11話?  あたしと猫とお犬様

 


人間視点
 前書き
 この話は天使とあたしではありますが、短編の猫鬼の続編的話でもあります。
 途中初めて出てきたのに妙に意味ありげな女の子とか猫とか出てきますが、あまり気にしないでください。
 猫鬼を読んでいない人でも、分からないなりの楽しみとかもあると思うので、今読まずとも問題なしです。気になったら、あとで読んでみてください。
(以下本編)

人間視点

「慶ちゃんって、今何か飼ってる?」
 友人の言葉に慶子は口に含んでいたウインナーを飲み込む。
 現在友人と数人で寄り合って食事を取っている。その中でペットの話になったのだ。
「今ホームステイしている女の子ならいるわ」
「ああ、最近ちょっと有名ね」
「え……どういう風に?」」
「ものすっごい美少女なんだけど、小さな子と屈託なく遊んでいるとか。頭は悪くないみたいだから、きっと子供好きの世間知らずのお嬢様だろうって」
「ある意味その通りの噂ねぇ」
 子供が好きと言うよりも、子供と同レベルなのだが、けっして馬鹿ではないので変なことを言う時は日本語を理解していないという風に取られるようだ。
「そういえば、ヤエが猫飼い始めたらしいわよ。時々学校にまで来るのよ。可愛い黒猫ちゃん」
「夜依が猫を? そうねぇ、夜依もご両親が忙しい人だから、ペットがいた方が寂しくなさそうよね。あのこ動物なら何でも可愛いって言うし」
 隣のクラスの友人を思い出しながら言う。
 中学からの友人で、一度ペットが何者かに殺されてしまって以来、彼女は動物を飼おうとはしなかった。
(立ち直ったのね)
 いい傾向である。
「後で顔見せに行こうかしら。どんな猫かも知りたいし」
「慶子、猫好きだものね」
「可愛い動物なら何でも好きよ」
 夜依の場合は動物なら何でも好きという変わった子であるが、優しくて健気な可愛い子だ。
 少し鈍いところが、保護欲をそそられる。そんな可愛い女の子。

 放課後。
 大樹は帰ろうと慶子を探していたところ、慶子は古村夜依と共に裏門へと向かっていったとの情報を得た。
 二人は嫉妬したくなるほど仲がよく、妙に似ている部分がある。
 慶子が本性は気性の荒い根性の女だとすれば、夜依は物怖じしない不動の女である。目の前で慶子がヤクザ風の男を相手に喧嘩を売っても平然としているし、人質にされても何も考えていなさそうな顔をしながら、慶子に教わったチカン撃退術で自力で逃げ出してくるという光景を目にして大樹は言葉を失ったことがある。
 そんな目にあっても慶子と仲がよい。慶子の凶行はこのさい気にしないとして、一般人の彼女があれほど落ち着いているのは不思議である。
(危なっかしいところも似てるんだよなぁ、あの二人)
