23話 あたしと小悪魔
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慶子は誰が見ても不機嫌だった。フィオは震えながら慶子の様子を見守った。
今のような慶子は何をしでかすか分からない。さっきだってそうだ。待っていればいいのに、自分で抜け出そうとした。
今の慶子は、先ほどよりももっと機嫌が悪い。
理由は一つ。フィフィを取り上げられ、大助の主の元へと連行されているからだ。
慶子は卑怯な者が嫌いだ。大勢を使い、自分は動かないことによけいに腹を立てているのだ。
少し前に出会った佳奈も奇妙な言い掛かりをつけてきたが、ちゃんと自分で動いていた。
「ちょっと、フィオに気安く触らない!」
知らない男に背を押され、彼女は怒り出す。やはり気が短くなっている。
フィオは早く終わらないかと願いながら、クルスを握り締めて歩く。
階段を降りて少し歩くと、大きな部屋に出た。地下室らしいその部屋の奥には、一人の少女が大きないすに足を組んで座っていた。銀髪のフィオと同じ年頃の少女で、黒い革製の胸と腰を覆うだけの露出の多い服を着ている。もしもフィオがあのような姿をすれば、慶子は激怒するだろう。
慶子は顔を顰めて少女を見た。少女は立ち上がり、音を立てて背中の黒い翼を広げた。アヴィシオルと同じ、コウモリのような羽根だ。
「悪魔……」
慶子は呟いた。
「悪魔っ娘だ! 悪魔っ娘だぞ慶子!」
「はいはい。最近じゃもう珍しくもないでしょ」
「慶子はノリが悪……」
慶子は少女を恐い目で睨み付けていた。
『フィオ、黙っておけ。何かあったら何とかする。……慶子がいるのが不安定要素だが』
慶子がいると、それだけでクルスとフィオの力が削がれる。だが、逆を言えば悪魔である相手の少女も手出しが出来ないだろう。
「あんた達が……」
少女は二人を見て、足を組み替え睨み返す。
「お前達、ここから出ていきなさい」
少女は控えていた男達に向かい言う。
「アリシア様!」
「何をおっしゃるんですっ!?」
彼らは少女の言葉に声を上げる。彼らの主、アリシアは立ち上がりもう一度言った。
「出ていきなさい」
彼らは主の命令に従い、しぶしぶと部屋を出て行く。大助は最後まで渋ったが、アリシアにあごで指示されて、ようやく出て行った。
三人だけになり、一番始めに口を開いたのは慶子だった。
「あんたねぇ、あんな大勢に正体を見せてどうするの? 世間にバレたらどうするつもり?」
「漏れないわよ。私の意志に反する者はいないもの」
彼女はゆったりとした足取りで二人に近づいて来た。
「っていうか、あんたは何者よ。どうしてあいつらはあんたに服従してるわけ?」
慶子は年下の少女が相手なので、男に対するよりも少しだけ優しい調子で言う。男相手なら、暴力も交えているだろうから、かなり優しい対応だ。
皆を外に出したことにより、慶子は少しだけ彼女を見直したのだろう。
「あの程度の男達を魅了するなんて私には容易いのよ。吸血族はね、他者を魅了して武器にするのよ」
アリシアは唇の端を吊り上げ鼻を鳴らす。
「え……吸血鬼なの?」
ホラーが苦手だという慶子は、驚いて身を引いた。
「人間は皆同じ反応ね。
感染なんてしないわよ。私たちはそういう種族なだけ。ちゃんと生殖行為で繁殖するわ」
慶子が言っていた、『めしべ』と『おしべ』のことだとわかった。あと、漫画や映画に出てくる吸血鬼とは違うということも理解した。人を魅了して使役するというのなら、やはり彼女は悪魔だ。世間で言う小悪魔だ。
「で……どっち?」
アリシアは腕を組み、横柄な態度で問う。
「何がどっちなのだ?」
「フタナリなのはどっち?」
「フタ……?」
フィオはこくりと首をかしげ、慶子は顔を顰めた。
「えと……両性具有のこと……でいいのよね?」
「そうよ」
「なんでまたそんなことを気にするわけ?」
ルフトが時々口にする言葉で、慶子が何度か激怒しているのを見たことがある。そういう意味だったとは驚きだ。
「あんたは人間っぽいから違うわね。じゃあ、そっちの金髪!?」
と言って、彼女はフィオに近づいてきた。怒っているような顔つきで、フィオはどうした物かと考える。怒らせるようなことをした覚えはないが、彼女はとても怒っている。何か誤解があるのだろうから、話せばきっと分かるだろう。
彼女が目の前に来て、しゃがみ込んだ。腰の辺りを見つめる彼女の、意図が掴めない。
「…………見せなさいっ!」
「うぬっ!?」
突然、彼女はスカートをめくり上げ、手を入れてくる。
「な、何をする!? やめろっ!
