16話 あたしと彼女たち

 フィオはそれを見て悩んだ。
 わからない。人間とはわからない。何が常識で何が非常識なのかわからない。
「なぁなぁ慶子。今殴り倒した男はなんなんだ?」
「あれはナンパ男といって、女性を食い物にする馬鹿者達よ。彼女〜とか声をかけてくる男の人には、絶対についていっちゃダメよ」
「ナンパ男とは彼女と声をかけてくるのだな」
「うーん。難しいわねぇ。そうねぇ、知らない男の人で気軽に声かけてくる人はだいたいそうね」
「何が問題なんだ?」
「フィオにはまだ難しい事ね。基本的に痴漢と一緒よ」
「尻や胸を触ってくるのか。股間に触られそうになったら、殺してでも止めると」
「そうよ。最終手段ね」
 フィオは頷いた。慶子は笑って言うが、内心は怒っている。ああいった輩が何よりも嫌いな慶子だ。フィオは肝に銘じた。ああいう男に関わると、フィオは叱られてしまう。
「だから、ディノさんかオーリンと一緒じゃないと出歩いてダメよ。フィオは可愛いから、誘拐されちゃうかもしれないと思うと心配なの」
「わかっている。慶子を心配などさせない」
 慶子が泣くのは嫌だ。フィオも慶子がひどい目にあったら嫌だ。そんな思いを慶子にさせてはならない。
 慶子はどこか抜けた部分がある。フィオが慶子に守られているように、フィオも慶子を守らねばならない。男とは、女を守らなくてはならないらしい。
 そう思っていたその時だった。
「東堂慶子!」
 突然慶子が名を呼ばれ、フィオが振り返ろうとするとその腕をがっしり掴まれ、突然走りだした。
「け、慶子?」
「ろくでもないのだから、逃げるわよ」
「ろくでもない?」
「変態よ」
「うむ、逃げよう」
 変態にあったらまず逃げなければならない。慶子はいつもそう言っている。変態とは、恐ろしいものらしい。
「待て」
 知らない男が立ちふさがり、慶子は足を止めた。小柄な男だ。男のくせに慶子以下の身長で、灰色の髪をした見た目は普通の男だ。
「くっ、変態忍者」
「忍者? 忍者なのか? 手裏剣投げるのか?」
「フィオ……どこでそんなことを」
「アヴィのマンガで見たぞ。分身の術が見たいぞ」
「そういうのは無理だから」
 初めて忍者を見て興奮するフィオに、慶子は冷静に水を差す。フィオはショックを受けて、忍者をもう一度見た。小さな男だ。きっと、下っ端なのたろう。
「ボスは?」
「身内みたいだから、樹さんじゃないの?」
「樹は分身の術を使えるのか!?」
「使えない使えない」
「なぜだ?」
「兄さんなら、素早い動きでそれに似た効果を生み出せるかも知れないけど、フィオの想像している分身はむ・り。ちなみに、火も吐けないし、水がどばぁってのもできないからね」
 フィオは分身の術を真っ向から否定され悲しくなった。アヴィシオルは魔女っ娘のような魔法は、妖精達の使う魔法に近いと言っていた。だから忍術もあるものだと思っていた。
「……あ、でも、手裏剣ぐらいなら投げてくれるかも」
「お前は人に何を求めている!?」
 忍者が口を開いて慶子を睨んだ。
「手裏剣ダメなのか?」
「こんなところでそんなものを使用するなど、ただの通り魔でしかないだろう!」
「そっか。人がいっぱいいたら危ないな。残念だ」
 と、そこでフィオは思い出す。
「逃げるか?」
「ええ」
 ちょうど横道があるので、そちらに入っていこうとすると、突然フィオは動けなくなった。
「フィオ!?」
「足が前に進まないぞ」
 がんばっているのだが、足が動かない。
「わかった。影縛りの術だな」
「あんた、一体何を見せられたのよ」
「えとな。ゲームをやったんだ」
 楽しかった。
「本当に動けないの?」
「ああ。たぶん動けない」