 一番にて欲しくないところも似ている。
 奇妙なモノに好かれてしまうという、一番似て欲しくない共通点。慶子のおかげで夜依に寄ってくる変な虫はいないのだが、それでも今はクラスが違うので近々限界を感じていた。
 大樹は慶子のことを考えると、不安で心配で気になって裏門へと走った。裏門は夜依の家の方角なので、帰りに彼女の家に寄るのだと思われる。
 慶子の凶行も心配なのだが、夜依については最近気になることがあった。
 彼女はかすかだが、妙な気配をまとっていた。近寄りたくないと本能的に思わせる、しかし気にして見なければ分からないほどの気配。
 それが気になり見張らせてはいるものの、相手はなかなか姿を見せない。いや、彼女を狙っていた存在がいたはずなのだが、それが消されている。
 今の彼女の立場は微妙である。
 昔は慶子といたから何もなかった。それが慶子の奇妙な特性である。
 しかし今は、その慶子が起爆剤となる可能性もある。
 現在は樹にこき使われている情けなくも見える昭人だが、彼もまたあちら側の者である。彼を改心させた時は、慶子のそれがよい方向へと動いた例だといえる。
 昭人の気が小さかったというのが一番の要因だが、もちろん偶然もある。後で聞いて寒気がしたものだ。兄はあの性格で、他人の命などゴミのごとく扱うし、当時の昭人にとっては慶子の命などまさにゴミ同然だった。彼のいる世界とは、それが当たり前の世界だ。
 だからこそ、見逃せない。慶子なら自力でどうにかしてしまうのだが、他人が一緒にいるという時点で危険である。
 そう思い追いかけていると、息が切れる頃には二人に追いついた。
 裏門付近にはほとんど人気がなく、楽しそうに会話する二人のみが見えた。この裏門の先は妙に入り組んだ道の上、人気がないことからここを使用する生徒は少ない。ほとんどの生徒は西門、正門を使用する。そちらの方が安全である上、行き止まりが少ないので早いのだ。本当ならば閉じてしまいたいところらしいが、利用者がいることと、この門の真ん前に住んでいる教師もいるので時間によっては解放させているようだ。
 夜依の家はこの門から出ると上手い具合に近道になる方角に家がある。女の子の一人歩きは危険であると教師に止められているはずなのだが……本人はまったく気にしていないらしい。
 その時だ。
「みゃあ」
 猫の鳴く声が木々の合間を縫って響く。
「あっ、クロちゃん」
 夜依は木の上から飛び降りた黒猫を抱きとめた。小さな黒い子猫である。
 ただし、大樹には非常に見覚えというか知っている気配を発する猫だった。
 誰も気がつかなかったはずだ。知らなければ気づくはずもない。あれはそういうレベルではない。
「お前が元凶かぁぁぁあ!!」
 大樹は飛び出て、夜依から黒猫をぶんどった。