フィオの身につけている下着に手をかけ下ろそうとする。フィオは抵抗して下着を押さえるが、バランスを崩して尻もちをついた。
「ちょ、女の子がそんなはしたないことを……」
慶子がおろおろと二人を見ている間に、フィオは下着を奪われた。
「くっ……」
アリシアは唇を噛み、フィオの下着を握りしめていた。
「こらこら、女の子がそんなこと……」
慶子がアリシアの肩を掴んで、呆れ顔で言う。
「何も努力しなくても、フタナリなんて……」
「いやあのね、これはこれで色々と苦労があるのよ。どうしてその……フタナリが嫌いなの?」
慶子は転んだままのフィオを抱き上げ、アリシアに問う。フィオは絶好の機会と彼女にぎゅっと抱きついた。少し得をした気分だ。
「そいつがいるせいで、私のルー様が……」
「ルー様?」
慶子は聞きつつフィオを床に下ろした。短い幸せだった。
「最近まで、ルー様はよく来てくださったのに……最近じゃ来なくなったし、前みたいに『フタナリ萌え』って言ってくれなくなったのよ!」
慶子はなぜか転けた。高いヒールのミュールを履いているからだろうか。
「あ……あんた、それの……その萌えとかいう意味分かってるの!?」
「可愛いとかいう意味でしょ」
「ニュアンス的に近いけど、なんか違う! もっとこう、現実の人間に向けるには嫌なドロドロした言葉よ!」
「でも、褒めてくれてたのにっ!」
「っていうか、あんたも両性具有なの!?」
ぴったりとした革の服を着ているが、股間に盛り上がりがない。フィオがあのような服を着れば、絶対に目立っているはずだ。
「私に性別なんて無いわ。好きな時に、好きな性になれるの。両方同時になることもね。ルー様は両方ある方が好きみたいだったけど」
慶子は口をつぐんで考え込む。やがて顔を引きつらせておずおずと尋ねた。
「……ねぇ、その……ルー様って、ひょっとしてかなり変質的な趣味を持つ、ルフトって名の見た目だけのゲス妖精のこと?」
「ルー様をゲス呼ばわり!? あんなステキな方に対してゲスなんて、なんて女なの!?」
「ステキ? あの変態が?」
慶子はルフトのことをあまり好きではない。普通にしていれば問題ないのだが、ルフトが趣味のことを始めるととたんに機嫌が悪くなるのだ。
「っ……ルー様を侮辱するなんて……許せない!
