28話 あたしと天界

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 部屋の中は、実にメルヘンであった。
 可愛いという意味ではない。綺麗なのだ。おとぎ話に出てくるような、幻想的な内装だ。テーブルには花のレリーフ、その上には見たこともない可憐な青い花が一輪。一輪挿しはキラキラ輝き、一つ貰っていきたい。壁も通路よりも落ち着いた、知らない材質の見るたびにわずかに色の変化する壁。
 こんな所でお茶が出来たら最高だと思う程度に、ここは慶子の好みであった。
 中心にいるのは妖精の美女。妖精の女王様と言われればそのまま信じてしまいそうな、透けて見えそうな透明感のある美しい妖精で、思わずぽぅっと見とれた。
「何用じゃ、ヴィーゼ殿。その娘は何じゃ」
 綺麗な人に睨み付けられ、慶子は顔を顰めそうになり慌てて留めた。
 一目でそうと分かるほど、彼女は嫉妬しているらしい。
 美人でも、ヴィーゼのような美形には弱いのだ。彼女は彼に好意を持っているに違いない。あからさますぎる。
「それは人質の娘では? なぜここまで連れてきた」
 不快を隠すこともなく、好意も隠しきれずに睨み付けてくる妖精。人を誘拐しておいて、連れてくると不愉快になるとはなんて我が儘女王様だろう。
「あんなところに女性を転がしておくなど私にはできません」
「憎きルフトの手の者ぞ」
「ただの心優しき天使の保護者です。素晴らしいではありませんか、迷い込んだ天使を迎えが来るまでかくまうなど。
 我々の意志には反しますが、心がけは素晴らしいものです」
 爽やかに微笑む様は、まさしく天使。誰も魔界の弱肉強食の世界を生きている悪魔だとは思うまい。
 悪魔は平然と天使の皮を被るものだ。
「ヴィーゼ殿はまこと寛大でいらっしゃる。そのような小娘にまで情けを向けるとは」
「光栄にございます、エリーナ様」
 絵に描いたように優雅に礼をする麗しのヴィーゼ。その様に見惚れる妖精エリーナ様とやら。彼にかかれば女などイチコロである。
 内心でいけいけとはやし立てる慶子は、黙って傍観する。
「しかし人は実に愉快な顔をしているものじゃ」
 慶子は殴りかかる一歩手前で己を律する。あんな顔だけの頭の足りない女に、けなされるいわれなど無い。美人でも馬鹿な女に何の価値があるだろうか。阿呆の真似をしているのなら立派だが、この女にそれは感じない。
 人間を見下して、美しい天使を立派と目に映しているのだ。阿呆だ。馬鹿だ。美貌にうぬぼれて騙されるタイプだ。男に騙されて破滅するがいい。
 心の中で罵倒して、必死の努力でそれなりをたもっているつもりだった慶子は鼻息を荒くする。こればかりはどうしようもない。
「しばらく離れていたので作戦の全貌を聞かされていないのですが、この方を人質にしたあと、どうなさるおつもりなのでしょうか」
「ヴィーゼ殿は聞いておらぬのか」
「はい。肝心なことは何も。知っている方は、まだここには来ていないのです。何が行われようとしているのか、気になるところです」
 下っ端しか動いていないというのは、事実なのだろう。かといって、まさか天界には潜り込めない。いくら何でも大胆すぎる。
「天界が何を思っているかはわらわの知るところではない。部下であるそなたにまで何も言わぬとは、本来ならば手を組むのもいかがわしい。こちらが聞きたいぐらいじゃ」
「そうですか」
 使えない。
 彼から、一瞬そんな雰囲気を感じた。もちろん紳士な天使スマイル全開のまま。
「個人的な興味なのですが、ルフト殿を始末した後、エリーナ様は女王となることを望まれるのですか」
