背徳の王

8

 ボクはいい領主様だ。
 恐ろしい噂のある、かわいそうな子供。不幸な子だから奇妙な噂が立ち、それでも民には慕われている。ボクが領主になってから、彼らの生活は向上したはずだから。
 それがさらに奇妙な噂を生む。
 だから、たまにこういう馬鹿が来る。
 ボクを殺そうとやってくる馬鹿が。
「始末なさらないんですか?」
「どうしてボクが領民を始末するの?」
 ベルの問いにボクは首をかしげた。
 領民だからペットには食わせない。他の地方の人間なら食わせているけど、これは領民だ。ボクの中で、一般的なボクの領民は、この国の王族などよりは上の立場にある。
「裁判にかけるんですか。人間は面倒ですね」
 男を押さえつけているロバスが呟く。
 力こそ正義の悪魔には理解できないだろう。その中でも上位である彼には。
 ボクに言われたからと執事をやっている変わり者の悪魔だけど、本質が悪魔であることに代わりはない。
「で、キミは何をしに来たのかな」
 ボクはロバスに押さえられている男に問う。若い男だ。十代後半から、年を取っていても二十代半ばだろう。
 眼鏡をかけた、いかにも賢そうな男だ。眼鏡は安い物ではないし、眼鏡をかけるほど目を悪くする理由は限られている。
「キミはボクを殺す気はなかったみたいだけど」
 男がはっと顔を上げた。
 ボクが手にしたナイフは、あまり切れそうにもない、刃がほとんどないもの。先など丸くなっているから、これでは突き刺さらない。子供が初めて持つナイフにはちょうどよさそうではある。
 だからここまで通してやった。
「ボクの噂を聞いて来たのかな」
 ナイフをベルに渡す。彼女もそれを見て自分の指をつついた。突き刺さらないし血も出ない。
「ウル様、この人は何のためにこんなことするんです?」
「リファ、こういうのは稀に出てくるから、本物と区別を付けられるようになるのは大切だよ。
 彼は身内を殺して欲しいんだ。一人二人じゃなく、すべて憎んでいるんだ。だからボクに危害を加えるフリをしたんだよ」
 ちゃんとまともな凶器を持ってくればよかったのに、こんな玩具のような、動物を殺すのもなかなか難しい物を持ってくるなんて。
 ボクを殺してしまったら元も子もないからか、子供を傷つけたらかわいそうと思ったのか。
「ボクはボクに逆らう者が嫌いだよ」
 だからこそ、こんな方法をとったのだ。
 男は俯いた。すべて見透かされているからの絶望か。
 絶望していなければこんな所には来ない。
「キミはどうしてこんな馬鹿らしい噂を信じたの?」
「あなたが神子だからです」
 ボクの魔物を支配する力は、けっこうありふれたモノだ。本来ならば神殿に行かなければならない。ただ、ボクの力が強すぎて、神殿に知られた頃には悪魔も竜も他色々持っているから手を出せなくなっただけ。
「キミはどうしてそんなこと知っているの? 神殿の中でも、ごく一部しか知らないよ」
 彼は答えない。
「ふぅん。キミ、医者なんだって?」
 彼は驚いて顔を上げる。
「ボク疑問に思うと、ペット達は勝手に調べてくれるんだよ。ボクのペットは変わり種が多いからね」
 強いだけの生き物なら意味がない。そんなモノを数揃えても、それ以上の数には負けてしまう。
「誰を殺して欲しいの?」
「…………」
「あの村の連中、どうしても殺して欲しい?」
「そこまで……」
「殺して欲しいんだ」
「はい」
 彼は迷わずに頷いた。
「ボクは罪があろうが、女子供だろうが、関係なく、容赦なく、すべて無惨な死に方が好きだよ」
「はい」
「すべて?」
「女子供も、すべて、等しく」
 ボクはくすくすと笑う。何をされたのかは知らないが、とりあえずは本気らしい。
 ここにこうしている以上、自分が殺されるのも覚悟の上。それでも許せぬ存在がある。彼にとって罪は存在するすべてであり、幼子だろうとも許せない。
「いいよ。キミの行動はボクに対する信頼。
 もしもキミがそこに立てたら、きっとみんな喜んでやるね。
 みんな、そういう人間が大好物だから」
 くすくすと笑い、ボクは床を指さす。何も変わったところが見えない、普通の床。
「ウル様、これってこの前の? それって何なんですか?」
「リファは物わかりが良くていい子だね。
 そうだよ。
 この子は人食い沼とか呼ばれる存在。見ての通り擬態していて沼には見えないけど、食われると半年から一年かけて食われる。
