どうして教えてくれなかったんですか? 知っていたら面白かったのに。王子様にプロポーズなんて、一生に一度のビックイベントじゃないですか!」
「王様だよ」
「あ、そっか」
「王妃なんて、面倒な物にはなりたくないと思って」
「はい。でも、プロポーズは一度されてみたかったです。男の子を惑わす悪女になるんです」
力説するリファを見て、黙っていたベルがやめなさいとたしなめる。
リファに男を惑わす悪女はまだ早い。ベルならともかく、リファでは似合わない。出来ないではなく、似合わない。
ボクはそんなことをしないから、彼女もしないのだ。
「でも、ケトル様はその女性を捕まえて、どうなさるおつもりかしら」
「結婚するようだね。彼の所にいるボクのペット達は、理解できずに苦しんでいるよ」
かわいそうに、変人の思想に振り回されているのだ。彼はイヌというよりネコだ。引っ掻きはしないし、粗相もないし、最低限の言いつけは守るが、自由奔放である。
「で、その賞金首はまだ捕まらないんですか?」
「花嫁候補だよ、ベル。未来の王妃だから、ボクのペットのお嫁さんってこと。つまり、飼い主としては見定めたり、躾けたりしてあげないと、ねぇ」
それを一番嫌がっているからこそ、その通りに構いたくなる。
ボクは子供だから、ダメと言われると手を出したくなるのだ。なにせ、子供である。子供らしい残酷さで、ボクは何をしようかと悩む。
「手配書が欲しいなぁ。あの子達の声は遠いから聞き取りにくい」
ボクが口にした瞬間、肩に紙を持った手が置かれる。ロバスの手だ。受け取り、ケトルの正気を疑った。
「ウル様、どうして手配書に人よりもピアスが大きく描かれているの?」
「リファ、それはね、このピアスの片割れを持つ女を妻にするんだって」
「え、逃げた人じゃなくて、ピアス?」
「片割れをケトルが持っているんだろうね」
「偽者とか出ないかな」
「出るだろうね。女は化粧で変わるし、似顔絵の雰囲気に近ければ、化粧とその場の雰囲気で見え方が変わる。仮にも王様だし」
ケトルは意外とロマンチストなのだろう。普通に育っていれば。
手配書の女の特徴は、どこにでもいる栗毛の女。特徴があまりないからこそ、このように書かれている。
「さて、ベル、ばあやと着替えを用意して。リファ、ケトルに会うから着替えようか。そろそろ偽者も出てきている頃だと思うよ。婚約祝いだから、ちょっとオシャレしていこうね」
「はい」
混乱の渦の中にある城は、それを生んだ王こそを恐れて団結している。
そこに手土産を持ってボクが現れたので、混乱は大きくなった。
ボクが表立って遊びに来たのは初めてだが、ウルという名の存在を知る者は多い。
王の友人こそ王を操る傀儡師だと。
「これはこれは我が最愛の方。掃きだめに等しい我が城にお越し下さり光栄です」
「やあ、ケトル。婚約したそうだね。土産はいる?」
「婚約はまだです。
土産など、あなた方の笑顔があればそれで身に余る光栄」
穏やかさなど皆無の辛辣とも言える言葉に、ボクはくすくすと笑う。
「花嫁の行方はすぐに分かった?」
「城下に潜伏していました」
くすくすと二人で笑う。
ケトルの配下が不気味そうにボクらを見ている。
恐怖で縛り付ける場合、いくつか方法がある。
逆らう者がいなくなるほど徹底的に押さえつける。一時期はこれでいいだろうが、すぐに崩壊するパターン。愚王の進む道だ。
もう一つは、恐怖で縛りながらも、政治だけは正しい場合だ。
自分たちと関係のない私腹を肥やす者が殺されようと、税が適切で、治安がよく、国外にも目を向け、災害時に対応していれば、国民の不満は募らない。搾取などしなくても、王はそれなりの贅沢が出来る。それなりで我慢することが、続けることのコツだ。
あとは平和ボケしなければいい。
ケトルの代は問題ないだろう。問題は、その先だ。
「君がこんなに早く運命の人を見つけるなんて思いもしなかったよ」
「一日もあれば、女一人の居場所を掴むなど造作もありません」
「そう、おめでとう」
「結婚とは人生の墓場と言われています。しなければならないからするだけです」
ケトルとかみ合わぬ会話を楽しむ。その会話を聞いてビクビクしている家臣達の反応が面白い。生かされていると言うことは、生きている価値がそれなりにある者達だ。もう少し肝が据わってくれねば困る。ここはボクの国だから。