ヨーゼ、この女を少し痛めつけてやって!」
アリシアが慶子を指さした瞬間、知らない男が現れた。金髪の角が生えた青年だ。
「御意」
魔界の者だということは、すぐに理解できた。悪魔だ。まさしく悪魔だ。見た目だけなら、主はヨーゼという男の方で、アリシアが下僕であるが、現実は逆のようだ。アリシアが言っていたように、魅了して従わせているのだろう。
それが慶子を狙っている。アヴィシオルの場合は魔界でも珍しいらしいが、魔力に頼り切って闘うタイプであるため、慶子が大の苦手なのだが、普通の魔族となると違うだろう。アヴィシオルのように運動が面倒だという理由で、鍛練を怠るとは思えない。ディノは毎朝鍛練を欠かさず、早朝から走り込みをして、ご近所のご老人といっしょに朝の『ラジオ体操』をしているらしい。ヨーゼはディノのように逞しくはないが、侮ることは出来ない。
ヨーゼは一歩踏み出した。
「慶子っ」
フィオは手を前に出し、魔力をほとんど練ることなく解き放った。稲妻の形を取る魔力は、見当違いな方向へと向かったが、ヨーゼの足を止めることは出来た。
久々に魔力を使ったが、思ったよりもコントロールが上手くいかない。そして、慶子が見ているせいか、彼女に向けたわけでもないのに威力が小さい。
「フィオ……そんな手品みたいな事が出来たの?」
「天界では当たり前だぞ。でも、力を使うと人に見られたときに危ないから、使わなかったぞ」
もしも人でないことが露見すれば、エイリアンのように解剖されてしまうのだと、テレビでやっていた。慶子も怒るので、きっと大変なことになるのだろうと、力は使わないようにしてきたのだが、今は躊躇っている場合ではないだろう。どうせここにいるのは、皆知っている者ばかりだ。
「天界の者ですか、厄介ですね。彼らは魔力の扱いに長けていると聞きます」
「それがどうしたの。あんた軍人でしょ。あんな甘やかされて育った小娘一人に、何を恐れるというの」
「恐れてはいませんが、私の得意なのは……」
しかし彼は言葉を切り、アリシアへと微笑みを向け力強く言う。
「危険ですので、アリシア様は後ろに」
「慶子もできれば隅っこの方で目をつぶっていてくれたら嬉しい」
そうすればフィオの魔力はもう少し削られなくなる。近くにいるだけで攻系の力が殺がれるのは初めから分かっていることで、それを考えて力を使わなければならない。
『面白い力を使うな』
クルスの声が聞こえた。
「天界の者なら皆が使える基本的な力だ。他に色々な術があるが……慶子の側ではあまりできない。そがれると形にならない」
もちろんだからと力を使わなかったわけではない。必要がなかったから、フィオもディノも使わなかった。元より気軽に使っていい力ではないと教えられてきた。
だが、必要ならば、使う。
いつもは守られてばかりいるのだ。
「慶子に手を出すなら、容赦しないぞ!」
フィオの指先から、バチバチと音を立てて火花が散る。
「こちらこそ」
ヨーゼは小さく笑い、そして正体の分からぬ呪文を唱えた。
オーリンは今、ほんの少し後悔していた。
「美少女きゅ〜しゅつ、たっのしいなぁ♪」
るんるんとスキップで進むこの少女は、オーリンの首輪を掴みぶら下げている。普通の生物なら窒息して死にかねない。そして、
「じゃーまものはーいじょもたっのしいなぁ」
などと歌いながら、止める男達を叩きのめしている。
なぜ、この手の女性と一番に接触してしまったのだろうか。オーリンはこの手の女性に振り回される星の元に生まれたのだろうか。
「ま……真緒サーン、もう少し、落ち着いて」
少し離れたところで、大樹が真緒へと呼びかけているが、彼女はまったく気にした様子もなくその乗り込みを楽しんでいる。
「普通こういうのは、忍び込むものだと思うし」
「大丈夫! みんな弱いから!」
そう言う彼女は強かった。人とは思えないほどの俊敏さで、相手が来ると分かっているのに、それでも気付かない間に一撃で気絶させられているのだ。
「ああっもう、沢樹、止めろよ!」
大樹は真緒に保護者であるらしい、沢樹に怒鳴りつけた。
「なぜ真緒さんの活躍を止めなければならないんですか? あんなに楽しそうな真緒さん、久しぶりに見ました。最近落ち込み気味だったから心配してたんですよ」
「あれで落ち込んでたのかっ!?」
