光に満ちた日の終わり ハロイド
2
「人とは心に秘め続けることをストレスと感じます。人に話せば楽になるというのは、場合によっては嘘で、場合によっては本当です。私もすっきりしました。
あなたの場合、それは本当になります。悩みを吐き出して押しつけてしまえば楽になります。
私に何か言いたいことはりませんか?」
言う彼女には、どこか優しい印象があった。ずっと冷たい女だと思っていた。もちろん、それは生来のものではなく、自身の身内を殺した者に関するものとしての、当然の冷たさだった。
初めて見た時、ハーネスがいたときは、なんて暗い目をした女だろうと思った。そして、その中に何かが灯っていた気がした。
彼女の中にあったのは、暗い炎だった。彼女の話を聞き、それは復讐と未来のため──あの少女と共に生き残るためのものだったのだと全てが終わって理解した。
彼女が死んでいたらあの少女も殺されていた。少なくとも、それを想像しない者はいない。反逆者の娘をハーネスが生かしておくはずはない。迷いもなく女子供も関係なく皆殺しにするような男が、なぜその内の一人を生かすと思う物がいるだろうか。しかもあの少女は、反逆者の指導者的立場にいたゼロの娘。
ゼロはハーネスに支配されているに等しいこの国を変えようとした者。ゼロはハーネスを殺そうとした者。幾度も、何人もの勇気ある者が同じ事をしようとした。しかし、それはその度に失敗した。記録に残らぬその歴史は幾度と泣く繰り返され、いくつもの命が無惨に散って、一つの命に膨大な知識と経験が蓄積された。
どれほどの者の念願か、俺にも分からない。その念願は思わぬ形で、死者達の望みもしなかった形で、現実のものとなった。ゼロの育てた無知であった少女が、ハーネスの精神に打ち勝った。誰もそればかりは望んでいなかった。望むのも無駄だと思えるほど困難な方法だった。
実に皮肉なものだ。
未来を握っていた者は皆死んだ。残ったのは傀儡の王と、その息子達。そして心をなくした小さな少女に、生命を奪う輪を絶つ事を決めた、賢者の知識を持つ少女。
兄たちは愚かだ。女遊びにふけり、目の前のこの女を見た時は、ハーネスでないと知るやいなや恐れることなくハーネスの知識を食った少女を口説き出した。もちろん彼女は、それを一笑して電撃を食らわせた。まるでハーネスのように迷いなく、ハーネスとは違い手加減をして。
それにより、中身は代わりはしたが、その力、知識は劣ることはないのだと知らしめた。
彼女の中にはハーネスの経験がある。彼女はハーネスになりうる。
「言いたいことだと?」
「私の中のハーネス様に、言いたいことはありませんか? いつまであるとも分かりませんから、伝えたいことは伝えておいてください」
突然部屋を訪ねた彼女はそんな馬鹿らしい事を言って、棚にあったハーネスの酒を取り出し、別の場所にあったグラスを取り出し飲み出した。
その仕草はハーネスとだぶって見えた。この部屋はハーネスの部屋だ。彼女が我が物顔でそれを取り出すのは当たり前だった。彼女はハーネスでもあるのだから。
「お前はよく酒を飲むな。昔からか?」
ハーネスは酒がなければ生きられないの男だった。そして彼女も見た目に似合わず酒が好きらしい。皆がハーネスではないハーネスに納得し、エイダを救い出した後、欲しい『物』を聞かれた時、彼女が真っ先に要求したのが酒だった。その時、皆はハーネスの事を思い出し、ハーネスのいたずらではないのかとまた疑った。
「祝の席で数回ほどでした。これ程飲むのはここに来てからです」
水を飲むように彼女は酒を飲む。初めて見た時とは別人のようだ。
「お前は……何なんだ?」
「私はただの『私』です。私を育ててくれたアリスは、私に『クレア』という名をくれました。私の、私がさらわれる時に殺された母の名前のようです」
彼女はハーネス。
彼女は否定しようとも、彼女はハーネス。素行が彼の影響の程を如実に表している。
彼女はハーネス。
それを皮肉に受け入れている、クレアという名の、ハーネス。
「お前とハーネスは性格も違う。あいつはもっと明るくさばさばとして時に残酷で、時におおらかで、気分屋で、天才だった。
酒が好きで、酒がないと不機嫌になった。酒があると、機嫌良く、よく話した。今のお前は機嫌がよく、よく話す。よく話すのは、酒が入らなくてもそうなのかも知れないけどな。
お前が好んで飲むものは、あいつが好んで飲んでいた。
お前は嗜好も、趣味もハーネスを思い出させる。性格は違うが、お前はあいつを思い出させる。
