21話 あたしと師匠
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二人は並んで歩いていた。一見すれば、友人同士が散歩をしているように見えるだろう。表面上は穏やかで、いかにも青春を思わせる。精一杯
しかし実際にそこにあるのは、互いを牽制し合い、敵意に充ち満ちた泥色の関係だった。
「どうして明神が僕についてくるのか、理由が分からないなぁ」
「まさちゃんが、ケイちゃんチの方角に向かうからだろぉ」
二人は内容さえ聞かなければ、爽やかな声音で会話をする。
「醜い嫉妬を隠そうともしないのか、その嫉妬深さはさすがただなぁ。
潔さは美徳と言うけど、ことこれに関しては醜いだけだと思うけど?」
「子犬で子供を釣って女に近づく男も醜いんじゃないか?」
「フィオさんとは友人だ。君にとやかく言われる筋合いはない」
「主人は可愛くないけど、お前達は本当に可愛いなぁ」
二人の声は段々と低く、敵意に溢れたものになっていった。
しかし次の瞬間に、大樹は拾われたときよりも幾分大きくなった子犬達に笑顔を向けた。彼らは尻尾を振って、前へ前へと突き進もうとする。リードを離せば、あっという間に走っていってしまいそうだ。彼らは時折振り向いては、早く早くとばかりにせかす。それが大樹の心を動かすようである。
「何のために人についてくるんだよ。うちの二匹を捨てたのはそっちだろ」
「受け入れられるなら世界中の犬を受け入れたいさ。
俺はアヴィからの伝言をフィオちゃんに伝えに行くだけだよ。電話じゃ話せない内容だから、こうして歩いて向かってるんだろ」
「いつもみたいに、あの美人のドライバーさんに送ってもらえばいいじゃないか」
「あいつは別の仕事があるんだよ。ケイちゃんチまで歩いて十五分だしね」
二人は表面上は穏やかに、言葉は刺々しく、それでも一見仲良く並んで歩いていた。やがて東堂家が見えてくると、その前に保の車が止まっているのが見えた。国産の高級車である。その前に、慶子とフィオが立っている。
「兄さん、はやくしてよ」
慶子はジーンズにスプリングコートを羽織っていた。慶子のパンツ姿を初めて見る雅之は、普段は見えない彼女の太股のラインが気になった。隣のフィオは、ピンクハウスのようなふりふりのワンピースを身につけている。それが妙に似合っていて、雅之はくすりと笑った。
「どこかに行くのかな」
「けいちゃぁん、ジーパンなんかでどっこいっくのぉ?」
大樹が大声で尋ねると、慶子は振り返る。同年代の背伸びをしている少女達よりも自然に大人びた雰囲気を出している。
「大樹と川橋君。二人ともどうしたの?」
「俺はフィオちゃんに用があるんだよ。こいつはただの犬の散歩」
その犬を見て、フィオは顔を輝かせて走ってきた。その無垢さ、その輝き、天使そのものである。
「やあフィオちゃん。アヴィからの伝言なんだけど、あいつはよそにコレクションルームを持っていたのがバレて、魔界に逃げ帰ったから約束していたゲームはしばらく待て、だそうだよ」
「っていうか、それがばれると実家に逃げるほどやばいわけ?」
不満げに頬をふくらませるフィオの頭をはたき、慶子は大樹を白い目で見た。
「もっとこう……浮気がばれたとかならともかく、それぐらいいかにもやってそうな男なのに」
「浮気はいいんだよ、浮気は。魔王は半強制的にハーレムついてくるから、気にするだけ無駄なんだ。
それよりも、無駄金を使われるのが腹立つみたいだから。あいつら自分で出してるんだけど……俺にもよく分からない夫婦だな。たぶん、昔は普通に格好良かったのに、こっちに来て気づいたらああなってたから、騙された気分なんだろ。自分の知らないところで諸悪の権化のコレクションルーム作れば、怒るのも当たり前だって」
慶子がああ、と言って天を仰ぐ。雅之には理解できない会話だが、いろいろと問題があるのだろう。
