12話 あたしと天使の大人の事情

 はじめに、謝っておきます。血の描写まではないですが、不快と感じる方もいると思いますので、謝っておきます。
 保健の授業が嫌いな人は、この話は読み飛ばしてください。わからない子も読み飛ばしてください。この話がよく分からなかった子は、グーグルなどで検索してください。
(以下本文)


 朝。スズメの愛らしい鳴き声は、慶子の意欲を沸き立たせる。朝食はパンにスクランブルエッグ、ベーコン、サラダ、そしてコンソメスープ。おまけにブルーベリーソースをかけたヨーグルト。そんな当たり前のものだが、フィオの好物である。
 なのに、だ。またもやフィオが起きてこない。
「また寝込んだの?」
「では、私が見て参ります」
 隣でスープをかき混ぜていたディノは、手を洗いそしてキッチンを出て行く。しばらくして、またもやどたばたという足音を聞いた。
(ディノさんも青いわねぇ)
 一度でなぜ慣れないのか。そう思いながらも慶子は朝食をプレートに移す。
「け、慶子殿っ」
「何?」
「た、大変です。フィオ様が、フィオ様がっ」
「また風邪?」
「血、血をっ」
 慶子はフィオの部屋へと走った。



 スズメ、スズメ。
 お前はどうしてうるさいのか。
 それは母が鳥に餌をやっているからだ。母は犬も好きだが、鳥も好きだ。スズメかカラスが飼いたいらしい。そして、どちらかというと安全なスズメを手懐けることから始めているようだった。
 そんな安眠妨害にも負けず、大樹は布団の中でごろごろする。
「大樹様、起きないといいかげん保冷剤責めしますよ?」
 保冷剤責めとは、その言葉の通り保冷剤を服の中に入れるのだ。夏であろうともその威力は大きいのだが、冬の今は耐え難いほどの威力を持っている。
 鏡華の対大樹における最終兵器である。
「うう……あと五分」
「五分じゃありません」
 保冷剤を近づけてくるものだから、大樹は仕方なく布団の中でもぞもぞする。その時、携帯電話がけたたましく鳴った。
「…………ケイちゃん?」
「またあの方ですか。最近多いですね」
「この時間帯のケイちゃんはろくなこと言わないんだよなぁ」
 それでも無視するわけにもいかず、大樹はしぶしぶ電話に出る。
「何?」
『大樹、タンポン買ってきて』
 …………。
「おはようケイちゃん。今日もいい朝だね。愛してるよ」
『というわけだから買ってきてね』
 大樹は考えた。考え、とてもよい案を思いついた。
「え……と。ユタポン買ってくればいいの? もう、冷え性なんだからぁ」
『誰がチンする湯たんぽ買ってこいいった!? タンポンよ、タンポン!』
 …………。
 タンポン。大樹にはその意味が、意図が分からなかった。
「…………それって」
『生理用品のタンポンよ』
「うがぁぁぁああ!?」
 慶子がおかしくなった。
 変だ。絶対に変だ。今まで「重いからお米買ってきて」とか言われたことはあったが、下着どころか、靴下、その他身につけたりするものを要求されたのは初めてだった。
 そんな彼女がなぜ生理用品。しかもタンポンなのか。
(ケイちゃんはナプキン派のはずっ)
 彼女は水泳の時も休んでいる。そんな彼女がなこの早朝になぜタンポンなのだ。
「大樹様、お気は確かですか?」
 鏡華の言葉に大樹は我に返る。
 そう。気がおかしくなったのだ。
「ケイちゃん、気が狂ったの!?」
『失礼ねぇ』
「じゃあなんでタンポンなんて……」
『買うの恥ずかしいじゃない』
「男の俺はもっと恥ずかしいです」
『何いってんのよ。その年で遊び人な方がよっぽど恥ずかしいじゃない。それに、ちょっとフィオが不安がってるから手が離せないのよ』
 そこで、ようやく彼は納得した。
「フィオちゃん、月のものきたの?」
『ん、まあねぇ』
「なら、お赤飯用意させようか?」
『餅米だけでもいいけど。それよりも、邪魔なブツが邪魔でナプキンだと漏れると思うのよ』
 想像して、大樹は切なくなる。時々忘れるその事実。慶子はまたフィオのものを見たのだろうか。
