11話  あたしと猫とお犬様

動物視点1


 彼はコタツの中でごろごろとしていた。
 彼は思う。
 冬のコタツとはなんと心地よいのだろうか。人間というものは別に好きでも嫌いでもなく、
どちらかと言えば邪魔だと思うことも多々あるが、これを作ったというその事実を考えるといてもいいかと思えてくる。
 顔だけ出してテレビを見るのもよし。
 時にはミカンを食べるのもよい。
 他の同胞にこの生活を暴露すれば、なんと自堕落的な生活だと憤慨されるだろうが、所詮彼は猫である。誰がどう見ても立派な黒猫である。猫は気ままということは誰でも知っている。
 彼の名は『クロ』。クロと名つけられた。
 黒衣(くろきぬ)という名もあるが、生まれて間もない頃、人間の女にクロと名付けられた。黒衣というのは、彼の本性のイメージから他人がつけたものだ。彼にとって自らの名はクロであり、親しい者にはクロと呼ばせている。
 クロはこたつから頭を出してニュースを見た。
 便利な世の中になったものだ。昔は知りたい事を知るにも一苦労した。しかし今はテレビにラジオ、インターネットと情報を得る方法は多い。彼の同類もその恩恵にあずかっている。クロもかつては文明に頼らない保守的な立場にあったが、どっぷりと浸かってみるとこれがなかなかよい。電磁波とかプラスイオンとか騒がれているが、この生活があればどうでもいいとすら言い切れるようになった。
 好いた女と同じこたつでごろごろするなど、最高の一時ではないだろうか。
 テレビの中では、場面が変わり主婦向けのコーナーが始まった。
「ん……もうこのような時間か」
 そろそろ彼の思い人(世間一般では飼い主という)が帰路につく時間だ。彼女を迎えに行くのは今やクロの習慣である。最近は悪質な変質者もいるらしい。敵意はしみこませてあるので一番やっかいな相手には目をつけられないだろうが、人間相手では意味がない。
 クロはこたつからはい出るとゆっくりと起きあがる。こたつの電源を切り、テレビのリモコンを操作してこちらも電源を切り、一階に下りてペット用の出入り口から外に出た。この家では昔はなにかペットを飼っていたらしい。
 クロは塀を登り、屋根を渡り、目当ての女の元へと走る。
 猫というのはこういうときに便利である。犬が屋根を走っていたらおそらく大きな問題になるだろう。猫であればそれほど問題にはならない。
 学校に着くと、塀を乗り越え木の枝の上で待機する。
 しばらくすると、二人の少女がこちらへと向かってきた。
 主人の夜依と見知らぬ三つ編みの少女。
(なんだ、あれは)
 妙な雰囲気だ。できれば近づきたくない印象を持った。
「……まあいい」
 夜依に近づく者、その中でも彼女の敵であれば消せばいい。彼女の益になるのであれば、臭い付けしておくのもいいだろう。世の中、何があるかは分からないものだ。
「みゃあ」
 夜依に存在を知らせるために一声鳴いた。
「あっ、クロちゃん」
 声を確かめると木の上から飛び降り、彼女の腕の中へと飛び込んだ。
 彼女は彼を優しく受け止め抱きしめた。
 その時だ。突然声が響いたのは。
「お前が元凶かぁぁぁあ!!」
 そしてなぜか見知った少年が飛び出てくると、夜依からクロを奪い取った。

「やはり動物は犬に限る!」
 慶子の好きなテディベアカットのトイプードル姿のオーリンを見て、樹は至極満足げに言った。
「何言ってるんだ。やっぱり猫だろ、猫。オーリン、こないだ教えただろ。アメリカンショートヘアだ。慶子も大好きな猫だぞ」