 突然呼びもしないのに飛び出て触らせてもらおうとした黒猫を奪った大樹を、慶子はとりあえず殴り倒して子猫を奪い返した。
「まったく。いくら犬派だからって、こんな子猫にいきなり何するのよ」
 慶子は取り戻して胸に抱いた子猫へと、ねぇと言って微笑みかけた。
 黒猫はにゃあと鳴いたかと思うと、じたばたともがいて慶子の腕を飛び出し、夜依の腕へと戻る。
 主人の方がいいらしい。猫のくせに忠義の厚い奴だ。
「ケイちゃん……いきなり人を殴り倒すのは乱暴だと思います」
「いきなり人の猫奪い取る方が乱暴でしょ。あんた、猫嫌いだっけ?」
「いや猫は好きです。犬の方が好きだけど、猫はちょっと気ままなところが女の人みたいで可愛い感じが好きだけど、それはちょっとやばい猫なんで、俺に一時貸してください」
 大樹はよろよろと起きあがりながら、威嚇するように睨んでくるクロに手を伸ばした。
「何がやばいのよ」
「ええと、イロイロと。とりあえず、なんで夜依ちゃんが黒衣(くろきぬ)をそんな風に当たり前のように腕に抱く関係になったのか知りたいです」
「大樹くん、どうしてクロちゃんの本名を知ってるの?」
「前々からの知り合いだから」
「そうなの?」
 夜依がクロに訪ねると、クロはこくりと首を縦に振った。
「可愛い〜おりこう〜」
 慶子は思わず悩殺されてしまった。猫好きの兄が見たら、絶対に抱きしめて離さないだろう。
「…………夜依ちゃん……それの正体知ってる?」
「うん」
 夜依はにこにこと笑いながらクロの喉をなでる。クロはごろごろと喉を鳴らして夜依の手に頬をすり寄せた。
「何の話よ」
「いや、ケイちゃん知らなくていいし。ちょっと貸してくれる?」
 大樹が手を伸ばすと、クロは夜依の腕から抜け出して大樹の肩にしがみついた。本人がついて行ってしまったので、夜依は落ち着いた様子で待つことにした様子だ。
 大樹は走って物陰に隠れて何かをし始めた。
 待つこと数分。
「大樹、何してるの?」
 問うと彼は走ってこちらへと戻ってくる。
「いや、ちょっと」
 クロは大樹の頭に登り、跳躍して夜依の腕に戻る。
「…………よく分からないけど、行きましょか」
「うん」
 大樹のことだから、実は猫の言葉が分かると言い出しても不思議には思わないので、とりあえず気にしないことにして裏門へと向かった。
「待ってケイちゃん!」
 大樹の引き止める声に、人のよい夜依は振り向いた。
「こらこら。ああいう変質者は気にしちゃいけません」
 大樹は携帯電話を片耳にあて、誰かと会話していた。どうせ樹だ。
「あっそう。やっぱケイちゃんのところか。明様もいるの? ちょうどいいや。
 古村夜依……ああ、ケイちゃんの友達の周辺に変なのが出てたのは聞いただろ? なんでか黒衣がいるんだよ。あ、連れてけばいい? らじゃ」
 大樹は笑顔で携帯をポケットにしまうと、二人を手招きした。
「ケイちゃん。フィオちゃんがこれ以上アヴィの魔の手にかかりたくなかったら、夜依ちゃん連れてすぐに帰った方がいいよ」
「あの男がフィオに何をするっていうのよ。どうせルフト君も一緒にいるんでしょ」
 なぜかフィオにぞっこんの妖精を思い出し、慶子は心配する気にもならなかった。
「慶子ちゃん。クロちゃんも嫌がってないから、一緒に行ってもいいよ」
 夜依はクロを優しくなでながら言う。すました顔の子猫は、下手な人間よりもよほど知的で愛らしい。
「……んー、でも夜依にあいつらと会わせたくないしぃ」
 大樹は猫相手にわけの分からないことを言っている。でも連れていけば兄も喜ぶだろう。彼も夜依を知っているしもう一人の妹とばかりに可愛がっていた。その他がいなければぜひ連れていきたいのだが、その他が危険すぎてこの純朴な少女を連れて行くのはためらわれる。
「行こう、慶子ちゃん」
「さすがは夜依ちゃん。いい子だなぁ」
「だからこそダメよ」
 ダメなのだ。絶対にあれとは関わらせない方がいい。彼女の髪は黒くて直毛だ。あの男が彼女を目にしたら、絶対にろくな事をしないだろう。あの黒髪の直毛フェチ男には彼女を会わせてはならない。
「ところでケイちゃん。本当にいいの? 
 なんか、兄さん曰く三人でいかがわしいゲームをやってるらしいけど」
「…………」
 慶子は考えた。
 いかがわしいゲーム。
 それはあれだろうか。あの妙に近づき難い一角にあるような、いかがわしいゲームだろうか。
「そういうことは早く言いなさいっ!」
 慶子はあの魔王未満を殴り倒すため、ぎゅっと拳を握りしめて走った。