 可愛い顔して罪な子だ。
『学校に行く途中でいいから、来てくれる?』
「ディノさんに言っても買ってこれないと思うから仕方ないけど……。まあ俺には鏡華ついてるし……いっか」
 名指しされ、鏡華はおろおろと周囲を見回す。
「んじゃあ、大変だろうけど頑張ってね」
 大樹は電話を切り、満面の笑みを鏡華に向けた。
「鏡華、ちゃっちゃとメシ食って、ドラッグストアに行くぞ」
「え……?」
「鏡華にはタンポン買ってきてほしいんだ」
 彼女は沈黙した。彼女もナプキン派なのだろうか。
「タンポンて、何ですか?」
 どうやら、それ以前の問題であった。



 慶子は青ざめて泣くフィオを抱きしめて慰めていた。
 突然血が出るは腹痛に襲われるは、知らなければ恐怖でしかないだろう。だからこそ、慶子はフィオに女というものについて教えた。フィオは子供が産めるようになったのだ──と思うので、知る必要もある。基本的には人と似た身体の構造をしているのだ。
 違いは、背中に羽根が生えているだけ。
「子供を作るのに、どうしてこんな痛みがいるんだ? どうして血が出るんだ? オーリン達は出ないぞ」
「生理になるのは人間だけだからねぇ。犬も血が出るけど、人間の生理とは違うらしいし。動物とは身体の構造が違うと思ってて。オーリンとは特に違うから」
 フィオは足下のオーリンを見て、自分と違うのだと驚いた。
「お腹が痛くなるのは、血が出てるからよ。血が出るのは、赤ちゃんのためのベッドを毎月作り直しているから。血をためて柔らかいベッドを作ってるの」
 フィオは慶子を見上げて、ぐずりと鼻を鳴らした。だいぶ落ち着いてきた。
「私も……本当に私にも子供ができるのか?」
「もちろん」
「それはどうするのだ」
「まあ、それはまた今度ね。でも、好きな相手としかしちゃいけないの。好きな人と結婚して、それから作るのよ。そうしないと、赤ちゃんが可哀想でしょ? お父さんもお母さんも仲良く二人揃っていた方がいいでしょ?」
「ああ」
 フィオは夢見るように言った。生まれて間もなく両親から引き離されたフィオにとって、両親がいるということは憧れだ。
「少しご飯食べたら、痛み止め飲みましょうか。アヴィ達は、人間の薬はだいたい効くって言ってたし」
 天使の方が人間などよりもよほど頑丈にできているらしい。薬を飲んで効かないというのならともかく、害になるということはないそうだ。
 慶子は少し前にディノが持ってきたトーストをフィオに差し出した。フィオは大人しくそれを食べた。半分ほど食べて、痛みに顔を歪めて食べることを中断した。生理で食欲をなくすタイプらしい。慶子は食欲だけはあるため、うらやましく感じながら薬を取り出す。
「痛い? じゃ薬飲んで。すぐには効かないけど、痛みは治まるから」
 慶子は自分の痛み止めを飲ませると、フィオをベッドに横たわらせた。こういう時はお腹を温めて寝るに限る。
「痛い……のだが……変な痛みだな。怪我をした時とは痛み方が全然違う」
「そりゃそうよ。女は耐えて生きるのよ。
 子供を産む時はね、すんごく痛いんだって。あたしはまだだから聞いただけだけど、股をあらかじめ切っておかなきゃならないほど痛いんだって」
「き……切る!?」
「……聞いただけだからよく分からないけど」
「母親という者は皆我慢強いのだな」
「そう。だから母親っていうのは強いの」
 慶子はフィオの頭を撫でる。さらさらとした髪は、指に絡めてもするりと落ちる。癖のない綺麗な髪。慶子はこの髪がとても好きだった。
「あのな」
「ん?」
「すごく驚いた」
「そうね、びっくりねぇ」
「慶子の時も驚いたか?」
「あたしは別に。早いわけでもなかったし」
 そのころは母もいたから。
「そうか」
 フィオは慶子の手を取り目を伏せる。いつも紅色の頬はなく、驚くほど白い。
(やっぱり出血多いのか……)
 大樹に頼んでおいてよかった、と慶子は思う。鏡華もいるし、もしもの時に頼るべき人がいるのは安心する。