「真緒さんは表に出しませんからね。少しは大人に頼ってくれればいいんですが。
ああ、でも、やっぱり女の子は元気が一番です」
数少ない彼女を止められそうな男らしいのだが、沢樹は真緒に絶対服従のため、止める気が一切無いようだった。振り回されるオーリンは、そろそろチワワの姿を保てなくなってきた。慶子が見たら蹴り飛ばされるだろう触手が飛び出て振り回されるままにしなる。
それに気付いた真緒は、オーリンを?の高さに持ち上げて叫んだ。
「って、何これ!? 見て見て! 振り回してたらなんかそのうちエロいことしそうな変な生物になった!」
「うっぐ……真緒さんそんな物は捨ててください!」
「おもしろーい! 犬になるエイリアンみたいな化け物なんて、初めて見る。私もこれ欲しい!」
「ダメです! 真緒さんの犬は私だけでいいんです!」
抱きしめられたオーリンは、もうどうしていいのか分からなかった。組織力の方が頼りになるとは分かっているが、これならディノ一人を連れてくるという選択もあったのではないかと悩んでしまう。
彼はきっと今頃知らされて右往左往しているだろう。悪いことをしてしまった。
「食べたらどんな味がするんだろうね」
その発言を聞き、オーリンは逃げるべく暴れてみたが、不思議と彼女の手から逃れられない。本来の姿をしたオーリンは、かなり滑りやすいのだが彼女はしっかりと抱えていた。
「真緒……繊細な子だからそろそろ解放してあげた方がいいよ。フィオちゃんのなんだし」
「ちぇ。美味しそうなのに」
大樹の言葉で、今度こそ真緒の力が抜けてオーリンは逃げ出した。大樹の側でドーベルマンになると、沢樹に睨まれた。なぜ彼は人型すらとらないオーリンを敵視するのだろうか。
「いくらなんでも、食べるとか言うかな」
「だって、人間丸ごと食べたら怒るでしょ」
物騒な言葉に、オーリンの思考が停止する。
「そりゃ怒るよ。真緒は冷凍は嫌がるし」
冷凍とは何の冷凍だろうか。
「美味しそうな好みの女の子を見たとしても、よだれを垂らしているだけの薄幸の美少女に、たまには美味しい物食べさせてくれてもいいと思うけど」
「オーリンが美味しいとは限らないだろ」
「じゃあ一本食べてみたい。切っても生えてきそうだし」
「いや、すごく脅えてるからやめておけって。
こんなに可愛い姿をしているから、もう俺は可哀想で見てられない」
性格からは信じられないほど犬好きの大樹は、オーリンを守るような位置に立ち、先を行く真緒を牽制した。
歩きながら振り向いていた真緒は、にやりと笑ってから再び前を向き走り出す。その時には、脅えながらも立ちふさがる少年がいた。
「若人よ、青春の味を教えてやるっ!」
と、飛び膝蹴りを食らわした。わざわざ大技ばかりを繰り出し、彼女の青春の概念が伺い知れた。
とても楽しげに、男達を撃沈していく。
「おっ」
彼女は突然足を止めた。彼女が降りようとした階段の先に、見たことのある青年が立っていた。
「今までとは、ちょっと格が違うかな」
真緒は舌なめずりをして青年を見た。食べる気だろうか。囓るぐらいはしてもおかしくない雰囲気はある。
「君、この先に私が助けるためにいるお姫様達がいるね?」
「助け……って。あれに助けが必要なのか?」
彼は顔を顰めた。明らかに慶子らしい慶子を知っているような様子だ。
「ケイちゃん……君は何をしんだ」
彼らは助けるために来ているのに、捕らえている彼がそれに対する疑問を持つほどのことを彼女はしたらしい。慶子らしいが、せっかく助けを連れてきたのだから、なぜ大人しくしていられないのだろうか。
「上も騒がしいですけど、どうしたんですか?」
奥からもう一人やってくる。
「大祐か。もう彼女たちの迎えが来たらしい」
「迎えって……げっ、大樹さんっ」
顔を覗かせた少年は、大樹を見て顔を引きつらせた。
大樹は少年を見て、目を細めて彼をじっと見た。
「お前……師範のところの……」
「ど、どどど、どうも、お久しぶりです」
少年は明らかに挙動不審の様子でぺこぺこと頭を下げていた。
「何でこんな所にいるんだよ」
「……色々とありまして」
「色々って、色々あったからって、ケイちゃんを拉致ることが許されると思ってるのか?」
「ははは……」