 保の言葉にオーリンは猫へと姿を変えた。
「おい、この化け物。お情けで生かされている分際で、なぜ猫になる。やはりここはミニチュア・シュナウザーだ」
「何言ってるんだ。ならやっぱり基本の三毛猫だろ」
 かみ合わない会話に、オーリンは困惑してフィオを振り返る。しかしフィオも困り果てた様子で二人を見ている。
 明は仕方なく立ち上がり、無言でテレビを指し示してやる。
 現在、テレビ画面には芸能人のペットのイタチが出ていた。その姿は愛らしく、慶子を十分悩殺できるほどの威力を持っている。
「あれはフェレットっていうんですよ」
 妖精のくせに人間の文化に詳しいルフトがフィオへと教えてやる。
「可愛いな。オーリン、あれなら慶子もきっと喜ぶ」
 オーリンは言われると同時にフェレットの姿へと変化した。その変貌する様は何度見ても面白い。
「ん、なんだけっこう可愛いな。女ウケするな」
 ゲームをしていたアヴィシオルは、振り返りオーリンを見て言う。犬猫合戦をしていた二人は、ちっと舌打ちしてオーリンを睨むが、耐えきれなかったオーリンはフィオの元へと走った。
 それを見て掃除をしていたディノが耐えきれなくなったのか、モップを床に置いて並んで座る保と樹の前に立つ。
「お二方。居候の身であまりこういう事は言いたくはないのですが、オーリンとて生きているのです。ストレスを溜めるようなことはしないで頂きたい。最近ようやく慶子殿の態度の豹変になれてきたというのに、あなた方に遊ばれるようになってから、オーリンはどんどん弱っています」
「そんな繊細な生物なのか?」
 樹はディノが出したお茶を飲みながら言う。お茶請けは慶子の親戚から送られてきた野沢菜の漬け物だ。樹はこれをいたく気に入ったらしく、先ほどから食べ続けている。
「聖獣はとても気の小さな生物です。だからこそ他者の姿を借り、自らを強く見せたり仲間だと思わせるのです」
 フィオはオーリンを抱きしめ、うむと頷いた。
「オーリンはとても気の小さい奴だ。それでも必要な時にはとても勇敢になる。オーリンの事を思っておいてきたのに、結局は私についてきてくれていた。オーリン大好き」
 フィオにとっては、オーリンが唯一無二の心から信頼できる存在だったのだろう。今ではおそらく慶子も疑われることなく信頼されている。
「統治者の候補は皆一人に一匹ずつ聖獣を与えられる。もしもの時、統治者候補を守らせるために。こんなに臆病な奴らなのに、本当に命をかけるんだ。
 天界の皆はオーリン達『アドノア』の性格を利用してるんだ。聖獣だと押し上げて、もしものとき、身代わりにさせるために」
 フィオはオーリンへと頬ずりした。
 明は愛しさが伝わってくるその光景を微笑ましく思い、それから寝そべり目を伏せた。


 突如として現れた明神大樹に捕獲されたクロは、次の瞬間には夜依の連れの少女によって保護されていた。
 温厚そうな顔をしているくせに、素人とは思えない見事な動きで大樹を殴り倒し、その手でクロを受け止め胸に抱く。
(む……)
 ダイレクトに伝わる胸の感触にクロは戸惑った。戸惑ったが、たまにはいいかと思い大人しくしていると、射抜くような視線を感じた。クロは伏した大樹を見て驚いた。
(怒っているのか?)
 いつもへらへらと笑っているあの男が。不機嫌な顔はしても、このような目を誰かに向けた姿は初めて見た。
 クロは自分を抱える女の腕から抜け出し、夜依の腕の中へと戻る。その瞬間、大樹の殺意が消える。
(やはり怒っていたのか? ならばこれはあいつの女か?)