「それよりも、どこかに行くんですね」
「ええ、昔に通っていた道場に行くの」
「フィオさんと遊ぼうと思っていたんですが、残念です。また今度遊ぼうね」
しゃがんでいるフィオは仰ぎ見てうむと頷いた。
「川橋君、時間があるんだったら一緒に来る? バーベキューするんの。格闘家ばっかりだけど、有名人も来るわよ。ただし、賄いのお手伝いしなくちゃならないけどね」
彼女はにっと茶目っ気たっぷり歯を見せて笑う。断る理由などあるはずがない。
「つまり、大食いがたくさんいて、大変そうだからお前等も来い、ってこと?」
「大樹は誘ってないでしょ」
「そんなこというと、手伝ってあげないぞ」
「別にそこまで困ってないし」
「じゃあ、せっかく持ってきた便秘に無茶苦茶効くお茶もいらないと」
「……い……いる」
慶子は上目づかいでつぶやいた。その仕草は妙に子供っぽくて、可愛い。雅之は思わす吹き出した。大人びていても、このような子供っぽいところがあるのだと嬉しくなる。
「慶子、準備でき……おや、大樹とフィオのお友達」
車のキーを指でくるくると回しながら出てきた東堂保は、大樹と雅之を見て微笑んだ。カジュアルな装いだが、彼にとてもよく似合っている。
(フィオさんの友達……か)
妹の友人とは見てくれていないようだ。実際、フィオとの関係しか深くないっていない。今ではフィオのいた『天界』なる場所をそれなりに知っているのに、慶子のことはほとんど知らない。
「お手伝いしてくれるって」
「おっ、いいねぇ。いい肉山ほどあるから、楽しみにしてろよ。すげぇ美味い黒毛和牛の肉だ」
フィオはおおっと言って拳を作る。相変わらず顔は可愛いのに豪快な性格だ。
「んじゃお前等車に乗れ!」
慶子はくすくすと笑いながら、保の持っていた酒瓶を受け取って助手席に乗る。
雅之も緊張しながら後部座席に乗った。
道場に到着すると、久々に見るそこを見て笑みが漏れた。
「沢渡先生、相変わらず看板も出してないのね」
その必要がないのだ。多くの生徒を受け入れるではなく、才能がある者だけを育てるのが、この道場の主、沢渡武人という男だ。
女の慶子が門下に入れてもらうときも、苦労したものだ。
当時、母の趣味で可愛らしい服を着て、髪も鬱陶しいほど長く伸ばしていたのだが、沢渡に邪魔だと言われて髪を切ったり(大樹と母と兄二人が泣いた)、年上の男の子に混じって走ったり(持久力はあった)と、本気であることを示して納得させたものだ。
しばらくすると、慶子のことを認めて可愛がってくれるようになった。育ててみると、才能と根性があったからだ。樹にいじめられていたので、当時の慶子は燃えていたため、上達は早かった。
「ここって、道場やってたんですねぇ」
「そうよ。宣伝していなし知らない人は多いけどね」
慶子は道場のイメージにそぐわない近代的な門──言い換えれば、ごく普通のどこにでもある門の、その脇にあるこれまた現代的なインターホンを鳴らす。
このため、ここが東堂保などが通っていた道場であることを知るのは、ご近所と格闘好きぐらいであった。
『はーい、あら慶子じゃない』
「奥さん、こんにちは」
『開いてるから、入って』
慶子は扉を開き中に入る。
懐かしさを覚え、慶子はフィオの手を引いてずんずんと奥へ進んでいく。敷地内に入れば、それなりの雰囲気はある。池があり、灯籠があり、飛び石がある。そして、道場がある。
「慶子、ここは何だ?」
「ここは私が護身術を習ったところよ。フィオにも教えたでしょ、痴漢撃退方」
腕力のないフィオのための、超実戦的急所攻撃レッスンだ。フィオはおおと言って納得した。
「どこに行くと思ってたのよ」
「知らないところだ」
慶子を信じ切って微笑む様は、見ていて胸がきゅんとなる。彼女にとって、フィオは世界一可愛い天使だ。お馬鹿な所も可愛くて、ぎゅっと抱きしめたくなる。