笑う彼の顔は引きつっている。大樹に言葉そのままの意味で見下され、脅えているのだ。真緒はその場の空気も読まずに、先ほどの調子で階段を下りていく。
そして当たり前のように、青年へと飛び蹴りを食らわせた。
「っ!?」
真横で行われたその一瞬の暴力に、大祐という少年は固まる。
「マシと言っても、やっぱり弱いね。君はどうかな?」
目を輝かせて大祐を見る真緒。
「ちょ、待って」
真緒がのばした手を、後ろに下がって避ける。真緒の動きは今までと変わりないため、避けたのは彼の実力だ。
「ようやくまともなレベルのが出た」
真緒は楽しげに一歩下がり、腕を回す。
「真緒、目的を忘れるなよ。美少女救出だろ。ちょっと好みの少年をいびるじゃないだろ」
「じゃあ、瞬殺ということで」
「まあ待て。聞きたいことがあるから、生かしておけ。っつーか、殺すな」
「殺すはずないだろ。私は人間を殺したことはまだないよ」
「まだとか言うな、まだとか。ったく、だからお前と来るのは嫌だったんだ。止めても走っていくし」
実はまだ外に何人もいるのだが、真緒が勝手に行ってしまったので、大樹が追ってきたのだ。他の面々は鏡華や昭人など、もう少し話し合いの通じそうな人間だったのだが、一番話が通じない者が突入していった。
「明様も言ってたろ。ほどほどにって」
「やだなぁ、ほどほどだよぉ。じゃないと、もっと私は過激よん」
よん、のあたりでポーズを取り、そして呆気にとられる大祐へと手を伸ばし、首根っこを押さえて一瞬で捕獲した。気を削がれていた大祐は、驚いた様子で自分の姿を確認した。
「ええと、大祐だっけ。お前は何でケイちゃんを誘拐したんだ。ケイちゃんをケイちゃんと知っているんだから、危害を加えようなんて気がないのは分かってるけど、俺達で来るのを予測しておきながら、こんな杜撰なことをした理由ってのは聞きたいなぁ」
大祐はさっと目をそらした。
「言わないなら別にい……」
階段を下りてきた大樹の言葉がとぎれる。彼の視線を追うと、赤ん坊ぐらいの小悪魔が空を飛んでこちらに向かっていた。
「ダイスケちゃま!」
その、慶子が一目でも見たら抱きしめて離しそうにない愛らしい小悪魔は、真緒に捕らえられた大祐の肩にしがみついた。
「ダイスケちゃまをイジメないでくだちゃい!」
その愛らしい姿に、真緒は一瞬で気をそらされて満面の笑顔になる。
「うん分かった。で、君、名前は? 可愛いね」
「フィフィともうちまちゅ。ダイスケちゃまが痛がっています。放ちてあげてくだちゃい」
「はいはい。フィフィちゃんかぁ。将来は美人だね」
彼女は手を放し、代わりに大祐を踏み倒してフィフィをなでなでする。
「ダイスケちゃま! どうしてダイスケちゃまをイジメるんでしゅか!?」
「私のこれから大切な人になる人達を誘拐した罰。大丈夫。これぐらいじゃこたえないから」
「精神的に効くんですけど」
真緒は刃向かう大祐に、ぐりっと堅そうな靴のカカトをねじ込んだ。
「真緒……それって、魔界の生物じゃないのか?」
大樹は悪魔の羽根が生えた愛らしい小悪魔を見て、眉根を寄せた。
「魔界をご存じでしゅか? 今日は魔界のことを知っているお客様がよく来ましゅわ」
魔界を知るお客様一号は、慶子のことだろう。彼女がどのような反応を示したか、容易に想像が付いた。
「慶子って子だろ」
「はい。ケイコちゃまのお迎えのかたでしゅか?」
「ん、そう。で、なんでケイちゃんがここに連れてこられたか知っているか?」
「はい。アリシア様がダイスキな、ルフト様が最近モエと言ってくれなくなったので、その原因がお二人にあるかも知れないから、聞いてみたいそうでちゅ」
「………………あぁ」
大樹は携帯電話を取り出して、気分が悪そうな顔で誰かに命令した。
「ルフトとアヴィ連れてこい。今すぐ」
それだけ言って、ぴっと音を鳴らして携帯を切り、呆れ半分の大きなため息をついた。
「アリシアって、あれだろ。アヴィシオルの妹の」
「そうでしゅ」
「ったく、何考えてるんだ」
大樹は頭をかきむしる。そうしたくなる理由はよく分かる。振り回される身は辛い。
幸いなのは、慶子達に危害を加えている様子がないことだ。
そう思った矢先のことであった。
「大変だっ! 中で誰かが争ってるぞっ!」
その言葉で、一番に反応して走り出したのは大樹だった。