17話 あたしによる子供の作り方教室
学校帰り、不味いが安いハンバーカーを買い公園のベンチで食べていた。店内は落ち着かないと言う理由から、慣れたここでよく買い食いしている。
「今日のはなんかいつもより不味いよなぁ」
「モスのが食べたいよなぁ」
「我慢しろよ、あれはたけぇんだ」
二人はため息をつき、なぜか水っぽいハンバーガーを食べる。野菜も挟んでいないのに、なぜ水っぽいのだろうか。しかしどんな作り方をされているのかを気にしなければ食べれない事もない。気にしない気にしない。腹に入れば皆同じだ。
「そいやさぁ、俺の兄貴の彼女が妊娠した可能性があるんだって」
「げぇ、マジ? とうとう結婚するんか?」
「いや、おろさせる気満々」
「げぇ、最悪だなお前のにーちゃん。ちょっともてるからって、信じらんねぇ」
「だろ? 俺に彼女ができたら、すっげぇ大切にするのによぉ。なんで俺には彼女できないんだろ」
「言うなよ」
空しく寂しいこの青春。クラスの中で一番もてる明神大樹は、年上の巨乳美人と度々遊んでもらっているというのに。しかし本命には毎日振られているから、少しざまぁみろと思っている。
「東堂さんとまではいかない。容姿はそこそこで優しい彼女が欲しい」
「東堂さんは理想だな。結婚したら幸せだろうな」
「ああ、エッチしてみてぇ」
「いきなり核心をつくな」
そんな事を話していた時だった。
「それは何だ?」
突然、背後から顔が出た。二人の間に割って入ったのは、多少は知った天使のように可愛い女の子。
「あ……いつもの」
天然外人。
今ではそれが二人の認識だった。日本語を理解しているのかしていないのか判断しかねるが発音だけは完璧なので、ひょっとしたら小学生なのではないかとも思っている。外人は日本人よりも大人っぽい子供が多い。
「それはなんだ?」
大きな目をきらきらさせて尋ねてくる。ハンバーガーを知らない人間がいるとは。
「は……ハンバーガー」
「それが? 私の知っているハンバーカーは、野菜が入った、もっと大きな物だぞ」
「いい物くいやがって。これは一番の安物なんだよ。そういうのは高くて買えないんだよ」
彼女は首をかしげた。そしてうんと頷き再び口を開く。
「子供をおろす言っていたが、子供が高いところに上がったのか? 高いところは危ないぞ。早くおろしてやれ。可哀想だ」
「いや、できちゃった子供を殺す……って意味だよ」
その瞬間、彼女の可愛い顔が驚愕に歪んだ。
「こ……ころ……」
子供にとっては、残酷な現実だったらしい。死を理解しない子供も多いらしいが、これが普通なのだろう。
「人を殺したらいけないのだぞ」
「俺もそう思うけどさ、腹の中の子供なら許される世の中なんだよ。
やったからできたのに、結婚したくないからその結果を殺してすまそうなんて……ひどいよな」
ここは公園だ。小さな子供も遊んでいる。中には赤ん坊もいる。ああなる小さな命をつみ取るなど、なぜできるのだろうか。とても人のする事とは思えない。
「ひどいヤツだ。子供は結婚してから作らないといけないと言っていたぞ」
彼女は真剣に怒りながら彼女は言う。彼女に教育した人物は、人として大切な事は教えているようだ。
しかし彼女はすぐにまた首をかしげた。
「……ところで、子供とは具体的にどうやって作るのだ?」
子供とは、時に非常に答えにくい事を訊いてくる。答えなければ文句を言い、答えてわからなくても文句を言う。
「いや……エッチをしたらできるんだよ」
「エッチとは、穴に棒を入れるのだったよな。……穴とは、どこの穴なのだ? 耳の穴は違うと聞いたが」
彼らには耳という発想が理解できなかった。それはいいとして、どう答えろと言うのだろう。答えていいのか。しかしごまかす方法も思いつかない。嘘を教えるのも問題だ。
彼女の瞳は疑問の答え話求める子供そのものの、ピュアな輝きを放っているように見えた。
「……股間の穴」
「おいおい」
素直に答えた彼に、友人は驚く。
嫌でもそのうち知るだろうし、子供を殺す事にこれほど怒るなら、軽はずみにそんな事はしないだろう。
「…………ああ、あの穴か。そういえば、棒入れられたぞ。血が出てすごく痛かった」
「…………え……マジ?」
「二人ともよくわかってなかったから、何度も失敗して嫌だったぞ」