 女好きは知っていたので、特定の誰かに触れて嫉妬するような男ではないという印象を持っていたのだが、存外に嫉妬深い男なのかも知れない。
「ケイちゃん……いきなり人を殴り倒すのは乱暴だと思います」
 大樹は情けない表情を浮かべて女へと話しかけた。
「いきなり人の猫奪い取る方が乱暴でしょ。あんた、猫嫌いだっけ?」
「いや猫は好きです。犬の方が好きだけど、猫はちょっと気ままなところが女の人みたいで可愛い感じが好きだけど、それはちょっとやばい猫なんで、俺に一時貸してください」
 大樹は起きあがりクロへと手を伸ばした。
 自分の女に触れたことをまだ怒っているのだろうか。
「何がやばいのよ」
「ええと、イロイロと。とりあえず、なんで夜依ちゃんが黒衣をそんな風に当たり前のように腕に抱く関係になったのか知りたいです」
「大樹くん、どうしてクロちゃんの本名を知ってるの?」
 クロは夜依の言葉に驚いた。
(あちらが本名だと思っていたのか?)
 それに関しては別にかまわない。クロと呼ぶのは夜依だけで十分である。
「前々からの知り合いだから」
「そうなの?」
 夜依がクロに訪ねてきた。クロは首を縦に振り答える。関係のない人間がいるので気をつけねばならない。
「可愛い〜おりこう〜」
 大樹の女はとても先ほどの切れのある拳を見舞った者とは思えない穏やかな笑顔で言った。
 世の中は広い。夜依並に変な女も他にいるということだろうか。
 大樹は夜依と顔見知りらしく、馴れ馴れしく彼女に話しかけていた。その間にも、その意識はクロへと向けられていた。
 クロは仕方なく夜依の腕から抜け出し、大樹の肩にしがみつく。子猫の小さな身体なら、爪を立てずとも落ちることはない
 大樹はクロを物陰に連れ込み、不機嫌をあらわにして言った。
「てめなんで夜依ちゃんと知り合いなんだよ」
「今あれの元で生活している」
 彼が言葉の意味を理解するのにしばしの時を要した。彼にとってはそれほど意外な言葉だったのだ。
「純粋無垢な夜依ちゃんになんてことを……」
「別にやましいことはしていない。貴様と貴様の主人と私を一緒にするな。私はただ夜依の側にいるだけで満たされる」
 大樹はふんと鼻で笑う。
「何が満たされるだよ。こんな子猫の姿で夜依ちゃん騙して」
「お前こそ、らしくもなくあの女にご執心のようだな」
「ケイちゃんは特別だから」
「確かに、妙な女だ。力が殺がれる」
「別にだから気にしているわけじゃない」
「ならば私も同じだ」
「……相変わらずむかつく奴だな」
「私はどこからどう見ても可愛く可憐で女子供に人気な子猫だ」
「いやマジほんとムカつくんだけど。
 ケイちゃんの胸は俺だって滅多に触れないのに!」
 嫉妬深いというか、せこいというか。
 動物の役得などせいぜいその程度だ。夜依の腕に抱かれる以外にメリットはない。
「とりあえず、このことは明様に報告するからな」
「勝手にしろ。止めてもするのだろう。止める必要もない。私は私で好きに生きてきた。
これからもそれは変わらない」
 好きに生きている。それはあの時から変わらない。
 門のほうから、大樹の女の声が聞こえた。

「オーリン。オーリンはどうすればいいと思う?」
 テレビ画面の中の二次元の美少女と親密に関係になるべくして、フィオは真剣になってオーリンへと問うた。
 明は寝そべりながらもその光景を眺めた。