 どん! という音と共に慶子が部屋に入ってきた。
「フィオ!」
 慶子がフィオを睨むと、フィオはすくみ上がってアヴィシオルの背に隠れた。
「な、なんだ?」
「何やって……マジで何やってるの?」
「これ何?」
 フィオはアヴィシオルへと問うた。
「ただの恋愛シミュレーションゲームだ」
 慶子はその多くの女性を口説き落とすというあまり感心できないゲームを見て、それから近づきリセットボタンを押す。
「まあ、いかがわしいゲームには違いないわね。ちょっとあんた! フィオにこんなろくでもないゲームさせないでくれる?」
「……よ、洋子が」
 フィオは涙ぐんでリセットされ、製品名が映し出されたテレビ画面を見る。
「せっかくデートしようと思っていたのに……」
「可哀想に。下手くそがようやくこつをつかんだっていうのに、いきなり消すとは無粋な」
 慶子はアヴィシオルの顔面をつかんでその身体を横にどかせ、フィオへと微笑みかけた。
「じゃあ今度あたしとデートしようか?」
「本当か? デートとは映画を見てパフェを食べるのだろう? パフェとはパーフェクトだからパフェなんだろう? 私はパフェを食べてみたい!」
「…………可愛い子ね。今度パフェ食べに行きましょうか」
 慶子は何をどうすればそんな勘違いをするのか理解できなかったが、純粋なフィオの言葉に少し感動した。
「おい、貴様」
 アヴィシオルは自らの顔面をつかみ続けている慶子の手を横に払う。
「あまり調子に乗っていると」
「調子に乗ってるのはあんたでしょ。あ・ん・た」
 慶子はアヴィシオルの額を指でつつき、それから振り返りリビングの入り口で微笑んでいる夜依を招き入れた。
「おおっ」
 アヴィシオルは突然声を上げ、慶子が殴り倒す間もなく夜依の元へと走っていた。
(はやっ)
「なんと美しい緑の黒髪……はじめましてお……」
 その時だ。
 クロが飛んだ。
 飛んで、ばりっとアヴィシオルの顔をひっかき肩に爪を立ててしがみついた。
「いっつ、なんだお前は!」
 アヴィシオルは残酷なことに、張り付いているクロをつかみ上げ、床へと投げ捨てた。
「きゃああ」
 夜依は思わず悲鳴を上げたが、クロは驚異的な運動能力により一瞬にして体勢を整え床へと着地する。
「クロちゃん」
 夜依の差し出す腕へと、クロは何事もなかったように飛び込み主人に触れようとした不届き悪魔を睨んだ。
 現在の彼は一見人間に見える。ハードな柄のトレーナーとジーンズというどこにでもある姿だが、その異常さは動物の勘で感じ取ったのだろう。
 慶子はアヴィシオルの後頭部を、持っていたカバンで殴る。
「こら、この悪魔! こんな子猫になんてヒドイことするのよ」
「っつ。角!? その金属で補強された角か今のは!?」
「そうよ」」
「どっちがひどいんだ! お前正気かっ!?」
「弱者をいじめる男に手加減の必要はなし!」
「ひっかいたのはこの猫だろう!」
「引っかかれるようなことをしたあんたが悪い!
 だいたい人の親友を怯えさせといてその言いぐさ? 文句があるなら今すぐに出て行ってくれる?」
 アヴィシオルは忌々しげに慶子を睨み、そしてフィオへと視線を移した。
「では、あれを我が家に連れていくのもいいだろう。ただし、妖精程度でぐだぐだという身内がいるから、少し危険かも知れないがな」
「あんたなんかにもってかせるはずないでしょ。常識考えてよ」
 慶子はカバンを床に置き、夜依をソファに座らせた。
「久しぶりだね、やえちゃん」
「お久しぶりです、保さん。最近よくテレビに出てますね」
「ああ。日本にいるからよくバラエティ番組とかの出演依頼が来るんだ」
 そのおかげで、一緒に買い物をしていたらファンに囲まれて荷物持ちの意味もなく、結局慶子は一人で重い荷物を持って帰ったものだ。
「ところでやえちゃん。その猫……」
「保さんもクロちゃんのことを知っているんですか?」
「いや、初めて見たけど……」
 保は彼の隣でクロを凝視する樹をちらと見る。
「わん」
 突然低い犬の鳴き声が響いた。珍しく、本当に珍しく鳴いたのは明。犬神の明だった。
 明の鳴き声はどこか優しい印象を持つもので、慶子は明の元へと歩み寄るとその頭をなでてやる。
「明ちゃんもいたの」
「こら慶子。気安く明様をなで回すな。本人がいくら喜んでいようとも」
 樹の言葉に慶子は明を抱きしめてべーと舌を出した。本人が喜んでいれば触ろうが抱きしめようが勝手である。触って衰弱死するような小動物でもないのだから。
「わん」
 また鳴いた。
 慶子は首をかしげて明から腕をどけると、彼は夜依の足下に座り、もう一度鳴いた。
「可愛いわんちゃん」
 またしてもなでられ、明は大人しくそれを受け入れ、その頭にクロが飛び乗った。
「にゃ!」
「わん」
 緊張感のない両者の語り合い。
(あ、犬と子猫ってめちゃ可愛いかも〜)
 そして二匹は仲良くそのまま窓へと向かい、明が窓を開けて庭へと出た。鍵まで開けてしまいとは、器用な犬である。
「どうしたんだろう」
「もうお友達になったのかな?」
「あ、オーリン」
 なぜかフェレット姿のオーリンが二匹を追って庭へと飛び出た。
「一体あれだけの会話で何を了解し合ったんだろう……」
 一人忘れ去られていた大樹がぽつりともらした。