「ふ、二人!? マジで!?」
──こんな子供子供した子になんて奴らだ。
彼は憤りを覚えた。しかもその行為が何であるかを教えていなかっということだ。なんとろくでもない連中だろう。
「私はエッチをしたのか?」
「……血が出たんなら、まあたぶん……」
彼女はうーんと唸り考える。決して嫌がる様子はないので、無理矢理という事はないだろう。信頼している相手なのかもしれない。
「そうなのか……ちょっと訊いてみる。またな」
「え……まっ」
彼女は輝かんばかりの笑顔を残し、ドーベルマンと共に走り去る。
犬がいたのには気づかなかった。最後に睨み付けてきたが全く鳴かなかった。賢い犬だ。
「……小学生だったら、同意があっても犯罪だよな」
「わかってない女の子を二人がかりって、犯罪だよな。このまま帰したのってやっぱまずいよな」
「追うか?」
「そうだ……ってか、もういない!?」
「足速っ!」
すでに公園の敷地内からは消え、いまからではとても追いつけそうにもなかった。
「ぷはっ」
慶子は帰りに買ってきたグレープフルーツジュースをごくごくと飲み、グラスをテーブルの上に置き、今度はコップ半分ほど注いだ。
「実はお酒混ぜてたとか?」
「んなわけないでしょ。酒は基本的には夜だけよ」
「未成年はお酒飲んじゃいけませんよぉ」
「梅酒ぐらいいいじゃない! 日本酒の方が好きだけど、悪酔いするからって我慢してるんだから!」
「なんと言おうと酒だしそれ」
慶子はちまちまとジュースを飲む大樹を見て、ふんと鼻を鳴らす。
フィオは散歩からまだ帰っておらず、家の中はとても静かだ。ディノは最近はまったらしいジグソーパズルに夢中になっている。保つの趣味でいくつも買った子猫のものだが、買った本人が不器用この上なく放置されていた物だったので、慶子もできあがりが楽しみだった。
「フィオちゃんもこっちに慣れてきたよね」
「そーねぇ。近所の公園で時々幼稚園児と遊んでるから、近所のおばさん達にもウケがいいし。優しいいい子って評判なのよ」
「ケイちゃん親ばか入ってる」
「親って何よ」
慶子がカバンから教科書を取り出し、課題に取りかかろうとした時だった。
「慶子っ」
窓が開き、フィオが靴を脱ぎ散らかして上がってきた。オーリンは雑巾で足を拭いてから室内にあがる。雑巾は指定の場所に持っていく事も忘れない。
──ペットの方が行儀いい気が……。
慶子はジュースを口に含み、フィオの言葉を待つ。
「慶子慶子、私は慶子とエッチしたのか?」
ぶっ。
慶子と大樹は同時に吹いた。驚いたディノはパズルに手をたたきつけ、パーツが飛び散る。
「けけけけ、ケイちゃん……なんだかんだ言って、フィオちゃんの可愛さの誘惑に負けたの!?」
「違うわよ! してないわよ! 負けるって、あたしは男じゃないのよ!? 私が襲いかかってどうできるの!?」
「ケイちゃん、俺はこんなにケイちゃんを愛しているのに! ケイちゃん好きだぁぁあ!」
「あんたが襲いかかるなっ!」
慶子は大樹をはり倒し、フィオの元へ行くとがっしりとその肩を掴む。
「どこの誰に言われたの?」
「親切な男達だ。安いハンバーガーしか食べられなくて可哀想な男達だ」
「…………ハンバーガーからどうしてそんな話題になったのかは聞かないけど、そんなこと言っちゃダメよ」
慶子はフィオのあたまをこんと叩いた。
「エッチをすると子供ができるのだろう。血が出たのならエッチをしたんだと言っていたぞ」
「…………あたしにどうしろと」
慶子は頭を抱えた。なんと説明すべきだろう。
「結婚したくないから子供を殺す者もいると聞いたが、子供ができたらどうするのだ」
「できないできない。してないから」
「違うのか? ではエッチとはどうするものだ?」
「あぁうぅ」
慶子は助けを求めるようにディノを見た。ディノはフィオが『エッチ』などと連発するものだから、さめざめと泣いていた。
彼には無理だ。これ以上求めたら、気がおかしくなる。
このさい、嫌だが大樹に頼るべきだろう。
「…………そ、そんな目で見られても」
「だって、慣れてるでしょ?」
「俺子作りしたことはないよ」
「でも、慣れてるでしょ?」
彼はふっと笑った。そして慶子の肩に手を置いた。