「それは分からぬ。しかしあのような痴れ者が王になるなど言語道断じゃ」
 確かに痴れ者ではある。しかしそれは人間界での事だろう。妖精界ではこちらの世界にいる時ほど痴れ者ではないはずだ。ルフトもアヴィシオルも故郷ではまともを装っていると聞く。
「自分達で、世界を行き来する手だてを見つけてしまわれた事ですか」
「そうじゃ。あやつは魔族をわらわの世界に招き入れた」
「蟲のことで困られていたのでは。妖精が側にいると、すぐに再生してしまうと聞きました」
「それがあろうとも、あのような穢れた者どもを、好きに出入りさせ続けるなど正気の沙汰ではない。とくにあの魔族。汚らわしいにも程がある」
 目の前の美形のにーちゃんは魔族でぇす、と言ってやりたいところだが、慶子はそれをぐっと我慢する。きっといつか、その時が来る。その時に高笑いながらけちょんけちょんに罵ってやる。
「では、彼らが来たらどのように捕まえるおつもりですか。人質がいても彼らを簡単に捕らえられるのでしょうか」
「それはぬかりない。妾の部下には優秀な結界師がいる。罠は仕掛けてあるから、そなた達が上手く誘導してくださればよい。わらわの介入が知れなければ、警戒されることもない」
 つまり、介入が知れれば対応策があると言うことだ。
 慶子は内心でほくそ笑み、生意気な顔だけ女王様を罵りまくることを想像した。
 こういう女は容赦なく凹ますことこそ、きっと世のためにも彼女のためにもなるに違いない。
 もしも捕まったりしたら、あの無能男どもぶっ殺すなどと思いながら、慶子は無表情で突っ立った。


 大樹はこっそり倉庫の中に入って周囲を見回す。
 幸いかなり薄暗いが、見える。
 見えれば大樹に恐い物はあまりない。容赦なく頭に響いてくる兄の声が世界で一番恐いが、それを除けば震え上がるほど恐い物はない。
「早く入ってよ」
 どんと背後から押され、大樹は倉庫の中に倒れ込む。なんて非道い女だろうか。
 立ち上がって高かった服に付いた汚れをはたき落とし、再び周囲を見回す。
「ん、なんか変なのある」
「どこに?」
「あそこの角がうねうねってしてるんだ」
「見えない」
 目の差だろう。大樹の力は目に宿っている。だから人に見えない物が見えもする。真緒の場合、元は人間で動物達のような地野生の感とか超感覚を持っていないので、大樹よりも鈍いには仕方がない。彼女は勘で生きているのだから。
「なんかヤな感じ」
「……マジで? どうすんだよ」
 勘で生きる真緒の嫌な感じは、現実的にかなり嫌な感じなのである。大樹は尻込みしてちらと真緒を見た。
「行くしかないでしょ。ケイちゃんのため。たいちゃん頑張れ」
「なんでお前が俺の小さい頃のあだ名知ってるんだよ」
「色々と聞いたから。アヴィと浮気して振られたんだって?」
「浮気じゃないっ! 襲われたんだっ!」
「大差ないし」
 大樹はふてくされてそっと歩く。誰もいないのはどういう事だろうか。常に周囲に気を配り、しかし生物の気配がないことだけは確かだ。
 見張りの一人や二人いて当然なのに、獣の一匹もいない事に警戒を深め、大樹は問題の箇所に近づく。
 出来れば颯爽と現れて慶子を救い出してみたいのだが、大樹は慶子に関するとどういうわけかツキが逃げる。嫌な予感はするが、しかし立ち止まってどうにかなるわけではない。
 真緒の盾にされている気がするが、自分を信じて進むしかない。
 ある一点で、大樹は足を止めた。
「なんかあるな」
 目の前で、一瞬だけ何かが揺らいだような気がした。
 樹なら気にせず進んでもどうにもならないだろうが、大樹は樹のような天才ではない。
「避けていくか」