「で、その子の何が気に入ったの?」
「目が。どこかベルやリファに似ている」
そう言えば彼は、リファが欲しいと言っていた。使い道は決まっていたからあげなかったけど、本気だったみいだ。
「悪趣味だね」
「ちょ、ウル様っ、ひどいっ」
ボクとおそろいのデザインで男装しているリファが手を振り回す。
この子を嫁にもらおうなんて、実に悪趣味だ。
「きっと、君の花嫁も悪趣味なんだろうね。楽しみだな」
「ええ、きっとお気に召していただけます。
これから行われる、私たちの結納式もお気に召してくださるかと」
「結納品はなぁに?」
「偶然にも、本日それを花嫁候補に差し出す予定です。見せ物としては面白味に欠けますが、よければご覧になられてください。
それよりも、花嫁が間もなく到着するかと思いますが、まだ躾が出来ていないので、ご不快な思いをされることもあるかも知れません。野生の獣と思い、どうかご容赦を」
どんな飼い方をしているのやら。
「構わないよ。ボクは物を知らない子をいきなり始末したりしない。野生の獣は恐怖で威嚇することもあるからね」
ボクのことを残酷なように言うが、ボクは何もしていない。好きにさせているだけだ。止めることはあるけど、やれとは言わない。みんな好きにしているだけ。ボクはペットを離し飼いにしているからね。
「失礼します。陛下、支度が調いました」
「そうか」
ケトルは下を見た。
思った以上によく集まった小蠅ども。せいぜい十程かと思ったが、三十はいる。王を騙そうという浅はかな者達がそれだけいれば、ボクらはもう呆れるしかない。
暖かい地方の珍しい鳥のように着飾る愚かな女に、愚かな父達。まさか王に見下ろされているとは思っていないだろう。こちらからは見えるが、向こうからは見えないようになっている。
本当に愚かな者達。
「で、目当ての者は?」
「確認いたしました」
「それはよかった。では、ウル様はここで」
ケトルは手近なドアから出て行く。
どうやら、誰かをおびき寄せるのが目的のようだ。
用意された菓子を口に含み、ケトルが何をするつもりなのかただ見守る。ボクは傍観者。ケトルがボクの望む王になれるかどうか、ボクは見守る。
だってここはボクの国。
しんと静まりかえるホール。
まだ幼いとも言える年若い王と、車いすに乗る女が姿を見せた。
女はヴェールで顔が見えず、容姿や年齢は分からない。
「私は理解に苦しむ」
階段の踊り場に立つ王はそう宣言した。
「なぜこれほど集まったのか、私は理解に苦しむ。
この意味を理解できる者は、早々に立ち去れ。私は似た物を持つ親切な者を望んでいるのではない」
娘が似たような物を身につけていたので、もしやと思い。
そんな言い訳をする予定の者へと告げた。
ぞっとするような冷たい目の意味を理解した半分以上がすごすごと部屋を出て行く。
王の怒りが理解できれば当然だ。残るのは娘の美しさに自信がある者か、よほどの愚か者か、確信を持つ者か──。
「まだ残る者がいるのか」
王は一人で階段を下り、召使いが女を運ぶ。
王は女が隣に運ばれるのを待ち、頭を垂れる者達を見回した。
「お前は何を持ってここに来た」
王は手近な者へと声をかけた。
「こちらでございます」
差し出されたのは、片側だけのピアス。
「娘は陛下と踊らさせていただきました。その時に片側だけ落ちたのかと」
顔を上げる娘はたいそうな美貌を持っていた。王にふさわしい年頃の、華やかで艶やかな少女。父親もなかなかの美丈夫だ
「私は落としていったとは言っていない。元々、片耳にしかしていなかった物を見ただけだ」
「……そうでしたか。大変な勘違いをしておりました。デザインが似ておりましたので。
このピアスは私の母から受け継いだもの。対の物が戻るのならと思い」
「ではなぜそれを届け出ていなかった」
「小さな物。処分されているのではと思いまして」
「誰が見ても似ているが、似ているだけでしかない。
見れば分かるだろう。なぜわざわざここに来た」
父親は顔を上げ、冷たい目をした王へと媚びへつらう。
「もちろん、万が一の事を思いまして。親の私が言うのも何ですが、私の娘は器量が良く、絵が間違って書かれているかもしれないと」
「何が器量がいいものか。
他人の手垢がついた女など願い下げだ。とくに、実の父親の手垢がついた女など、汚らわしい」
その場がざわめいた。