 へたに抵抗すると、相手に跳ね返って痛いので、このままの方がいいだろう。慶子は変態だと言ったが、変態とは昼間人通りの多いところでは出ないらしい。それに樹の知り合いなら、アヴィシオルと似たようなものだろう。慶子はアヴィシオルが嫌いだから、彼の事を嫌いなのかもしれない。
「ちょっと、今日は何の用? 人のデートを邪魔しないで」
 慶子はフィオを後ろ手にかばう。その瞬間、フィオの足が前に出る。
「あ……」
 フィオは慶子の背中にぶつかり、慶子は驚いて振り返る。
 慶子にも不思議な力があり、そのせいだろう。フィオの影に大きく進入したことが原因だと、フィオは推測する。
「あら動けたの。じゃあ行こうか」
「うん」
 慶子と一緒にデパートに向かっているところだ。そこで服を見るのだ。ついでに、慶子の下着を買う。最近どうしても合わなくなったらしい。気に入った下着があったのにと慶子は悲しんでいた。
 どうやって励まそうかと思っていた時だ。
「お待ちなさい」
 振り返ると、知らない女達がずんずんと慶子に近づいてくる。怒っているが、綺麗な女だ。綺麗だが、慶子の方が優しそうで好きだ。怒ると慶子の方が恐いが。
「無効化の能力者なんて、役立たずの上ろくでもない」
 慶子はこんなにすごいのに、何が役立たずなのだろうか。慶子自身は気づいていないし、言うと怒られるので言わないが、慶子はすごいのだ。
「フィオ、行こうか」
「ああ」
 慶子は無視をするつもりのようだ。慶子の言う通りについていくと、前方からも一人女の子がやってきた。年の頃はフィオと同じぐらいに見えた。顔立ちは、慶子に声をかけた女二人に似ている。
「三姉妹か。三姉妹はいいらしいぞ」
「……ああ、もうあいつら今度来たらたたき出してやる!」
「なぜだ? アヴィは面白いものを見せてくれるぞ。私は好きだぞ」
「はいはい」
 慶子はアヴィシオルが嫌いだ。アヴィシオルが慶子を悪く言うから仕方がないだろう。慶子の髪は茶色がかっていて癖もある。アヴィシオルの好みではない。それはフィオにとっては嬉しい事だ。よくわからないが、良い事だ。
「ちょっとお話などしていただけません?」
 近づいていた女の子は、フィオを睨んでそう言った。
「こ、恐くなんてないぞ。慶子の方が迫力ある!」
 言った瞬間慶子に殴られた。大樹にする時とは違って手加減されているので痛くない。
「今日は予定があるの。またにしてくれないかな?」
 慶子は可愛く首をかしげた。こういう時の慶子は可愛いが、慶子らしくないから、いつもの慶子の方が好きだ。少し乱暴だが、ためを思って叱ってくれるのが好きだ。アヴィシオルも、叱ってくれる相手は大切だといっていた。彼にも叱ってくれる相手がいるのだろうか。想像がつかない。
「ふざけないでください、この泥棒猫」
 可愛い女の子の口は笑っていたが、目はらんらんと輝き、恐かった。



 この都市の雑踏は、いつ頃からこのようになったのだろうかと彼は考える。
 この小さな国は、いつからこのような国になったのだろう。
 思い出そうとするが、気がつけばこうなっていたという感じが強く、いつからとは思い出せない。ふと気がつけば皆洋服を着ていたし、今や和服を着るものなど滅多にいない。
「今のファッションは難しいな」
 人となる時の服装は、その時代に合わせなければ意味がない。家の中であれば楽な恰好でいいのだが、外に出る時、とくに彼女といる時はファッションに気を使わなければならない。ワイドショーや雑誌なので、芸能人やモデルを参考にしているものの、本当にこれでいいのかと不安になる。
「大丈夫。クロちゃんは格好いいよ」
「本当か? 浮いていないか?」
「大丈夫。クロちゃん背が高いから、何着ても似合うよ」