「わん」
「にー」
「…………」
「わん」
「にゃ」
「…………」
 犬と猫とフェレットは、奇妙な三角形をつくり会話していた。
「が、がんばれオーリン」
 フィオというらしい女の子ぐっと拳を握りしめて言う。
「別に弁論大会じゃないから頑張る必要ないでしょ」
 友人の慶子は冷めた調子で言いつつも、実はその光景に見入っていた。
「でもでも、オーリンだってきっと発言したいはずだ。でも、オーリン恥ずかしがり屋だから」
「だいたい、フェレットは滅多に鳴かない動物なのよ?」
「でもでも、犬や猫だと、保と樹がケンカするんだ」
 慶子は殺気立った目で保と樹を睨んだ。
 フェレットがなぜ犬や猫に関係するのかはよく分からないが、小さな女の子の必死な姿は、慶子の心を動かすには十分すぎるものだった。
「オーリンがどうしたらいいのかわからずおろおろしているから、テレビで見たあの生き物にさせたんだ。今もああやって、二人を心配してついて行ったし。優しい奴なんだぞ」
「そうね。ありがとうね。あの馬鹿二人に絡ませてごめんなさいね。後で馬鹿にでも分かるよう、身体にたたき込んでおくから。もうしないわよ」
 相変わらずの関係に、夜依は思わず笑ってしまった。
 慶子は友人ながら少し変わり者だ。人は彼女をおっとりしているが、実はしっかりとした人だと言う。しっかりしているのは確かだ。しかし、おっとりはしていない。むしろとても激しい気性の持ち主だ。
 人が困っていると嫌いだと言った相手にも手をさしのべ、些細なことで怒り、そしてとても優しい。それが彼女。
 ときどき変だが、大好きな友人だ。
「でも、明達は何をしているんだろうな」
「まあ、二人は古い知り合いだし、何かとつもる話もあるんじゃないかな」
 大樹が小さく言うと、慶子がいぶかしげに彼を見る。
 現在のクロの姿はどう見ても子猫であり、彼女には『昔から』の意味が分からないのだろう。大樹はいつも不思議なことを知っていて、慶子はいつも混乱させられている。それを説明しないから、慶子は彼の言葉をさして気にしないようになった。
 大樹との付き合いは浅いが、見ていればそれぐらいは察することができた。
 現在、彼の立場もなんとなく分かるようになってきた。
 自分の周りを見張る者も、彼の手のものだということは今回のことで理解した。ただ、クロを知っていたのは少し意外であったが。
「夜依ちゃんは黒衣とはどうして知り合ったの?」
「変な人に狙われている時、助けてもらったの。両親がほとんど家にいないし、タマが死んでからは一人で寂しかったから、ずっといてくれるって」
 慶子はクロを見て、しばらく考えた後に微笑ましげに夜依を見た。
 何か勘違いしていることは明らかであったが、理解しろと言えるものではない。
「タマっていったのか、前の。でも前のも猫だったんだね」
「ううん。カメよ」
「亀!?」
 四方八方から驚愕の声が上がる。タマを知っている慶子と、外国人達以外の全員からだ。
 庭からも聞こえたから、クロも叫んだのだろう。
 人前では話さない彼にしては珍しいことだ。
「夜依って、ネーミングセンス変なのよ。前に拾った蛇にはポチって名前つけるし」
「変かなぁ? 可愛いと思うんだけど」
「変だって。あの樹さんまで変な声出してたし」
 夜依は樹を横目で見る。凝視されていた。ああいう男の人は恐いから苦手だ。
「わん」
「にゃあ」
「…………」
 三匹は気を取り直して奇妙な会話を再開した。
 しばらく皆でそれを見ていたのだが、やがて飽きてきてそれぞれ好きなことを始めた。