 フィオを安心させてやっていると、玄関のチャイムが鳴った。ディノの足音を聞いたので、慶子は待った。しばらくすると、部屋のドアが開かれた。
「おはよう……」
 暗い……信じられないほど暗い大樹の声が耳に入る。
「どうしたの? 世界の終わりのような顔をして」
「…………俺は、もう二度とあの薬局には行けない」
「はぁ? 何のこと?」
「俺は二度とあんなもの買ってこないからな」
「なんで大樹が買ってきてるのよ」
「鏡華がタンポンしらないって……」
「そう。あたしもよく知らないし、そういうこともあると思うわよ」
 親が使わないと、知らない女性は少なくない。慶子がそれを知ったのも、保健の授業で習ったからだ。もちろん、教科書には載っていない。生理用品についての話をしたから、その事を知ったのだ。
「…………褒めて」
「よしよし。偉かったでちゅねぇ」
「……空しい」
 大樹は紙袋を慶子に押しつけた。慶子は緊張しながらもそれを開ける。それは小さな箱形をしている。簡単と書かれた、初心者向けのスリムなアプリケーター付きのものだった。一つ取り出し、形状を確かめる。
 見た。観察した。
「…………で、これどうやって使うの?」
「俺が知るか!」
 大人の女性が好きな大樹なら知っているかも知れないと思ったのだが、さすがに知らないようだ。知っていたら、おそらく軽蔑していただろう。
「鏡華さん……に期待してたんだけど。知らないんじゃねぇ」
「とりあえず注射みたいに入れるんだろ」
 ひもを外に出しておくというのは先生に聞いた。
「よし、やってみるか。はい、みんな退室」
 大樹を押し出し、ドアを閉める。鏡華とディノははじめから部屋には入っていない。
「……慶子?」
 フィオが慶子を不安げに見上げた。慶子は微笑み、フィオの身体にかけられた羽毛布団をはぎ取った。



 大樹はドアを見つめてぼーっと待つ。学校に遅れるが、問題はない。出席日数は余裕で足りる上、あの学校の理事は明神家が掌握している。欠席で内申が下がることはない。ただし、成績が下がればダイレクトに成績に現れるなど、普段は何の問題もひいきもなく生活を送っている。
 しばらすると突然ドアが開いた。慶子が顔半分を外に出す。
「ねぇ、これ、どこに入れるの?」
「…………ああ……ケイちゃん」
 彼女らしいといえばそうなのだが、十代ならばそういう子が少なくないというのも本当なのだが、なんというか……。
「よし、なら俺が直……ごめんなさい」
 殺気を放つディノに肩を掴まれ、大樹は即座に謝った。冗談の通じる相手ではない。
「鏡華さん、一緒に来て」
「え……私が?」
 我関せずと素知らぬ顔をしていた鏡華は、指名されて戸惑いを見せる。
「……行ってこい、鏡華」
「…………はい」
 鏡華は顔をしかめながらも部屋に入る。
「ごめんなさいねぇ。でもよかった、鏡華さんを連れてきてくれて」
「役に立てればいいので…………っ!?」
 鏡華は何かに驚いたようだ。彼女にはフィオの身体については言ってあったのだが、さすがに実物を見れば驚いてしまうのだろう。
 それから数分後、ドアが開かれる。顔色一つ変えない鏡華は、何事もないように言った。
「わかりません」
 大樹は脱力して床に膝を突いた。
 大樹は鏡華のプロフィールを思い起こす。
「お前、大学行ったよな」
「はい」
 彼女は現在二十三歳。しかも女子大ではなく、共学に通っていた。
「コンパとか行ったことあるよな。な?」
「はい。私は酒類は苦手なので、主に食べていました」
「誰に他には誘われなかったのか!?」
「誘われましたが、断りました。実家の門限は七時でしたから。女性の友人との交流ということで、大目に見てもらい九時までは許してもらえましたが……」
 大樹は根っから真面目な彼女に、ほんの少し嫌気がさす。
「そういえばお前んとこ、厳しかったよなぁ」
 鏡華は明神の分家の出なのだが、社会人になってからは本家に仕えてくれている。その辺りは古い家系なので、色々と複雑なのだ。
(っていうか、見て分からないんならどうやって教えればいいんだ?)