「サイズに関しては、その年代に合わせて自分の容姿から釣り合うようにしているのだが、夜依は大きな方が好きか?」
「男の人は小さいよりも大きい方がいいと思うよ。クロちゃんハンサムだから、一緒にいるとナンパとかされなくてすごく便利」
「まぁ、いいんだが」
 彼女の男よけになれるなら、彼女になんと思われようと本望だ。彼女にとって、これが犬の散歩や、ペットをカバンに入れて持ち歩く人間の延長にあるような気持ちだとしても。
「でも、クロちゃんはいいねぇ。いつでも好きな格好ができて」
「私の力ではないぞ。そういう特殊な布がある。蜘蛛の知り合いがいてな、それが作ってくれた。私の漏れ出た力を吸っているから、破れても自己修復する。半分生きているようなものだ」
 明とは違って意味で、鬼達の中で有名な鬼だ。
「蜘蛛? 見てみたいな」
「お前に苦手な動物はないのか?」
「ええと、ゴキブリかな。あれだけは、見ただけで身体が固まっちゃうの」
「…………そういうのの鬼は、見た事はないな」
「よかった。クロちゃんのお友達にいたら、私どうしようかと思った」
 それだけは、何があろうとも見つけ次第に殺そうと心に誓う。食べたら、きっと夜依は怖がって近づかない。人間の女のゴキブリ嫌いは、クロ自身も嫌と言うほど目の当たりにしてきた。
「クロちゃん、何か欲しいものある? 何か食べる?」
「そうだな。まだもつが腹は空いているから、何か腹に入れておいた方がいいな」
 腹の足しにはなる。空腹を紛らわせる程度だが。
「何食べる? フライドチキン? それともお寿司? ステーキ? ハンバーグ?」
「フライドチキン」
 鶏肉が好きだ。ササミの方が好きだが、揚げたもも肉も好きだ。刺身も好きだが、酢飯はあまり好きではない。
「じゃあ……あ、慶子ちゃん?」
 夜依は突然走り出す。クロも彼女の後に続く。クロはよく見えたなと感心するほどの距離を走ったところで、慶子とフィオを見つけた。
「ん?」
 見覚えのある連中が、その二人を囲んでいるのに気づいた。三人の少女は明神の一族。そして一緒にいる男は……。
「ネズミ」
「え?」
 クロはついふらふらと男に忍び寄り、逃げられないよう両肩を掴む。爪が食い込むほど強く。
「く、黒衣!?」
「ちょっと、なんでこんなところに黒衣が!?」
 この町はどこでも鬼の匂いがするから気づかなかったが、偶然いい獲物を発見した。前から美味そうだと思っていたのだ。
「クロちゃん、だめよよそのうちの子に手を出しちゃ」
「夜依……」
「怯えてるじゃない。離してあげて」
「しかし夜依」
「悪い子じゃないでしょ? だからだめ」
 夜依の言葉に、渋々手を離す。
 せっかくまれに見る美味しそうな獲物だというのに。
「クロちゃん、そんなことでしゅんとしないの」
「だが……」
「フィオちゃんが指くわえてみてるわよ」
「ん」
 フィオがじーっと見ているのを感じ、彼は諦めた。明神子飼いの鬼に手を出しては、夜依にも迷惑がかかるだろう。
「銀を見つけると、いつも邪魔が入る」
「ダメよ。私ネズミも好きなの」
「ゴキブリ以外に嫌いな動物などいるのか?」
「ゴキブリは虫」
「…………」
 夜依には敵わない。
 その間に、銀は姿が見えないところまで逃げて行った。惜しい。
「黒衣さん、今の忍者に一体何を……」
「慶子ちゃん、気にしないで。ただ、本能的に襲いかかりたいタイプなの。猫がネズミを見ると捕まえるでしょ?」
「…………仲がいいのね」
「そうかもしれない」
 食料だと言っているのに、聞く耳を持ってくれない。慶子の前でそう言うわけにもいかないのだろうが。
「しかしなぜ火野の者に絡まれている?」
「さあ。この人は大樹君に気があるみたいだから、あたしの事を嫌っているのだけは確かだけど」