見知らぬ場所であるため、色々な物に興味を示してなかなか進まないフィオと、それを見守るディノは置いておき、慶子は小走りで裏に回る。
「こんにちは〜」
「ちゃーす」
慶子と保が皆に挨拶すると、どういうわけかテレビカメラがこちらを向いた。ホームビデオではなく、テレビ局のカメラだ。
「ちょっと、テレビ局が来るなんて聞いてない!」
後からやって来たフィオとディノを、慌てて隠しながら保に言う。
「あらぁ、可愛らしい!」
レポーターだかなんだか知らないが、見たことのある女性がマイクを持ってこちらに寄ってきた。
慶子は不快を表情に表し、フィオを大樹に押しやる。
「勝手に撮らないでください」
「え?」
フィオを撮らせるわけにはいかない。あれでも一応、家出天使なのだ。もしも追っ手に見つかったら、連れ戻されてしまうかも知れない。
やめろと言っているのに、カメラを持つ青年は隠れるフィオと、隠れようがないディノにカメラを向けた。
「この子達が万が一テレビに出るようなことになったら、国際問題になりますよ。それどころじゃないかも知れない」
国際ではなく異世界問題だが、国際問題よりは大事だろう。
「だから、やめてって言っているでしょう。常識もない人ね」
慶子はテレビカメラをバッグで隠し、きっとスタッフ達を睨み付けた。
「あなた達じゃ、責任なんて取れませんけど」
彼等はフィオを訝しむようにして見た。フィオは怯えて大樹の背に隠れている。
「兄さん! 私がこういうの嫌いだって知ってるくせに、どうして言わなかったの?」
「言ってなかったか?」
「聞いてないわ。もう、だから兄さんはダメなのよ」
「ごめん」
保は見るからにしょんぼりと落ち込んだ。ただし、脳みそも筋肉のことしか考えていないのか、次の瞬間には忘れるだろう。それこそ、三歩も歩いたら忘れるのだ。
「……フィオのこと、分かってるのよね?」
「ほんとに反省してます、ごめんなさい」
「いい? 今日は先生の家だから許してあげるけど、もう一度こんな事があってみなさい。兄妹の縁を切るから」
以前、家に帰ると帰国した兄が、テレビ局のスタッフ引き連れて家にいたことがあった。
その時はその企画自体を中止させることで許したが、今は慶子個人の問題ではない。フィオの将来がかかっているのだ。
「もしもフィオに何かあったら、生きていられると思わないでね」
「ごめんな、慶子。兄ちゃんそこまで頭回らなかった」
彼が馬鹿な分、その周囲の頭のいい人間には感謝している。樹ですらも、慶子に嫌みを言わなければ、保をフォローする兄の変だけどありがたいかもしれない友人なのだ。
「保、慶子ちゃんに何も言ってなかったのか」
保の後頭部を叩いたのは、彼の親友である拓真だった。樹と違い、人間味があり優しい男性で、彼がいなければ保はこれほどの名声を手に入れることはなかっただろう。
保よりも前にこの道場に通い始め、慶子にとっては経験的にも年齢的にも先輩であった。保と違い理知的で冷静な、尊敬できる男性だ。
「こんにちは、拓真さん。この前はどうも失礼しました」
「こんにちは。ごめんね、マスコミ嫌い知ってたのに、連絡しなくて。そっちの子だけは映らないようにしてもらうから、今日は我慢してくれないかな? 家族の絵もほしいみたいだから」
「あの子達を映さなきゃいいけど」
拓真はちらとフィオ達を見た後、大樹を見た。
「これはこれは、光の宮のお坊ちゃまじゃないか」
「どーも、お久しぶりです」
「相変わらず、慶子ちゃんに付きまとってるのか」
「幼なじみですから」
この二人、昔から仲が悪かった。馬が合わないのだろう。
「そっちの子は?」
「フィオよ。今うちで預かってるのよ。可愛いでしょ。フィオ、ご挨拶」
フィオは言われるがまま、ぺこりと頭を下げる。
「はじめまして、フィオです」
「初めまして、フィオ。僕は拓真だ」
「知ってるぞ。よく保とテレビに出ているだろ」