「じゃあ手っ取り早く実践して見せようか」
「何考えてるのよっ!」
突然押し倒してきた大樹の顔はいつになく真剣で、慶子はホールドされた状態で抵抗する。なぜだか今日に限って彼の技はさえていて、びくともしない。
「大樹殿……」
ディノがゆらりと立ち上がり、大樹の背後に立つ。泣きながら見下ろす彼は異様な雰囲気を放っていた。
「冗談だよ、冗談。俺そんなに焦ってないって。いやほんと冗談」
「本当に冗談ですか?」
涙を流しながらすごむ彼は、ある意味いつも以上に恐ろしかった。
「人に見られて興奮するなんて変態じゃないんだからさぁ」
「まったく……」
ディノは大きくため息をついて、座り込む。
「私は一体どうすれば……」
彼は世界の終わりを迎えたかのように悲壮な表情で言う。
「あ、うん、なんとかするから落ち込まないで」
慶子はディノを慰め、意を決して立ち上がる。フィオにも、現実を教える時が来たのだ。
「待っててね。教科書持ってくるから」
フィオは頷き、正座をした。
慶子は資料を取りに、部屋へと戻る。
大樹は体操座りをして慶子を待った。ついにこのときが来たかと思うと、今までごまかしていたその方法が無茶苦茶だったのだと気づく。
よく覚えていないが、かなりのデタラメを吹き込んでいた。
今度は正しい知識を教えるのだろう。フィオの場合男と女、両方の知識が必要だ。慶子に上手く説明できるのだろうか。
少し興奮しながらも待つと、慶子が一冊の本を抱えて戻ってきた。
「さぁ、お勉強よ」
と、慶子はなぜか小学生向けの『理科』の本をテーブルに置いた。
──理科?
小学生の頃の記憶をたどる。保健体育という印象があるが、小学生の頃には理科で習っていた。
──フィオちゃんに中学生の教材を見せてもあれだしな。
などと思っていると、慶子は教材を開く。
「フィオ、これを見て」
「花がどうした?」
大樹は体育座りのまま横にこけた。
「花の種ができる過程は知ってる?」
「知らない」
「これが花の断面図よ。これがおしべ、これがめしべ」
慶子は真剣な顔で、世のパパママが使うベタな説明を始めた。しかしディノも真剣に聞いている。
「うちの花にもあるわよ。花が開く時、めしべにおしべが持つ花粉がつくの」
大樹は頭を抱えた。
──いいのか? いいのかこれで?
それでも続ける慶子。こちらにとっては当たり前の事だが、天界では当たり前の事ではないらしく真剣に聞いている。もしくは、彼らにそういう教育がされていないのかもしれない。
「慶子、慶子。種の出来方はわかったが、穴も棒もないぞ」
「穴がめしべで女の人、棒がおしべよで男の人。基本はこれよ」
「そうか。よくわからないが、おしべの花粉がめしべにつくと子供ができるのだな」
「そう。人間の場合はちょっと大変だけどね」
「わかった。慶子ありがとう」
それでいいのか本当に。
大樹が思っていると、突然はじけたように誰かが笑い出す。リビングの入り口に、アヴィシオルとルフトが立っていた。
「馬鹿だろお前!」
「フィオさん。僕ならいつでもあなたを迎え入れる準備は整っています。子供でもなんでも作りましょう」
「ルフト君、そういうことはフィオが大人になってからにして」
アヴィシオルは無視し、慶子はフィオを奪い返した。ルフトはくすくすと笑う。嫉妬するような事はないだろうが、内心どう思っているかはわからない。やっかいな小姑ぐらいには思っているかも知れない。
「そうだぞ。今の慶子よりも大きくなってからじゃないとダメなんだ」
「身長の問題じゃないですよ。ハートの問題です」
それだけではないのだが、フィオは慶子の身長を抜く気満々だった。なぜそうなったのかというと、結婚できるのは大きくなってから→どれぐいか聞いたら慶子よりも大きくなってから→身長で慶子を超したらという具合だった。
「私を無視するな」
「相手して欲しいなら、あそこのサボテンに話しかけてくれる。あたしはこれから夕飯作るの」
「お前嫌いだ。フィオ、お前のために攻略本買ってきたぞ」
アヴィシオルはゲームの話に切り替えてフィオの気を引く。慶子はため息をついて、キッチンに向かった。
──結局、何も解決していない気がするんだけど……。
まあいいか。
大樹は自分に言い聞かせ、残りのグレープフルーツジュースを飲んだ。