 大樹が視線を上へ向けると、とたんに何かが迫ってきた。
「うわっ」
 逃げる間もなく取り込まれた。
 普通、ああいうのは動かずに獲物がかかるのを待つのではないのかと罵りながら、大樹は周囲を見回す。
 うすらぼやけて向こう側が見えない。
「真緒、聞こえるか」
「聞こえるよ。何してるの?」
「そっちからは見えるのか?」
「見えるけど、見えないの?」
「見えない。近づくとヤバイみたいだから、寄るなよ」
「出られないの?」
 大樹は目の前の濁った乳白色の壁に手を触れた。堅くはないが、押しても伸びる。強く睨んでみるが、時間が掛かりそうだ。
「すぐには無理だなぁ」
「情けない!」
「お前が先に行ってれば、助けられたんだぞ」
「女の子を先に行かせるなんて、どこの国のエセ鬼畜紳士?」
「鏡華と来ればよかった……」
 何かと便利なのだが、今いるのは主に肉弾戦しかしない真緒だ。身体的には大樹など比べものにならないほど強いが、こういうときは役にも立たない。
 どうしようかと悩んでいると、騒がしい声が聞こえた。
「あ、大樹! もう行ってしまったと思ったのに、まだいたのか」
 翼を広げ、地を蹴り空を飛ぶフィオが、こちらに接近しつつある。
「来るなっ!」
「なぜだ?」
 人生経験の浅い彼に、大樹の様子を見て疑問に思えとは、さすがに言えないだろう。
「罠がある」
「罠?」
「こっちからは動けない。下手に近づくと捕まるから離れてろ」
 フィオはさっと後ろに下がり、近くに落ちいてたゴミを拾い投げつける。大樹の足下まで転がってきたそれを拾い上げて壁に向かって投げつける。大樹から見れば壁に当たってぽてりと落ちるが、向こうから見たらおかしな事になっているだろう。
「むぅ。進めないというのか。こんな事では、慶子を助けたアリシア達に追いつかれるではないか」
「え、ケイちゃんこっちじゃないの?」
「? あっちにの倉庫に閉じこめられていると聞いたぞ」
 大樹はおかしな気配がある此処へと他には目もくれずに来たものだから、関係のある場所がまだあるとは思わなかった。
「いや、それはないよ。たぶん自分で逃げ出して、奥に行ってると思う」
 真緒が首を横に振って、奥を睨み付ける。鬼は人の匂いを敏感にかぎ取る。気に入った相手なら、通った場所ぐらい分かるものだ。
 フィオも強く言う彼女を信用したのか、手を打って喜んだ。
「さすが慶子だなっ! よし、私も頑張るぞ!」
 フィオは手を振り上げた。よく見えないが、シルエットで何となく分かる。
 何をする気か、そんなこと尋ねるまでもない。
「待てフィオちゃん! そんなコトされたら進行方向にいる俺が死ぬっ!」
 絶対に暴力に訴えるのだろう。その場合、電撃である可能性が高い。そんなものを向けられたら、さすがに逃げ場がない。常識的に考えて、電撃を避けるなど不可能だ。ひょっとしたらフィオは、樹の次に苦手な相手かも知れない。
 大樹は壁に向かって投げたゴミを拾い、それを中央に立って真上に投げた。
 大樹から見た天井にぶつかり、勢いよく大樹の足下に落ちてはねた。
「素早く移動すれば、あの上からなら行けるんじゃないか」
 大樹に見える天井と、元の天井の高さはかなり違う。上部にはかなりのスペースがあるはずだ。
「なるほど」
 フィオは飛び上がり、大樹はもう一度ゴミを投げてやる。
 行かせるのは不安だが、真緒もオーリンもいる。もう一人いるので、ディノもいるのだろう。ついでにクルスというブレーンもいる。
 放置して暴れられるよりは、安全だろう。悲しいかな、真緒の踏み台にされた大樹は無力だった。
 それからすぐ、アヴィシオルから電話がかかり、結界があるらしいから気をつけろと言われた。