 慶子は頬に手を当て首をかしげ、火野の末っ子がなにやら写真を見せつけた。
「あ、昨日の写真」
「フィオと真樹ちゃん」
 フィオが真樹の手を握り微笑みかけていた。可愛いカップルに見える。場面は外。時はよくわからないが、昼間。
「真樹ちゃんと会ったの?」
「ああ。散歩していたら偶然会って、お菓子をもらったんだ。知らない人ではなかったし、知っている人から物をもらったらお礼を言わなければならないから、ちゃんとありがとうと言ったぞ」
「えらいえらい」
 慶子はともかく、真樹の方も完全にフィオを子供扱いである。
「でもこれ、慶子の写真もあるぞ」
 フィオの写真に重なっていた、後ろの写真を見せる。
 樹に後ろから抱きしめられ、胸をもまれていた。
「慶子、胸を触られているぞ!」
「ああ。あの時の。痴漢として警察に尽きだしてやろうかと思ったけど、とりあえず足踏んで金的攻撃して、トドメに回し蹴りしといたから。白昼堂々の痴漢はもうしないと思うわ」
 確かに、そのさらに後ろには、その回し蹴りの瞬間が捕らえられていた。このあたりも、彼女たちの火に油を注いだはずだ。
「夜依もこれほど強ければ安心なのだが」
「やぁねぇ、保さんの妹の慶子ちゃんと比べないで。それにクロちゃんが守ってくれるでしょ?」
 夜依はにこりと微笑んで言う。彼女にこういわれると弱い。基本的に彼女は甘え上手だ。甘やかし上手でもあるから、勝てない。
「夜依、らぶらぶねぇ」
「ふふ。慶子ちゃん、昼食食べた?」
「まだだけど」
「ケンタッキーに行くけど、一緒に食べない?」
「行く!」
 元気に答えたのはフィオだった。きらきらと瞳を輝かす様は、逆らいがたいものがある。あまりにも純粋で、こちらが戸惑う。
「あんた食べた事あるの?」
「アヴィが持ってきたぞ。美味しかった」
 フィオは幸せそうに思い出し笑いをする。慶子は肩をすくめ、夜依を見て頷いた。
「ちょっと待ってください」
「これが何だって言うの?」
「私はそのガキに話があるんです。あなたに用はありません」
 末っ子は言うと、フィオへと近づいてきた。
「他にもあるわ」
 フィオが真樹と手をつないで歩く姿。フィオが真樹の顔についたクリームをとり、次の写真はそれを口に含む姿。
「あのな、真樹がついでにクレープをおごってくれたんだ」
 光景が目に浮かぶ。クリームのことは、慶子がフィオに行った行動だと予測される。
「これはどう見ても、甘い物をおごってもらって喜ぶお子様じゃない。フィオに変な下心はないわよ」
「こんなはしたない事をして、よくもぬけぬけと。これが策略以外の何だというの!? あげくに、ルフト様までたらし込んでいるそうじゃない」
「フィオの精神年齢は幼稚園児並よ。策略も何もない素直な子に、そんな駆け引きができるはずないでしょ。あとフィオはルフト君の好みだから、あなたが文句を言う筋合いなんてないの。彼はこういう砂糖菓子のお人形みたいな美少女が好きなのよ。
 あと、大樹君が前に言っていたけど、真樹ちゃんは年上の家庭的な女の人が好きなんだって」
 どちらにしても、あの末っ子では条件に当てはまらない。
「その子供がルフト様と付き合うならそれはそれでいいとして、東堂慶子」
 長女が前に進み出た。成人しているにもかかわらず、このような事に参加しているなど幼稚すぎる。よほどわがままに育てられたのだろう。
「あなた、よくも樹様を足蹴にしてくれたわね」
「その前の痴漢行為を見ていないの?」
「樹様に触れられるなど、ありがたいと思いなさい」
「思うわけないでしょ」
「私はあの方の婚約者よ。婚約者を誘惑したあげくに、使い物にならなくなったらどう責任とってくれるのよ!?」
「…………」