 慶子は人間の食事の支度を終えると、ふと動物たちの──主にクロの食事をどうするかを考えていないことに気づいた。
「クロちゃんって、何食べるかな? 今魚とかないんだけど」
「クロちゃんは何でも食べるわよ」
「でも、肉じゃがなのよ。忘れてたわ。タマネギ入れちゃった」
「大丈夫。クロちゃん焦げた肉でも何でも食べてくれるから」
 主人思いのいい子である。夜依の料理は決して美味くはない。普段は普通に食べられるものを作るが、時々とんでもないモノを作り上げるのが彼女だ。
「そういう理屈じゃないって。中毒起こしちゃうわよ」
「でも、あのわんちゃんは?」
「……肉じゃがを食べさせなきゃいいでしょ。明ちゃんはみそ汁好きなのよね」
 実はまだわんにゃー……とやっている三匹を見て慶子は言う。
 雪こそ降らないものの外は寒い。猫にはつらいのではないだろうかとも思うのだが、二匹はまったく動かず会話している。
「慶子」
 保と将棋をしていた樹が顔を上げて慶子を呼んだ。
 戦況を見ると、当然樹が勝っていた。
「樹さん、兄さん相手なんだから手加減してあげてよ」
「っ!?」
「無論だ。だが、負ける方が難しい相手というものも世の中にはある」
「な!?」
「気持ちはわかるけど、言うことないじゃない」
「え!?」
 保はまるでフィオのように大げさに驚いた顔をした。
「話は戻すが、明様も肉じゃがは食べるぞ」
「でもタマネギ入ってるのよ」
「明様はタマネギも好きだぞ」
「あんた犬になんてもの食べさせてるのよ!?」
 犬猫にタマネギを与えてはならない。それはペットを飼う人間には常識である。
「言っておくが、明様以外の普通の犬には食わせないぞ。可愛い奴らがもし死んだらどうするんだ」
 慶子は頭を抱えたくなった。
 明も可愛いのだが、可愛いのだが、樹や大樹が『様』付けするだけはあるのだろうか。どこか普通ではないのだろうか。どんな具合に普通でないのだろうか。
(だめよあたし! 考えたら負けよ! これは奴らの策略よ!)
 策略に乗って突っ込めば、本当にこの一家の誰かに嫁がされる羽目になる可能性があるのだ。一般人でいたければ、見ざる聞かざる言わざるである。彼らのいる世界は、知れば知るほど抜け出せない世界に違いない。
「樹さんって、人間よりも犬の方が好きでしょ」
 考えた結果、当たり障りのない発言でお茶を濁す。
「何を言う。そのような当たり前のことを今更」
「いや、そんな迷いもなく当たり前のように肯定しなくても……」
「では、帰ると一列に並んで心から慕って出迎えてくれる犬達と、汚らしい欲望を持って迎える人間。機嫌が悪い時もそれを察して一定の距離をおきつつ寂しそうな目をして見つめてくる憎めない犬達と、心にもない世辞を言ったり慰めをする人間と。どちらがいい?」
「そりゃ犬に決まってるじゃない。」
「そうだろう。ことこの件に関してはお前の事は高く評価している」
 慶子はふっとため息をついた。
 評価してもらわなくてもけっこうである。彼の犬はしつけもちゃんとされていて可愛いのは認める。雑種も混じっているから、彼の犬好きが本物であることは理解している。しかし同士扱いはされたくない。
 慶子は新しいぞうきんを取り出し、庭に面する窓を開く。
「ほーらごはんよ。いらっしゃい」
 三すくみ状態の三匹へと声をかけた。
 三匹は同時に慶子を見ると、大人しく慶子の元へとやってくる。明は敷石の上でお手をするような形で待ち、慶子はその足を拭いてやる。明が終わるとクロ。クロの次はオーリン。
「慶子……綺麗なようだが、明様の足をぞうきんで拭くな」
「いいじゃない。ねぇ。ぞうきんは元々はタオルだもの」
 慶子は明を抱きしめながら言う。
 クロは当然とばかりに夜依の元へと走っていった。オーリンもフィオの元へと走る。
「…………くっ。動物の分際でお前ら……」
 まだいたアヴィシオルが小さく言うと、三匹は同時に彼を見た。
「……馬鹿だなぁアヴィ。そんなの今更の事じゃないか」
 大樹はふっと笑い、慶子にすり寄る明の頭をなでた。不満を顔に表すアヴィシオルへルフトは言う。
「そうですよ。だいたい、動物の姿になって女性にべたべたしてもらって嬉しいと思うのならすればいいじゃないですか」
「空しいだろ、それは」
「でしょう? そう思うなら文句を言ってはいけませんよ」
 言って彼はオーリンへと視線を移し、
「そりゃあ呪わしくは思いますが」
「天界の聖獣だぞ。殺すなよ」
「そんな恐ろしいことはしませんよ。フィオさんの大切なお友達なんですから」
 フィオはルフトに笑顔を向けられ、反射的に笑顔で返す。
(ルフト君も見た目は純粋に見えてそうじゃないのよねぇ)
 見た目だけならフィオ並みに純粋そうに見えるのだが、残念極まりない。
「なんかもう明様達は何でも食べるとして、ケイちゃん、俺はお腹すいた」
「はいはい。じゃああんたも手伝いなさい」
 慶子はキッチンへと戻ると、大樹に配膳の手伝いをさせた。
 せっかくの友人との夕食が台無しである。