次は自分かと怯え始めた者達が、ひそひそと囁き合いを始める。
「おっしゃる事がよくわかりません。私がなぜそのようなことを……」
「私に分からぬ事はない。いくら見栄えが良かろうと、偽りを持って売女以下の代物を王たる私に差し出すなど、万死に値する。この賊を引っ捕らえよ」
控えていた衛兵がその父娘を捕らえ、引きずっていく。喚いているが、王は見向きもしなかった。
王は残る者達を見回した。
彼らはひるみ、親子で顔を見合わす。
「お前」
王はそのうちの一組の親子に声をかける。
「持ってきた物を見せてみよ」
「かしこまりました」
差し出されたピアスを見て、王は笑みを浮かべた。先ほどの娘に比べ、白のドレスが似合う清楚な娘は、王へと微笑みを向けた。
「私はこの手配書を作らせたときに、間違えようのない特徴と、見落としやすい間違えを書かせた。なぜこれは、手配書と全く同じ物なのか、答えてみよ」
親子から血の気が引いた。
「答えてみよ」
「……偶然にございます」
「国に対する詐欺は極刑と知っているか」
「さ、ささ、詐欺など、滅相もない。本当に偶然でっ」
王が手を挙げる。
「先の親子よりも罪深い」
再び衛兵達が親子を引きずっていく。
あまりにわめく物だから、殴り、蹴り、黙らせてからずるずると引きずっていく。
「で? 他に我はと思う者はいるか」
集まる親子達は顔を見合わせて戸惑う。先ほどの親子のようになってはたまらない。娘は怯えて帰りたいと泣き、親はどうする物かと考える。
そんな親子を横目に、一組の親子が前に出る。美しいとは言えないが、清楚な雰囲気の女とその両親。
「陛下、お探しのものはこちらではございませんか」
王の前に跪き、手配書のものと特徴が同じ、しかし微妙に違うピアスを差し出した。
「まさしくこれだ」
「そちらは我が家に伝わる大切な品。しかしずいぶんと昔に、片方を使用人に盗まれてしまい、片側だけとなってしまいました。それでも我が家にとっては意味のある物。片方だけとなっても大切にしております」
父親は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「お久しゅうございます、陛下。陛下と踊ったあの日は、今も忘れておりません」
娘は恥じらい身をよじりながら媚びる目を王に向けた。
王は再び笑う。
先と同じ笑み。いや、それ以上に満足げな、それていて酷薄な笑み。
「私はこれを持つ者を探していた」
王は車いすの女の前に膝をつき、ドレスの袖に隠れていた手かせを外す。
「これを持つ物は二人」
女を立たせ、ヴェールを取る。
その下には、王の背後に控える娘と似た顔があった。
さして美しいわけでもなく、花嫁候補の娘に比べても華がなく、痩せて、陰気だった。
「妻となる女と、その妻の身内を殺し、幼い正当なる後継者を追い出した殺人者」
王が女を立たせ、椅子に隠していた手斧を渡した。
「サリーア、私の結納品は気に入ったか?」
「何を考えているの」
「これを好きにしていい。君のために見つけ出した」
「好きに……」
女は斧を握りしめる。
「ちょっ、お待ち下さい! 何のことだか私たちにはっ」
「そうです。殺しただなんてとんでもない! あれは賊の仕業ですわっ! ピアスを盗んだのも、賊を手引きしたメイドですのよっ」
「見苦しい言い訳をするな。従姉であった彼女の母を殺し妻になり、夫を殺し成り代わった。それ以外の事実はない。なんなら、証人も用意できるが……時間の無駄だ。
私の花嫁の憎しみが消えぬ今こそが私にとって意味がある。
サリーア。君が私の妻となるならこれらを与えよう。王妃となるなら、その両親を殺したこれらは今すぐに解体されたとしても誰も何も言わない。普通のように法で裁くのもいい。時間かかるが、証人は用意できる。それとも誰かに任せるか。幸い、すぐそこに人の絶望を好む方がいる。お前がするよりはよほど残酷な方法で殺してくださる」
気味の悪い花嫁の背後に回り、悪魔のように囁く冷たく綺麗な王。
「君の居場所にいる娘は売るのもいい。劣悪なところでは一年と持たないだろうが、地獄の一年となる。
一番罪深いのは母親か。君には想像できないような苦しみを与えることも出来るし、あの女が君の母親にしたように殺すことも出来る。
それを知ってここにいる父親は、さらし首にでもるするか」
ロバスよりは、はるかに世間が思い描く悪魔に近い王は、女を甘い言葉でそそのかす。