「鏡華さん!」
「何でしょうか」
「よく見たら説明書入ってた。丁寧に書いてあるから、わかりそう」
「それはよかった。では大樹様」
 そして、再びドアが閉まる。
 その後十数分の間ふたりのああでもない、こうでもないという声と、フィオの可愛い声と、慶子達の「きゃー」といかう様々な色を含んだ声が漏れてくる。
 その場を想像すると、大樹は少しフィオに同情した。



「おめでとう、フィオさん!」
 花束を抱えて、その勘違い妖精はやってきた。相変わらず透明感のある美貌に、人を魅了する笑みを浮かべた。
「…………」
 部屋で寝ているのは寂しいからとリビングのソファで布団にくるまるフィオは、ふいと顔をそらして布団の中に潜る。つれないその仕草に、ルフトはめげずに花束を差し出した。
「恥ずかしがらないで、あなたの笑顔を見せてください」
「うるさい」
 フィオは現在、非常に機嫌が悪い。
「ルフト、フィオちゃんはあれだから機嫌が悪いんだよ。痛みもひどいみたいだから、今はかまうな」
「しかし……じゃあ僕は何のために?」
「女になったことを部屋の隅の方でただ祝ってやれ」
 好き勝手な事を言う二人に、慶子は軽いげんこつを見舞う。子供にするようなそれに、大樹は嬉しそうに、ルフトは不服そうに慶子を見る。
「人の気も知らないで、勝手なこといってんじゃないの」
「苦労はしていたみたいだけど……」
 大樹は慶子を見てつぶやく。苦労の原因は彼女の無知故であることを考えると、文句を言うのは筋違いだが、八つ当たりをしたいときもある。
「愛しい女性にめでたいことがあって、花束を持っていただけなのになぜ苦労を知れと言われなければならないのですか?」
「フィオは女じゃないわよ」
 ルフトのいいかげんな言葉に、慶子はむっとなる。
「…………どうしたんですか? いつもは『この子は女の子なの』が口癖のあなたが」
 ルフトは慶子の顔を覗き込んで、彼女の様子を心配をした。普段は決して仲がいいとは言えないが、相手は『愛しい人』の保護者である。その様子の変化に彼は戸惑いを覚えたようだ。
「ふ……あたしも現実を見れば、さすがにちょっとねぇ」
「ケイちゃん……何を見たかは想像がつくけど……」
 と言って彼はちらと鏡華に目をやる。
 鏡華はアヴィシオルに癖のないカラスの濡れ羽根のような黒髪をいじられているが、気にする様子もない。
「……どうしたんですか、鏡華さん。いつもなら鬱陶しいと言って突き放すあなたが」
 アヴィシオルのなすがままにされる彼女は、その美しい黒髪を二つのお団子にされていた。マニアックなところが、非常に彼らしい。
「…………鏡華?」
 大樹が声をかけると、彼女ははっと我に返る。
「アヴィシオル様、一体何をなさっておいでで?」
「うーん。パンツスーツにはお団子は似合わないか……。お前ならチャイナが似合いそうだがな。胸がないのが惜しい」
 鏡華はアヴィシオルの腹に膝をたたき込んだ。その動作は俊敏で、慶子ですら足が完全に持ち上がる瞬間まで気づかなかった。
「ん、いい蹴りだ。本当にこれで胸があれば。あっちの牛女を見習えとまでは言わないが」
「ほっといてください!」
「誰が牛だって!?」
 アヴィシオルの締め上げに、牛呼ばわりされた慶子も加わった。巨乳と言われることには、決して本意ではないがある程度慣れた。しかし牛は別だ。
「それじゃああたしが丸々と太ってるみたいじゃない!」
「しかしお前達、並ぶと本当にデコボココンビだな」
 凸。凹。普通は性格や身長差などを指しの言葉だが
「デコって、そんなに太ってない! ふ、太ってないもん!」
「ボコって、えぐれてると!? えぐれていると言いたいんですか!?」