 食い方は生かさが殺さず、死ぬまで溶かされる苦痛を味わう。
 痛めつけた方が美味しくなるって、そういう悪趣味な可愛い子だよ」
「こんなの、どうやって支配したんです?」
「ボクが踏みつけたらそれでいいんだよ」
 ボクの力であるアザは足にある。だから手で触れるよりも、足で踏みつける方が支配しやすい。靴が一つダメになったけど、足なんて不便なところにあるのを少し嫌がっていた時期だったから、どこにあっても役に立つ時は役に立つのだと教訓を得て以来、少しこの位置にあるコレが好きになった。
 裸足のボクは印がむき出しの足を組む。
「自分が死んでもいいほど憎いのなら、ここに立てばいい。
 どうする?」
 ボクは慈悲深いから、選択権だけは与えてやる。
 苦しんで死ぬか、普通に死ぬか。
 ほとんどの場合は、迷う。
 ボクは迷う者は嫌いだ。
「それで、あいつらを殺してくださるなら」
 男は足を踏み出した。
 理解してここにいて、こんな言葉を向けられて足を踏み出すなんて、ボクは少しだけ驚いた。
 覚悟があっても、ここまで迷わず出来る事ではないから。


 お茶を飲み、お菓子を食べる。
「ベル、ばあやの味に近づいてきたよ」
「ありがとうございます」
 ベルがばあやに教わって焼いた菓子。そしてお茶のブレンド。
 器用さはばあやよりも上だから、上達も早い。
「これからもばあやを見習って、立派なメイドになってね」
「はい」
 彼女は笑顔だ。彼女にとって、大切な妹がここにいる。生きていることが大切なのだ。生きていればどんな形でもいい。
 唯一の家族に対する思い。
「わからないなぁ」
「なにか至らないところでもありましたか?」
「ううん。この子のこと」
 足元を見る。
 間違って踏んでしまうといけないからと、リファが角砂糖を置いて印を付けたので、一目でどこにあるか分かる。
「そこまでして殺したいのかな」
「そうですね。もしもリファが殺されたら、私も相手を許せません」
「家族って、こうまでするほど大切なモノ?」
「場合によります」
「そうだね。ボクは家族よりもばあやとじいやの方が好きだからね」
 両親は、いい親ではなかった。
 まだ伯父さんとか従兄の方が家族っぽいかなっていうぐらい。
 理由は色々あるけど、ボクがボクでなければ、操り人形のような、一人では何も出来ない人間が出来上がっていただろう。
「さて、ヘバ」
 ボクは床に声をかける。
「そろそろ一度吐き出して、前にあげたのを食べてなさい」
 人食い沼のヘバは、一昨日食らったばかりの男をはき出せと言われて、少し不満たらたらにはき出す。あまり知能は高い子ではないけど、最近は少しだけ命令しやすくなってきた。いい子だ。不満を覚え、それでも従うのは知恵の一つ。躾ければ成長するペットはとても可愛い。
「きゃっ」
 ベルが飛び退き、リファがロバスの背に隠れる。
 まだ三日目だけど、ひどい姿だ。皮膚が溶けただれ、血が滲み、所々肉が見える。うめき、転がり、引きつりながらうっすらと目を開け、ボクを見た。
「まだ三日目。これが半年以上続くよ。中にいると最後まで死なない。新しい獲物が入ってきたら、食われるのを中断して先が伸びる。中にいたのを見たよね? あれはまだ半分ほど残っている」
 彼はまだ五感はあるはずだ。目が見え、音が聞こえる。ボクの声は届く。
「ひと思いに殺してあげようか?」
 ボクが彼の前にしゃがみ込んで問う。
「ころ……してくれ」
「殺してあげてもいいよ。でも、まだ三日目。殺せてあまり関係のない赤ん坊の一人ぐらいだね。赤ん坊の肉を好きな子は多いから、きっと喜ぶ」
 彼の目が泳ぐ。
 なんて汚い顔だろう。
「どうする? 殺して欲しい?」
 彼はもう何も言わない。
「そこまでしていいほど憎いんだ」
 彼は頷いた。
 深い恨みのこもった目。彼一人では、全員殺せないから。
「わたし……の……ことは
 あいつらに……おなじほどの……苦しみを……」
 一人では終わる前に自分が死んでしまうから、ボクの所に来た。
「キミは、本当にボクを信じているんだね」
 自分が体験して、ボクの力に確信を持ち、信頼が強くなった。
「ボクは、ボクを信じてついてくるイヌは好きだよ」
 本当に、盲信して主のために死ぬ犬のようだ。