お前は、本当に『クレア』なのか?」
彼女を知れば知るほど、その疑問が膨らんでいく。
彼女は本当にハーネスではないのだろうか。本当はハーネスのタチの悪いいたずらなのではないだろうか。
そう思っていた。ずっと、ずっと、そう思わずにはいられない。
それでも行き着く結果は同じだった。
別人という、ただ一つの真実。
「彼は、そういう方ですからね。あなたがそう思うのも当然です。
あの方とあなたが初めて私を見た時。あなたにとんでもないことを言ったぐらいです」
俺は思い出すまでもなく、その時のことが頭に浮かんだ。
そう。とんでもないことを言った。
「いい女になったじゃねぇか。そーいや、俺も女になるのは初めてだな」
クレアという少女を見ての意外なその言葉に、俺は思わず驚いた。数百年の時、様々な身体を取り替えて生きてきた彼は、女になったことがあるのだと思い込んでいた。
「そーなのか?」
「ああ。初めてだ。いつもは男を選んできたからな。普通、女よりも男の方が魔力が高いから、必然的とも言えるが」
例外中の例外とも言える女を眺めながら彼は言う。
「初めて見た時からいい女になると思ってたが……。どうだおい。お前、ああいう女は好みか?」
突然ハーネスは奇妙なことを問う。
「なんでだ?」
「好みか?」
「まあ……綺麗な子だとは思うけど。だからお前になってしまうのは可哀想だな。せっかく気だての良さそうな美人なのに」
「好みかどうかと聞いてるんだよ。美人なのは見りゃ分かるだろ」
「でもお前になるんだろう? だったら好みとかは関係ないだろ」
「馬鹿かお前は」
ハーネスは俺の額をこづいた。いきなりのことに、俺は多少面食らった。彼の暴言は今に始まったことではない。彼は俺の師であり、ある意味父親よりも力がある。だからいつも甘んじているものの、今回のことには多少腹が立った。
「何でだよ」
「せっかくくれてやろうと言っているのに、もっと乗り気になれ」
「はぁ?」
「よく知りもしない男に身体を預けるなどできないだろう。その点、お前は変な病気もないだろうし、安全だ」
「……待て。俺に何をさせる気だ?」
「はん。そういうことは女の口から言わせるなよ」
思い出し、俺は頭を抱えた。
彼女はこの会話を知っている。俺がしばらくの間、言葉に詰まり何も言えなくなったことも知っている。絞り出したのが、不謹慎だという言葉だけだと言うことも知っている。
「そういうことは、忘れろ」
「そういうことも、覚えています。
あなたの思いは致し方ないことかもしれません。私は彼の記憶があります。彼の前の方々の記憶などないに等しいのですが、ハーネス様の記憶は、確かにあります。主に魔術とあなたに対することですが……あります」
彼女の目が伏せられる。
他人にハーネス視点の記憶をもたれる。それは俺自身のほぼすべてを知られているに等しい。
「そんなに恥ずかしがらないでください。
事実は事実です。
おかげで私も、知らなくていい世界の闇を知りました。そして、どんなに残酷方でも、大なり小なりの善意があるということも」
「……せめて、お前が男だったらな」
羞恥という意味ではこれほど気にしなかっただろう。
彼女はくすりと笑った。彼女にこういった笑みを向けられるのは初めてだ。彼女はハーネスという化け物を打ち破った魔女ではなく、ただの少女だと思い出す。
彼女はクレア。だが、ハーネスでもある。
「俺は……あいつがすべてだった。あいつに目をつけられなければ、俺の人生は平凡なものだったと思う。
魔力を生かして何かの役職に就くか、まあ、お前の代わりになっていたのがいいところだな」
「そうですね。食べようと思って肥え太らせた家畜に愛着を持つなど愚かであり、もうろくした、というのがハーネス様の考えです」
「家畜か……」
「自分の命と天秤にかけて、それでも殺せないほど気に入る。それがどんな気持ちであるかは、私にも分かりません。しかし、それほど愛されていたというとこです」
彼女は真面目な顔をして、ハーネスでは決して口にしない言葉を口にした。
「お前は、クレアだな」
「はい」
彼女と自分は近い存在だった。それでも相容れない大きな隔たりがあった。
「……あのとき、お前が連れ出された時。
俺は死を覚悟していた。成長した者よりも、子供の方が身体を奪いやすい。お前はいつ手元に戻るかわからない。だからそのとき、あいつの弟子になっていた俺が候補者の筆頭になっていた。いくらハーネス自身による教育を受けていたとしても、俺は子供だった。容易に身体を奪われただろう。何よりも、あいつに勝とうなんて思いもしなかった。