フィオは無邪気に微笑み、滅多に本当の笑顔を見せない拓真から笑顔を誘い出した。
「天使みたいに可愛い子だね」
「だろ。俺の妹二号だ」
保が自慢げにフィオの頭を撫でた。フィオは頭をくしゃくしゃにされながら、皆にかまってもらえて喜ぶ。
そんな微笑ましい家族の団らんに、近づく男がいた。
「あら、昇さん」
つい先日、合コンで世話になった館昇だ。相変わらず、知的な雰囲気が素敵な青年である。
「この前は失礼しました。兄さんが乱入して来るとは思わなくて」
「いや、こっちこそごめんね。連れが友達に飲ませようとして。あれからきつく叱っておいたから」
二人が会話を始めると、今までにこやかだった慶子の連れ達が皆一斉に不機嫌を顔に表した。
フィオなど、慶子にしがみついてきた。
母親を取られまいとする子供のようで可愛らしい。
「甘えん坊さん、どーしたの?」
「慶子、お腹がすいたぞ」
「そっか。じゃあ、先生にご挨拶したら、バーベキューの準備を始めましょうね」
慶子はフィオの手を引いて、師が座る縁側に向かった。彼はじっとこちらを見ていた。威厳があり、渋くて素敵な老人だ。昔よりもしわは増えたが、渋みが増して格好いい。
「先生、お久しぶりです」
「久しいな、慶子。そちらの小娘は……どこで拾った?」
「庭で拾いました」
「そうか。相も変わらず……それでこそ、慶子か」
彼は一人納得して、くつりと笑う。
何でも見透かしているような、不思議な老人だ。何を知っていても驚きはしない。大樹ですら一目で見破ったのだから、彼が見破るのは当然だと思えた。
「お前も、たまには遊びに来い。どうせ大学も、内部進学するんだろう」
慶子の通う学校は大学付属の高校だ。慶子の成績なら、問題なくそのまま進学できる。大学受験でまた勉強するのが嫌で、慶子は今の高校を選んだのだ。勉強で遊ぶ暇もないようなようでは、高校受験で苦労した意味がない。
「練習にも参加しないのに、ご迷惑じゃありませんか?」
「お前のような女は貴重だ」
「貴重?」
「おごり高ぶった馬鹿者どもは、お前のような女に一ひねりされる方がいいだろう。お前のいた時は、そういう馬鹿がいなくてよかった」
「私はいじめっ子ですか」
慶子はくすくすと笑いながら、持っていた包みを師の隣に置いた。
「これ、私が作ったんです。若い男の人が好きそうなものを。奥さんだと、煮物ばかりでしょう?」
慶子は風呂敷から、お重を取り出す。見た目はお節でも入っていそうだが、中は唐揚げや海老フライなど、子供の好む物が入っている。ここには、未成年の子供の方が多い。
「なんでぇ、久々に来たと思ったら、ジジイを高血圧で殺す気かよ」
お重を覗き込んだ少年は、軽口を叩きながら料理に手を伸ばす。その手をぴしゃりと叩き、お重にふたをする。
「んだよ、ケチ!」
「健康に気を使うなんて偉いわねぇ、正信君。そうよね、健康には和食が一番だものねぇ。これは他の育ち盛り達に食べさせるわねぇ」
「ひ、卑怯だぞ、このチチウシ!」
慶子は気づけば電光石化の蹴りを繰り出し、正信は身体をくの字曲げて倒れた。
「あら、ごめんなさい」
慶子はうふふっと笑って、頬に手を当てた。
心なしか、顔を輝かせて集まってきた少年達の輪が、先ほどよりも後退している気がした。
「正信、今のお前程度で勝てる相手でじゃないぞ」
「っせぇ!」
蹴られた腹を押さえながら、正信は起きあがった。
「相変わらず乱暴な女だな!」
「女の子にそんな事言っちゃ、だめでしょ?」
「いたいたたたたっ」
頬をつねられ、正信は情けない声を出す。すでに中学生になっているはずだが、昔とあまり変わっていない。ただ、身長だけは伸びている。慶子よりも少し高い程度で、あまり伸びているとは言えないが。
「慶子、慶子。私とも遊べ」
「何言ってるのよフィオ。さては、知らない人がいっぱいで寂しいな?」
慶子はフィオをよしよしと撫でた。