 あのゲームの何が楽しいのかは明には理解できない。試しに大樹にやらせてみたが、リアルな女性が好きな彼はすぐにつまらないと言ってやめてしまった。
 結局分かったのは、そのゲームは人によって評価が大きく変わるということだ。
 アヴィシオルがそのゲームを気に入っている理由は、攻略する対象の中に黒いストレートヘアの少女がいるからに違いない。
 問われたオーリンは助けを求めるようにディノを見上げた。困れ果てたディノは、突如立ち上がり今度は拭き掃除を始めた。
 彼はすっかり主夫としての役割に慣れてしまっているようだった。
 フィオは助言者を得ることができず、しかし迷いながらも自力でゲームを続けた。何度も失敗しながらもゲームをすすめ、やがてなかなかいい関係になってきたその時だった。
 どん! という音と共に慶子が部屋に入ってきた。
「フィオ!」
 焦りと怒りに満ち爛々と輝く慶子の目がフィオへと向けられる。フィオはひっと小さな声を上げてアヴィシオルを盾にする。
「な、なんだ?」
「何やって……マジで何やってるの?」
 慶子は画面の中の美少女を見てつぶやいた。
「これ何?」
 ゲームをしていた本人がアヴィシオルへと問う。アヴィシオルは呆れ半分に答えた。
「ただの恋愛シミュレーションゲームだ」
 慶子は水の流れのごときよどみなく自然な動きをもてゲーム機に近づき、罪の意識も迷いもなく、断罪の槌を振り下ろす。
 リセットボタンは押されてしまった。
「まあ、いかがわしいゲームには違いないわね。ちょっとあんた! フィオにこんなろくでもないゲームさせないでくれる?」
「……よ、洋子が」
 フィオは涙ぐんで自分が必死に口説いていた少女を思って声を絞り出す。彼の中で『洋子』は星になったのだ。彼の口説いていた洋子はもう存在しない。次の洋子はまた別の洋子である。ペットが死んだからといって、同じ種類のペットを買ったとしても前のようには育たない。
「せっかくデートしようと思っていたのに……」
「可哀想に。下手くそがようやくこつをつかんだっていうのに、いきなり消すとは無粋な」
 慶子はアヴィシオルの顔面をボールでも掴むかのようにその小さな手で覆い身体を横倒しにし、フィオへと言った。
「じゃあ今度あたしとデーとしようか?」
 フィオは自分自身が好きな女性にデートに誘われ、やや驚きながらも次第にその顔に喜びの色が広がった。
「本当か? デートとは映画を見てパフェを食べるのだろう? パフェとはパーフェクトだからパフェなんだろう? 私はパフェを食べてみたい!」
 なぜ天界育ちの彼がそのような事を知っているのか。明はわずかながらも戸惑いを覚えた。
「……可愛い子ね。今度パフェ食べに行きましょうか」
 慶子はアニメの映画を見た後にパフェを食べるというデートコースを想像してか、押さえきれずにくすくすと笑う。デートというよりも、子供が親と遊びに行くコースである。
 慶子は押さえつけている存在のことも忘れて笑っていると、そろそろ限界に到達したアヴィシオルが低く言った。
「おい、貴様。あまり調子に乗っていると」
 彼が言った瞬間、慶子は彼から手をどけた。
「調子に乗ってるのはあんたでしょ。あ・ん・た」
 慶子はアヴィシオルの額を指ではじき、振り返ってリビングの入り口で微笑んでいる少女を招き入れた。長く癖のない、まさしくカラスの濡れ羽のような髪を持つ少女だ。
「おおっ」
 アヴィシオルは目の色を変えて少女の元へと走った。
(ん?)