あいつは俺にとって父親よりも父親らしく、兄よりも兄らしい存在だった。あいつのために死ぬならそれでいいと思ったし、皆もそれを望んだ。
だけどあいつはお前を捜した。
それは他人であるお前の死を意味したが、俺は、それでも嬉しかった。俺はあいつに望まれていない訳ではないのだと。
同時に嫉妬もした。
お前は俺など比べものにならないほどの魔力を持っていたのかと。
その両方だったんだろうが、嫉妬した」
本人に言うのは、気が重い。それでも、ハーネスに聞いてほしい。彼女の中にあるハーネスに。
「そう決まってからも、ハーネスは魔力の強い子供を捜し続けた。肉体は若く見えても、古くなっていたからな。見た目の老化は止められても、根本的なものはさびていくことが俺にも伝わってきた。
あいつは焦りながら次の器を探してたな。
魔力は強ければ強いほどいい。何かの事故があっても、自身が死ぬようなことはないよう、絶対の魔力が必要だ。そして、次に器を奪う時、その方が有利になるからな。俺にだってそれぐらいは理解できた。子供だったが、これでも理解力はあったと思う。だから、父親に見捨てられた事などどうでもいいぐらい、嬉しくて悔しかった」
父親のことなどどうでもよかった。あんな愚鈍な男の心など、今も昔も気に掛ける価値もないと心から思っていた。大切なのはハーネスばかりと、なんとも近く遠い家族だった。
「俺はお前よりも生まれたのがほんの少し遅かったから、知識も思考力も手に入れられたんだけど、もしも俺の方が早く生まれていれば、お前は普通に暮らして、俺がお前の立場になっていたかもしれねぇな。まあ、俺とお前とは違うから、同じ道をたどるはずがねぇけどよ。
それでも、俺はあいつが好きだ。敵になっていたかも知れないと思っても、好きだ。自分の子供を道具としてしか見ていない父親よりも、ずっと血のつながらないあいつが好きだ」
馬鹿だとは思う。それでも肉親に対するよりも強い感情があった。
「思えば、あの発言があいつの俺に対する最後の言葉だったな。ふざけた話だ。俺はもっとあいつといたかった。あいつの下品な冗談を聞きたかった。
もちろんお前を責める気はないが、これが俺の偽りない本音だ。ちなみにお前の口から下品なジョークは聞きたくない」
「もちろんです。そうでなければあなたではありません。ハーネス様でもある私にとっては、そうでなくてはなりません」
クレアはハーネス。
「お前はどこまでハーネスなんだ?」
クレアの中のハーネスの割合。それは、気休め程度でしかないが、自分にとっては大きな問題だ。
「さあ。自分自身でも分かりません。クレアの意志が強く残っているだけで、本当はハーネス様なのかもしれません」
「お前自身のことなのに、どうしてそんなことも分からないんだ? どうしてそんなこと考える?
ハーネスにそんな繊細さはない」
「確かに、本来の彼にはそんな繊細さはないありませんね。ただ……あなたに関する事だけは例外です」
「俺に関すること?」
「あの方はあなたに対して、並々ならぬ好意を抱いていました。私の知る中にはない種の思いです。私にとって、これは衝撃でした」
「衝撃?」
「はい」
「よくて身内、本音で言えば飼い犬のようなものが?」
その言葉に彼女はくすくすと笑う。
「わたし自身は感じたことのない思いなので、正確性には欠けますが、これを言葉で表現すれば、おそらく『恋』です」
俺は彼女の突飛な発送に面食らう。恋とはまったく無縁で、告白されても理解せず、育ての母が一番と言った女の口から聞くと、滑稽極まりない。
「どうしてそんな発想が出るんだ? ハーネスの知識とお前の認識に食い違いがあるぞ。恋ってのは、一部の例外を除いて男女間の感情だ。一般では恋した相手と結婚するんだ。母親よりも好きな相手のことだ」
「言われなくてもそれぐらいは分かります。以前お馬鹿な反応をしたのは確かですが、過去の話です」
「それにあいつは女以外には興味はなかったし、女好きだった。ありえない」
「あなたは、あの方のすべてを知るわけではありません。すくなくとも、私になるということで、女になるということは彼の決定でした。だからあの言葉があったはずです。私にもよく分かりませんが」
抱かせてやるという、あの言葉。あれに親愛の情がなかったかというのは分からないが、
「違う。あれは、次の器も考えてのことだ。俺達の子なら、魔力が低いはずがない」