「今すぐでもいい。考えてから結論を出してもいい。これらは手元にあるのだから、楽に自害しないように保管しておこう」
王は女に小箱を差し出す。
「これを腕にして、愛を誓ってくれるなら」
女が望む物を差し出し、愛を乞う。求婚としては間違っていない。
王として、仕置きされる悪さはしていない。
していいことを躊躇なくしているだけだ。
罪亡き者を引きずり出して、冤罪でいたぶろうとしているのではない。罪人を裁いているだけだ。
女は迷いながらも、差し出された小箱を受け取った。
求婚が受け入れられて、女は未来の王妃となり、氷の王は悪魔のごとく微笑んだ。
「今度はちゃんと届いたね。ぎりぎり間に合うかどうかって日にだったけど」
ボクが手紙をぴらぴらとケトルに見せる。
今日は結婚式当日。
まあ、かまわない。
ボクがアリサに作らせたドレスを花嫁が着ているもちゃんと見られたしね。
「ケトルさん、幸せそうですね!」
「どこがですか」
リファの言葉にロバスが頬を掻く。
悪魔にはケトルのような難しいタイプの人間は理解できないのだ。
「本当に、珍しく楽しそうだね。花嫁もずいぶん磨かれたようだし」
前に見たときよりもずいぶんと綺麗になっている。下町の女が、短期間で貴族の女に化けた。
「いい目をしている」
花嫁のくせに、静かな水面を思わせる目をしているのだ。
「ケトルにぴったりのお嫁さんだ」
「ええ、だからこそ選びました」
似たもの同士だ。この世の中に、こういった相手を見つけられる人間がどれだけ少ないかを思えば、ケトルはずいぶんと幸運な男である。
「で、結局あの人達はどうしたんですか?」
「リファ、世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
「はい、ウル様」
「悪さはしなければいいんだよ。する方が悪い。ボクだって領内で起こる悪さには、容赦しないよ」
「いつもは容赦してるんですか?」
「だってあれは、ボクが指示してるんじゃないもん。領内だったらちゃんとボクがやるよ。ボクは法律は守るいい領主なんだ」
ボクはね。
ケトルもそれに気付いているのだろう。自分に許されない行いはしなかった。どれだけ叩いても埃は出ない。叩かれてしまう弱き者は、埃が出ないように生きればいいのだ。叩かれて出る物を知られて、痛みを受ける者は弱者でしかない。
「ケトル、ご祝儀は何がいいかな?」
「このドレスだけで十分です。あなたに頂いても、もらうばかりで返す日が来そうにもありませんし」
「ボクが結婚できないと思ってる?」
「相応しい相手が存在すれば可能だとは思いますが、私が生きている間にそれが誕生するかは疑問です」
「なるほど。確かにボクの伴侶となるなら、最低でもボクの半分ぐらいの器は欲しいね」
それすら難しいのだ。確かにケトルが生きている間には、その器を持つ者が生まれることすら難しい。
「じゃあ、子供が出来たらたまに遊んであげるね」
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
心にも思っていないくせに。
「彼でも実の子は可愛いのかな。たくさん出来たら、一人ぐらい欲しいね。今から楽しみでならないな」
「ウル様のお言葉のままに」
本当に、この子は良くできている。ボクを忠実に信じている。ペット達の盲信ではない。悪いようにはしないということを、理解していると言う意味だ。
「まあいいや。うちの地方の特産品持って来たよ。お酒、好き?」
「たしなむ程度です」
「そう。ボクもあんまり飲まないね。ロバスに飲ませてるだけってのはもったいないから、味の分かる人に飲ませてやって」
「かしこまりました」
ケトルは一礼する。
そして喧騒の外へと目を向けた。
家族を虐殺された哀れな少年王が、家族を殺された少女と婚姻を結ぶ。
話し方によっては立派な美談。
人は他人の恋愛が好きだ。だから騒ぐ。
「これからパレードです」
「大変だね。笑えるの?」
「作り笑いぐらいなら出来ます」
「そう。せいぜい、微笑んでくればいいよ。幸せいっぱいに見えるようにね」
この氷の表情の方が幸せに見えるけど、人々はそう思わない。笑っていなければ幸せではないと思い込む。
「ボクの分まで、子孫を繁栄させるといいよ」
ボクには縁の遠いことだから、誰かに任せればいいのだ。