 ずんずんと進んでいく。
 当たり前のように進んでいく。
 すれ違う妖精達は、誰も止めない。
「どもお疲れ様です」
 真緒がそこそこの愛想で周囲に挨拶しながら、一度も止められることなく前へと進んでいる。
 関係者だと思われているのだ。あまりにも堂々としていると、知らない場所にでも簡単にとけ込めるのだとホロムは痛感した。
 天界での処世術は顔を知っている者同士のもので、彼女のようなやり方は知らない。
 何にでも化けられるオーリンが、役に立つことなくフィオのローブの振りをしているだけに留まっている。フィオは可愛らしい人間の服を着ているので、そのまま歩けば目立つのだ。
「あ、こっちはまずいから戻ろう」
「なぜだ?」
「やぁな感じがするんだよね。私の顔を知ってる人がいそう。勘だけど」
「すごいな真緒の勘は」
「そりゃあ、運の良さで生きている女だからねぇ。私みたいな鬼の女は、自分で身を守れないと不幸になるからね」
 真緒はさりげなく周囲に気を使いながら歩いている。どこまでが本当で、どこまでが嘘なのだろうか。彼女にとってはそれが身を守る手段で、手の内を明かすことは自分の身の危険を意味している。知り合って間もないホロムは、知ることもなく時が過ぎて差し障りのない言葉を交わして帰るのだろう。
 土産話としては、悪くない。
「ちょっと走るよ」
 真緒は宣言すると、走りやすそうなひも靴で音もなく前へと進む。ホロムはフィオを抱き上げて足音が響かないように慎重に足を運んだが、走ってみると意外と音が響かないので彼女と同じ速さで続く。
 走るような侵入者については考えられていない構造なのだろう。妖精は天使よりも簡単に空を飛ぶので、足音を警戒しても意味がないのだ。
 天使の場合は翼が大きく、通路は飛べない程度の広さに作ってある。こうすれば侵入者は歩くしかなく、音の鳴る床材によって誰かが近づけば分かるようになっている。だから眠る主を起こさないよう、足音が響きにくいような素材の靴を履くという、奇妙な悪循環が生まれている。
 しかしここはあまりにも現実味がない。ここに来てから、妖精とはイメージの通りどこまでもおどけて気楽に生きているのだろうかと考えてしまう。
 そんな生物はいるはずがないと分かっていても、地下で黒い川が流れるような天界とは違うような気がしてしまうのだ。穢れ無きセダのような存在がいても、どこまでも汚れているのが天界だと知っているから。
 そして可憐な姿で惑わすのが妖精界。
 反面、人間界はそれを隠してはいるが誰もが知っている分、天界よりもずっと居心地がいいのではないかと考えた。知らぬ故の白と、知った故での犯し難き白では、少し意味合いが違う。
 しかしセダにそのような現実を教えてやりたくない。汚れを知っても、フィオのように変わらずいられるか、不安でたまらない。
 セダのために彼らの思惑を叶えてやりたく、セダのために彼らがしていることを阻止したくなる。
「止まって」
 真緒に言われるがまま足を止める。真緒がホロムの背に隠れた。それが終わるとほぼ同時に、前方を人間のような男が通り過ぎる。彼女の同族だろう。通り過ぎてそれを理解した瞬間、冷や汗をかく。
「危ないねぇ」
 真緒が安堵して顔を出したとき、先ほど通り過ぎた男がひょこりと顔を出した。
「ああっ、真緒っ!」
「うげっ」
 真緒が再び背に隠れるが、遅すぎる。男は目を輝かせて走ってきた。
「真緒、何でこんな所に!?」
 男の方は警戒心無く、ただ真緒に会えたのが嬉しいとばかりに寄ってくる。
「そうか! とうとうあの犬野郎に愛想を尽かしてこっちに戻ってきたんだな!」