打算があった。自分の子だろうが利用するのがハーネスだ。口にしてから、自分が何を言っているか気づき、俺は顔がほてるのを感じた。恥ずかしがるようなことではないはずだが、相手が女なので緊張しているらしい。ハーネスの知識を持つ女相手にばからしい。
「そうですね。理解しろとは言いません。わたし自身がよく分かっていませんから。ただ、受け継いだ引きずられるほどの思いはこれだけで、だからこそとても強く、私はエイダを思うのと同じほど、エイダとは別の意味であなたが気になります。あの子が自分を取り戻すのと同じほど、あなたが立ち直るのを望んでいます」
彼女の言うことはその真実が分からない。俺とあの可愛そうな少女を同等に心配するなどありえない。
「俺はお前にとって、出会ったばかりの赤の他人だ。それがどうしたら同等になる? お前はあの子を妹のように思っているんだろ!」
「はい」
「ハーネスに打ち勝つ精神を生むほど」
「はい。好きです。アリスと同じほど、ゼロと同じほど。今、この世界で、私に光りを与えてくれるのは今や彼女だけです。光りに満ちた日が終わろうと、いえだからこそ、この小さくも鮮烈な光が愛しくてしかたがありません。
あなたを思う気持ちとはまったく異なる愛しさです。
常に側についていてあげたいし、いなければなりません。あの子は傷つき、闇の中をさ迷っています。幼かったあの時の、暗い牢獄よりも冷たい場所にあの子はいます。私では彼女の光りにはなれません。支えにはなっても、光の道をわたすことはできません」
「そんなにひどいのか?」
「男性の声を聞くだけで震えがしばらく止まらなくなります。彼女にとって、知らぬ男性は死と破壊の象徴として認識されたようです。
今は私の部屋には男性が近づけないようにしました。護衛も何もかも女性です。男性が近づいてこれば、誰であっても容赦なく追い返すよう手配をしています」
目の前で親を食い殺されたのだ。そうなって当然だった。
「すまない」
「いえ。あなたが謝ることではありません。あなたがいれば止てくれたでしょう。だからあの方も告げずに行ったのです。そしてあなたがいればまた別の不幸がエイダを待っていました」
「別の不幸?」
「あの子は子供ゆえにあなたにかばわれ生き残っていたかも知れません。そうなると、私を突き動かす感情が発生せず、ハーネス様との立場が逆転していたでしょう。あなたにとっては、こちらの方がよかったのでしょうね。でも、あの子は一人になり、復讐に人生を費やしていたでしょう。あの子にとっては、どちらも不幸です。私はどこまでも無力で無価値です」
「お前が無価値なら俺には何もない」
「あなたには家族がいます。本物の家族が」
「お前達の方が近いだろう。あんな人を貶めるしかないやつら。ハーネスが消えた以上、俺には価値はないんだ。あいつが唯一の後ろ盾だったんだ。唯一、俺を見てくれたんだ。見つけだしてくれた、唯一の理解者。それが俺にとって唯一の価値だった。あいつは絶対の恐怖者だった。この国の影の支配者がいなくなって、この国は変わろうとしている。俺は置いて行かれる旧体制の側だ」
「いいえ、それは違います。あなたは変わりません。私は言ったはずです。私はあなたを気にしていると。そうである以上、誰もあなたをおろそかにはしません」
「なぜ」
彼女はグラスをテーブルに置き、俺の前に跪く。下から顔を覗き込み、手を入れていないため真っ直ぐなまつげで影の落ちた瞳に見つめられる。
「女の口から言わせるなと、言われたではありませんか」
「は?」
彼女の顔が間近にあった。彼女は唇の両端を少し持ち上げる。王宮では滅多に見ない、少しだけ日に焼けたきめ細やかで健康的な肌や、化粧はまったくしておらず自然な薄紅色の唇と頬は、年相応の少女らしく輝いて見えた。
今まで縁遠かった女というものと対しているのだという自覚が急に芽生え、逃げるように椅子に深く腰掛けた。
「何が言いたい」
彼女は言葉の変わりに手を伸ばし、くすぐるように指先で俺の顔に触れた。
「可愛い」
「遊ぶなよ。そういう悪いところは、ハーネスに似るな」
「それは無理です。私の中で、彼の影響を受けているのはこれだけです。だからあなたに対しては、さして変わりません。私の事は、お嫌いですか?」
「嫌いとか、そういう問題じゃないだろ。お前が俺に好意を持っているのは分かったから、離れろ」
彼女は首をかしげ、微笑む。
「可愛い」
突然影が落ちて、視界がふさがれる。
「それでは、ごきげんよう。私の部屋で、いつもの時間でお会いして、いつも通りにお勉強をしましょう。