「じゃあ、そこにいるから自分で這って口に入るといいよ。そうしたら、お膳立てしてあげる」
 角砂糖が床から飛び出る。間違えて食べてしまったらしく、少しばかりご機嫌斜めだ。
 彼はそれを見て、そこに手を向けた。
 ボクはいい領主だ。
 領民の願いは叶えよう。
 彼は領民だ。
 そして、彼の村はボクの領ではない。


 目を開ける。
 清潔な真っ白いシーツに包まれ、苦痛など感じない様子で周りを見回す。
「ここは……」
「ボクの屋敷の使用人の部屋だよ」
 見晴らせていたペットから、目を覚ましそうと連絡を受けてやって来た。
「なぜ……あの村は」
「あの村はまだあるよ。まだやっていない」
 ボクはくつくつと笑う。
「どうしてっ」
「キミが予想以上にいい選択をしたから、また選ばせてあげようと思って」
「いい……選択?」
 ボクは綺麗に元に戻ったとは言えない彼を見下ろす。
「もしも自分を殺してくれ、なんて言ってたら、もう一度ヘバの腹の中に落としてやろうと思ってたんだ。キミが入ったのは、別の子の中だよ。けが人とかを入れておく子。ヘバと違って、治しては食べるってやり方をするから、治った頃に別の生き物を生け贄にして人間を取り出す。生息している地方では、神と崇められているんだよ」
 鏡を見せてやる。
 髪の毛は溶けているが、そのうち生えてくる。それ以外は元通りだ。
「とりあえず、今のところは外に出しておいてあげるよ。外に出たらあの姿じゃ歩けないから、治してあげた。禿げちゃったけど、そのうち生えてくるし、それまで隠すための帽子をあげるよ。
 これから、選んで自分で動かなきゃいけないからね」
 ボクはニヤニヤ笑いながら呆けた彼の顔を覗き込む。
「ロバス」
「はい」
 ロバスは一枚の紙を手にしていた。それを差し出し、満面の笑みを浮かべる。その背後には、一人の女。彼の魔女の内でも、一番優秀な子を連れてきているはずだ。
「キミのために、ボクがいくつかプランを立てたよ。
 一つ目は、当初の予定通り、キミが食われ、彼らも食われる。
 二つ目は、使えそうな子を貸して逃がさないようにしてあげるから、一人ずつ自分の手で殺す。
 三つ目は、告発するんだ」
 彼は差し出された紙を見つめた。
「これは……」
「異端の悪魔崇拝を告発するんだ。
 これはボクのペットだけど、なかなか高位の悪魔でね。少し誘惑すれば人間なんて勝手に自ら処刑台に進んでくれる」
 ボクは審問を受ける立場ではない。
 支配している方なのだ。ダメなのは、支配される方。悪魔は遊び心で国の一つ滅ぼすこともある。だからその配下になる人間は、すべての人間にとって裏切り者であり、許されてはいけない大敵なのだ。
「知っている? いくら悪魔崇拝していても、個人なら一人処刑になるだけ。でも『悪魔崇拝者達の団体』っていうのは、子供だろうがすべて殺されるんだよ。悪魔に目を付けられた者は、将来その悪魔に使役される可能性が高いからね。悪魔に目をつけられるのに、老人も赤ん坊も関係ないんだ」
 老若男女すべて殺される。
 関係ない者がいるかも知れないが、そんな村に住み続けている以上、悪魔から益を得ているのに変わりなく、殺される対象なのだ。ただ、その認定を受けるためにはかなり調べられるのだが、ロバスを使えば簡単だ。変装でもさせておけば、別の悪魔で通せるし。
「キミの目的、村の全滅は可能だよ。
 しかも、キミの大切な人たちを殺して生け贄としたとして罪も問える」
 もしも村に一人でも大切な人が残っているのなら、その人も処刑されることになるから使えない手だけど、当事者の彼はボクの街でもう十年も住んでいて、関わりがないに等しい。
「あまり苦しみはないかも知れないけど、キミの大切な人は被害者となり、離れて暮らしていたキミは悲劇のヒーローになる。大切だった家族は哀れなる被害者であり、名誉は傷つけられない。
 そして生き残っている村人達はすべて憎むべき異端者」
 村社会というのは恐ろしい一面を持っている。
 世間の犯罪が犯罪でなく、身内をかばうのだ。人を殺しても、殺した側が上だと思うのであれば、隠蔽される。確かな証拠が無ければどうしようもない。
 そんな状況で彼が誰かを殺したら、ただの恐ろしい人殺しになるだけで、世間は誰も彼の悔しさと憎しみを知らされない。
 だが、その村の特色を利用すれば実に怪しい集団に見せかける事もたやすい。