 どうやら、彼女は疑われていないようだ。
「ひょっとして、兄貴が戻ってきたのか?」
「戻ってきてないよ。っていうか、君は誰」
 真緒は真剣な表情で彼に向かって尋ねた。
 知っている振りをするのもボロが出やすいが、突っぱねてしまうのは胆が冷えた。
「俺のこと、知らない?」
「うん。私に絡んでくる男の人はたくさんいるから、鬼の男とはあんまりつるみたくない」
 男はうなだれてしゃがみ込んだ。振られたのがよほどショックだったのだろう。
「なんか沢樹見ているみたいで不愉快」
「俺はあんな犬とは違うっ!」
「じゃあ鬱陶しいことしないでくれるかな。うじうじする男嫌い。犬じゃないんだし、叱られて項垂れるような真似をしないで」
 男は立ち上がり、涙を拭って無理矢理笑みを浮かべた。健気な姿勢は応援したくなるが、真緒の好みではないようだ。それに彼女は沢樹とは喧嘩中なだけで、まだ好きなのだろう。
「真緒は誰に誘われたんだ? その天使か?」
「そうだよ。鬼に嫌気が差して乗り換えたのに、ここ鬼が多くて嫌だな。一人になると危ないし」
「狙われるのか!?」
「野生のケダモノが多いから。人間の私にはついていけないね」
「俺、人間に育てられたんだ」
「なんかそんな雰囲気だね。ヘタレてるっていうか」
 男の目が潤む。彼はきっと、小動物だ。
「私は急ぐから行くね。恐いからみんなには内緒にしておいてね。二人の約束」
「わ、分かった」
 二人の秘密が嬉しいらしく、彼は再び目を輝かせた。
 純粋で可愛らしい青年だ。どこで暮らしていても、こういう純朴さを持てるのだ。
「あ、来た」
 青年が呟く。
「い、いたっ! 女! やっぱり女っ!」
 知らぬ男がやって来て、こちらを指さした。真緒曰く野生のケダモノであるため、気配をほとんどなく気付かなかった。
「あ、ウザいからあれよろしく」
「わ、分かったっ!」
 真緒は青年に任せて全力で走り出す。もちろんホロムもフィオを抱きかかえて走った。本当ならばフィオの敵ではないのだが、ここで争っても意味はない。
 背後で、あの天使はターゲットだぞと聞こえてきたが、今から戻っるのは危険が伴う。真緒の勘に任せて走った方がいいだろう。


 腹立たしい恋する妖精観察をしながら、慶子は先ほどから耳を澄ましていた。
 外から、罵声が聞こえてくるのだ。不思議なほど静かなこの妖精の宮殿で、これほど騒がしいには何かあるのだろう。
 何かあったとしたら、アヴィシオルかルフトの仕業だ。
「外が騒がしい。何事じゃ」
 エリーナの呟きに、妖精が一人部屋を出た。
 慶子は今、一応椅子に座らされている。腕は後ろ手に結ばれているし、少し離れた位置でヴィーゼとエリーナが並んでお茶を飲んでいるが、我慢して黙っている。
 すべてはフィオのため。ついでにルフトのため。
「この宮殿でこれほどの音が響くとは、驚きましたよ」
「生活音は薄れても、声までは薄れませぬ。声まで消してしまえば、会話も出来なくなりましょう」
 妖精の兵士がはく靴は、いかにも音が響きそうな材質で、確かにこれで周囲を歩かれればうるさそうだ。
「それもそうでしたね。あなたの涼やかな声を耳に出来ないなど、私の楽しみが一つ減ってしまいます」
「まあ、ヴィーゼ殿」
 この程度の甘言で頬を染めるエリーナ。騙されやすい女だ。恋愛で失敗するような者は、上に立つべきではない。女で恋に惑わされるのならなおさら。
 性別によって、向き不向きがあると女だからこそ思うのだ。
 暴走するときは男よりも女の方が恐いのだ。女は良くも悪くも感情が激しく、本当に冷静を保たなければならないときに保てないことが多い。そうすると誰かにべったりに頼らなければならない。