あなたには、学ぶべき事があります。ハーネス様が悩んでいたことを、すべて教えます」
触れるだけの口付けだが、身内以外とするのは初めてだった。ハーネスのいたずらの中にも、これはなかった。頭の中が白く、ぐるぐると回っている。
「……は、ハーネスが悩んでいたこと?」
「私たちが揃っているのです。決まっているでしょう」
俺は笑う彼女を見て身動きが取れなくなった。美女に誘惑されたことはあるが、彼の身分やハーネスとの関係を利用しようとして近づく者ばかりであることは分かっていたので、敵になる可能性がある者として警戒していたが、こういったことは初めてで、どうしていいのか分からず、ただただ戸惑うしかない。
「国盗り」
「は?」
「私はあなたの兄達が嫌いです。ハーネス様も同じ思いでしたが、私自身もそう感じました。私はあの男達の誰かの下につくなど、嫌です。それに、したいこともあります。だからあなたには王に相応しい教育を受けてもらいます。教師は私だけでなく、私自身で選んだ者をつけます。大丈夫。あの愚かな兄達を出し抜くのはたやすいでしょう」
「そんなことをして、何になるんだ!? 王なんて誰でもいいだろ!」
「この国はハーネス様に支配されて保っていた小さな国です。ハーネス様という頭脳がいなくなった今、私がいなくなれば侵略の目にあう可能性があります。それは望むところではありません。ですから、国の体制をハーネス様不在でも成り立つように、変えましょう。この国はハーネス様のおかげで、魔術に関しては優れています。同時に、ある程度で制限されてしまいます。それを排除し、拡張します。教育機関も充実させましょう。教育とは国に大きな益をもたらします。他にもすることは山のようにあります。しかし、国王や重臣達が渋る可能性もあります。彼らは今までの体制に慣れすぎています。
私もあなたも死にますから、それまでに終わらせましょう。嫌とは言わせません。私はすでに動いています」
俺はあんぐりと口を開いたまま固まった。
いつの間にそんな話が進んでいたのだろうか。いや分かっている。部屋でうじうじしている間だ。親しかったハーネスの関係者とも会わず、ハーネスの私物を磨いたり、ハーネスの書物を読んだりと、引きこもっている間に進んでいたのだ。
「いい子にしていれば、私が進めて差し上げます。今のあなたは王者としての知識と威厳を身につけなさい」
「か、勝手に決めるなっ」
「あら、あなたを王に据えるのはハーネス様も考えていたことです。彼の場合その方が楽しそうだからという理由ですが、あなたにその気が全くないので様子を見ていたようです。が、状況は変わりました。国を変えて、共に穏やかな老後を迎えましょう」
彼女はそれだけを言って部屋を出た。白いローブの裾を翻し、あまりにもあっさりと彼女は出て行った。俺は思わずその後を追ったが、彼女の姿はなかった。
女は分からない。
「……あいつは、結局何を考えてるんだ?」
愛しいだの、恋だのと言いながら、人を利用する計画を立てている。あれを理解しようと思うのが間違っているのだろうか。ああ、きっとそうに違いない。
それから俺は、久々に外に出て、クレアの犬と成り下がった、元ハーネスの部下たちと顔を合わせた。
その日から、俺の生活は大きく変化することになる。
彼女の光が消えた日、俺は光も目指していた道も失ったようだ。そしてまた、別の光がぽつんと小さく燃えだした。それがどうなるのか、俺には分からない。大火となって身を焦がすか、暖となって凍った魂を溶かすのか、遠く小さなままでいるのか。
それはクレアにも分かっていないことだ。
「……仕方がない、か」
それがハーネスの思いでもあるのなら、彼が生きた証を作るのに、それぐらいの地位は必要かも知れない。彼の禁呪を封じ、そして彼の名を残すため。
だから俺は彼女の言うように『死ぬ時』まで生きることにした。
ただ一つのこの身体で、この命尽きるまで。
あとがき(蛇足に過ぎませんので、雰囲気を壊さないように背景に溶け込ませてあります。反転して見てください)
この話自体がすでに蛇足です。書かなければ綺麗に終わっていたのですが、書いてしまったものは仕方がありません。書かないと、クレアは名無しのゴンベイちゃんという名前で確定されてしまいそうでしたから。
前回とは雰囲気が変わってしまいました。
悩める少年対耳年増少女?
少しは会話らしくなったのですが、地の文が増えてしまいました。会話だけ小説ってのも逆に難しいですね。そのうち、地の文がまったくないシリアスな小説を書いてみたいなぁ。