「人々から石を投げられ、焼き殺される。皆を焼き殺そうとしたかも知れない罪で」
 悪魔が不愉快だと、つまらない何の特色もない街を一つ焼いてしまうのは珍しいことではない。技術が発展しているとか、芸術が素晴らしいとか、そういうすべてを壊すのはもったいないと思われる街の方が、世の中には少ないのだ。
「本当の動機とは違うけど、それでも身勝手な理屈で罪のない者達を殺した罪を世間に知らしめ、女も子供も関係なく法で裁かれるようにするのは、間違いなく可能だよ」
 彼はじっとボクが持つ告発書を凝視した。
「キミは、法が裁いてくれるならその方がいいみたいだったからね。一応、すぐに出来るところまでは用意してあげた。
 何を選んでもいいよ。キミの自由だ」
 彼は憎むべき者達を法が裁いてくれなかったから絶望した。
 彼は人殺しをすでに訴えている。無視されて絶望して、最終的にここに来た。
 彼にボクのことを漏らしたお馬鹿さんはちょっとだけ反省してもらったけど、相手は見ていたようだからちょっとだけで許してあげた。
「私は、何をすればいいのでしょうか」
「これにサインして国王陛下に郵送する。
 そしたら勝手にやってくれるよ。出来ることと言ったら、民衆に混じって石を投げ、すべて灰になるまで見届けるぐらいかな。自分たちのことは棚に上げ、泣き叫び、子供だけはと懇願する様を見られるよ。きっかけは悪意を持って人を殺した子供達なのにね」
 自分がしたことを忘れて、すがり、叫び、踏みつけにされる。それを我が身に起こった場合、納得できないのが人間というもの。死に際に反省できる人間なんてまずいない。反省したようなそぶりを見せても、せいぜいこんな事をしてこんな事になった結果を悔やんでのことだ。他人のための反省ではない。
「でも、キミはそんな村で育ったのは事実だから、さすがに医者は続けられないね」
 彼はきょとんとした。
 殺されるものと思っていたのだろう。
「生きていくのが辛いから死にたいって言うなら止めないけど、ボクは税金で補助して育てた医者の卵を殺してやるほど親切じゃないよ。ボクに噛みつく害獣になったならともかく」
 噛みつくつもりがないのなら、殺す必要はない。
 ボクは医療に力を入れている。優秀な人材を育てるために優秀な人材には投資する。将来、この領土で一定期間医者として働くことを条件に。
 そうすれば、半分ぐらいはそのままここに残ってくれる。他の土地よりも条件がいいからだ。
 ボクの領土はとても安全で、とてもとても住みやすい。自分の村に戻るより、家族を呼び寄せた方がいい。
 ボクが小さい頃、ボクのためにばあやが考えた仕組みだ。
「村の人たちはボクの管轄外だけど、キミは間違いなくボクのモノだ」
「じゃあ、どうすれば……」
 医者として育てたのに、医者になれない。契約があるからまだこの領土にいなければならない。
「どうせ帰るところもないんだ。ロバス、オニスをじいやの所に連れていって。
 キミは今日からオニスを名乗るといいよ。この屋敷の執事見習いとして」
「執事……ですか」
「そう。ちょうどね、探してたんだ。
 ばあやよりも、じいやの方が男で年上だからね、早く死んじゃうんだ。だからじいやの代わりをずっと探してたんだ。
 キミが上手くできたら、じいやにしてあげる。教養の点ではクリアしているから、そう難しいことではないよ。
 出来なかったら捨てればいいだけだしね」
 まあ、それでもロバスよりはマシな執事になるだろう。頭がいいから補助金を出して医者にしたんだし、あとは気配りが出来るようになればいい。じいやはまだ十年は元気だろう。それまでには十分間に合う。
 ばあやの代わりも育っているし、これで将来安泰だ。
 うん。ボクの人生は順風満帆。
 後顧の憂いをなくすためにも、彼の希望は叶えてあげよう。
 村一つ、合法的に駆除させるぐらい、ケトルには赤子の手をひねるようなもの。しかも国民からは感謝される。
「さて、ボクは帽子屋さんにでも行くかな」
 オニスの帽子を選びに。
 ついでに皆の様子を見てこよう。
 ボクはいい領主だから、ちゃんと領民の様子を把握していなければならないから。


 

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