 もちろん男でも女に溺れて国を傾けるが、ルフトならそれはあるまい。少なくとも公私混同はせず切り替えできている。
 女は表立って支配するのではなく、裏から支配する方がよほど向いている。力ある者を、溺れさせればいい。アリシアのように。女が馬鹿であれば国は傾くかも知れないが、賢ければ夫の能力を引き出すことが出来る。
 だからアリシアはとても女性的だ。ムキになって慶子を誘惑しているが、彼女は男ではあり得ない。男の子の姿をしていてもとても女性的だ。彼女は男を相手にすると、その力を引き出してしまう。
 フィオはどうだろうか。
 王のような存在になるなら、男性的な方がいいだろう。
 しかし男性的すぎてもいけない。男性は争いが好きだ。頂点に登りたがる。上り詰めてしまったら、他の世界を狙い出すのではないだろうか。
 だから、天界は半分ずつなのだろうか。
 どちらでもあり、どちらも理解できるなら、実にバランスがいい。元々は、全ての面で優れているから、半分ずつの彼らが選ばれ、忘れ去られて何も知らぬただ純粋なだけにされてしまった。
 その考えが正しいのだとしたら、フィオ達が本当に可哀想だ。
 しかし慶子にはどうしたらいいのか分からない。居ても立ってもいられなくてここにいるが、どうしていいのか分からない。
「大変です!」
 慶子の思考を遮って、先ほど出て行った妖精が戻ってきた。
「目標の天使が、宮殿内に侵入しています!」
「はぁ!?」
 慶子は勢いよく立ち上がった。背後で椅子が倒れるにしては軽い音が耳に届いた。
「ちょっと、なんでフィオが!?」
「まあまあ落ち着いてください」
 ヴィーゼに囁かれ、慶子は口を閉ざした。
 彼の声で、落ち着いた。熱せられた頭が冷え、思考能力が戻る。どうすればいいのか分からないが、どうにかするしかない。
「先に来るのはルフト達だと思っていたけど」
「あなたの危機に耐えられなかったのでしょう。純粋でいらっしゃるから、彼はまっすぐにあなたを思っているんですよ」
 当たり前だ。可愛がって育てているのに、危険を知って動かないような恩知らずはうちの子ではない。周囲ががそれを阻止するべきで、期待していたのになんという体たらく。
「早く捕らえて、ヴィーゼ殿に差し出すのじゃ」
「しかし……その、捕らえようとすると鬼どもが邪魔をするのです。同族の女が一緒にいるからと」
「肝心なときに役に立たぬか。所詮は魔力もない蛮人の世界の者よ。
 その邪魔者も数は少なかろう。早く捕らえるがよい」
「御意」
 慶子は考えた。
 よく分からないが、逃げ回っていると考えていいだろう。よく分からないが、きっとフィオの日頃の行いがいいから味方がいるのだ。
 育て方がよかったに違いない。
「ご心配なく」
 今度は完全に慶子だけにしか聞こえないヴィーゼの囁きに、慶子は小さく頷く。彼の声は、とても心が安らぐのだ。
 昔から大樹に甘い言葉は言われ慣れているから慶子の心は動かないが、エリーナが恋に落ちるのも当然かもしれない。
「エリーナ様、私達も参ります。レディに乱暴することなく捕らえるなど野蛮。こういう時のための、人質でしょう」
「何もヴィーゼ殿が参らずとも」
「仕事ですから」
 ヴィーゼは笑顔を浮かべて、慶子の肩を抱く。ひるがえる艶やかな髪から、花の香りが振りまかれた。
 女好きの男など嫌いであったはずなのに、なぜか彼への好意は消えない。本性を知っているからか、あまりにも綺麗だからか。
 分からないが、彼の行動に不快はない。


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