 二人同時に締め上げると、さすがにアヴィシオルも手を振って助けを求める。
「懲りないのかなぁ、ケイちゃんに喧嘩を売るなんて。ケイちゃんの前ではお前なんてただの魔王未満でですらないのに」
「うるさいっ。未満ってのは何だ!? 未満っていうのは!」
「魔王になるとね、ケイちゃんにたたき出されるからそのところは忘れるなよ」
「身分で人を差別するのか!? なんて女だ」
 勝手に話は進められ、慶子はアヴィシオルを解放した。フィオがふくれ面で横たわるソファの片隅に、慶子はやれやれと腰掛ける。
「そろそろ交換する? 多いみたいだから、説明書を見るとそろそろ替えないと」
「う……ま、またするのか? あれ……ちょっと恥ずかしかった」
 小さく言うフィオの頬は、桃のようにほんのりと染まっていた。このような反応ははじめてである。
「……羞恥心を覚え……たの」
 あまりにも驚き、そして感動したため、慶子の目には徐々に涙が溢れてきた。こぼれそうになったそれを、慶子はセーターの袖でそっとぬぐう。
「ああ、ディノさん。フィオが恥ずかしいって」
「慶子殿、フィオ様は大人になられたのですね」
「そう……そうよ。」
 二人は手を取り合い喜んだ。この喜びは二人が望んだフィオの中に本能的な「常識」がごくわずかに芽生えた故に、大きなものであった。
「……何がそんなに楽しいのだ? 私は楽しくない」
「いいのいいの。今夜は美味しいお赤飯だから。鯛も大樹に買ってもらおうね。お刺身と塩焼き!」
「え? 俺?」
 いつものパターンにもかかわらず、彼は驚いて自分を指さした。
「鯛? 鯛の刺身好きだぞ。マグロも好きだ」
「はいはい。ヒラメも買ってくれるわよ、大樹が」
「嬉しい」
「大樹にお礼言うのよ」
「大樹、いつも美味しいものを食べさせてくれてありがとう。大樹のことは、慶子とディノオーリンとと鏡華と近所のおばさんと、近所の子供達の次ぐらいに好きだぞ」
「…………それって他人以下?」
 いつも食料を与えているはずの大樹は、一時期の嫌われていた時期からはずいぶんとランクが上がったにもかかわらず、落ち込んだ。
「しかも鏡華、好かれてる?」
「人望ではないでしょうか」
「うわ……かっなしぃ」
 大樹はいじいじといじけ、手の空いたアヴィシオルはいつの間にか持ち込まれていたテレビゲームを取り出し、新作と言いつつパッケージを破っていた。ルフトは目を輝かせてそれに追従する。
「ああ、それはっ」
 映った画面を見て、フィオは起きあがる。
「ん、なんだ元気じゃないか。お前にもやらせてやるが、私がクリアしてからだぞ」
「じゃあ、見てる」
 フィオは腹を押さえつつもルフトの隣に座った。青ざめながらも、好きなことには我慢をするようだ。
「フィオ、その前に取り替えなさい。もうあたしは手伝わないから、自分でやるのよ」
「ええ!? オープニングが」
「じゃあ、フィオが戻ってきた時には強制的に始めからやらせるから」
「……うう」
 慶子はふくれ面のフィオを引きづり、トイレへと向かう。
 背後から視線を感じたが、気にする必要もない。どうせルフトだ。
「いい子にしてたら、また薬あげるから」
「わかった」
 フィオは頷き、トイレへと入る。慶子はその前に座り込み、フィオを待った。
(学校さぼっちゃったけど……まあいいか)
 買い物は、ディノと鏡華に行ってもらえばいい。学校生活が真面目で、家では一人で過ごす事が多い彼女は、自分自身が熱が出ましたと申告すれば、疑いもなく信じてもらえる。
 それからフィオはトイレに閉じこもり、十分ほどして出てくると、慶子はリセットボタンを押しに行った。

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