 少女が腕に抱いた猫が跳んだ。アヴィシオルの顔面へと爪の一撃をくれ、そのまま肩にしがみついた。
(なんだ、黒衣じゃないか)
 子猫の姿をしているが、その気配はまさしく黒衣そのものだ。明も知らぬところで彼が子を作っていたとすれば話は別だが、おそらくは本人だろう。
「いっつ、なんだお前は!」
 アヴィシオルは黒衣の異様さに気づき、何かされる前に彼を掴み床へとたたきつけた。
 少女の悲鳴が上がるが、黒衣は猫特有の平衡感覚であっさりと足から着地し、彼を呼びながら手を差し出した少女の腕の中へと飛び込んだ。
 黒衣の方もアヴィシオルが人でないことを察し、油断なく睨む。刹那、慶子はアヴィシオルをカバンで殴り倒して彼を罵る。
「こら、この悪魔! こんな子猫になんてヒドイことするのよ」
「っつ。角!? その金属で補強された角か今のは!?」
 二人はおなじみとなってしまった口論を繰り広げ、そしていつものようにアヴィシオルが劣勢になり、最後には無視されてその戦いは幕を閉じる。
 彼も慶子に対して苦手意識を持ち始めたようだった。力を殺ぐ、またはそらすととも考えられる、本人には意識のない力を持っているからこそ、この結末があるのだ。それを彼らは本能的に感じ取り『苦手意識』に近いものとして感じるらしい。慣れてしまえばそれは消えるが、まだ慣れぬ彼には慶子は避けるべき存在であった。
「久しぶりだね、やえちゃん」
 保が少女へと声をかけた。
(夜依……古村夜依か)
 慶子の友人で、強い鬼をも懐柔する少女。慶子のおかげでその性質が薄れがちであったのだが、また引っかけてしまったようだ。それがよりにもよって、黒衣である。
「お久しぶりです、保さん。最近よくテレビに出てますね」
「ああ。日本にいるからよくバラエティ番組とかの出演依頼が来るんだ」
 そのたびに樹はテレビにかぶりつきになり、その上録画までしている。保が番組に出演する日は、人と食事に行くことはない。それが誰であろうとも例外はない。時々、彼が女性であったら世の中は少し平和になるのではないかとすら思ったものだ。
 二人の出会いは大樹と慶子が生まれた病院で。互いに自分の弟と妹を自慢し合っていた。そこからなぜか互いを気に入り、今ではまるで恋人同士のようである。本当に恋人同士なのではないかとも噂されている。もちろん、女性達の希望の入り交じった噂に過ぎないので、本人達が耳にしたら憤慨することは間違いない。
「ところでやえちゃん。その猫……」
「保さんもクロちゃんのことを知っているんですか?」
「いや、初めて見たけど……」
 保の隣に立つ樹は黒衣を睨み付けた。彼は一度、黒衣に獲物を横取りされたことがある。完璧主義の樹にとって、黒衣は忌々しい過去の汚点だと感じているのだ。
 猫好きの保は一見愛らしい子猫に見える黒衣を快く思うものの、親友のただごとならぬ態度からそれを表情に出せないでいる。
 明は立ち上がり、てきとうに鳴いた。
「わん」
 注目が明へと集まった。こうして鳴くのは一般人もいるから。一般人筆頭のというか、たった二人の一般人の内の一人である慶子が明の顔をのぞき込み、頭をなでてくる。
「明ちゃんもいたの」
 やはり女子高生になでられると、つい犬の本能で大人しくしてしまう。
「こら慶子。気安く明様をなで回すな。本人がいくら喜んでいようとも」
 それほど喜んでいるように見えるのだろうか。不快ではないし心地よいのは確かだが、そこまで言われるほど我を忘れたつもりはない。
 今は樹に何を言われようが仕方のない心情である。
 しかし若い娘はやはりいい。しかしこの状態に浸っているのも威厳に関わる。
「わん」
 明が一度鳴くと、慶子は首をかしげながら離れた。しかし今度は夜依が近づいてきた。
「可愛いわんちゃん」
 若い娘になでられるとどうも拒めない。あと子供になでられた時もされるがままになってしまう。女子供には逆らうなというのが彼の長年生きてきた経験で最も痛感したことである。その意識には逆らえない。
 しかしその状況に甘んじている明の頭上に、不機嫌を顔に書いたような黒衣が飛び乗った。
「にゃ!」
 黒衣は意味もなく鳴き明へと牽制する。
「わん」
 明は慶子の目を気にして鳴いた。伝えるべきことは別の方法、思念を使い相手へと伝えた。
『とりあえず、表で話さないか?』
『いいだろう』
 話が決まったところで明は窓の鍵を開けて庭へと飛び出た。
 白い洗濯物がたなびくその前で、両者は向かい合った。
 なぜかオーリンまでもがやってきて、心配するようにこちらを見た。
 こうして、彼と向き合ったのはどれほど前のことであったか。
 少なくとも、あの時よりも彼の生活には意義があるようだった。

 

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