 夜依は家に帰るとクロをベッドの上におろし、カーテンをしめた。
「結局、クロちゃんはあのわんちゃんと何を話していたの?」
「お前を見張っている奴らの撤去を頼んでいた。あとは、世間話だ」
「古い付き合いって、どれぐらい?」
「さあな。自分が何年生きているかも私には分からない。あの犬は私よりもさらに長く生きている。私とはあり方が違う。私にもあれのことはよく分からない。神だとあがめられているが、私が知った時には既にあいつはあの一族と共にあり神であった」
 彼はいつの間にか子猫ではなく、いつもの成体の猫の姿になっていた。外では夜依が抱く時に重くないよう子猫の姿をしているが、その必要がなくなると彼は大人の姿になるのだ。
「敵じゃないの?」
「敵か味方かと言えば敵だろう。しかし私の存在は向こうからしてみれば利になる。だから放置されているといった方がいい。つまりは、いいように利用されている。それだけだ」
「そう」
「ところで……前に何かいただろうとは思っていたが、亀がいたのだな」
「うん。家に帰ってきたら死んでいたの。近所の猫にでもやられたんだろうってお父さんが言ってた」
「私ではないぞ」
「うん。わかってる」
 クロは身体を丸くして、くあっとあくびをした。
「慶子ちゃんって面白い子でしょ?」
「面白いとかそういう次元の女ではない気がするがな。あの明神一族にあの態度……」
「大樹君ってそんなに偉いの?」
「お前は知らなくてもいいことだ。あと、あの女と交流があるのは歓迎する」
「どうして?」
 クロが誰かと親しくして快く思うというのは珍しい。
「世の中、私たちが苦手な人間というものがときどき生まれる。それがあの女だ」
「クロちゃん、慶子ちゃんが嫌いなの?」
「いいや。嫌いとかそういう次元ではない。気にするな」
 彼の言い方はいつもはぐらかす調子だ。そこから理解するのは難しいが、隠さないのが彼の可愛いところ。
「わかった。気にしない」
 言うと夜依はテレビのリモコンを手に取り、電源を入れた。
 そろそろ保の出ているというバラエティ番組の放送時間だ。

(あとがき?)
 本文に二度もしゃしゃり出るのはどうかと思うのですが、あとがき?です
 続きます。
 今度は動物視点です。
 天使とあたしらしくない人間動物関係があったりします。
 ここまでは前座です。本編はここからです。たぶん。

 

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