「ちょっとどいてましょうね。兄さんと先生を撮りたいみたいだから」
慶子はフィオを連れ、お重を持って庭に置かれたテーブルへと向かう。背後では、師と弟子の再会を撮影していた。
「慶子、その金髪どうしたんだ?」
正信は懲りずにやって来て、フィオを指さした。
「フィオって言うのよ。可愛いでしょ。紹介しないわよ」
「な、何言って、そんなんじゃねぇよ! なんつーか、そいつ、人間じゃないだろ」
小さく囁いた彼に、慶子は内心驚きながらも笑顔を向けた。普通に考えれば失礼な内容だが、そこはさすがに武人の孫である。
「私たちが帰ったら、先生に聞きいてみたら? ここではあまり、話せる事じゃないの。だから、見張っててね」
慶子はちらとカメラマンを見た。リポーターは、しきりとこちらを気にしている。よく保と番組に出ている女性タレントだ。
「あいつは大丈夫だよ。こっちのことは心得てる」
「どういう意味?」
「光の宮の息がかかってるんだよ」
「……うっわぁ……」
宗教の息のかかった芸能人。慶子は彼女を見る目を変えた。
「お前さ、誰よりも光の宮に近いくせに、なんで何も知らないんだ?」
「知りたくもないわよ。政治にまで介入するような宗教」
大樹の家に行くと、時々見たことのある政治家を見るのだ。その割に、世間での光の宮の印象は悪くない。それは近所迷惑な集会をしたり、近所付き合いの名の下に色々と勧誘をしたり、お布施を強要したりしていないからだろう。選挙前だけ光の宮の知人から電話がかかってくるようなこともないらしい。
光の宮はどの政治家も援助していない。政治家が勝手に光の宮の元に来るのだ。
犬を拝んで何が楽しいかは、慶子には分からないが、犬好きにはたまらないだろう。
正信は急にかしこまった顔をした。
「大樹様。こんにちはっ」
「こんにちは、正信。相変わらずケイちゃんに絡むのが好きだなぁ」
「そ、そんなことは……」
顔を赤くして口ごもる純情ぶりは、大樹と違って安心できる。突然赤くなった彼の顔を、フィオが心配して覗き込むと、彼はさらにうろたえた。フィオのような美少女とは縁遠い格闘少年は、どこまでの純情だ。
「さて、私たちが最後だったみたいだし、そろそろバーベキューの準備をしましょうか」
慶子は持参のエプロンを取り出し、野菜と肉の山の前に移動した。
「強い妹さんですねぇ」
リポーターをしている吉川美子がつぶやいた。彼女との付き合いは長い。元々、樹を通して知り合った仲だ。互いが有名になる前からの仲なので、慶子のことも噂には聞いているはずだ。無礼も気にしないだろう。
「まぁなぁ。気も強いし、腕も立つ。俺、慶子に勝てたことないからなぁ」
慶子を本気で殴ることも出来ないし、かといって、力がない彼女も技術的に保と並ぶかそれ以上。彼女は体重移動が上手く、バランス感覚が優れている。どうしたらあんな動きが出来るのかと思うほど、彼女はどんな体勢からでも蹴りを出す。いつものほほんとしている自由気ままな彼女は、鋭い爪を隠し持っている。
「保はいいよなぁ。慶子ちゃんだけでも羨ましいのに、天然ものの金髪美少女まで妹分にしてさ」
「拓真は一人っ子だもんな」
昔から彼は慶子の存在を羨ましがっていた。彼女が拓真に懐いていたのも理由だろう。師に言われて可愛かった三つ編みをばっさり切ってきたときから、男でもあれほどの根性はないだろうと気に入っていたらしい。
同じ理由で、師の武人は慶子を実の孫よりも可愛がっていた。正信ともう少し歳が近ければと愚痴っていた。正信の年齢がもう少し上であれば、縁談でも持ち込んでいたかもしれない。
「妹さんとの絵も撮りたいんだけど、いいですか? 妹さん可愛らしいし、視聴者は家族の団らんが好きですからね。あの美少女ちゃんにどいてもらうだけでいいんだけど」
「んじゃ、頼んでみるよ」
慶子は嫌がりつつも、引き受けてくれるだろう。頼まなければ、絶対に逃げ回るだろうが。