 慶子の目が見開かれ、次の瞬間、長女の手を取っていた。
「ありがとう。お幸せに」
「待て待て。あれの嫁は正式には決まっていないぞ」
 よほど嬉しかったのか、素直に信じ祝福する慶子にクロは声をかけた。
「えぇ? そうなの……て、なんで黒衣さんがそんな内部情報を」
「あれの嫁が決まれば、私の耳にも入る。その女はせいぜい婚約者候補でしかない。おそらく、樹本人が拒否をするだろう。そうでなければ明神の当主が二十四にもなって独身でいるなどあり得ない。あれの父の時も、さんざん粘ったらしいからな」
 あの男は女の趣味にうるさい。それ以前に、彼に見合うだけの嫁候補がいないというのもある。
「私のどこをみて、樹様に拒否されたというの!?」
「胸じゃないの?」
 彼女は慶子に指摘され、自分のお世辞にも大きいとは言えない胸を見た。
「む、胸?」
「樹さん胸大好きよ。あたしが絡まれてるのも、胸が大きくなってからだし。グラビアアイドル大好きよ。彼がまず見るのは確実に胸よ」
「そ、そんな」
 彼女は力なくよろけ、次女に支えられる。
「大丈夫よ。今は豊胸手術があるから」
 それを聞き、長女と次女はうさんくさげに慶子を見る。
「でも、突然そんな胸が大きくなるなんて、変じゃない」
「大丈夫。樹さんなら確実に騙せるわ。大樹は観察力があるから、隠しながら隠しながらと長期戦になるけど」
「ほ、本当に?」
「たぶん大丈夫よ。変なところで失敗されたらたまらないけど」
「でも、ダメだった時はどう責任とってくれるの?」
 慶子はうーんと考え込む。胸を元に戻す事もできるが、やはり頻繁に行うべき事ではないはずだ。
「プチ豊胸とやらはどうだ?」
 クロはワイドショーなどで得た知識の中で、お手軽な提案する。
「プチ豊胸?」
「注射か何かで、嫌でも半年で元に戻るらしい。それで反応があるようだったら、本格的に豊胸すればいいだろう」
 二人は顔を見合わせた。
「慶子、ほーきょーとは何だ?」
 フィオは首をかしげた。天界にはそのようなものはないのだろう。
「フィオが大きくなったら教えてあげるわ。じゃあ、行きましょうか」
 慶子はフィオと手をつなぎ、そして振り返って言う。
「頑張って誘惑してあげてね。あたし、一般人でいたいから」
 そうして、一行はチキンを食べるために歩き出した。



「なんだこれ」
 大樹はそれを目にして驚いた。
 あり得ない速度で走る銀と偶然すれ違い、慌てて回収して事情を聞いたら、こんな物が出てきた。
「見事だ、銀。褒めてやる」
 その写真に映るのは、慶子の私生活を撮ったものだった。食事中、フィオの顔をふく慶子。ディノと洗濯物を干す慶子。大樹の額をつつく慶子。保にマッサージをする慶子。一人で昼寝をする慶子。
 リビングの写真ばかりだが、盗撮したとは思えない自然な写真だ。
「お前も苦労してるなぁ」
 リビングのみというのは、慶子が頻繁に出入りし、隙かあるのがこの部屋のみだったという事だろう。目的は観察のためなのだから、命じた人間は寝室や風呂場などに興味はない。
「申し訳ございませぬ」
「相手は一般人だからな。あんまりこういうことすると問題とかあると面倒なんだよ。
 しかし、火野の連中は、何を考えているのか」
 ため息をつく。そこの女達が自分たちの妻として名を上げられているのを知っているから、他人事ではない。
「夏場でないのが残念だな」
「兄さん喜ぶなよ」
「そうだな。夏場であってこそいいのか」
「いやあの……別に良いけど」
 兄を更正させようとしても、考えるだけ無駄である。
 明日、慶子には身内の無礼を謝ろう。

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あとがき